大都市からの移住夫婦がバリ島ウブドで始めた食堂が、私の居場所になるまで

Antawali

「旅先には、滞在中に何度も通いたくなる食堂やカフェがあるといい」

世界放浪5年目の私はそう感じている。日々訪れたい場所が一つでもあると、旅は濃度を増す。ただ、そんな一軒に必ず出会える確証はない。だからこそ、出会えた時は奇跡に近い感情を抱き、そのご縁に感謝したくなる。そして、その喜びをその場所に返したいと思うのだ。

今回私が旅生活で滞在していたのはインドネシア・バリ島の町「ウブド」。バリ島は観光が主要産業であり、その産業の成長に長期に渡って貢献してきた主要国の一つがオーストラリアだ。2023年においても、1月から7月の期間においてバリ島を訪れた観光客のうちオーストラリアからの観光客は65万人と飛び抜けて多い数値を記録している(※)。

なかでもウブドはここ10年でヨガや瞑想など、スピリチュアルな活動に取り組むオーストラリアを中心とした西洋からの旅行者が目立ってきているという。彼らの多くは菜食であることからそのニーズに応えるべく、菜食やローフードのレストランがウブドの町に増え続けている。そうした飲食店は食材にもこだわり、空間もととのっていて素晴らしいが、やはりどこか西洋風でバリにいることを忘れそうになる。さらに値段も高く、私のような長期の旅人からすると日常使いをするには少々ハードルが高い。

そこで、「ワルン」の出番。ワルンとはインドネシア料理がメインの食堂で、ローカル向けから観光客向けまでさまざまなものがある。ナシゴレンやミーゴレン、ナシチャンプルをはじめ、地元の料理がリーズナブルに食べられるのが良い。

今回のウブド滞在で、私はこのワルンに恵まれた。滞在しているホームステイ先から徒歩10秒ほどの距離に、つい最近できたばかりのワルン「Antawali Kitchen(以下Antawali)」があったのだ。小さい空間だがインテリアも洗練された、こぎれいなワルン。

Antawali

インテリアもひとつずつこだわって選んだものばかり。センスがあふれている

気になってメニューを見ていたら、店内から笑顔がとびきりキラキラしたスタッフの女の子が出てきて挨拶をしてくれた。この笑顔に、私の心は即座につかまれた。彼女の胸元のバッジには「Maria(マリア)」とあった。このときはお店に入らなかったが、その日の夕方お腹が空いたときに、このワルンとキラキラの笑顔を思い出し、気づけば足が向いていた。

Antawali

職業柄もありつい読み込んでしまう

まずメニューのコンセプトが気に入った。地元の農家を応援するためにローカルファームから仕入れるフレッシュな野菜を使い、オイルは栄養価の高いココナッツオイル。MSGなどの人工的な調味料は無添加だとのこと。「ここは安心して通える一軒に加えよう」と、野菜たっぷりのチキンブロススープ「Soto Ayam(ソトアヤム)」をいただきながら思う。

Antawali

旨みが染み出したブロス「Soto Ayam」

食事を楽しんでいると、マリアとは別のスタッフが席までやってきた。
彼はゲストのテープル一つひとつに立ち寄り、声をかけているようだったので、なにかの宣伝かなと思ってしまった(失礼!)のだが、少し話してすぐ彼がオーナーだとわかった。名前は「アグン」。

アグンは元々インドネシアの首都ジャカルタに暮らしていたが、「地に足の着いた自然と調和した健康的な暮らしをしたい」と思い、パートナーのメリッサと共にウブドに移住しハラル料理を提供するワルン「Antawali」を開いた。初対面で「あなたはバリ人なの?」と聞く私に、「Pretend to be(そのふりをしてるんだ)」と笑うアグンに好感が持てた。

彼の感じのよさや、最初に惹かれたマリアのキラキラの笑顔という人の魅力だけでなく、Antawaliはとにかくなにを食べても美味しい。食材そのものの味が力強いことはもちろん、味つけも絶妙でしっかりしていて、スッと入ってきて胸焼けもしない。飽きることなく食べ続けることができる、これは日常使いでは重要なポイントだ。

ナシゴレン、ミゴレン、ナシチャンプル、スープ、カレー、揚げたチキンなどさまざまに食べたが、一番のお気に入りはナシチャンプル!Antawaliではナシチャンプルをビンタンビールか、あるときはフレッシュココナッツと一緒に味わって欲しい。

Antawali

ここを超えるナシチャンプルには出逢えていない

また料理の品質やこだわりを考えると、圧倒的にリーズナブルでもあった。「僕たちの料理、時間がかかるんだよね」とアグン。その発言を聞かずとも、時間をかけて丁寧に作っていることが、一皿一皿から伝わってくる。だからこそ、このワルンを訪れる客は私を含め、のんびりと料理ができるのを待つ。もうじき運ばれてくることが約束されている、美味しい一皿に想いを馳せながら。

