世界の道端でローカルと交わした言葉たち〈タイ・チェンマイ〉

チェンマイ

色々な店に一度ずつ訪れるよりも、旅先でも日常でも、同じ店に日々通い続けることに魅力を感じる。カフェやレストランなど、毎日同じ人と顔を合わせるうち、その人の日常に私が居ることが徐々に普通になり、その人も私の日常の一部になっていく。旅先においては、その日常は一過性のもの。それでも、私たちはがその日常が永遠に続くようにただただ会話を交わすのだ。

キャッチボールするように言葉をポーンと投げ合い、内容うんぬん以前にやり取り自体を楽しむ。会話はときに笑いに発展し、なにがそんなに面白かったのかも思い出せないまま、笑い続けている。

そして一日の終わりには、(今日はあの人としゃべれて楽しかったな)とか、(今日会えなかったから、明日また会いに行ってみよう)などと思いめぐらせる。

「会話」それ自体がこれほど貴重なのは、旅先での会話は相手と過ごす時間があらかじめ期間限定だという一種の刹那性を含むからなのかもしれない。

今回の記事ではそんな旅先でただただ交わしてきた、そのままにすれば誰にも聞かれず流れていってしまうような「会話」を文字にして拾い上げてみる。世界の道端で、旅人である筆者がどのような会話を紡いでいるのか、その一部をここに記す。

#1. コーヒーと音楽を愛するバリスタ「KG」

世界の道端でチェンマイはカフェの町といっても過言ではないくらい、いたるところに繊細なアートの楽しめるラテや、嫌味のないフルーティーさが魅力の浅煎りを使ったコーヒーを出すカフェがある。

バリスタである「KG」が働くカフェは、私の滞在先からほど近い場所にある。長期滞在の外国人が多い界隈で、彼らに対応するうちに覚えたという英語を使い話しかけてくれる。コロコロと髪色の変わるファンキーな見た目に反したシャイな笑顔が可愛く、私たちはすぐ打ち解けた。

KGは、昼にカフェでバリスタをしつつ、夜にはチェンマイ中のバーを転々とアコースティックギターで弾き語りをし、それを生業としている。ミュージシャンという夢を持ちつつ、生活のためにカフェで働いているのではなく、彼女にとってはコーヒーも音楽どちらも等しく好きで、情熱を注ぐべく対象なのだ。

これはそんなKGと私の、日々の他愛ない会話。

※M=筆者、KG=バリスタ

バリスタを育てる想い

M「こんなにラテアート上手なんやから、先生もできるやん!」
KG「学校とかではないけれど、ときどき個人的に教えてるよ」
M「ほんま?」
KG「うん、その子はオーストラリアにワーキングホリデーに行くっていうから。現地のカフェで働きたいっていうのよ、コーヒー淹れたこともないのに!笑」
M「私も現地で働いていたけど(豪バリスタ歴約5年)、経験ないと厳しいで。街角ごとにカフェがあるのにどこも混んでるし、私が働いていたところは店開ける前から列ができてたもん…!」
KG「そうなんだ、難しいよね」
M「でも実は、シドニーで私が一緒に働いたなかで、一番(仕事が)できる人たちはタイ人だったのも事実。ものすごく手先が器用で頭の回転が速かったし、そのうちのひとりは現地で自分の店出したよ!」
KG「Wow! (と、ちょっと得意げにほほ笑む)」
M「ちなみにレッスン代とかもらってる?」
KG「まさか!無料だよ。彼が純粋に向こうで、好きなことができる手伝いができればって思うし。彼も彼で、また誰かに教えてあげてくれればいい」
M「そっか!彼がオーストラリアのカフェで働けるといいな」
KG「そういうサポートができる場所を、将来作りたいって思ってる。私がバリスタで、パートナーがメカニックだから」
M「完璧なコンビやん、楽しみにしてる!」

このカフェでラテアートにおいてKGの右に出る人はいない(おそらく)。そんなKGにフリーで教えてもらえるなんてラッキーな人もいるものだと思い、「レッスン料をもらっているか」だなんて質問をしてしまった。それに加えて与える精神が溢れた将来のビジョンを聞いた後、(私には奉仕の心がまだ足りぬ…)と苦笑いしている。

毎夜、演奏に明け暮れる理由

KG「サワディーカー(こんにちは!)」
M「サバイディーマイ(元気?)」
KG「…」
M「眠そうやん。苦笑」
KG「昨日も遅くまで演奏していたから…」
M「え、平日やで?前は週末のみちゃうかった?」
KG「そうなんだけど、これ(スマホ画面を見せる)、私のスケジュール。毎日どこかで歌ってるのよ」
M「なんと!売れっ子やん」
KG「そういうわけでもないけど、自然な流れで」
M「タフだね、無理し過ぎんようにね」
KG「うん、でもステージ増えるほど生活も潤うし、ね!笑」
M「あ、いい稼ぎにもなる、と」
KG「まぁね、でもカフェも好きでやっている仕事だから」
M「どっちも好きだから、スケジュール的には厳しいけど一日中好きなことしているって幸せってことか」
KG「ふふ、確かに。それに子供のためにお金稼がなきゃだし!」

そうだった、いつもカフェにいるから忘れてしまいがちなのだけれど、KGには若くして生んだ子どもがいる。今はパートナーがいるけれど、一時は女手ひとつで育てていたパワフルウーマンなのだ。しかもその家計を、情熱を注げる仕事2つで支えているって、素敵だなと思う。

#2. 愛されヴィーガンショップオーナー「P」

世界の道端で私自身はヴィーガンではなく、ましてや厳格とはほど遠い、自称・ゆるベジタリアンだ。でもカジュアルで適度にリーズナブルなヴィーガン食堂をいくつかリストに持っていて、そこにローテーションで通っている。

