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ワーケーションで脱炭素?
気候危機が加速し、海水面上昇や自然災害など様々な形でその影響が顕在化するなか、世界中の政府や企業が脱炭素社会の実現に向けた取り組みを進めています。日本においても、2020年10月に菅首相が2050年までの脱炭素実現を宣言して以降、企業や自治体の間で急速に脱炭素への移行が進んでいます。
このような流れの中で、先進的な自治体や企業の中には、脱炭素とワーケーションを結びつけ、ワーケーションを脱炭素型のワークスタイル・ライフスタイル普及に向けた手段として活用できないかを模索する動きも出てきています。ここでは、ワーケーションと脱炭素の関係や具体的な事例について詳しくご紹介します。
脱炭素とは?
脱炭素とは、省エネや再エネの推進、サーキュラーエコノミー(循環経済)の推進による廃棄物の削減などを通じて地球温暖化の原因となる大気中へのCO2排出量をできる限り抑制するとともに、森林保全・再生、海洋保全・再生、炭素回収技術などにより大気中に排出された炭素を吸収していくことで、CO2排出量の「実質ゼロ」を目指すことを指します。「実質ゼロ」とは、CO2排出量そのものをゼロにするということではありません。人間の活動によるCO2排出量と、森林やテクノロジーなどによるCO2吸収量を同じにすることを意味しており、「炭素中立(カーボンニュートラル)」と呼ぶこともあります。
ワーケーションと脱炭素の関係
ワーケーションは、脱炭素社会の実現にどのように貢献することができるのでしょうか?ここでは、下記の観点からワーケーションと脱炭素の関係についてご紹介します。
- テレワーク推進による脱炭素
- 移動(モビリティ)の脱炭素化
- ワーキングスペース・宿泊施設の脱炭素化
- 脱炭素関連コンテンツのプログラム化
- カーボンオフセットとワーケーション
1. テレワーク推進による脱炭素
ワーケーションを始めとするテレワークの推進は、脱炭素経営の手段としても注目されています。企業活動に伴うCO2排出量には、スコープ1・2・3という3つの領域が設定されており、それぞれ下記を意味しています。
- スコープ1:事業者自らによる温室効果ガスの直接排出(燃料の燃焼、工業プロセス)
- スコープ2 : 他社から供給された電気、熱・蒸気の使用に伴う間接排出
- スコープ3 : Scope1、Scope2以外の間接排出(事業者の活動に関連する他社の排出)
このうち、ワーケーションの推進は、主にスコープ2・3の削減に貢献できる可能性があります。
スコープ2:オフィス使用電力の削減
ワーケーションを始めとするテレワークの推進により、オフィス勤務の需要を縮小することができれば、必然的にオフィスの電力使用量も削減することができます。ただし、オフィスの電力が再生可能エネルギーで賄われている場合は関係ありません。また、テレワークの推進によりオフィスの電力使用量が減ったとしても、その分オフィス以外の作業場における電力使用が増加すれば、実質的にはCO2排出の削減にはつながりません。
このオフィス以外(自宅・サテライトオフィスなど)の場所における電力やガス使用に伴うCO2排出量を自社のスコープ算定に含めるかどうかについては企業によって対応が異なっており、リモートワークが普及する現在において「スコープ4」の概念が必要といった議論もあります。サテライトオフィスを活用したワーケーションを認めている企業の場合、サテライトオフィスが専有型・共有型かでも考え方が変わってくるかもしれません。
そもそもサテライトオフィス、宿泊施設などの運営事業者が再生可能エネルギー由来の電力を利用していれば、企業としてはこれらの問題も気にする必要がなくなります。その意味で、ワーケーションを招致したいコワーキングオフィス運営事業者や宿泊施設にとっては、脱炭素化が将来的に大きな強みとなる可能性もあります。
スコープ3:テレワークによる通勤時のCO2排出量削減
従業員の住宅に近い郊外などにサテライトオフィスを開設し、サテライトオフィスにおけるワーケーションを推進することで、オフィス通勤によるCO2排出量を削減することも可能です。しかし、ワーケーションの推進により都市部で働く従業員が地方や海外へ飛行機で移動する機会などが増えると、移動に伴うCO2排出量はむしろ増加してしまいます。
