ワーケーションは新しいライフスタイル。観光の代替ではないワーケーションの知られざる魅力

ワーケーションとは何なのだろうか。ワークとバケーションから成る造語であること。家ではなく観光地など日常から離れた場所で、リモートで仕事をしながら休暇を取ることだという事は、なんとなく分かってはいる。しかし、何やら楽しそうだというイメージはあるものの、実際に行動に移すほどのメリットが分からないという人は多いのではないだろうか。

ワーケーションの本当の魅力とは何なのか。その真相を探るべく、ワーケーションを通じて地域と都市部の人々に出会いをもたらす事業「JOB HUB WORKATION」において、複数の自治体と連携しながらワーケーションプログラムの企画・運営に多く携わり、「旅するようにワーケーション」など、ワーケーションに関するイベントにも多数登壇。ワーケーションの第一線で活動されている株式会社パソナJOB HUBの事業開発部長 兼 ソーシャルイノベーション部長である加藤遼さんにお話を伺った。

話者プロフィール:加藤遼さん

ryokato株式会社パソナJOB HUB 事業開発部長 兼 ソーシャルイノベーション部長
法政大学社会学部メディア社会学科卒業後、パソナに入社。 リーマンショック後の若者雇用支援、東日本大震災後の東北復興支援、NPOのマーケティング支援などに携わる中で、持続可能な経済や社会のあり方について考えるのが習慣になる。 現在は、全国の地域や海外を旅するようにはたらきながら、タレントシェアリング、サーキュラーエコノミー、サステナブルツーリズムをテーマとした事業開発に従事。 また、IDEAS FOR GOOD Business Design Lab.所長、内閣官房シェアリングエコノミー伝道師、総務省地域力創造アドバイザー、東京都観光まちづくりアドバイザー、NPOサポートセンター理事、株式会社VISIT東北 取締役、多摩大学大学院特別招聘フェローなどを兼務し、 ビジネス・パブリック・ソーシャルのトライセクター連携によるソーシャルイノベーションに取り組んでいる。

目次

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シェアリングエコノミーとの出会い

「ワーケーションというコンセプトは、元々は『デジタルノマド』が発祥だと思います。パソコン1つでどこでも働けるといった働き方。せっかくなら旅先でいろいろな面白い人達と出会って、語り合ったり、遊んだり、ビジネスしたり、ディープな旅をしながら生きたいというものです。旅行より長く滞在できるので、『暮らす』に近い感じですよね。『暮らすように旅する』まさにAirbnbのようなものです。」

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2015年。加藤さんはカンファレンスに参加するために、デジタルノマドの本場であるサンフランシスコを訪れていた。その際、滞在時に利用したのが今ではシェアリングエコノミーの2大サービスとなったUber、そしてAirbnbだった。

「Airbnbのホストの方には非常に良くしてもらいました。地元の人たちがすごく活き活きと働いていて、この事業を日本で実現できたら面白いのではないかと思いました。地域産業は盛り上がるし、地元の人たちに対して新たな仕事を生み出すことができ、観光客はよりディープにその地域で新たな出会いや体験をすることができる。」

日本に戻った加藤さんは「日本の田舎のおじいちゃんおばあちゃんたちに民泊という新しい働き方を知っていただき、挑戦してもらおう」と、Airbnbと提携しシェアリングエコノミー事業を立ち上げた。

デジタルノマドとの出会い

「僕が『デジタルノマド』の世界を目撃したのは2017年、2018年頃でした。シェアリングエコノミーの事業などをやっていた時ですね。」

「インドネシア バリ島のウブドという観光地の中に、世界的に有名な『Hubud(フブド) 』というコワーキングスペースがあって、そこを訪れたんです。そこにいくとベンチャー企業などで働く様々な国籍の人が、汗をかきながら楽しそうに働いていました。ホステルまでバスが出ていて、彼らは、そこに1ヶ月くらい泊まっているということでした。」

