個と個の掛け合わせが ”また来ます” の関係をつくる。宿「ローカルxローカル」が南伊豆町にできるまで

「都会の生活」or「田舎暮らし」、いったいどちらが自分に合っているのだろう?誰もが一度は考えたことがある、こんな問い。でもそのどちらか1つを選ばなければならないというのは、ちょっと不自由に感じる。

「都市」と「地方」、これらはいつもこの2択でなければいけないのだろうか?

そんな問いの答えになるような「観光と移住の間の暮らし」を提案している宿が南伊豆にある。

今回お話を伺ったのは、都会の生活と田舎暮らしの両方を経験した後、クラウドファンディングを活用して南伊豆のゲストハウス「ローカルxローカル」を立ち上げた伊集院一徹さん(以下イッテツさん)。

イッテツさんは2018年に東京から南伊豆に移住した後、南伊豆で地域おこし協力隊としてローカルメディアを立ち上げたり、ゲストハウスを立ち上げるまでの過程をマンガにして発信したりと、様々なチャレンジをしてきた。つい先日も2回目のクラウドファンディングを立ち上げ、2つ目の拠点となる別館プロジェクトに着手したとか。今回はそんなイッテツさんが掲げる「都市一極集中でも、田舎礼賛でもない暮らし」に辿り着くまでのお話を伺った。

話者プロフィール:伊集院一徹さん


鹿児島出身。東京の出版社で編集者をやっていたが、ひょんなことから地方へ移住。ローカルメディア『南伊豆新聞』『南伊豆くらし図鑑』を運営。2021年4月に宿を開業。広義な編集者を目指している。
Twitter:@murasaki10tetsu
note:@murasakitotetsu

移住後の暮らしの模索をwebに綴った「ローカル サバイバルマンガ」

現在イッテツさんは、都会の喧騒とはかけ離れた伊豆半島最南端の南伊豆町で、地域の暮らしと密接に結びついた宿を営んでいる。そこに辿り着くまでにはどんな経緯があったのだろうか?

僕は2018年の4月に東京から南伊豆に移住しました。もともとは鹿児島出身です。今は南伊豆の魅力を発信する仕事だったり、「関係人口」と言われる、観光でも移住でもなく、もう少し緩やかな関係の人たちを増やすための仕組みを知人と一緒につくっています。僕は関係人口を「また来ます」の関係と言ってるんですけどね。

そういう「また来ます」の関係の人たちを増やす仕組みをいくつか掛け合わせた宿が2021年4月にオープンしました。コロナ禍でしばらくの間、工事がストップしていたんですが、その時に思い立ってnote上に「都市」or「地方」の二極じゃない価値を模索する、ローカル サバイバルマンガ「ローカル×ローカル」をアップしました。それがたまたまnote株式会社さんの「cakes賞」をいただいて、メディア「cakes(ケイクス)」上で連載がスタートしました。

出典: イッテツさんのマンガ「ローカル×ローカル」より

知り合いほぼゼロからの南伊豆移住を選んだ理由

南伊豆に知人ほぼゼロの状態で移住を決意したイッテツさん。その思い切った決断にはある知人との信頼関係があったとか。

移住を決意する前、出版社で編集者として働いていた頃に、「シブヤ大学」という市民大学に手伝いに行っていたんです。その時に仲良くなったのがマンガに出てくる「ヤノモト」です。それ以来よく飲みに行くようになって。そこで突然「南伊豆ってところで働かないか?」と言われて。まず最初は断ったんです。

出典: イッテツさんのマンガ「ローカル×ローカル」より

でも徐々に「この人と一緒にやるのは面白そうだな」と思って。もしヤノモトが西伊豆と言っていたらそこに行ってたかもしれないし。南伊豆町じゃなければ、というようなことは全くなかったですね。

その時はちょうど勤めていた出版社を辞めるタイミングでした。声をかけてくれたヤノモトは僕が編集の仕事をしてたせいか、南伊豆の情報発信の仕事をやったら面白いんじゃないかと思ったらしくて。しかも僕がいつか鹿児島に帰りたいって言ってたことを知っていて「地方で実績をつくれば、いつか鹿児島にも仕事をつくれるようになるし、多拠点で働けるようになる」って言われて。その時は「多拠点で働けるっていいな」と戦略的なノリで引き受けましたね。

当時2017年は地方創生の動きはなんとか知ってはいたけど、僕としては「そんな地域活性なんてすごいな、そんなこと俺にはできない」と思ってました。大手企業で役員までやったような人が地方に行って初めて活躍できるんだろうなと思っていて。なんてことない編集者の自分が地方に行って何かができるとは思ってなかったんですが、ヤノモトと一緒にやるんだったら何か面白いことがやれるかもしれないと思ったんです。