Antawali

メリッサとかぶった私のお気に入り「Curry」

さて何度目かにお店を訪れたある日、アグンが「夜、友達と音楽の演奏でもしようかな、おいでよ」と誘ってくれた。そのときすでに夕方。私は早めの夕食を食べていた。普段はあまり夜は出かけないのだけれど、ステイ先から近いこともあり、そしてアグンの勢いにも押され珍しく行ってみることに。

そこで、アグンのパートナーであるメリッサと出会った。彼女はこないだまで、ジャーナリストとしてバリバリと働いていたというが、体を気づかう暮らしをはじめ、アグンと出会い、新卒から続けてきた仕事から一旦卒業してウブドに移り住み、夫婦でワルンをはじめることにした。

Antawali

太陽みたいな笑顔に会える場所。左からアグン、メリッサ

彼女とは歳も近く、キャリアや健康志向についてなど話のネタにこと欠かず、私たちはすぐに打ち解けた。

Antawali

動画撮影のワンシーン。伝統的な衣装に身を包んだマリアとオーナーメリッサ(左)

また別の日、Antawaliのある通りがなにやら賑わっていた。聞いてみるとどうやらお葬式「ガベン」が数日に渡って行われているらしいと知る。アグンが「気になるならぜひおいで!明日の午後1時に、あの家から出発するよ」とガベンに誘われる私。それはどうやら火葬場へ向かうパレードらしい…同じ通りのよしみで参加してみようか、と思う。

翌日、時間に少し遅れてAntawaliに行くと、スタッフのマリアも店先からガベンの会場を見ていた。
まず目につくのが華々しい塔のようなもので、それは「バデ」と呼ばれると後で知った。そのバデを地元の男性陣で、神輿のように担いで町を練り歩き、火葬場のあるモンキーフォレストまでパレードするという。
自由に見学できるというので、それではぜひ!と、カメラを抱えて行列の最後についた。もう一度言っておくが、これはお葬式である。

Antawali

華やかなクバヤ(伝統衣装)を来た女性たちがあふれ、小路に花が咲いたよう

Antawali

高いバデが引っかからないよう電線を支える係の人たちも

本当に盛大だった。不謹慎になるつもりはないが、とにかく日本人の私からはどうみても祭りだし、バデは神輿なのだった。その迫力と躍動感に感動しながら撮影していると、ふと知った顔が見えた。…アグンだ!

右の手前がアグン

アグンはジャカルタ出身だけれど、だからこそ、店をさせてもらっているこの地域に溶け込もうとする想いが強い。そういえば前日、「僕も一員だからね」と言っていた、あれはこのことだったのか、と知る。バデを担ぐ彼は真剣そのもので、慣れないことで手を痛めたようで何度も包帯を巻き直している。私には気づいていなかったから、そっと心のなかで応援した。

それにしても、誰ひとりうつむいて悲しみに打ちひしがれている様子がない。聞けば、一般的に人が亡くなってもすぐ火葬されず、後日ガベンにふさわしい日に盛大に行われるのだとか。「悲しい時期は少し前に過ぎているからかも。見送りはこうやって、日を選んで地域ごとに盛大に執り行われるんだよ」と彼らが教えてくれる。バリ・ヒンドゥー教に沿った行いのため、輪廻転生を信じている人たちにとって、弔いとは「新しい人生のスタート」でもあるという理由も祭りのようなお葬式が催される理由なのだろう。捉え方ひとつで、ずいぶんと印象が変わるものだ。

参加後にAntawaliへ戻り、メリッサにアグンの動画を見せるととても喜んでくれた。しばらくして本人も帰って来て、一緒に盛り上がり、まるで私もこの地域の一員になったような気分だった。

Antawali

私のウブドは、Antawaliなしでは語れない。ここがあったからこそ、いつでも戻れる場所があり、話を聞いてもらえる場所があったのだ。

私にとってAntawaliはもはや食堂・ワルンという枠を超えている。私が店に行き座っていると、メリッサはいつも当たり前のように目の前に座って、おしゃべりをはじめる。

Antawaliという場所ができ、その歴史がはじまるタイミングに、たまたま居合わせて一緒に日々を刻んだことを想う。

旅先でのこのような出会いは決して確約されていない。だからこそ、私は何度も通い、人にも伝え、本人たちにも感謝を伝え、とても小さいながらも精いっぱいの気持ちを返している。

そしてこの記事を書いている今も、「夕食はまたAntawaliにしようかな」とすでにワクワクし始めている。

(※)detikbaki/2,9 Juta Turis Asing Masuk Bali Sepanjang Januari-Juli 2023!

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mia

旅するように暮らす自然派ライター|バックパックに暮らしの全てを詰め込み世界一周。4年に渡る旅の後、オーストラリアに移住し約7年暮らす。移動の多い人生で、気付けばゆるめのミニマリストになっていました。ライターとして旅行誌や情報誌、WEBマガジンで執筆。経験をもとに、旅をちょっぴりエコにするヒントをお届けします。