「フブドでの光景を目にして、『個人が主役で、働くと暮らすがミックスされて、自分のライフスタイルに合わせて世界中どこでも働ける暮らせる世界』が、遅かれ早かれやってくるんじゃないかとワクワクしたのを覚えています。」

四国シェアサミットから始まった、ワーケーション業界

同じ頃、このように世界で生まれつつあった、デジタルノマドの世界観やシェアリングエコノミーに光を見出し、動き始めている人達が日本に数名いた。そして彼らは皆、徳島県美馬市に集まり、デジタルノマドという言葉と共にアメリカから出てきた「ワーケーション」をしていたという。

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美馬市でワーケーションをしながら、自分たちに見えている個人が主役のシェアリングエコノミーの魅力について、彼らは熱量を持って話していた。その集いの中から生まれたのが「四国シェアサミット」というイベントである。

2019年の7月5日から3日間、シェアリングエコノミーの必要性と可能性を様々な角度から探る、徳島県美馬市および徳島市で行われた四国シェアサミット。そこに居たのは、パソナJOBHUBの加藤遼さん、HafH代表の砂田憲治さん、ADDress代表の佐別當隆志さん、ANA Xの野島祐樹さんなど。2021年現在、多拠点居住の文脈など、新しいこれからの暮らし方・働き方を語る際には必ずといっていい程名前がでる事業を運営する面々であった。シェアリングの面白さを熱く語りながら美馬市でワーケーションをしていたのは彼らだったのだ。この四国シェアサミットイベントには、今のワーケーションを推進するリーダー達が集っていたのだという。

「BtoBやBtoCの経済ではなくて、CtoCやCtoBの経済を作っていこう。その時にすごく重要なのって、お金の信用じゃなくて、『人と人との関係性の信用』だという話をしていました。企業が主役のシェアリングプラットフォームじゃなくて、人と人の関係性の質が良くなるような個人が主役のシェアリングエコノミーって何なのかと、議論していました。」

「そういった話題の帰結として、ADDressやHafHのようなコミュニティ型のシェアリングサービスが生まれています。そして、JOB HUBが始めた都市部の人材と地方の企業を複業でマッチングするJOB HUB LOCALという事業も同様に、マッチングサイトを作るということではなく、人と人とのコミュニティが出来るようなマッチングのプロセスを、旅という形で作っています。」

「ワーケーションってそういう話題からの派生なんですよ。シェアリングエコノミーとかコミュニティエコノミーが表出したひとつの現象が、ワーケーション。新しい経済や社会のあり方、ライフスタイル、ワークスタイルとして僕は捉えています。」

ワーケーションを実践できている人とは

2020年7月、菅官房長官(当時)が政府の観光戦略に関する会議において「ワーケーション」を「新しい観光のかたち」として推進する考えを示した。一般的に私たちがワーケーションという言葉を耳にするようになったのはこの時期からだろう。それ故「ワーケーション」は「観光の代替」として認知が進んでいったのだ。

上記発言からの流れを踏まえ、旅行会社はワーケーションツアー、不動産会社はワーケーション施設の提供を開始するといった動きが多く見られるようになった。

「このワーケーション=観光の代替という流れが悪いとは思わないですし、逆に興味を持つ人が一気に増えて関われる人達も増えていったので面白いと思っているのですが、僕らのコミュニティに居たメンバーはどこか違和感を感じていました。僕らの思想に基づいたワーケーションとは別のものだと。」

では加藤さんの思想に基づいた「ワーケーション」を実践できている人達は、いまどこにいる誰なのだろうか。

「分かりやすく言うと、HafHやADDress、あとはLiving Anywhere Commonsを個人で利用しているユーザーじゃないかと思います。起業家、フリーランス、リモートワークのできる会社員の人達が該当サービスのユーザーには多いですね。」

