旅行じゃなくて旅にでよう。鳥羽周作シェフが人生で初めて旅にでるまで

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旅に出よう。旅行じゃなく、旅に。

あの場所に行って、観光名所のあれを見て、名物のあれを食べて。そんな計画通りの答え合わせではなくて。心を開いて、その土地に、まっさらな自分で出会い、驚いたり、感動したり、爆笑したり、しよう。

ミシュランガイド東京2020より3年連続で一つ星を獲得している代々木上原のレストラン「sio」のオーナーシェフ鳥羽周作さんが、2022年夏、人生で初めて「旅」に出た。

旅先は、佐賀県。

隙間なく、多忙な日々を過ごす鳥羽さんは、なぜ今「旅」に出たのか。「旅」で何に出会い、何を感じたのか。じっくりお話を伺った。

鳥羽シェフ、旅に出る

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写真提供:シズる株式会社

毎分毎秒、料理のことを考えているほど、料理というものを愛している鳥羽さんには、モットーがある。

「幸せの分母を増やす」

一つのレストランを運営することで1日に幸せにできる人数は数十人。さらにディナー営業のみのフレンチレストランであれば小さな子供がいる親や、高額を支払うのが難しい人たちなどには、おいしいを届けることができない。鳥羽さんはもっと多く、一人でも多くの人が幸せを感じる時間を増やしたいと考えた。そして、2019年、厨房を離れる決意をした。

決意を経て、2022年現在。sioをはじめとした8つの飲食店とECサイトを運営しつつ、2021年に博報堂ケトルをチームに迎え設立した食のクリエイティブカンパニー、シズる株式会社にて、レシピや店舗の開発など、おいしいをデザインする活動も行うなど、幸せの分母を増やすべく日々奮闘している。

そんな鳥羽さんが、旅に出た。旅行ではなく、旅に。

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写真提供:シズる株式会社

「旅行と旅って、結構僕はニュアンス的に違う気がしていて。旅行は今までも色々してきましたけど、旅は今までしてこなかったかなという感覚なんですよね」

「旅行は目的が非常にはっきりしているというか。ここに行くとか、ある程度予定表がある感じ。旅は、ニュートラルにどこかに、なんとなく行くっていう感じがあります」

共に旅に出たのは東京・青山にある鳥羽さん率いるsio株式会社が運営するレストラン「Hotel’s」の厨房責任者の木田さんとホール責任者の青山さん。通常トップシェフが不在の状態で、更にレストランから責任者数名が一時的にでも抜ければ、レストラン営業は回らない。しかし、Hotel’sは違うのだ。

Hotel’sには鳥羽さんも、スターシェフもいない。絶対的存在となるシェフのいるシェフズレストランではなく、チームの誰が厨房に立っても感動する美味しさを提供できるチームレストランを目指して構想され、2021年10月にオープンした。そしてオープンから1年弱が経過した2022年8月、3人は旅に出ることになったのだ。出られるようになったというほうが正しいかもしれない。

「シェフがいない朝昼晩三部営業するレストランを目標にしてHotel’sを作りました。Hotel’sがある程度軌道にのってひと段落したら、シェフは旅に出ると最初から段階的に考えていました」

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Hotel’sのチーム / 写真提供:Hotel’s

「自分自身、人生の中にゆとりのある時間が、働き過ぎていてなかったというのが旅に出たかった理由としてまずあります。あと、昔から食材を探しに日本各地を訪れてはいたんですけど、何か特定の食材があの場所にあるから、あの生産者さんのところに行ってみようというような、目的がかなりはっきりとした、旅行のようなものが多かったんです。旅行して、生産者さんにお会いして、インスタグラムとかツイッターに写真を上げて、この食材を使いますというような」

「でもなんかすごい疲れちゃって、一回そうしたことを辞めちゃった時期がありました。そこから少し時間が経って、賞を頂いたり、色んな経験をした今、改めてもうちょっとまっさらな気持ちでインプットしたいなあと思ったんです」

佐賀での出会い

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写真提供:シズる株式会社

今回の佐賀県への旅は5日間。今までに鳥羽さんがしてきた食材探しの旅行では、どんな食材を見にいくかなどを鳥羽さん自身が下調べしたり、特定の食材を仕入れるために事前に調査依頼などをしてきた。しかし今回は、現地でのアテンドは佐賀県の食の取り組みに詳しい県庁職員の方にシズる株式会社のメンバーが依頼。鳥羽さんは準備も依頼もせず、初めて訪れる佐賀県の事をほとんど何も知らない状態で足を運んだ。

一つ、佐賀でインプットした内容をもとにHotel’sで提供するコースを作るということは決まっていたが、使う食材も、コースのテーマも、未定のまま東京を出たのだ。

佐賀の旅はどうでしたか?と鳥羽さんに聞くと、こんな答えが返ってきた。

「すごい、めちゃくちゃ良かったですけど、ものすごく疲れましたね(笑)でもなんか、その疲れがすごい良かったというか。行った先々で色んな人の熱量に触れて、いつもは僕の方が熱量持ってる側なんですけど、向こうの熱量に合わせさせられちゃったというか。この疲れがあったからこそ、旅よかったなって今思ってる感じがします」

