「ちょうどいい」居場所を見つけに、泊まれる複合施設「赤石商店」まで

自分の居場所をずっと探している。自分に合った、心地のよい居場所を。

自宅の寝室、お気に入りのカフェ。行きつけのコワーキングスペース。木陰の下の公園のベンチ。何度も訪れたくなる旅先。

暮らすところ、働くところ、旅するところ。私たちは暮らしの中で、いつも自分の居場所を選択しながら生きている。

あなたは自分の居場所をみつけられているだろうか?

「長野県の伊那市に面白い宿があるよ」

知人からそんな話を聞いたのはコロナ禍になる2年ほど前のこと。そこで検索して見つけた赤石商店公式サイトには「宿泊可能な複合施設」という言葉があった。そこには当時日本全国で増えていた「ゲストハウス」の文字はない。

他の宿とは少し違うそのコンセプトと「赤石商店」という名前が、しばらく頭の隅に引っかかっていた。

そこからコロナ禍を経て、これもまた口コミで長野県伊那市のとある宿が移住者にとって地域に関わる情報を得る場所、つまり「地域の入り口」のような場になっているという話を偶然耳にした。その宿が以前検索した赤石商店さんだと気づき、そこを目指して伊那市に向かうまでにそう時間はかからなかった。

長野県伊那市駅から車を10分ほど走らせ天竜川を越えると、辺りはややのどかになってくる。

辺りの民家と田畑の間の細い路地を抜けると現れる、古民家のような佇まいが赤石商店さんだ。周囲には昔ながらの味のある戸建が多い。

黄色くて小さな手書き看板を横目に入り口にたどり着き、まず最初に目に入るのは古い蔵や、うずたかく積まれた薪。


初めて訪れた場所なのに、感じるのはおばあちゃんの家を訪れたような懐かしさ。

今回は、長野県伊那市にある宿、赤石商店のオーナー夫妻である、埋橋 智徳(以下としのりさん)さんと埋橋 幸希さん(以下さきさん)に、赤石商店をスタートしたきっかけや、その場づくりの過程を伺った。

──としのりさんとさきさんは、2人とも地方出身で音楽好き。都内在住時に参加していた音楽好きが集まるグループで出会い、結婚したタイミングでさきさんの故郷である伊那に帰郷したそうだ。そんな二人がなぜ伊那という場所で未経験の宿泊業を営むことになったのだろうか。

赤石商店を切り盛りする、さきさんととしのりさん

さきさん「私は伊那出身ですが、都内に10年以上住んで飲食などのいろんな仕事をしていました。そろそろ戻ろうかと迷っていましたが、なかなかきっかけがないと帰れない。そのころは2人とも音楽好きが集まるグループに参加していて、ライブに行ってお酒を飲んで、消費するばかりの毎日。これから30代を迎える時に徐々に周囲が結婚し始めて『ずっとこのままじゃいられない』と考えていました」

「伊那にこの祖母の家(現在の赤石商店の建物)もあったので、故郷の伊那に戻って何かを生み出せるような仕事、かつ生活に近い仕事をしたいと思っていました。これから子供を産んだりする中で、生活に密着した仕事の方が楽しいと思ったんです。もし帰るとしたら、伊那に帰っても東京の友人関係を継続できるような仕事がしたかった。でも友人も『今度行くね』と言いつつ、泊まる場所がないとなかなか来ない。それで宿を始めることを思いつきました」

──そうした経緯を経て2015年に伊那に移住した2人は、宿の準備をスタート。2人とも宿泊業未経験、そして子育てをしながらの目まぐるしい準備がはじまった。

さきさん「東京で2013年に結婚し、2015年の春に長野県へ引っ越すことを決めて、まず私が仕事を辞めて飲食店を3店舗掛け持ちでアルバイトし、料理の修行をしました。夫には引き続き会社員を続けてもらい、二人で開業費用を貯めていきました。そして、2015年2月に伊那市へ引っ越し、4月から大工さんや友達に手伝ってもらい、試行錯誤しながら1年かけて開業準備をしました。

当時はゲストハウスや宿が増えている時期でしたが、今後淘汰されていくという業界予測も目にする中で、できるだけ融通のきく名前にしたいと思い『赤石商店』という名前に決めました。『赤石』は、伊那市からみて陽の昇る方向にある赤石山脈からとっています。スタートは宿と食堂からでした」

──宿泊業未経験で、故郷に移住したばかりの埋橋夫妻。彼らは赤石商店をどんな場所にしたいと思ったのだろうか。

さきさん「当時は地域のためとかはあまり考えず、自分達2人が楽しめればいいと思ってました。伊那市にはゲストハウスがなく、赤石商店が市内初だったので、皆ここを目指して来てくれたらと思ってました」

としのりさん「当時この町には自分達がやりたいと思っていたことをやっている人が他にいなかったんです。だからこそ、宿と食堂という形式が地域の需要と供給にうまくはまったのかもしれません」

さきさん「いまは食堂やサウナを併設しているゲストハウスが増えてますが、赤石商店は全国でもかなりコンテンツが多い宿なんじゃないでしょうか。蔵を活用した映画館やギャラリー、最近ではサウナや薪風呂もつくりました。

