アートをきっかけに地域と人とをつなぐ。三原市アートワーケーション体験レポート

「来週どこかでワーケーションできるとしたら、どこがいい?」と言われた時、どんな場所が思い浮かぶだろうか?

海が見えるホテルの一室だろうか? それともサウナやキャンプ場が整ったグランピングリゾート? もしくは有名な観光名所を巡る合間に立ち寄れる、高速Wi-Fiとエスプレッソマシンを完備した快適なコワーキングスペースを思い浮かべるかもしれない。

今回のワーケーションツアーの舞台となった広島県三原市(みはらし)は、上で挙げたようなワーケーションの候補として真っ先に挙がる場所ではない。そこには瀬戸内海とそこに浮かぶ島々、そして豊かな風土と人の営みがある場所だ。

三原市は、広島県南部に位置する「浮城」の異名を持つ三原城の城下町を起源とする市で、山陽新幹線・山陽本線・呉線・三原港・広島空港・山陽自動車道など主要交通が整っていて、広島県における交通の要所でもある。

そんな三原市にて市が後援、そして一般社団法人かいや三原のケーブルテレビ MCAT、ノアカノなどの企業が主催する2泊3日のアートワーケーションツアーが1/27から1/29の三日間で開催された。


このワーケーションは「あなただけの“かい”をみつける」をキーワードに、アーティストインレジデンス、エキシビジョン、アートワーケーションという要素を掛け合わせ企画された。まず、東京で活動する4名のアーティストが三原市に2週間滞在するところからこの企画はスタートした。

彼らが滞在中に得たものを作品として制作し、地域企業や地域住民とともに出来上がった作品を鑑賞する展示会を開催した。加えて同じタイミングでコンサルティング業やまちづくり関係者、教育関係者やベンチャー企業代表、メーカーのエンジニア、WEBメディア運営など、さまざまな属性の人々が日本各地から三原市を訪れた。参加者はワーケーションをしながら、アーティストや地域の人々と交流したり、アートを鑑賞したりすることで、地域の魅力を発見するという複合的な企画となっている。

なぜ三原市で「アートxワーケーション」なのか?

この問いに関しては、参加した側としてもなぜ三原市で「アート x ワーケーション」なのか、参加初日の時点では意図がわからなかったのが正直なところだった。事前に少しリサーチをしてみても、三原市はアートに強いゆかりがある場所でもなければ、継続的にアートで地域おこしをしていくという長期計画があるわけでもない。この疑問は、実際にこのアートワーケションに参加して、その中で鑑賞した4名のアーティストによる展示会でのトークをふまえながら紐解いていく。

三原市駅構内でのアート展示の様子

展示会のオープニングイベントとしてのトークセッションは、アートワーケーションの2日目である1/28に三原駅構内の特設スペースで行われた。

会場入り口付近にはメインのアーティスト作品を展示し、会場奥には同時開催の「DARUMART2023」という展示も併設。こちらは地域住民の参加型の展示で、三原の伝統工芸品「三原ダルマ」をキャンバスに見立て、三原市民や国内外のアーティスト、三原市ふるさと大使などが制作したダルマ作品約200体を展示するというもの。一般の市民も混じったアート企画展ならではの自由な発想で「ダルマ」という慣れ親しんだ素材を柔軟にアートに昇華している作品が多く、ダルマに手足が付いているなどのユニークな発想の作品もみられた。


そしてメイン展示作品は、フォトグラフィ、イラストレーション、インスタレーション、詩という4ジャンルにわたっていた。この展示会にむけたアーティストインレジデンス (滞在型のアート作品制作)に参加したのは以下4名の若手アーティスト。いずれも普段は東京近郊を中心に活動していて、今回三原市での2週間のアーティストインレジデンスを経て、三原市にちなんだ作品を制作した。

アーティストによる展示とトークセッション

JR三原駅構内特設展示スペースにて開催されたオープニングトークセッションには、三原市の市民を中心に多くの人が来場。今回のワーケーションの参加者も混じって、4名のアーティストによるトークに聞き入った。4名のアーティストのプロフィールと、それぞれが滞在を通して生み出した作品に対する想いを語ったそのトークの一部を以下に抜粋して紹介する。

寺沢美遊(フォトグラファー)

2021年にLAID BUGにて個展「UNOWNED」開催。コロナ禍でのNYの体験を綴った手記「Broken Diary」を刊行。FNMNL、StudioVoice、VOGUE JAPAN、Numero TOKYOなど幅広いメディアで、国内外問わず様々なアーティストの写真を撮ってきた。音楽家としては、ラップグループ・嫁入りランドの一員であり、DJでもある。Instagram twitter