なぜかというとヤノモトは先に行政の方や面白いキーパーソンとすでに接点を持っていたし、彼も僕をただのノリで誘わないだろうと思って。そういう所では信頼関係がありましたね。

地域おこし協力隊としての第一歩

知人との信頼関係とそのコネクションを頼りに、縁もゆかりもない南伊豆に移住したイッテツさん。その第一歩はどんなものだったのだろうか。

その後、30歳になる年に南伊豆町に地域おこし協力隊として移住しました。ヤノモトに言わせると、メディアの立ち上げや関係人口をつくる仕事と、地域おこし協力隊という制度は相性がいいから、ってことだったんですね。

いざ南伊豆町で地域おこし協力隊として活動するのは、聞いていた通り難しい状況でしたが、最初に目的とするプロジェクトもいくつか決まっていて、そこに向けて色々やらせてもらってました。

まず最初は「南伊豆新聞」というwebメディアの立ち上げからスタートしました。


出典: 南伊豆新聞公式サイトより

そこで飲食店などを取材させてもらってるうちにまちに知り合いが増えてきて、「南伊豆くらし図鑑」という暮らし体験プログラムの活動につながっていきます。

南伊豆くらし図鑑っていうのは、一日一組限定で地域外の一般の方が漁師さんや米農家さんのところにお邪魔できるという体験プログラム。もとはデンマークのヒューマンライブラリー(※1)という企画を参考にしてます。これらの企画はもともとヤノモトの中に構想があって、そこから一緒につくりました。

立体的なメディアとしての宿をつくる

ローカルでの第一歩を無事踏み出したイッテツさん。次のステップとして、さらに大きなチャレンジをすることに。

東京オリンピックの賑わいやそれに伴うインバウンド客も見込めると思い、宿をつくることを思いつきました。でもこのコロナ禍の状況は予想していなかったですね。

地域おこし協力隊での2年目に、神奈川県真鶴町にある宿の真鶴出版(※2)や、他の地方で活動される先輩たち、まちやど(※3)を訪ねて歩いたんです。その中で何の事業がいいのかを考えてたんですけど、ある方の「ローカルの新規事業として奇抜なことをやる必要はない」という言葉にはっとしたんです。みんな訳のわからないものにお金って払わないですよね。

だから「やるなら皆が相場感がわかる事業がいい」と考えていました。もともと今の「ローカルxローカル」の場所は地域の人達が共同で借りているコミュニティスペースだったんです。ただ運営者がそこを引き払うことになったタイミングと、僕が新規事業をやろうとしているタイミングがたまたま重なって「うーん、借りるか!」となって。その後ヤノモトとブレストしまくって出た案が「南伊豆新聞と南伊豆くらし図鑑を特徴とした、立体的なメディアとしての宿」でした。

つまりメディアが立体化したものが宿「ローカルxローカル」なんです。そういえばホテルプロデューサーの龍崎翔子さんも「ホテルはメディアだ」って言っていて、宿を通して自分たちの企業理念や大事にしたいことを発信しているのがいいなと思ってます。

なので自分が取材を受けて「ローカルxローカル」について聞かれた時には「宿です」って言っているのですが、本当は宿だけじゃなくて、どちらかというとローカルメディアの一つみたいに捉えてますね。

ローカルxローカルという名前に込めた想い

タッグを組んだパートナーとの徹底的なやりとりの中で出てきた結論は「立体的なメディアとしての宿」。二人で思い描いた理想の宿のコンセプト、そして宿の名前に込めた思いとは。

ブレストの中で宿のバリューやミッションをすごく考えました。そこで「都市一極集中でもない、田舎暮らし万歳でもない、もう一つのやり方があるんじゃないか?」という問いを立てて、そういう空間や場所をどうしたらつくれるかか、ということを考えていきました。そういう想いが空間になった感じですね。

「ローカルxローカル」という名前と「暮らしの寄り道」というコンセプトもその話し合いの時にできました。まず「ローカル」という言葉には、もちろん「地方」「田舎」という意味もあるんですが、同時に「あるポイント・局所」という意味にも置き換えられるな、と思ったんです。さらに究極のローカルってどこだろう?と考えた時に、それは「個」だと思うんです。

都市と地方だとちょっと主語が大きいけれど、「ローカル(個)とローカル(個)」っていう関係っていいなと。

例えば同じ南伊豆町の農家さんのローカル(個)と、宿をやっているイッテツのローカル(個)の掛け合わせでも「ローカルxローカル」だと思ってます。そういう小さなローカルが僕は好きで、主語がはっきりしているのが好きです。都市or地方の二択じゃなくて、都市だろうが田舎だろうが、そこに主語がはっきりしたローカルがあるっていうことが大事だと思っています。

「また来ます」の関係をつくっていく

関係人口という言葉が徐々にポピュラーになった今、イッテツさんの「また来ますの関係」という言い換えには独特の温かみがある。ここ南伊豆でも、すでにそんな関係が芽生え始めているという。