従業員の出張に伴うCO2排出量は、スコープ3において算定が求められていますが、ワーケーションの移動に伴うCO2排出量について明確なルールはないため、各社の運用に委ねられる領域となります。いずれにせよ、脱炭素を推進する企業の場合はワーケーション時の移動についてもできるかぎりCO2排出量が少ない移動手段を優先するという姿勢が求められるでしょう。
2. 移動(モビリティ)の脱炭素化
ワーケーションには必ず「移動(モビリティ)」が伴いますが、この移動をどのように脱炭素化するかという点もポイントとなります。ワーケーションにおけるモビリティは、大きく下記の2つに分けて考えることができます。
- 現地までのモビリティ
- 現地でのモビリティ
現地までのモビリティ
現地までのモビリティとは、ワーケーションを実施する場所までの移動手段のことを指します。自転車、車、電車やバスといった公共交通機関、飛行機など様々な方法があるかと思いますが、この中でも最もCO2排出量が多いのが飛行機です。飛行機を利用した移動の場合、脱炭素に取り組む場合は現状カーボンオフセットを利用するしかありません。できるかぎりCO2排出量が低い公共交通手段の利用を推進するといった努力が必要です。
現地でのモビリティ
現地でのモビリティに、運行時のCO2排出量がゼロとなるEV車の試乗体験やシェアリングを提供するという事例も出てきています。また、EV車ではなく電動サイクリングや電動キックボードの利用を促進するなど、CO2排出を伴う自家用車以外のモビリティを推進するといった取り組みが考えられます。
3. ワーキングスペース・宿泊施設の脱炭素化
脱炭素型のワーケーションを掲げる以上は、仕事場となるコワーキングスペースやサテライトオフィス、宿泊施設の脱炭素化は欠かせません。再生可能エネルギーの導入は必須と言えるでしょう。その際は、再生可能エネルギーの地産地消を目指し、地域でつくった電力を利用することで、ワーケーションの推進を通じて地域にお金が落ちる仕組みを構築することもできます。
また、ワーケーション時に使用される電力は、ワーキングスペースや宿泊施設などの事業者にとってはあくまで「スコープ2」におけるCO2排出量でしかありません。究極的には、地元木材を活用した建築による炭素固定、脱炭素を意識した家具や備品、食品などの調達(地産地消によるフードマイレージ削減、ヴィーガン食の提供など)、廃棄物の削減など、スコープ3領域における脱炭素に取り組むことも求められます。
脱炭素ワーケーションを謳っておきながら、ワーケーション中に使い捨てプラスチックが大量に提供されたり、食品ロスが発生したりすると、環境に配慮された心地よい体験を求めてワーケーションにやってきた参加者は困惑してしまいます。気候危機の原因となっている化石燃料由来プラスチックの利用をできる限り減らす、焼却によるCO2排出の原因となる廃棄物をできる限り減らす、食事にはリユーサブル容器を提供するなど、きめ細やかな対応がワーケーション参加者からの信頼を獲得するうえで重要となります。
4. 脱炭素関連コンテンツのプログラム化
ワーケーションのプログラムを通じて脱炭素社会への以降を促進するという方法もあります。具体的には、下記のようなプログラムが考えられます。
- 気候変動に関する学習体験
- 脱炭素に貢献する体験
- 脱炭素実現に向けた課題解決
気候変動に関する学習体験
ウィンタースポーツの聖地となっている地域、海水面上昇による影響を強く受ける離島など気候変動の影響を強く受ける地域の場合、気候変動に伴う環境変化が地域の生態系や社会、経済にどのような影響をもたらしているかをワーケーションの参加者が体感できるプログラムの提供などが考えられます。
また、太陽光発電、風力発電、小水力発電、バイオマス発電など、自ら再生可能エネルギーを生み出している地域の場合は、それらの施設の見学ツアーなどを取り入れ、再エネの現場や課題を知ってもらう機会を提供することも可能です。
脱炭素に貢献する体験
間伐や植林などの森林保全・再生による炭素固定や、藻場の再生による炭素固定といった取り組みをワーケーションプログラムの一環として取り入れることで、参加者がただ脱炭素について学ぶだけではなく、実際に貢献できる機会を提供することも可能です。
