旅先で目に映る、ふだんの日常とは違った風景。きっと山の近くに住んでいる人とっては、青い海と白い砂浜は非日常だし、海の近くに住んでいる人にとっては山々が織りなす美しい稜線は非日常なはず。
ただ非日常に見える旅で訪れた先にも、そこで暮らす人々の日常がある。訪れた側の目線だけではなく、そこで日々暮らしている誰かの「もう一つの日常」の目線を通して、その土地の風景をあらためて眺め直してみる。そうすると自分の軸の中での「非日常」とはまた違う風景を見つけることができるかもしれない。
最近、そんなことについて考えるきっかけをくれた場所がある。瀬戸内海に浮かぶ島々の一つ、広島県尾道市の生口島にあるローカルと循環をテーマにした複合施設「SOIL Setoda(ソイル瀬戸田)」だ。
施設には、地産地消をテーマにした薪火料理のカジュアルな食堂と、海を眺めながら仕事ができる階段状のラウンジスペースを備えた「MINATOYA(ミナトヤ)」、リジェネラティブ オーガニック農法(オーガニック農法を実践しながら、さらに土壌の健康性を高め、炭素を土中に貯蓄できる農法)によって生産された豆を扱う国内初の焙煎所であるスペシャルティコーヒーロースター「Overview Coffee(オーバービューコーヒー)」、中長期滞在も可能なゲストルームなどを備える他、施設として瀬戸田を楽しむツアーなども提供している。
そんなSOIL Setodaは、生口島の玄関口である瀬戸田港から徒歩1分の距離にあり、島の中心に向かって伸びる商店街「しおまち商店街」の入り口に建っている。
生口島の課題として、自転車で島にアクセスできる「しまなみ海道」が1999年に開通してからは、フェリー経由での瀬戸田港からの人の流れが少なくなり、商店街も以前より少し寂しくなったことがある。そんな商店街を活性化することも目的の一つとして、株式会社しおまち企画の運営により2021年4月10日にSOIL Setodaがオープンした。
SOIL Setodaにはオープンの9ヶ月前からスタッフが島に移住し地域住民とのワークショップ型の対話を繰り返し「この島にどんな場が必要か」について、直接話し合いながら場づくりをしてきた経緯がある。今回は実際に現地を訪れ、SOIL Setodaの鈴木慎一郎さんに、SOIL Setodaが目指す「街のリビングルーム」というものがどんな場なのかを伺った。
──開業前の地域住民との対話では、どんな要望が上がっていたのでしょうか?
地域に住んでいる方との月一回の意見交換の場を設けていたのですが、「港側の入り口に観光案内所が欲しい」、若い世代からは「スタバみたいなカフェが欲しい」など様々な声がありました。そういった声を受けて、江戸時代末期に建てられた築140年の蔵を観光案内のインフォメーションセンターにしたり、その隣にスペシャルティコーヒーも飲めるロースターを配置したりしました。開業前の対話の積み重ねがあったからこそ、今では地元の方から「がんばってね」と声をかけてもらえるような関係性をつくれました。
──開業から2年以上が経過しました。現在、どんな方が宿泊されているのでしょうか。
この生口島は尾道市からしまなみ海道経由で自転車でもアクセスできるので、いまや「サイクリストの聖地」と呼ばれる場所になっています。なので宿泊者には定期的に訪れるサイクリストや、年に複数回のワーケーションのために訪れる方などがいらっしゃいます。
もともとSOIL Setodaは「街のリビングルーム」というコンセプトの場所。リビングルームってTVを見たり、寝転がったりしますよね。そんな感じでそれぞれの気持ちのいい過ごし方をできるイメージです。たとえばラウンジスペースにはすべての席にコンセントをつけたり、目線が被らないように座る場所に段差をつけたり。そんなハード面での工夫をしています。
ワーケーションのために訪れる方の中には月の半分以上滞在する方もいるんですが、そういう人たちもある意味では「ローカル(地元の人)」の一種だと思っていて、僕たちの間では彼らを「ポテンシャルローカル」と呼んでいます。最近では「関係人口」もよく使われる言葉なんですが、観光で訪れた人や地域のリピーターもその地域のローカルになり得るし、僕たち移住者も瀬戸田地域のローカルだと思っています。
──SOIL Setodaには、島に長く住んでいる実際のローカルの人たちも訪れるのでしょうか?
