旅する経営者 x 地域のシビックプライド「まぜたらどうなる?」〜山口県ワーケーションツアー報告 前編〜

世界のスタートアップの環境が徐々に冷え込む一方で、実は日本国内のスタートアップの数、調達金額共に増加傾向にある。ただしそのスタートアップの設立場所は、いまだに東京一極集中の傾向が続いている。

都道府件別のスタートアップ設立数 引用元: 「Startup Jornal

そのせいか都市圏ではオフィスを維持するコストも、人材獲得の競争率も高止まりしたままだ。一方、地方に目を向けてみると、そこにあるのは、人口減少に伴う空き家問題、雇用創出など、都市圏とはまったく逆のベクトルの課題。

そこで思いつくのは、都市圏の集中という課題、地方の人口減少という2つの課題は、その課題同士のかけあわせ方次第で、実は希望に変わるのではないだろうか?という仮説。そう、マイナスとマイナスを掛け合わせるとプラスになる計算式のように。

そんな仮説はさておき、今回の記事の舞台となった「山口県下関市豊北地域」と「萩市」も、例に漏れず人口減少という課題を抱えている。しかしそこにはシビックプライドと共に希望をもって活動している地域の人々が存在するのも事実だ。

この記事では、幅広い領域で事業課題に関する企業支援を行う株式会社パソナJOB HUBが2023年12月に開催した、「山口県ワーケーションツアー」の3日間の様子をお届けする。

全国の都市部から集まったスタートアップ企業を中心とした経営層たちが、山口県の「下関市豊北地域」「萩市」という2つの地域を巡り、現地の事業者との交流をする3日間のワーケーション。その中で地域の魅力と課題に触れながら、経営者たちが自社事業との「関わりしろ」を現地で見出す過程を、一参加者として現地を訪れたLivhub編集部がレポートする。これを読んでいる方も、一緒に2つの地域を巡るつもりで読みすすめてもらえたら嬉しい。

地域に眠るポテンシャルを掘り起こせ!

今回の旅の幕開けは、山口県宇部空港から車で1時間20分ほどの所にある、下関市豊北町の旧滝部小学校から。

旧滝部小学校

歴史の重みを感じる、美しい洋館風の元小学校の建物に、旅人であるワーケーション参加者と、豊北地域に根付く地域プレーヤーが、互いに自己紹介をするところから旅のオリエンテーションは始まった。

オリエンテーションの様子

この旅の最初の舞台である旧滝部小学校は、ルネサンス様式の石造建築を木造建築に取り入れた構造で、大正期の代表的な学校建築として昭和54年に県の有形文化財に指定され、豊北町歴史民俗資料館として活用されている。
ちなみに下関市豊北町は、西は響灘(ひびきなだ)、北は日本海に面した本州最西端に位置する漁業と農業の町。

下関市まるわかりマップ(引用元: 海峡と海の町下関市 公式HP)

まずオリエンテーション冒頭で下関市総合政策部企画課の林裕史氏の下関市豊北地域の現状についてのレクチャーを受け、現状について学ぶ参加者一行。

下関市総合政策部企画課 林裕史氏によるプレゼン

「下関市は2005年に1市4町が合併して今の形になりました。観光名所や特産品としては、自動車メーカーのCMや映画ロケで有名な角島大橋、ふるさと納税で10億円を稼ぎ出す「ふぐ」があります。
それでも90年代から人口減少が止まりません。空き家に空き商店街、廃校活用の課題、典型的な地方の課題が山積み。特に下関市の最北端にある豊北町は最も人口減少が著しい。その対策として下関市は『リノベーションまちづくり』というプロジェクトを推進しています」

リノベーションまちづくりプロジェクトの特徴は、空き家のリノベーションありきではなく、人的資源、歴史的資源も使っていくことにある。あるものを生かし、小さな点を打ち波及を生むべく、様々なプロジェクトが現在も進行中だ。地域住民を中心にゲストハウス、畑付きのシェアビレッジ、チャレンジショップなどを立ち上げたり。その活動の中心の一つになっているのは「一般社団法人たきびれっじ」という団体だ。