「みかん生産者の田島柑橘園のおじさんのジュースがほんとにおいしかったんですけど、もう飲めないって言ってるのに、せっかく来てくれたんだから飲んでくださいって20杯くらいだしてくれて。そのなかに知らない品種のめちゃくちゃおいしいジュースがあったりして、感動してたら、また次のが出てきて、飲んだら、また次のが出てきて…もっともっとって、もう想いが溢れちゃってるんですよね」

「お店で使いたいなと思って飲みにいったわけじゃないし、ただ紹介されて、いきなりジュース飲んでみなって言われて、でもそのなかにものすごくうまいのがあって感動して。旅全体的に、そういう体験がすごい良かったんですよね」

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田島柑橘園のご夫婦と鳥羽さん / 写真提供:シズる株式会社

「あと記憶に濃く残ってるのは、白石町の蓮根。言っても料理人なので、食材は今まで色々食べてきてますけど、蓮根にあんなに感動したことはなくて。蓮根農家のおばさんがずっと説明してくれてる間も、蓮根がうますぎて、きんぴらとか酢漬けをずっと食べてました。この蓮根すげえ…みたいな感じが一番おいしかったし楽しかったなあ」

「なんか佐賀牛とかウニとか、煌びやかじゃないものに、フラットに感動できたのが良かったんですよね。ウニだったら、全員一致でウニおいしかったねって話になったかもしれないけど、僕じゃないメンバーは蓮根じゃなくて海苔がよかったって思ってるかもしれないし、そういうのがとにかく良かった」

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写真提供:シズる株式会社

いままでの食材探しの旅行でも、もしかしたらこの蓮根や農家さんに出会っていたかもしれない。けれど、その出会い方はきっと180度違う。

今度のコースのメインに蓮根を使おうと思う。美味しい一流の蓮根ってどこにあるんだろう。検索。「レンコンの名産地!白石町産、れんこん」白石町、なるほど佐賀県か。ええと農家さんは、ここがあるな。じゃあ今度の休みで行ってみるか。こんにちは。ふむふむこれが白石の蓮根か、うん、うまいな、これならあんな料理がいいかもしれない。ありがとうございました。また連絡しますね。

「この蓮根すげえ…」が旅なら、「うん、うまいな」が旅行。旅行ではなく旅だったから、鳥羽さんは蓮根にこんな風に感動することができたんじゃないだろうか。旅の出会いはまだまだ続く。

「あと、コハダの漁師さんのところに行ったら、『お寿司屋さんで使うサイズのコハダはほとんど豊洲市場に卸してるけど、それより大きいコハダには商品価値がなくて売れない。でも捨てるのはもったいないから冷凍して、自分達で食べてます、意外とおいしいんですよ』と言って生のコハダを出してくれて、コハダって生で食べたことなかったんで怖いなと思いながら食べたんですけど、食べたらめちゃくちゃうまくて、鯵みたいだったんですよ」

「美味しいですねーって言いながら食べてたら『いやあ、そう美味しいんですけどねえ・・。うまくこういうのが商売になるといいんですけど』って漁師さんがいうから、『えーこんなにうまいんだったら、俺レストランであっと言わせる料理作りますわ!』って約束したんです」

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写真提供:シズる株式会社

旅が「Tabi」に

5日間の濃く良質なインプットを経て、鳥羽さん含むHotel’sチーム3人は旅の最終日、泊まっていたホテルでコースを考えた。もともとメニューを考えるのが早いという鳥羽さんだが、今回は15分で決めたのだとか。なんというスピード。

期間は終了してしまったが、この旅で生まれたコースは、Hotel’sにて9月11日から20日まで「Tabi」という名で提供された。

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写真提供:シズる株式会社

Tabiの始まりは、真っ白なお皿に置かれた封筒から。中には「Tabiのしおり」と題して、鳥羽さんたちの旅の思い出話や一皿に込められた想いなどが記されたポストカードが複数入っていた。そして最初にでてきたのは、田島柑橘園さんのジュース。

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写真提供:シズる株式会社

「たぶん自分の気持ちに正直にアウトプットしてるっていうところがすごい大事で、フラットにニュートラルにただ旅をして、それをTabiでそのまま出しているというか。海苔とかジュースを作り込まずに、そのまま出してるのも、旅先で俺これ食べてすごいうまかったんだけど、これどう?おいしくない?っていう、美味しいって感じた自分の感動をそのまま伝えたいと思ったらそうなったんです。加工しちゃったら、それは俺が感動した食べものじゃないから、感動が伝わらないなと思った。本当に僕が行ってよかったものを共有したい、一緒に共感したいっていう気持ちでした」

