「世界のKitchenから」が教えてくれた旅の魅力と日常の愛おしさ

モロッコ

Photo by YOKO TAKAHASHI

所狭しと積み重なる鍋。皮が剥かれた山盛りのレモン。暗がりのなかの小さな一台のガスコンロ。大きな包丁に洗ったばかりの数本のごぼう。食器棚のうえの1本の真っ赤な薔薇。

言葉も文化も異なる行ったこともない世界の国々のキッチンには、今日もそれぞれ湯気がのぼる。

ある家では冷たい空気のなかでりんごが煮立ち、ある家では薪のうえの大きな鍋でパエリアが焼かれ、ある家では見たこともないような大きな平鍋でさつまいもが茹で上がる。

見覚えのない異国の台所にいつもあるのは、優しく力強い手。

世界のキッチンからお母さんが私に語りかける。

「毎日いろいろあるよね。でも、美味しいもの作って食べて、今日も生きましょうよ」

今筆者の目の前にあるのは、キリンビバレッジが販売する「世界のKitchenから」という飲料水を開発するために行われた12年間の取材記録をまとめた写真集。写真は全て、旅するフォトグラファーという異名をもつ写真家「高橋ヨーコさん」が撮影している。

タイ

Photo by YOKO TAKAHASHI

コンビニや自動販売機で目にしたこともあるだろう「キリン 世界のKitchenから ソルティライチ」が現在「世界のKitchenから」シリーズで販売されている商品。飲んだことがある人も多いのではないだろうか。

ソルティライチ

ソルティライチ

商品開発は会議室や会社などで行われることが多いが、「ソルティライチ」をはじめ、「世界のKitchenから」の商品は全て、会議室を飛び出し世界中を旅することで生まれた。商品開発のために訪れた世界の都市は20。キッチンは約100にものぼる。

今回はそんな「世界のKitchenから」に2010年から関わり、実際に数カ国を旅した、キリンビバレッジ株式会社マーケティング部の寺島愛子(てらしま まな)さんにお話を伺った。

日本の台所から、世界のキッチンを通り、みんなのもとへ

「海外旅行の経験はありましたが、一般の家庭にお邪魔してお話を聞いてご飯を頂くというようなことは初めてで、しかもその様子を写真に撮られながらだったので、すごく緊張していたのを覚えています」

「世界のKitchenから」の商品開発は独特だ。まず商品開発研究チームだけでなくマーケティングチームも含め、関わるメンバーが自分の家の台所で「こういう飲み物や食べ物があったらいいな」と思うものを試作する。

その後、試作をもとに企画書を作りチームに共有をして、面白そうだねとなると具体的な取材先の国などのリサーチを行い、旅に出る。

旅先ではレストランやお店ではなく、できるだけその土地のならではの文化が見える家庭を複数訪れ、帰国後、旅で吸収した内容をもとに試作を重ねながら商品開発を進めていく。

日本の台所から始まり、世界のキッチンを通って、みんなの生活に届く。それが、世界のKitchenからが我々の手元にやってくるまでの流れだ。

記憶に残る、デンマークの優しい味

デンマークの街並み

Photo by YOKO TAKAHASHI

寺島さんが初めて取材で訪れたのは、デンマークだった。

「7、8人の家庭にお伺いしました。一番最初に取材したのは、ヨハンナさん。その後取材したグレーテさんのお宅はリル島というところだったのですが、時が止まっているのではというような本当に素敵なお家でした」

デンマークを訪れたのは今から13年前のこと。各家庭への滞在時間はそれぞれ2時間ほど。遠い昔の短時間の滞在にもかかわらず、寺島さんの口からはスラスラと出会った人々の名前が出てきた。それだけ濃密な時間がその旅には流れていたということなのだろう。

現地に行く前に日本で決めていたのは「りんご」というテーマ。そのテーマに沿って、取材先のそれぞれの家庭では、りんごを使った現地ならではの食べ物を、時には一緒に台所に立ち、お母さんたちに教わりながら作って食べた。

デンマークの家庭で

寺島さんとグレーテさん/Photo by YOKO TAKAHASHI

「煮たりんごを冷やして、ミルクと一緒に食べる『エーブルグロッド』というりんごのお粥を複数のお家でいただきました。りんごとミルクの組み合わせって日本にはあまりないので驚いたんですが、食べてみたら本当にすごく優しい味だったんです。家庭によってはワインを入れて大人っぽい味に仕立てたり、カリカリのクルトンを入れたり、味付けやレシピが少しずつ違っていたのも面白かったです」

取材先のお家では、開発の参考になりそうな料理を食べて、その料理に関する話を聞くだけでなく、家族や国のこと、教育のことなど様々なトピックで話を聞く。例えばデンマークでの話の中でよく出てきたのは「ヒュッゲ」だった。

「グレーテさんから『ヒュッゲ』という言葉を初めて聞きました。『私はヒュッゲな時間をすごく大事にしている。それを求めて生きている』と。彼女以外にも、複数の家でこの言葉が出てきました。『ヒュッゲな時ってどんな時?』と聞くと、『家族が集まって食卓を囲んでチョコを食べたりお茶を飲んだりしてるときだね』『旦那さんとくつろいでいるときかな』『好きな本をひとりでゆっくり読んでいるとき』『ろうそくの光もヒュッゲ』と色々と教えてくれました」