映画館は自分達が観たい映画や、地元の方が観たいものを月に1本上映する形ですね。ギャラリーの使い方としては、焼き菓子屋さんが販売をしたり、洋服の展示、トークショーなどに使われています」


──そんな時に突然やってきたコロナ禍。二人が始めたばかりの赤石商店にはどんな影響を与えたのか。

さきさん「コロナ禍に対しては、よくわからない恐怖がありました。実際に人出も少なくなりましたし。ドミトリー形式の部屋もあるのですが、そのタイミングで私たちも一棟貸しの宿に業態を変え、そこから少しお客さんが戻ってきました。でも都内よりは危機感は感じていませんでした。小さくしか事業をしていないので、転ぶ時も小さくしか転ばないんですよね」

「複合施設である点を充実させて、さらに泊まりやすくしました。危機も感じましたが、周囲の地域の方から助けられて繋がりも再確認できました。最初は自分達の楽しみを中心にしていたんですが、地域の小さなつながりの中で助けてもらったことをきっかけに『じゃあ微力ながらお返しをしようか』みたいな、自然な地域との関わり方ができていきました」

──最近では赤石商店さんに泊まることから、伊那への移住のきっかけになっているような例も出ていると聞く。地域では赤石商店の2人はどんな存在になっているのだろう。

さきさん「市役所や不動産関係の方も、移住希望者にまずは赤石商店に泊まることを勧めてくれてるみたいです。市役所の方は立場上、一般的なアドバイスにとどまることが多いと思いますが、移住を検討している方は個々の事例を聞きたいことが多い。具体例に関しては私たちのような個人の方が答えやすいのかもしれません」

「最近では伊那小学校などの教育を目的とした移住が増えました。私は伊那小出身ではないので詳しいことはわからないんですが。そういう移住希望者のちょっとした相談役になり始めている感覚はあります」

──そんな二人が感じている、伊那という場所の魅力はどこにあるのだろうか。

としのりさん「春から秋にかけての気候が好きです。湿度もないし涼しい。あと地域の人の雰囲気の良さですかね。いかついバイクに乗った不良も赤信号で停まってたりしてほっこりします」

さきさん「伊那は自分に合ったいろんな選択ができる場所だと思ってます。山寄りの地域だとオーガニック意識が高い人が多かったり、街寄りだとちょっと都会っぽかったり。自分にとってちょうどいい人や場所を選択できるので、孤独感を感じにくい。要するに選択肢が多いってことですね。他人に干渉しすぎることもなく、人と人との距離もちょうどいい」

──エリアによっていろんな顔をもつ伊那という場所も、そして複合施設でありたくさんのコンテンツを持つ赤石商店という施設も、訪れた人が自分の「ちょうどいい」を見つけられる。そんなところが魅力なのかもしれない。そんな場所で、これから二人がやりたいことについて聞いてみた。

さきさん「私は器用貧乏で、いろんなことをちょこちょことやってきました。これからの冬場はパンなどの粉物づくりを追求したり、その季節ごとの職人になりたい。この赤石商店がその実験の場なんです」

としのりさん「いま赤石商店は7年目なんですが、最近のお客さんは過去にきてくれた誰かと繋がっていることが多くなってきました。あとは続けていくことでもっと進化してくのかなと思ってます。最近サウナが完成したので、次はツリーハウス。大人にも子供にも喜ばれる場所にしたいです」

さきさん「赤石商店自体を目指してきてもらえる場所にしたいと思ってます。それなりにコンテンツはつくったので、あとはそれを充実させていくだけ。いろんな人が伊那に来るきっかけをつくって、関わりを持つ人を増やして、伊那が面白い人で溢れればいいなと思ってます」

夫妻の話に耳を傾けている間にも、いろんな人が赤石商店をかわるがわる訪れ、何気ない会話をかわした後、それぞれの目的の場所へと向かっていく。

そんな風に、この場所を訪れては、自分の「ちょうどいい」を自分でどこかに見つけて、赤石商店を後にするゲストや移住希望者たち。夫妻はこれまでも、そんな人々をほどよい距離感で見届けてきたのだろう。

この日の食堂では、やはり他地域から伊那市に移住してきた女性が、手作りの食事をくるくると手際よくつくっていた。それを手伝ったり手伝わなかったりと、傍らで見守る埋橋夫妻。その周囲には、談笑しながらそれぞれの時間を楽しむ地域の人たち。

これからも埋橋夫妻は、伊那に関わりたい人がそれぞれの居場所を選択できる、ゆるく、多様で、適度な温度感の場を淡々と営んでいるはず。

もし自分の居場所がまだみえていないなら、あなたの「ちょうどいい」をみつけに赤石商店を訪れてみるのもいいかもしれない。

<赤石商店>
〒399-4432 長野県伊那市東春近22-5
電話:090-5705-7217
予約・詳細はこちら

【参照サイト】赤石商店
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いしづか かずと

Livhubの編集・ライティング・企画を担当。訪れた場所の風景と自分自身の両方を豊かにする旅を探している。神奈川と長野をいったりきたりしながら、二拠点生活中。今気になっているのは環境再生やリジェネラティブツーリズム。環境再生医初級。