脱炭素実現に向けた課題解決
脱炭素社会の実現は決して簡単ではありません。豊かな自然のありがたみを味わえる場所で、気候変動緩和・適応につながる解決策や脱炭素を実現するイノベーション、脱炭素型ライフスタイルの普及に向けたアイデアなどを参加者と一緒に考えるという地域課題解決型ワーケーションプログラムの提供なども考えられます。
5. カーボンオフセットとワーケーション
個人や企業が自らの活動により排出されるCO2排出量を、カーボンクレジットの購入を通じて相殺(オフセット)することをカーボンオフセットと呼びます。カーボンオフセットはあくまで最後の手段であり、オフセットをする前にまずはできる限りCO2排出量を削減することが求められますが、それでもどうしても出てしまうCO2は、最終的にオフセットすることで炭素中立(カーボンニュートラル)を実現することができます。このカーボンオフセットは、2つの観点からワーケーションと組み合わせることができます。
- ワーケーション自体のカーボンオフセット
- カーボンオフセットをきっかけとしたワーケーション
ワーケーション自体のカーボンオフセット
一つ目の方法は、ワーケーションに伴う全ての活動(移動、宿泊など)のCO2排出量を可視化し、全てオフセットしたうえで、カーボンニュートラルなワーケーションプログラムを提供・実施するという方法です。日本旅行では、カーボンオフセットの仕組みを取り入れた「JRセットプラン Carbon-Zero」を発売していますが、今後、脱炭素を「売り」とするワーケーションにはこうした取り組みが求められるようになるでしょう。
カーボンオフセットをきっかけとしたワーケーション
二つ目の方法は、カーボンオフセットを企業と自治体がつながる機会と捉え、カーボンオフセットを通じてつながった企業と自治体の関係を強化し、関係人口化するための施策としてワーケーションを活用するという方法です。近年では、自治体や地域の森林組合などが地域の特色を生かしたカーボンクレジットを提供し、脱炭素に取り組む企業がそれらのクレジットを購入し、カーボンオフセットするという動きが出てきています。しかし、せっかくの取り組みがクレジットの購入を通じたお金のやりとりだけで終わってしまっては、コストをかけてオフセットをする企業にとっても、企業からの投資を呼び込みたい自治体にとってもメリットがありません。
そこで、例えば企業がカーボンオフセットを通じてつながった自治体にワーケーションの仕組みを活用して実際に訪問したり、その逆に自治体がカーボンオフセットしてくれた企業に対してワーケーションを積極的に誘致したりするなど、お互いに関係構築を働きかけることで、カーボンオフセットから環境的価値(脱炭素化)・経済的価値(地域経済への貢献)だけではなく社会的価値(関係人口化)を引き出すことも可能となります。
脱炭素ワーケーションプログラム構築のポイント
脱炭素ワーケーションを実現したい企業や自治体、関連事業者は、どのような点に留意すればよいのでしょうか。ここではポイントを簡潔に3つにまとめます。
- プログラムの脱炭素化
- 脱炭素の可視化
- 可視化に基づくプロモーション
プログラムの脱炭素化
まず大前提となるのが、ワーケーションプログラム自体を脱炭素化するということです。移動(モビリティ)・作業場・宿泊施設の脱炭素化はもちろん、森林や海洋など、地域資源を活かして気候変動の緩和・適応や脱炭素に関わるコンテンツを企画しましょう。
脱炭素の可視化
自治体やワーケーションに関わる宿泊施設や観光事業者としては「ワーケーションプログラムの運営により、実際にどの程度のCO2が排出されているのか」を、ワーケーションを実施する企業としては「ワーケーションの実施によりどの程度CO2排出の削減効果があるのか」を、それぞれ具体的な数値として可視化することも非常に重要です。数値に基づいて取り組みをアピールすることができれば、企業、自治体、関連事業者の全てにとってメリットが生まれます。そのためには、専門機関や研究機関との連携も重要となります。
「ファクト」と「ナラティブ」によるプロモーション