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「リモートワークができることによって移住を決めるということも僕は『ワーケーション的』だと思うし、二地域居住や多地域滞在をする人達も『ワーケーション的』だと思います。その人達はみんな、自分のライフスタイルに合わせて居る場所を主体的に選んでいる。今までのようにワークライフバランスと、仕事と暮らしを分けて考えるのではなくて、働くと暮らすが重なり合いながら融合して、良い影響を与え合っているようなイメージです。これが僕はワーケーション状態だと思っていて、新しいライフスタイルだと思っています。」

ワーケーション的とは

前段の加藤さんの発言には「ワーケーション的」「ワーケーション状態」といった言葉があった。筆者も初耳だったのだが、どうやらワーケーションというのは名詞だけではなく、形容詞にもなりうるようだ。

取材の冒頭で、サンフランシスコでのAirbnbとの出会い、そしてバリ島でのHubud(フブド)との出会いの話をしていた際、加藤さんはこうおっしゃった。

「僕の中のワーケーションはほとんどAirbnbとHubudですね。」

ワーケーション的とは何なのかをより具体的に探るために、この二つサービスの特徴を整理してみる。

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ワーケーションが、AirbnbとHubudなのであれば、上記のような要素のあるものがワーケーションであるはずだ。現在日本で一般的に言われるワーケーションは1・4・5の一部分のみが適用されているのだろう。自分が行きたい場所に、土日の休みだけに縛られず訪れ、働きながら旅をする。しかし1・4・5は適用されているとはいえ、ライフというよりは基本的に「ワーク」重視での選択がされており、2・3・6・7・8のような要素は多くの人のワーケーションには存在していない。

一方で加藤さんがワーケーション的と話した、リモートワーク移住は、4・5の部分において「ワーク」ではなく「ライフ」を通常のワーケーションよりも重視したうえでの選択であり、その選択は今後、2や6などの要素を帯びてくる可能性も秘めている。

HafHやADDressのユーザーは、こうしてみてみると上記の1から8すべての要素を満たしうる、非常にワーケーション的な人達と言えそうだ。

上記を踏まえると、ワーケーション的に生きることで、人はより自由に、ワーク・会社ではなくライフ・自分を主語に、居場所やライフスタイルを選択でき、訪れた先や住んだ先で様々な人と出会い、話をしながら、自分のスキルや可能性を最大限に活かして、創造的な楽しい人生を送ることができる。加藤さんに見えているワーケーションには、我々の頭の中にあるワーケーションよりも随分と多くの利点がありそうだ。

地域・企業にとってのワーケーションの魅力と今後の課題

ここまでワーケーションとは何なのかということ。そして、主に「個人」にとってのワーケーションの魅力について伺ってきた。では地域や企業にとってはどうだろうか。どんな利点があり、現状どういった課題があるのか。それぞれ伺った。

「地域にとって、ワーケーションは新たな『まちづくりの方法』になりうると思っています。住民だけでなく、ワーケーションを入り口にして地域と繋がりを持った外部の人も巻き込んで、まちをつくっていくことができる。しかしそのためには具体的な地域との関り方や『*関わりしろ』を示す必要があります。関係人口として地域への愛着や誇りを持って接してくれる人達に対して、自分たちが自治体として何に困っていて何をしたいと思っているのか、地域における課題・困りごと・夢などをしっかり伝える。旅行者としてではなく、近い将来の仲間として、訪れる人達のことを捉え、巻き込んでいくことが必要だと考えています。」
*関わりしろ…関わることのできる余白や余地

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企業にとってはどうだろうか。

「新型コロナウイルスの影響により企業に変革が求められる中、リモートワークや複業などの導入を従業員が重視するようになってきました。リモートワークができる会社に転職するといったリモートワーク転職や、新卒採用でも複業ができる会社で働きたいといった事象がでてきています。そのため企業としても、リモートワークやワーケーションを筆頭に、個人のライフスタイルに寄り添った働き方を提供できるかどうかが非常に重要になってきていると思います。個人が主役の時代になってきているので、その人達のライフスタイル・ワークスタイルフレンドリーな会社が人気になるのは間違いないと思います。」