出典: イッテツさんのマンガ「ローカル×ローカル」より

去年宿をDIYでリノベーションしたんです。なので机ひとつとっても、プロの大工さんと地元の人達、東京から来た人達と一緒に2日間の労働をして出来上がっています。

この受付の屋根もそうですが、木を丸太にした後、スライス状に貼っていく「こけらぶき」という手法でできています。この受付は京都の「TEAMクラプトン」という方々に依頼してできたんです。

その時の参加者の賄いを地元の人にお願いしたんですが、それをきっかけに参加者と地元の人が仲良くなったんですよね。その後は僕を通さずにイベントや新たな宿づくりが進んでいるらしいんですが、そういうのがいい。僕はもっと曖昧な立場になりたいんですよね。

ローカルに深く関わることで町に対する解像度が上がる

「ワーケーション」という言葉を盛んに聞くようになった現在。都会から離れた南伊豆で宿をやっている立場として、イッテツさんはその言葉をどう捉えているのだろうか?

正直まだワーケーションというものがわからないんですよね。人によって「ワーケーションして良かった」っていう人もいれば、「ワーケーションは仕事も遊びも中途半端になる」っていう人もいるんです。

ワーケーションが合うかどうかは人によるんじゃないですかね。しかもその施設に来て一回目でワーケーションするって結構難しいんじゃないかと思っていて。その宿の使い方やその周辺の雰囲気をある程度知っておかないと、なかなかワーケーションできない気がするんですよね。

そういえば真鶴出版の川口さんが「ローカルに関わることでまちに対する解像度が上がった」という表現をしていました。それまでは地方を訪ねる時にはメディアや雑誌を見て行ってたらしいんですが、真鶴というローカルを深く知っていくことでで、他所のまちに行った時に、雑誌やガイドブックを見ずとも嗅覚が働くようになったとか。

そういう意味では真鶴出版やHAGISO(※4)などのまちやど、そして僕の宿も地元の人とつなぐ機会を提供しているので、そこで馴染んで地域に対する解像度を上げてもらって、ワーケーションをする時にその環境を選んでもらうのはありだなと思ってます。

ちなみに今工事中のローカルxローカル別館のプロジェクトでは、ワーケーション向けの長期滞在プランをつくる可能性があります。でもいきなり新規の方向けというよりは、一回遊びに来て「ここならワーケーションできそう」って思ってくれた方に勧めたいですね。

そして将来的には僕みたいなプレーヤーや、このローカルxローカルがある通り周辺に面白い人や店舗が増えてくるといいなと思ってます。もちろん移住しなくてもいいと思うんです。南伊豆町に興味をもってくれる人が訪れた結果、関係人口、つまり「また来ます」の関係が少しずつ増えてくれれば、いいですね。


かつてバブル期に観光業で栄えた南伊豆町の商店街にも、現在ではちらほらと空き家が目立つように。しかし、今そこには、新しい関係がふつふつと湧き上がってきている。それはまるで南伊豆町のあちこちにふわふわと立ちのぼる湯煙のようだ。

地域と繋がった宿を通して人がつながり、訪れた人の町への眼差しが変わる。そこから「また来ます」の関係が増えていく。移住でも1回きりのインバウンド客でもない、都会or田舎の二択を越えた、移住と観光の間の個と個の関係。

そんな関係のきっかけづくりをする宿であり、メディアであり、コミュニティスペースでもある「ローカルxローカル」。その場所で今日もイッテツさんは、地域内に少しずつ芽吹きつつある関係を、少し離れたところから見守っている。

ローカルxローカル
〒415-0303 静岡県賀茂郡南伊豆町下賀茂842-3
予約ページ


(※1)ヒューマンライブラリー….自分の人生について語ってくれる人を「借りる」ことができる図書館。北欧デンマークで生まれ、以来70か国以上に広まっている。
(※2)真鶴出版…神奈川県真鶴町にあるまちやど的な宿の一つ。「泊まれる出版社」というコンセプトで運営している。
(※3)まちやど…まちを一つの宿と見立て宿泊施設と地域の日常をネットワークさせ、まちぐるみで宿泊客をもてなすことで地域価値を向上していく事業。(日本まちやど協会公式サイトから引用)
(※4)HAGISO…東京谷中にある築65年の最小文化複合施設。株式会社HAGI STUDIOが運営。

【参照サイト】イッテツさんのマンガ「ローカルxローカル」
【参照サイト】南伊豆新聞
【参照サイト】南伊豆くらし図鑑
【参照サイト】ローカルxローカル別館プロジェクト
【関連ページ】消費する旅から創造する旅へ。「泊まれる出版社」こと真鶴出版のもてなしが生む「旅と移住の間」
【関連ページ】働きたいように働ける社会のために、ワーケーションができること