・展示作品や制作に関して

寺沢さんの展示作品

私は旅行好きだが、こういった滞在型の制作に参加したのは初めての経験。今回は滞在先として須波という町のオーシャンビューの宿を選んで、毎朝静かな海を眺めながら過ごした。三原市のいろんなところにうろちょろと足を運びながら、ただ写真を撮っていった。

作品のポイントは、東京にいる時と同じような感覚、同じような視座をそのまま三原に持ち込んで過ごし、撮影したところ。

自分が写真を撮る時の基本姿勢として「決めすぎない」というものがある。とにかく三原市で目に映るものすべてが新鮮だった。自分の撮る対象へのジャッジを一度とっぱらって、とにかく1日1000枚以上撮影してから、それを東京に持ち帰り編集していった。鑑賞する時にはあまり細かい情報は気にせず、ただぼーっと観てほしい。

沖真秀(イラストレーター)

イラストレーター。東京都在住、奈良県出身。音楽関係を中心に雑誌・書籍、アパレル、TV、webメディアなどの分野でアートワークを提供。これまでに多数の個展開催、グループ展に参加。表現手法はイラストの範疇にとどまらず様々な形態のアート・パフォーマンスに及び、その活動は多岐にわたる。instagram twitter

・展示作品や制作に関して

沖真秀さんの展示作品(イラストレーション・向かって左)

三原市に2週間滞在したが、観光的にならないように積極的に有名なスポットに行くことはしないようにしていた。あえて積極的に動かず、流れやお誘いに任せていた。ただただ二週間は描かずに三原で過ごした。

まず訪れた三原の漁協事務所では、組合長さんがまるでコーヒーでも出す感覚で、紙コップになみなみと注がれた地元の日本酒「醉心」を出してくれたのが印象的だった。その醉心のラベルには「横山大観が終生愛した酒」と書いてあった。横浜大観は近代日本画の巨匠と言われる人。その大観について調べていくうちに、彼の作品で「無我」という彼の出世作である作品に出会った。

その絵のモチーフである子供が「我」が抜けた、とてもいい表情をしていてそこに共感した。なぜかというと、ぼくには常に「自分が成立していない」「自分とはなんぞや」という感覚がある。そこから横山大観の「無我」という絵をオマージュしてみようと思いついた。自分なりの「無我」へのアンサーとして、そして三原市の地酒を通して湧いた複雑な感情も込めて、この絵を描いている。

Snowy(シンガーソングライター)

故郷の雪景色を抒情的なサウンドで表現する新世代シンガーソングライター、音楽プロデューサー”snowy”。エレクトロポップバンド”エドガー・サリヴァン”のボーカル佐々木萌のソロプロジェクトとして、2022年2月、『thermograph』をリリース。作詞・作曲・編曲を自身で手掛け、ビートと生楽器が融合したオルタナティブサウンドを特徴としている。自身の活動の他、Klang Rulerの作品への参加や土岐麻子、藤井隆らアーティストへの楽曲提供、また沖縄県名護市カヌチャベイアンドヴィラズ内のアミューズメント施設LUPiNUS内にある右脳活性森中秘密基地エリアやスパソラニ系列店スパ内BGM「聴くサウナ」など、空間サウンドデザインを手がけるなど多岐にわたる活動でも話題を呼んでいる。
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・展示作品や制作に関して

Snowyさんの展示作品

三原市を案内されて人に会うことを重ねる中で、三原には港、空港、新幹線の駅の3つが揃っているということに気づいた。そこにある海や山などの自然をはじめて見た時、どれも新鮮に感じた。でも町の人と話すと「そこにあるのが当たり前」と言われることが多かったので「当然そこにあるもの」をコラージュし、三原にあるものを再確認できる展示にしようと思いついた。

また佐木島を訪れた時間のなかで、時間を忘れるような経験をしたことをインスタレーションとして再現して、観る人にその時間を追体験してもらう意図もある。この会場に時々響く新幹線の音も展示の邪魔な要素ではなく、この会場で展示するひとつの意味にもなっている。町の音、交差点の音、駅のアナウンス、楽器屋さんのピアノの音、飲み屋での会話。それらを素材として東京に持ち帰り、再構成して曲にした。三原は派手な場所ではないが、晴れた日の港の景色から感じるスケールの大きさから感じたものを曲にした。以下のリンクから聴いてくれたら嬉しい。
https://www.dropbox.com/s/edjs9zwz4etaos2/M5.mp3?dl=0

