食体験を求めて旅をすることが好きだ。現地の「食」を深掘ることで、その背景にある歴史や文化、人々の暮らしなどの点と点がつながり、その土地の彩度がどんどん高まっていくのが堪らなく楽しい。もちろん「美味しい」という素晴らしい体験つきで。
今回は、9月に初めて訪れたイタリア中部から北部地域で感銘を受けた「クチーナ・ポーヴェラ」という食文化についてご紹介したい。
クチーナ・ポーヴェラとはイタリア語で直訳すると「庶民の料理」という意味で、「限られた食材を無駄にせず、あるもので美味しく作る」というイタリア郷土料理の礎となる概念だ。
貧しい時代が長く続いたイタリアでは、その土地の食べ物を無駄にせず、美味しくそして長く味わえるよう庶民が工夫を凝らして料理を作った。貴重な豚肉を美味しく長期保存する生ハムや、具だくさんのミネストローネなどもこのようにして生まれた料理だ。
ちなみに、その土地の食材で工夫を凝らすクチーナ・ポーヴェラに対し、各地から珍味やバター、魚介などの高級食材を集めて作られた貴族のための料理「クチーナ・リッカ」という食文化も存在する。
クチーナ・ポーヴェラの代表的な料理
日本にもクチーナ・ポーヴェラのように生まれた郷土料理はたくさんあるが、日本と大きく異なると感じた部分がある。それは、その時代に生まれた郷土料理が今でも日常的に食べられている点だ。
イタリアにはファストフード店がほとんどなく、外国料理のお店もそれほど多くはない。目新しい料理や新しいコンセプトの飲食店が次々と生まれる日本とは違い、貧しい時代に生み出された郷土料理を、街の飲食店や家庭で今も大切に食べ継いでいるのだ。
今回は実際にイタリアを旅して出会ったクチーナ・ポーヴェラにのっとる郷土料理を、実際の写真付きで紹介したい。
硬くなったパンを再利用して作るサラダ「パンツァネッラ」
フィレンツェの「Ristorante del Fagioli」にて
レストランに行くと、食事と一緒にパンが提供されることがある。日本のレストランで提供されるパンはふかふか・もっちりとしていて、パン単体でも非常に美味しいものが多い。しかしフィレンツェのあるトスカーナ州で提供される食事パン「パーネ トスカーノ」は、塩と油を使わない至極シンプルな食味のパンだ。
一口かじるとカスッとした食感で、味はほぼない。塩や油脂が高価だった時代に作られた塩なし・油なしのパンは、今でもトスカーナの人々に愛され日常的に食されている。塩気がないからこそ生ハムやサラミなどこの地域の伝統的な保存食とも非常に合い、トスカーナのずっしりとした肉料理の合間に食べると、日本食でいう白米のようにほっとする。
油分を含まないこのパンは、1〜2日も経つとすぐに硬くなってしまう。硬くなったパンを無駄にせず、どうにか美味しく食べようという工夫により生まれた郷土料理がトスカーナには数多くあり、その一つがこのパンツァネッラだ。
パンツァネッラの作り方は非常に簡単で、①乾燥して硬くなったパンをビネガー入りの水に浸す ②パンがふやけたら手でくずし、生野菜と塩とオイルで和える ③味がなじむまで冷蔵庫で寝かせる たったこれだけ。
フィレンツェのレストランでこの料理に出会った時、あまりの美味しさにもりもりと夢中で食べてしまった。野菜から出た水分を吸ったパンは、野菜の旨味をたっぷりまとったドレッシングとなり、しっとりとした口当たりも相まっていくらでも食べられる美味しさだった。
Ristorante del Fagioliで私が食べたパンツァネッラは皮を剥いたきゅうり、トマト、セロリというシンプルな組み合わせだったので、日本に帰ってからもさっそく真似をした。フレッシュなパンで作る場合はトーストして水分を飛ばすと良いらしい。
激しい領土争いの中で生まれた保存食「ザンポーネ」と「コテキーノ」
モデナの「Trattoria Pomposa」にて
フィレンツェから北へ140kmのエミリア=ロマーニャ州モデナで出会った郷土料理、ザンポーネとコテキーノ(写真手前)。現在では年末年始に縁起物として食べられている。激しい領土争いにより食糧が枯渇していた時代に貴重な豚肉を無駄にせず、侵略者からも奪われにくい形で保存する方法として編み出された料理だそうだ。