「P」はそんな私のヴィーガン食堂リストに入る店のオーナー。初対面から、相手の出身地を予測してその国の言葉で挨拶したり、メニューに迷っていると「なにが好き?」と会話からその人の好きそうなものを導き出したりと、コミュニケーション力に長けている。そんな風に相手の心にすーっと入ってくるのだけれど、その物腰の柔らかさとニコニコ笑顔ゆえに、嫌な思いをする人は恐らくいない。

これはそんなPと私の、日々の他愛ない会話。

※M=筆者、P=オーナー

やっぱりまだ世界を見たいから

P「今の場所って、契約が来年明けまでなんだけど。ありがたいことに最近、前にも増してたくさんの人が来てくれるんだよね」
M「素晴らしいやん!その後どうするか決めてる?」
P「次の物件探したり、なにがしたいか色々考えていたけれど、いったん今は決めずに契約終了まで自分の最善でこの店をやり切ろうと思ってる」
M「なるほどね、今できることに集中するっていうわけか」
P「ここにいると世界中からゲストが来てくれて話すから、世界に関心が高まってるのかも」
M「うんうん、私みたいのもいるしな!笑」
P「ただ家族のビジネスでもあるし、周りからも『せっかく店やってるのに、なんで手放すの?』と理解してもらえない感じ」
M「でも、人の期待に応えようとしなくていいよ。人は色々言うし、だって、あなたにここにいて欲しいからね。でも、そう言う人たちはあくまで彼らの希望を口にしているだけで、あなたの人生の責任はとれへんもん。だから自分がどうしたいかで決めるんやで!」
P「…うわ、今、めっちゃグッときた!」

彼女の笑顔に迎えられたくて、彼女と話したくてここのヴィーガンショップに通う人は、後を絶たない。私ももちろんそのひとりだ。でも、だからといって多くの人の期待に応えようとするほど、彼女はここから動けなくなってしまう。結局、彼女が彼女らしくあることだけが、今後をよりよく展開させるカギになるだろう。彼女より少し(!)だけお姉さんで、世界を見てきた私の微々たるアドバイス、喜んでくれて嬉しい。

#3. 私の隠れ家の大家さんファミリー「S」

世界の道端今年チェンマイに滞在するのは2枚目なのだが、滞在時にかなりお世話になっている大家さんファミリーのひとり「S」。

なにが起きようがどこ吹く風といった、独特の雰囲気を醸す透明感のある姉妹2人とそのお母さんが、窓口に立ちいつもテキパキと動いている。そして、その皆が親日家であることも、私がこの場所で過ごす日々が心地いい理由のひとつなのだと思う。

これはオーナー家族の長女であるSと私の、日々の他愛ない会話。

※M=筆者、S=大家さんファミリー 姉

タイ人の持つ番号への執着

S「タイ人は人生を深刻に捉えないんだよ」
M「マイペンライ(大丈夫)精神やもんな」
S「それは確かに。笑。でも本当に、私たちは死さえも深刻にとらえ過ぎないし、なんならお化けも怖くないんだよ」
M「え、おばけ(なに突然)?」
S「だってタイ人は、お化けは必要なメッセージやサインをくれるものだと信じている」
M「例えばどんなメッセージ?」
S「番号だね!タイ人は番号によって、人生は良くも悪くもなるって信じているから」
M「ぞろ目とかなら、日本人もいいサインと捉えてるよ」
S「うん、でもそれに留まらないよ。お化けにはお供えものをして教えてもらうの」
M「神様じゃなくて?笑」
S「神様もそうだけど、私が言っているのは霊のお化けね。例えば事故現場とか人が集まるんだけど、その理由はそこで死者(お化け)が出るから。そこでメッセージをもらおうとする人もいるし、なにより集まる人の目的はナンバープレート!」
M「え、ダイイングメッセージ的な?」
S「そんな感じかな。縁起もの、として捉える人もいるよ。だからメモしている」
M「で、その番号をどうするの?」
S「ロト(宝くじ)だよ、もちろん!」

と言ってニヤリと笑うS。ほかにも夢の中ですでに亡くなった人が出てきて、お告げのように番号を教えてくれるのだという…。だから、そういう霊に会っても怖くないのだ、と。そしてタイ人は、ロトに並々ならぬ情熱を持っている。
この感覚は、なかなかわからないけれど、別のタイ人に確認してみたら笑いながら「間違いない」と言っていたから、一般的なのだろう。

タイ人と話していると、他愛のない会話の節々から彼らの信仰心に触れることがある。Sとの話もなかなかに興味深かったし、彼らのように捉えられれば死も恐れるべき対象ではなくなるかもしれない。「マイペンライ」と明るい声が聞こえてきそうだ。

チェンマイの道端に転がった、会話をいくつか紹介した。

もちろんこれはあくまで会話だから、その真偽を追求する目的はない。もっと他愛ない話もしているけれど、私の記憶に残るのはこういう面白いキャッチボールなのだった。

その土地を知るには、やはりその土地で生まれ育った人とのコミュニケーションが欠かせない。そこから見える世界は、いち旅人としての視界をぐんと広げてくれるのだ。

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mia

旅するように暮らす自然派ライター|バックパックに暮らしの全てを詰め込み世界一周。4年に渡る旅の後、オーストラリアに移住し約7年暮らす。移動の多い人生で、気付けばゆるめのミニマリストになっていました。ライターとして旅行誌や情報誌、WEBマガジンで執筆。経験をもとに、旅をちょっぴりエコにするヒントをお届けします。