ワーケーションは、個人のやりたいことと、地域として実現したいことをマッチングしその両方を叶え、さらには報酬や条件ではなく、ライフスタイルやワークスタイルに対するスタンスで個人と企業をマッチングする方法にもなりうるのである。

リモートワークは12年に一度のイノベーション

私たちが想像していた以上にワーケーションは多くの可能性を秘めたものであることがわかってきた。加藤さんはさらに、ワーケーションは「環境文化創造事業」であるとおっしゃった。それは、リモートワーク文明が起きたからこそ出来るようになった事業なのだという。

「1995年にWindows95が誕生し、2007年にはiPhoneが販売されました。そして2019年、リモートワークが普及しました。これまでの歴史を振り返ると、12年ごとにイノベーションが起こっていて、そこからガラッと社会が変わっています。今はその変革期だと思っています。Windows95やiPhoneが出てきた当初は、誰もこんな革新を起こすことは思っていなかったと思うんです。リモートワークもじわーっと広がっているけれど、これがどういうイノベーションに繋がるのか多くの人はまだ気付いていないかもしれません。人類がどこにいてもいいなんて画期的なことですよね。」

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「人の可能性とか創造性を最大化することが、今のところ僕自身の人生のミッションだと思っています。ワーケーションは環境文化創造事業だと思っていて、人の可能性や創造性が、勝手に最大化される環境と文化をつくっていくものだと思います。自分の創造性を発揮するために、移動しながら、色んな人と話しながら、夢語りながら、課題共有しながら、仲間を作ってアクションするという今まで一部の人達にだけしか出来なかった、僕自身も最高に楽しい面白いと思うような生き方が民主化されたんです。リモートワーク文明によって出来るようになったんです。」

これからは個人の時代

私たちが本当は居たい場所、行きたい場所はどこなのだろうか。
私たちが本当はやりたいことは何なのだろうか。

会社に通える場所や駅に近い場所など、居なくてはならない場所を選択し、会社の中で与えられる自分の役割に沿って、やるべきことをやってきた。

そんな毎日の中で、やりたいことも、居たい場所も正直分からなくなっている人が多くいるのではないだろうか。今までは、自分らしく生きられる場所や挑戦を探すことも、仕事の隙間に空いた短い時間でやらなくてはならなかった。しかし、リモートワーク文明が起き、場所に縛られなくなった今、私たちは、私たちが本当に生きたい世界を見つけていくための余白を持ちやすくなったのだ。

なんとなくこの場所が気になる。なんとなくこんな事がやってみたい。なんとなく今まで出会ったことのないような人と話してみたい。強いやりたいでなくとも、そんなちょっとした「いいかも?」を元に、自分の心が素直に向かおうとする方向に、少し居場所をずらすための方法にワーケーションはなりうるのかもしれない。

ワーケーションは、一人ひとりが自分の「したい」に素直に生きるための方法。ワーケーションが持つ大きな魅力を加藤さんは私たちに教えてくれた。
さて、どう生きよう。How do you live?

【参照サイト】株式会社パソナJOB HUB
【参照サイト】JOB HUB WORKATION
【参照サイト】四国シェアサミット
【参照サイト】JOB HUB LOCAL
【関連ページ】Airbnb
【関連ページ】ADDress
【関連ページ】HafH
【関連ページ】Living Anywhere Commons
【関連ページ】JOB HUB WORKATION

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飯塚彩子

“いつも”の場所にずっといると“いつも”の大切さを時に忘れてしまう。25年間住み慣れた東京を離れ、シンガポール、インドネシア、中国に住み訪れたことで、住・旅・働・学・遊などで自分の居場所をずらすことの力を知ったLivhub編集部メンバー。企画・編集・執筆などを担当。