頭はそこに置いておいて。朝日をただ見にいこう

遊び疲れて今すぐベットに倒れ込みたいところ、少しの力を振り絞ってスマホで朝5:00にアラームをかけた。バタンと夢の一つも見ずに眠りこけて、目を覚ますと時刻は4:52。アラームよりも少し早く起きられたようだ。

真っ暗な窓の外を見ながら、適当な服に着替え、髪もとかさずにホテルの部屋を出た。誰もいないロビーを通り抜けながらコンパスのアプリを開き、自分ごと回転させながら東の方角を確認する。

静まり返った明け方の道は少し不気味で、虫の声、鳥のさえずり、そして蛙の大合唱に、いちいち驚く。蛙の鳴き声が離れたと思うと、波の音が聞こえてきた。

海岸だ。

黒い海や砂浜を目の前に、また少し怖くなる。持ってきたイヤホンをおもむろにつけて陽気なPodcastで気を紛らわす。

空には一面に雲が覆いかぶさっていたが、ほんの一部ちょうど真東の部分にだけ切れ間が見えた。もしかしたら見えないかもしれない。それでも、空をぼーっと眺め続けた

少しずつ切れ間に黄緑のような黄のような色がつき始めた。緩やかな波が絶え間なく寄せては返す。波打ち際でカニが動く。そーっと近寄ったつもりだったが、私の気配に近づくと、速度を十倍に上げて高速で逃げていった。

気づくとさっきまでほんのわずかだった雲の切れ間が少しずつ増え始め、空が明るくなりはじめている。雲の端がオレンジ色に輝き始め、ゆっくりと焦らすように雲で隠された太陽が山を越えて顔を覗かせた。

(おはよう。おかえり)

台風が接近していた沖縄は、着いてから連日曇り空。強い風と雨に見舞われ、ヤシの木は囂々と揺れ、美しい青も緑も赤も隠れてしまっていた。

そして最終日。ようやく雨風が過ぎ去り、朝日が出て、沖縄に色が戻ってきた。海は青く、ヤシの木は緑、ハイビスカスは赤い。ずっと雲に隠れていた太陽のエネルギーは凄まじく、辺り一面を白く照らす。全てが美しく、そろそろ朝ごはんの時間だというのに、ずっとその場から動けずにいた。

なんとか腰を上げて、後ろ髪を引かれるように本当に何度も太陽のほうを振り返り、目の前の情景をそのまま閉じ込めることなんてできないのは分かっていながらも、なんとかつかまえておきたくて、何枚も写真を撮った。さっきまで閉じていた花が、陽の光とともにふわっと開いていた。

「子供と遊ぶのにおすすめな公園!」「本日の新型コロナウイルスの新規感染者数は・・」「お世話になっております。何卒よろしくお願いいたします」

画面上に展開される大量の情報を頭いっぱいに詰め込んで、重たい頭をなんとか支えながら過ごす日々。沖縄ではそんな頭をどこかに遠くにぽーんと投げて、ただただ身体と感覚で目の前にある情報を直接吸収した。覚えているのはこんなこと。

海ぶどうのぷちっとした独特の食感と、ほのかな海の香り

夕方、海辺でおじーたちが泡盛を片手にゆんたく(おしゃべり)を楽しむ景色

束の間の奇跡的な晴れ間、目の前の美しい海、泳ぐ青い魚、どうしても泳ぎたい気持ちを抑えきれず服のまま海に飛び込んだ時の爽快さと水の感覚、その光景を見ていた2歳の我が子の嬉しそうな顔

会話ができないほどの強風

仕事が終わったらすぐそこのセブンで金麦を3本買って帰って、煙草を吸いながら飲むのが幸せなのさ。と言っていた料理屋のお母さんの嬉しそうな顔

道の駅のレジ前に「おきなわのおやつ」と書いて売られていた “なんとぅ” という名前の食べ物のもちのような不思議な食感

夜小雨が降り強風が葉を揺らすフクギ並木の何かいるようなぞわぞわとした空気

この全部を脳みそではなくて、身体で覚えている。沖縄から帰ってきた日常のなかにいくつ身体に記録できている記憶があるだろう。いかに普段頭でばかり情報を摂取し、処理しているかを強く感じた。

台風が過ぎ去った沖縄の海岸には、大量のプラスチックごみが落ちていた。溶けてぐちゃっとなったペットボトルのふた、歯が抜け落ちた櫛、ハンガー、洗濯バサミの片割れ、時計の枠、桃を覆っている網網の入れ物、そしてつまめないほどに小さくなった大量のプラスチックの破片。拾っても拾ってもキリがないほどに、山ほど落ちていた。プラスチックが地球全体に行き渡っているのだということを、台風の後の沖縄で、私は初めて体感した。

沖縄居酒屋の三味線ライブで、「島唄」は戦争で犠牲になった沖縄の人たちのことが描かれた歌だということを初めて知った。事実を知った上で聞いた島唄は力強く、そしてすごく悲しかった。

直接行かないと、直接見ないと、直接聞かないと、知り得ないことや見えない世界がほんとうに山ほどある。

自分の目で見て、自分の頭で考えて、自分の言葉で考えを持って生きていけるように、もっともっと旅をしなくてはと深く感じた旅だった。

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飯塚彩子

“いつも”の場所にずっといると“いつも”の大切さを時に忘れてしまう。25年間住み慣れた東京を離れ、シンガポール、インドネシア、中国に住み訪れたことで、住・旅・働・学・遊などで自分の居場所をずらすことの力を知ったLivhub編集部メンバー。企画・編集・執筆などを担当。