黒川隆介(詩人)

1988年神奈川県生まれ。マガジンハウス『POPEYE』や『POPEYE Web』、meethメディア『詩人黒川隆介とお酒を嗜む』、タワーレコードのWeb メディア『Mikiki』などで連載を持つ。詩人の傍らコピーライターとしての一面も持ち、企業の広告コピーも手がける。最新の詩集は『この余った勇気をどこに捨てよう』。
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https://kurokawaryu.com/

・展示作品や制作に関して

黒川隆介さんの展示作品

三原市の人に「三原にはどんな所がありますか?」と聞くと、大抵の人はまず「何にもないよ」と言う。でもさらに会話すると「実はこんなところがあるよ」と話してくれたりするようなシャイな部分がある。三原市はある意味、わかりやすい町ではない。その部分を人という軸から詩を書いていった。なので三原市の飲み屋のマスターの名前がでてくる詩があったり。そんな形で今回は「人をみること」に集中したことが作品になった。

三原という地域とアート、そしてワーケーション

今回のアーティストトークの中の「地域振興にアートは必ずしも必要ではない」という発言が印象的で、筆者としては多少それに共感する部分があった。ただし、この三原アートワーケーションに参加した後にツアー全体を振り返った時、この三原市の場合のように伝わりにくい複雑な魅力を持つ地域を発信する場合には、実はこの「アート」というフォーマットが合っているのでは、とも思えた。

アートという表現形式は、どんな要素でも飲み込みながら自由にその形を変えることができる。しかも発信の対象や手法を限定しない。たとえばイベントを企画する際に『三原市の魅力は「ダルマ」です』と決めた瞬間、その他の三原市の良さはその影に隠れてしまい、その2つのテーマに限定された画一的なイベントになってしまう可能性もある。まるで三原市で特産のタコのように、フレキシブルに形を変えられる形式である「アート」こそが、三原市の多様な魅力を表現するのには適しているのでは、ということにあらためて気づいた。

つまり今回のアートワーケーションでは、あえて「アート」や「ワーケーション」というフレキシブルで余白のある形式を使って、ある領域を越境しながら異質なもの、もしくは人同士をつなぎ、三原市という地域の魅力を考える過程ごと発信したわけだ。

だからこそ、その多様性のある三原市の魅力が混ざり合いながら立体的に立ち上がり、今回のような領域を越境した企画として実を結んだとも言える。また主催側のもう一つの想いとしては、アート制作の場が都市のギャラリスト主導のものに偏りがちという課題と、地域振興の課題を掛け合わせて同時解決するという狙いもあったようだ。

3日間を振り返るラップアップイベント

最終日には、三原市駅前のコワーキングスペース「サテラス」にて、参加者や三原市民、三原市の企業、主催者が入り混じって3日間のアートワーケーションを総括する発表会が行われた。

会の途中、三原市長である岡田吉弘氏からは「三原の良さは、派手さはなく、多くの市民は遠慮がちだが、全員が舵をとれる余白があるところ。ぜひ市民や関わってくれる方々はビジョンをもって志を実現して欲しい」というエールを全員に送っていた。

一方、ワーケーションに参加したまちづくり関係者からは、三原市の商店街が持つ隠れたポテンシャルに関して指摘があり、同じく参加者の教育関係者からはだるまアート展示との連携案の提案もあった。また4名のアーティストからは今後の継続的な三原市との関わりを示唆する発言もあり、いずれの発言もこのアートワーケーションを起点にした、今後の波及効果を十分に感じさせる内容だった。

参加者それぞれの視点で語られる三原市の魅力についてのコメントを聞きながら、アートとワーケーションと三原市という地域の関係性、そして三原市で出会った自然や人との出会いについてあらためて振り返る会となった。

きっと次に三原市を再訪した時には、三原駅を新幹線が走り抜けるレールの音を聴く度に、今回のアーティストによる展示とアートワーケーションで繋がった人々に想いを馳せることになるだろう。そして「あなただけの“かい”を見つける」という今回のテーマにもちなんで、わかりにくいからこそ自分自身で見つけがいのある三原市の魅力を再発見しに、あらためて町を散策に出かけたい。

【参照サイト】三原市役所
【参照サイト】一般社団法人かい
【参照サイト】株式会社MCAT
【参照サイト】ノアカノ

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