一般社団法人たきびれっじの皆さん

この日参加してくれた中野和孝代表理事と永富敬吾理事は、地域の課題と団体の活動の方向性を以下のように語る。
 「この地域の人が減っていく様子を目の当たりにして、自分の体が動くうちにこの地域を未来に残す活動をしなくてはと思い立ちました。地元民しか知らないポテンシャルがまだまだ豊北地域には眠っている。地域の既存の資産を生かすべく『地域にあるものでパブリック空間をいくつつくれたか』を指標として活動を続けています」

現代版家守(やもり)の復活で民間主導のまちづくりを

突然だが「家守(やもり)」という言葉をご存知だろうか?

かつて江戸時代には、現代と比べて庶民の人口に対して役人の数が少なかったため、その役割を補っていたのが「家守」という職業だった。主人不在の家屋敷を預かり、その管理・維持に従事する家守は、役人と庶民の間に立ち、人々の生活周りの世話や相談役として機能していた。

豊北地域のリノベーションまちづくりにおいて大事なキーワードが「民間主導のまちづくり」だが、これを言い換えれば現代版の家守を復活させることでもある。そんな「現代版家守」の役割の一部をデジタルで実現しようというのが、今回地元から参加してくれた株式会社田中商店代表取締役の田中利明さんだ。

田中利明さん

「特牛(こっとい)という地区で海産物の卸をしています。そこは数百人しかいない部落ですが、空き家が60軒近くあります。行政が運営する空き家バンクには整備された空き家しか掲載できないが、豊北には少し手を入れれば住めるようになる空き家が沢山あることに気づきました。

そこで渋谷区のIT企業である株式会社ユーカリヤのオープンソースマップ「Re:Earth」を活用して、地域の空き家を可視化するプラットフォームをスタートしました。地図上には所在地や物件の状態だけでなく、そこでの生活に必要な周囲のインフラに関する情報や、元々何屋さんだったとか有機的な情報も合わせて掲載しています。将来的にはこの仕組みを活用して地元のテレワーク雇用創出にも繋げていきたい」

豊北地域発の小さなプラットフォームが「現代版デジタル家守」のような役割を担いながら、こうして民間主導で成長していくことは、地域における人口減少時代の希望の一つだと言えそうだ。

豊北のリアルを知るフィールドワーク

オリエンテーション後は、市の職員でありながら、自らもたきびれっじの一員として活躍する永富さんを始めとした市の職員の案内で実際に豊北地域の空き家や空き店舗を見学する参加者一行。

空き家ツアーの様子

今回はゲストハウスを運営する企業経営者も参加していたことから自らの事業との接点を見出すべく、積極的に物件の状態や近隣の状況に関する質問が現場で飛び交っていた。

豊北地区の地域の課題と魅力、そしてそこで活動するたくさんの地域の人々に一気に対峙した都市圏からの旅人たち。地域の現実を目の当たりにしてホテルに帰った参加者たちはこの日、何を考えながら眠ったのだろうか。

角島灯台と絶景ワーケーション

初日を終えた2日目の朝。らせん階段を昇りきった先に辿り着いた角島(つのしま)灯台の最上階。風に煽られながらおそるおそる眼下を見下ろすと、目に飛び込んでくるのはコバルトブルーの海を行き交う船と、そして角島の周囲の雄大な自然のパノラマ。

灯台から見渡せる日本海

1876年に建てられた歴史的建造物、角島灯台。そこに実際に登ってみることで、江戸時代前後から海上交通の要所として様々な船や旅人が行き交ってきたであろう、下関という場所の重要性を再確認できる。

この灯台の絶景から、あらためて豊北地域の自然、歴史をあらためて俯瞰し、そこでの出会いを反芻する参加者たち。

出発まで、窓の向こうに角島とそこにかかる角島大橋を眺めながらの絶景ワーケーションを挟んだ後、一行を乗せたバスは次の訪問場所である萩市へと向かった。

<後編に続く>

【参照サイト】海峡と歴史のまち下関
【参照サイト】一般社団法人たきびれっじ
【参照サイト】こっとい田中
【参照サイト】オープンソースWebGISシステムRe:Earth

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