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写真提供:シズる株式会社

「コハダの皿とかも、生産者さんを助けたいとかって想いもネガティブな意味じゃなく無くて、サステナビリティのテーマを入れたコースだからやってるとかでもないし。ただ、生産者の人と約束もしたし、こういう風になったら生産者の人が喜ぶかな〜って思ったからやったというか。そういう『純度の高さ』みたいなのが、今回やっててすごいよかったんだなあって後になって思いました。ニュートラルに旅するっていうのが、こんなにも大事なことで、自分の人生豊かにするんだなっていうのが本当に総評ですね」

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写真提供:シズる株式会社

感動と熱量の伝搬

鳥羽さんには「幸せの分母を増やす」というモットーと共に、もうひとつ大事な考えがある。それは、「世界においしいで ”感動” を届ける」ということ。おいしいを超えた、「感動体験」をたくさんの人に届ける、それが鳥羽さんのやりたいことだ。

今回の旅で、鳥羽さんは出会った海苔のおいしさそのものに感動した。ジュースのおいしさそのものに感動した。生産者さんの熱量に感動した。

そうした、鳥羽さんや一緒に旅したスタッフの人たちが受け取った感動や熱量を、熱が冷めないあつあつの状態のまま、コースを通してお客さんに届けた。その熱は想像以上にまっすぐと強く届き、受け取る側も届ける側も幸せにした。

「お客さんの反応と自分達のやってるお店の空気感みたいのが、今までで一番よかったなあってゆうか、こういうのなんじゃんって思いましたね。やっぱり熱量の高さがすべてで、旅に行って帰ってきて、あれ最高だったなあっていうのを、毎日誰かに言ってるだけのおじさんがお店やってるっていう感じ。その純度が高いから、お客さんにも強く伝わった気がします」

「一緒に旅に出た2人も本当に楽しそうにやっていて、やっぱり誰かの顔を思い浮かべながら仕事ができるってすごい幸せだなと思いました。あ、俺これだなあみたいな。俺これやりたかったなあって」

旅が自分も地域も活き活きさせる

「今回佐賀県を旅して、色々な人に会って、手厚くおもてなしをうけながら、佐賀を好きになったし、佐賀のもつポテンシャルを強く感じました。そうした体験を経た自分たちが、コースを一つ作って終わりみたいな付き合い方は、自分のスタンスとしてなくて。なので今後も旅をする地域とは、継続的に関わっていきたいなと考えています」

「行った先で感動したものを元に僕がレシピを考えて、それをその土地の居酒屋とかで食べられるように渡して広めるとか。その土地の料理人を育てていくような講習会をやるとか。地域の人たちが、自分達が住んでいる場所ややっていることに価値を感じて、それに誇りを持てるように。東京という適切な距離感がある場所だからこそ見える地域の魅力を見つけて、地域の人が最後には自分達で自走できるようなコンテンツだったり、想いのアウトプットだったりを手助けしたいと、旅を経験した今思ってます」

「良いことしたいって言葉で片付けちゃうと、キャラもあって違うんですけど、料理人として自分がもっているものや出来ることは、限られた人生のなかでしていきたいなというか。そういう想いが、44歳のおっさんが最近残りの人生を考えた時に、自分の人生でひとつやっていきたいなあと思うことで、『旅』を通してなら、そんなことができるんじゃないかなと感じてます」

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写真提供:シズる株式会社

「Tabi」は佐賀県への旅を経て、もっと旅がしたくなったという鳥羽さんの思いをもとに、今後、2、3ヶ月に一度行われる予定だという。

「次はHotel’sのスタッフ全員を連れて、富山に行こうと思ってます。『これ、私が旅した時に飲んだやつなんですけど、めちゃくちゃおいしかったんですよ』みたいな会話が、どのテーブルでもあって、料理がでて、ワイワイしているっていうのが、レストランとして健全な状態だなって今回思ったんですよね」

「伝えたい想いがあって、伝えたい味があって、僕らは料理人だからそれを手段として料理で表現するけど、本当は、行った先で感じた幸せのお裾分けをただただやりたいんだと思うんです。レストランというか飲食店で働く動機の根源のようなものを、Tabiは体現できている感覚があって、なんかいいなあって思ったんで、やりたいなあって感じっすかね」

「旅しましょう。みんなで、旅しましょう。」

鳥羽さんが、世界においしいで ”感動” を届け、世界中の人々をたくさん幸せにする「旅」は、続く。旅のつづきが楽しみだ。

【参照サイト】Hotel’s Twitter
【参照サイト】佐賀県 公式サイト
【参照サイト】鳥羽周作さん Twitter
【参照サイト】鳥羽周作さん note
【参照サイト】sio株式会社
【参照サイト】シズる株式会社

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飯塚彩子

“いつも”の場所にずっといると“いつも”の大切さを時に忘れてしまう。25年間住み慣れた東京を離れ、シンガポール、インドネシア、中国に住み訪れたことで、住・旅・働・学・遊などで自分の居場所をずらすことの力を知ったLivhub編集部メンバー。企画・編集・執筆などを担当。