ザンポーネは豚足の皮に、コテキーノは腸に、それぞれ赤身と脂のミンチを塩やスパイスと一緒に詰めて作られる。塩気と脂分が強くこってりとした味わいで、少量でもものすごく食べ応えがある。脂分が多いためかほろりとほどける食感のため、ソーセージよりもコンビーフの食味に近い。ただでさえ厳しい時代の中、豚の皮や脂も無駄にすることなくごちそうに仕立て上げた料理人の気概に敬意を表さずにはいられなくなる。
余談だが、モデナではどのテーブルを見渡してもディナータイムには皆、微発砲の赤ワイン・ランブルスコを飲んでいた。ザンポーネやコテキーノ、ボロネーゼやラザニアなどのこってりした肉料理が多く、生ハムやパルミジャーノ・レッジャーノなど味の濃い食材をふんだんに使うこの辺りの料理には、白ワインよりも軽めの赤が合う。さらに湿度が高い気候のため、蒸し蒸しとした夜に飲む冷えた微発砲が最高に美味しいのだ。
最初はなぜ皆ランブルスコを飲むのか?と不思議に思ったが、料理の味わいと気候、どちらにとっても最適解なのがこのランブルスコなのだと現地で食事をして実感した。
パン粉を混ぜて作られたパスタ「ピサレイ」
ピアチェンツァの「Osteria Del Trentino」にて
モデナから北西へ120kmの場所に位置するエミリア=ロマーニャ州の小さな街、ピアツェンツァ。イタリアには数えきれない種類のパスタが存在するが、その中でも少し珍しい「ピサレイ」というパスタを紹介したい。
このパスタはここピアチェンツァの郷土パスタだ。小麦粉が高価だった時代にお腹いっぱい食べるため、そして余ったパンを無駄にしないためパン粉を混ぜて作られたパスタだという。うずら豆と一緒に煮込む最も伝統的な「ピサレイ・エ・ファゾ」で頂いた。
ピサレイはもちっとした噛みごたえのある食感が特徴で、パスタともニョッキとも違う独特な味わいだ。トマトベースのソースに生ハムの脂でコクが加わり、豆とパスタのみでも飽きのこない美味しさになっている。
エミリア=ロマーニャではこのように料理に旨味を加えるために生ハムを使うことが多いという。だし代わりに煮込んだり、ソースにコクを出すために入れたり、詰め物パスタの具材に使ったりとその用途は多岐にわたる。
伝染病の影響で長い間輸出がストップしているイタリア産のハム。今後数年間は規制が続くという見解も。イタリア産の生ハムを提供するお店を見かけたら貴重なイタリアハムを味わってみてはいかがだろうか。イタリア・パルマ産の生ハムは甘みがありしっとりとした柔らかな食感が特徴。スペイン産のハモン・セラーノやハモン・イベリコは熟成香が強く、噛むとじんわり旨味が溶け出すのが特徴だ。好みによるがどちらも違った美味しさがある。
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イタリアの郷土料理を知るたびにその多彩さに驚く。その土地の食材を使いその土地の料理人や家庭のマンマが工夫を凝らして作られた料理が土地ごとに無数に存在するのだ。そしてそのどれもがとても美味しい。
飲食店に勤める友人に教えてもらった東京のとあるイタリアンレストランへ行った際、メニューに載っている料理が初めて名を聞く料理ばかりだったのだが、そのどれもが本当に美味しく、こんなイタリア料理が存在するのかと感動した。後にそれがエミリア=ロマーニャ地方の伝統的な郷土料理だと知った時に、イタリアの郷土料理への興味が日に日に高まり、現地に足を運ぶに至った。
美味しい料理を求めて降り立ったイタリアだが、美味しさ以上に、クチーナ・ポーヴェラの概念や地のものを大切にする風習が現代でも受け継がれていることに驚いた。
食事だけではなく建物から毎日の着る服に至るまで、必要以上にものを追い求めず、今あるものを永く大切にしながら楽しむイタリアの人々。決して無理をするわけではなく、その暮らしを朗らかに楽しんでいる姿から、日常の中で“足るを知る”幸せな生き方を、無意識に皆がわかっているように思えた。
日々激しい消費行動が行われる東京で暮らす私にとって、その姿は新鮮であまりにも尊かった。ストレス過多の社会で肩の力を抜いて生きるヒントをイタリアに教えてもらったような気がする。
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沼野裕貴
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