「脱炭素」を切り口としたワーケーションプログラムの実施をアピールする場合は、「ファクト(数値などの事実)」と「ナラティブ(共感できる物語)」の両方が大事です。ワーケーションを招致したい自治体や事業者の視点としては、「なぜその地域にとって脱炭素に取り組むことが重要なのか?」を明確に語れることが重要となりますし、ワーケーションを実施する企業の視点としては、「なぜ自社にとって脱炭素に取り組むことが重要であり、そのためになぜその地域でワーケーションを行う必要があるのか」を説明できることが重要となります。また、こうした「ナラティブ」に加えて、具体的にどの程度CO2排出量の削減に貢献できるのかを「ファクト」として可視化し、ナラティブとファクトの両面からワーケーションの価値をプロモーションしていくことで、その意義をより効果的に伝えられるようになります。
脱炭素ワーケーションの事例
脱炭素をテーマにワーケーションプログラムを提供している具体的な事例についても紹介します。
神奈川県小田原市:EVで脱炭素ワーケーション
神奈川県小田原市では、小田原の特性である豊かな自然環境と都心からのアクセスの良さを生かし、人手を介さず「ゼロ・コンタクト」な利用ができるEVのカーシェアリングサービス「eemo」を使用したワーケーションを提供しています。小田原市いこいの森林間オートサイトでEVを利用する場合、EV内の蓄電池から電気を取り出すパワームーバーの貸出も行っており、「eemo」を利用する場合は無料で貸出となります。また、いこいの森ではパワームーバーだけではなく「EVでワーケーション応援セット」としてプロジェクターやスクリーン、電気ケトル、炊飯器などの物品貸し出しも行っており、EVでいこいの森に出かけ、EVの蓄電池の電力を使ってキャンプを楽しみながら大自然の中でワーケーションを楽しむという、新しい脱炭素ワーケーションの形を提案しています。
【参照サイト】小田原市「脱炭素型地域交通モデルと新しいライフスタイル ~EVを活用してキャンプ場でワーケーション~」
長野県千曲市:ゼロ・カーボン・ウィーク
長野県千曲市に本拠を置く株式会社ふろしきやは、千曲市、信州千曲観光局、長野県と連携し、2021年5月22日~29日にかけて「ゼロ・カーボン」をメインテーマとするワーケーションプログラム、「ワーケーション・ウェルカムデイズ(WWD)」を実施しました。棚田の農体験、郷土料理(ヴィーガン)BBQ、SDGsカードゲーム、水素自動車EVワーク、観光/MaaSアイディアソンなど、ゼロ・カーボンにつながる信州での暮らしを体感できるプログラムが提供されました。
【参照サイト】ふろしきや「千曲ワーケーション・ウェルカムデイズ」
徳島県三好市:環境配慮型ワーケーションモデル
徳島県三好市池田町では2021年10月、徳島県、徳島文理大学らを含む産官学民連携チーム「環境配慮型ワーケーションモデル創出会議」が主導のもと、廃校になった旧馬場小学校をリノベーションした宿泊施設「ウマバ・スクールコテージ」を活用し、同施設と周辺の民家、阿波池田駅に設置された太陽光パネルと蓄電池をつなぎ、使用状況に応じて電力を融通し合うシステム構築の実証実験が行われました。この取り組みにはリチウムイオン電池を開発する村田製作所やIoTによる電力制御システムを開発するソニーコンピュータサイエンス研究所などの民間企業も関わっています。再生可能エネルギーを活用した新たな地域移動搬送システムの構築により同地域の施設やモビリティの脱炭素を実現し、環境配慮型の新しいワーケーションモデル構築を目指すという先進的な事例だと言えます。
【参照サイト】ウマバ・スクールコテージ「『ワーケーションと脱炭素組み合わせ』ウマバ・スクールコテージでの取り組みが徳島新聞に掲載されました。」
まとめ
いかがでしょうか?ワーケーションには脱炭素社会の実現に向けた様々な可能性があることがお分かりいただけるのではないかと思います。気候危機が加速するなか、脱炭素は企業、自治体、個人の全てにとって欠かせないテーマとなっています。ぜひ、脱炭素社会への移行を促進する手段の一つとしてワーケーションの有効活用を検討してみることをおすすめします。
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