そうした旅中で味わったり、見聞きした全ての体験をもとに、「世界のKitchenから」チームは商品開発を進めていく。

「取材前はりんごをミルクで合わせる発想はしていなかったんですが、デンマークの家庭で食べたエーブルグロッドの『優しさ』がすごく記憶に残って、こんな素朴でやさしい飲みものを作れたらなと『やさしい煮りんごのアップルモーア』という商品を作りました。パッケージや広告のデザインなどを考える際も現地で感じた『優しさ』が伝わるよう、広告コピーに『まあるく煮込んだ、やさしいりんご』といった言葉を入れたりしました」

アップルモーア

やさしい煮りんごのアップルモーア/商品の製造は終了

それ以外にも、旅先でよく見かけたデンマーク人にとって古くから慣れ親しみのあるハートのモチーフをパッケージに潜ませたり。旅に出たからこそ得られた体験やインスピレーションが随所に活かされている。

「旅に出たうえで作ることで、作っているときに現地で出会ったお母さんたちの顔が浮かびます。向こうで実際に自分が美味しいと思った味や、聞いた話、場所の空気感のようなものなどはやっぱり現地に行かないと分からないですし、それが作る時の熱量になると感じます。旅で受け取ったものを日本のみんなにも知ってほしい、お届けしたいなというように」

モロッコのお母さんの日常が、私の日常に語りかける

「他の旅で特に印象に残っているのは、モロッコです。それまで取材で訪れてきたのは、デンマーク、スペイン、ドイツと全てヨーロッパで、自分個人としてもイスラム教の国を訪れたことがなかったので、町の雰囲気や着ている服、食べているものまで全てが今まで訪れた国と全く違うことに驚いたのを覚えています」

記事冒頭の写真はモロッコで撮影された。美しい花が咲く彩り鮮やかな建物の真ん中。晴れ渡る空のもと、女性がにこやかに微笑んでいる。

モロッコ

Photo by YOKO TAKAHASHI

「私たちが行ったのは、モロッコ西部のマラケシュという都市でした。街路樹など町中がビターオレンジという花で溢れていて、その花を料理・デザート・飲み物・美容・薬・おまじない・結婚式・お葬式・おもてなしと、ハレにもケにも、本当にいろんな用途で使っていました。ビターオレンジを蒸留したものを、ほんの少しデザートにかけたりコーヒーにいれるだけで、魔法かなと思うほど美味しくなるんですよ」

暮らしの中で、目で見て花を楽しむだけでなく、味や香りまで五感をフルに使って自由に楽しむモロッコの人たちに出会い、花の気持ちいい香りを楽しめる、新しい飲みものがつくりたい!と開発されたのが、花の香りの無糖炭酸水「Elderflower Sparkling Water」だった。

elder flower

Elderflower Sparkling Water/商品の製造は終了

「モロッコの人たちはそれまでの取材のなかでも特に手作りにこだわる人が多かったんです。『なんでそんなに手間をかけるの?』と聞いても、それが彼らにとっては『普通』なんですよね。それがなんだかすごいし、どこかショックというか。自分自身の生活を振り返ると、時間に追われて、料理をするときも時短グッズを使ったりとか、それも必要な工夫だと思うんですが、彼らのように料理に手間をかけられていない自分が少し悲しい。でもモロッコのお母さんたちは『モロッコ人は台所がすべてだから』と言いながら普通に手間をかける。

あるお母さんは、『ちゃんと食べることで、健康に働くことができて、ゆっくり眠ることができる』と言っていました。ものすごく普通なことを言っていますよね。家族の笑顔や健康のために手間を惜しまない。ごくごく普通なことのはずなのに、心にぐんと強く刺さって、どこか浄化されるような感じがありました」

モロッコのお家で

Photo by YOKO TAKAHASHI

「旅には、異国と自分の国を比べて特別な“違い”に気づけるという魅力もあるけれど、『どの場所でも大事なことは変わらず“同じ”なのかもしれない』と思えるのもまた、別の旅の魅力なのかもしれませんね」

どんなに違う文化や言語の国でも、そこにはキッチンがあり、誰かを想いながら料理をつくる強く優しい手がある。そう思えるだけで、どこか楽になる。

(お互いいろいろ大変だけどさ、頑張ろうね)そう心の中で話しかけ、知らないその人の肩をポンと叩く。するとこちらの目を見つめて、手を握りこう言われる。

「そうね。今日も生きましょ」

世界はキッチンでつながっている。「世界のKitchenから」は、それを私にそっと、教えてくれる。大好きです。

【参照サイト】キリンビバレッジ/世界のKitchenから
【参照サイト】世界のキッチンから 商品開発と写真の関係
【参照サイト】高橋ヨーコ Instagram

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飯塚彩子

“いつも”の場所にずっといると“いつも”の大切さを時に忘れてしまう。25年間住み慣れた東京を離れ、シンガポール、インドネシア、中国に住み訪れたことで、住・旅・働・学・遊などで自分の居場所をずらすことの力を知ったLivhub編集部メンバー。企画・編集・執筆などを担当。