何度も来てくれる地元の方もいらっしゃいます。お酒を飲みに来て自分の時間を過ごす方がいたり、うちのスタッフとのコミュニケーションを楽しみに来る方など、それぞれの楽しみ方をしてくれています。特に地元の方が来やすい場所にするにはハード面の設計だけでは難しく、ソフト面の配慮が大事になってくるので、スタッフの接客などにも気を遣っています。そのせいか今では地元の方にスタッフを名前で呼んでもらえるような関係性ができています。
──以前拝見したプレスリリースには「旅行者と地域住民がインタラクティブに時間や経験を共有し、活発で和やかなコミュニケーションが生まれる空間を目指す」とありました。ここでは地元の方と観光客の接点をどのようにつくっているんでしょうか?
普通は観光客と一般の地元の人が「こんにちは」と話し始めることはなかなかないと思います。でも間に入る立場の僕らがここSOIL Setodaに居ることによって、地元の方に「〇〇さん、ちょっと来てくれる?今日観光で来てるXXさん、こんなことやってる人なんだって」と紹介することができる。
もちろんその人の性格などを考慮して交流を求めている方に対してだけですが、そんな風に入り口さえつくってしまえば、あとは勝手に盛り上がることが多い。開業当初からそういうことを大事にしています。
──生口島の魅力はなんでしょうか?
外から来た人を受け入れることが上手な人が多い点でしょうか。古くから塩を中心とした貿易や観光で栄えた島だという歴史的な背景があることも大きくて、その時代を知っている2代目、3代目の方が地域を盛り上げようとしている。あとは気候の良さですね。日照時間が長いのでみかんやレモンなどの柑橘系の作物を中心に自然の恵みが豊か。
そしてアクセスの良さも魅力です。島に自転車でアクセスもできるし、実は広島市からよりも広島空港にも近いんですよ。観光スポットも自転車でアクセスできる場所が多いことも魅力です。自転車で旅できることが、この地域の観光での楽しみ方を多様化させています。
──SOIL Setodaとして今後やりたいことはありますか?
今後は地域でのイベントやフェスなどもやっていきたいですね。近くにサンセットビーチという場所があるんですが、ステージもあるんです。ワーケーションだけじゃなくて、そういう場所を使って人が訪れる理由や、地域の方々を巻き込むきっかけをつくりたいです。
—
この取材中に、1台の軽トラがSOIL Setodaの前に停まり、地元の農家さんらしき男性が運転席から降りてきた。宿泊客が数名くつろいでいる1階のラウンジの扉を慣れた雰囲気で開けて現れた彼の手には、おそらくたった今畑から採ってきたであろう、綺麗なオレンジ色の柑橘類が光っている。彼はそれらを近くの棚の上に「ドサッ」と無造作に置いた後、人懐っこそうな笑顔で少し離れたキッチンの中のSOIL Setodaスタッフに向かって声をかけた。
「あっち(別棟の観光案内所)に誰もおらんけぇ、ここ置いとくわ!」
スタッフがそれに返事をするかしないかのタイミングで、その男性はすっと外へ。その後を追うように外へ出たスタッフと一言二言会話を交わしながらも、間髪入れずに軽トラに乗り込み、ちょっと狭い島の道を軽快に走り去っていく。
その何気ないやりとりに、たった今聞いたばかりの瀬戸田のローカルとSOIL Setodaスタッフの距離感が表れていた。
かつてこの島でさかんに貿易が行われていた江戸時代は、潮の流れを利用する航行であったことから、瀬戸田港には上げ潮や下げ潮を待つ船が集まっていた。そんな由来から瀬戸田港は「しおまちの港」と呼ばれるようになったそうだ。
おそらくその頃も、船でやってきた旅人たちは港近くで潮を待ちながら、島の人々と入り混じって交流していたのだろうか。SOIL Setodaから見える凪いだ瀬戸内海を眺めながら、そんな想像をしていた。
もし地域の日常の暮らしに触れる、旅と暮らしの間のような旅をしてみたくなったら、ぜひここSOIL Setodaを目指して生口島を訪れてみて欲しい。
Soil Setoda
公式サイト:https://soilis.co/locations/setoda/
住所:広島県尾道市瀬戸田町瀬戸田254-2
予約:Soil 予約ページから
【参照サイト】OVERVIEW COFFEE
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いしづか かずと
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