つながりはじめる再生と対話の旅。ひろしまリジェネラティブツーリズム【レポ後編】

晴れた空、澄んだ川、ソースの匂い、釜戸で炊いた卵かけご飯、鳥のさえずり、ふかふかの土、漆器の滑らかな口当たり、真っ暗闇、火の柱、路面電車、高層ビル、とろんとしたソフトクリーム、あの人の笑顔……。「ひろしま」という文字を見て今、筆者が思い浮かべるのはこんなものたちだ。

サステナブルツーリズムで世界をつなぐ旅マガジンLivhubが、一般社団法人Hiroshima Adventure Travelとの共催で2022年10月9日〜11日に開催した「ひろしまリジェネラティブツーリズム」。地域の風景、広島の物語、自分自身の3つの再生を軸にしながら、“つながりはじめる、再生と対話の旅”をテーマに広島市内中心部と広島市湯来町を2泊3日で旅した。

身体性を伴う共同体験がひらく一人ひとりの再生

前編では、ローカルガイドの導きのもと個人の想いや体験と共に広島の街を見つめた旅模様を、中編では広島の魅力を多面化した3つの体験の様子を紹介した。これらの体験は、筆者を含む旅に参加したメンバーの広島に抱く物語を変容させ、その結果として、見える風景をも変えていった。

最後に後編で記したいのは、自分自身の再生の部分だ。身体性を伴う共同体験がひらく一人ひとりの再生の体験を記す。

「皆で飛びましょうよ!きっと飛べます!」湯来町シャワークライミング

今回のツアーは広島市街地から始まった。2泊3日の行程で、2日目の午前中までは市街地をめぐり、2日目のお昼前に車で50分程のところにある湯来町に移動し一泊。3日目の夕方に市街地に戻り解散という流れだ。

旅の参加者は、リジェネラティブな旅づくりに携わる方から、組織開発のコンサルタント、業務効率向上と子ども支援を同時に果たすサービス事業者まで、全部で5名。そこにLivhub編集部メンバーが2名と、湯来町で暮らしガイド業も営みながら今回の旅の共催事業者である一般社団法人Hiroshima Adventure Travelの設立者としても活動する佐藤 亮太さん(ガイドネーム:とんちゃん)が3日間のスルーガイドとして参加し、8名で3日間行動を共にした。

とんちゃん

ツアー3日間のスルーガイド佐藤 亮太さん

2日目、朝から二葉山に登りお茶を堪能したあと、下山してバスに乗り込み湯来町に向かう。広島市内は高層ビルが立ち並ぶ大都会だが、そこから20分ほど車を走らせると、窓から見える景色は急に自然豊かな里山に変貌する。都市と自然の距離感に驚きながらも車に揺られていると、湯来町に到着した。

湯来町

ドアを開けると、空気がまず違う。晴れた広い空と優雅に流れる雲、そして見渡す限りの青々とした山に、鈴虫の音。思わず伸びをして、大きく呼吸をする。道の駅で各自昼食を取り、土産物にオオサンショウウオのこんにゃくを見たりなんかしてから、午後のメインイベント、シャワークライミングを体験しに湯来の清流、水内川(みのちがわ)まで。

水内川

「この川は広島市内に繋がる太田川の源流です。上流にダムや堰がない清流なので、特別天然記念物のオオサンショウウオなどの多くの生き物が住んでいます。昔は水量がもっと多く、周辺の山から木を切り出して川を流し、町まで運んでいました。僕らはこの水の町、湯来で『BE A PLANET』を合言葉に、シャワークライミングやトレッキングなど、『地球と一つになる体験』をしてもらうお手伝いをさせていただいてます」

とんちゃんの説明を経て入った川の水は、ウェットスーツを着ていても冷たく、小さな悲鳴をあげながら身体を少しずつ水に浸していく。シャワークライミングはその名の通り、川や滝の流れに逆らって登っていくアクティビティ。当日は少しずつ難易度の上がっていくミッションが5つ用意されていた。ミッションという言葉や川の冷たさに、いい意味で緊張感を感じる。

最初は傾斜も少なくゆるやかな川を腹ばいで進む。

腹ばいですすむ

その後目の前に現れたのは小さな滝。顔に水を浴びながら一歩一歩登る。

3つ目のミッションは岩が作り上げた天然のスライダーを滑り降りること。スライダーとはいえ、少しなだらかに滑ったあとはほぼ直角に落ちる。年を重ねるごとに心地よいところに留まりたい気持ちが強まり、好奇心はありつつもコンフォートゾーンをでる冒険に、正直足がすくむようになってきているのを感じていた筆者の胸には、「ちょっと怖い」という感情が生じていた。

「誰から行く?」という話になったとき、「じゃあ俺から行きますわ」と即座に参加者のなかで一番若いメンバーが手をあげ、そそくさと滑り降りた。他のメンバーも、最初は私と同じように少し不安そうな顔をしていたが、彼の滑りを見た後は次々と滑ることができた。

スライダー

4つ目のミッションの場所まで、苔むして滑る道を進むと、そこにあったのは、滝壺。「まさか」と思ったが、やはり飛び込むらしい。「誰から……」とこちらも思っていると、少しずつ強度が上がるミッションで冒険心を取り戻した別のメンバーが手をあげ、すっと飛び込んだ。その後も筆者含めなんとか全員が飛び込みに成功した。どぼん!と水中に沈み込んだ身体が徐々に水面に浮かび、顔を出す。「飛べた……!」小学生のときに初めて逆上がりができたときのような感覚が自分を包んだ。

飛び込み

そしていよいよ最後のミッション。4つ目のミッションが水面まで3mだったのに対し、第5ミッションはなんと9mの高さのジャンプ。ここまで乗り越えてきたとはいえ、全員が「おぉ…」と少し尻込みする。でも同時にどこか、「よし行くか」という高揚感のようなものが場に生まれてきていた。

飛び降りるときには皆で声をかける。「3!2!1!ゴー!」で飛び込みだ。次々にみなジャンプするなか、「僕はこれはやめておきます」と参加者のなかでも最年長のメンバーが体験を中断する意向を見せた。それでも他のメンバーの声掛けが後押しして、なんとか飛び込み場所まで移動した。

「3!2!1!ゴー!」みんなで掛け声をかけるも、なかなか飛び込むことができない。

とびこみ

みんなで必死に声をかける。

「大丈夫!絶対に大丈夫!飛べます!行こう!」

そうしたやりとりを経て、数分後、

ためらいながらも、最後のメンバーも滝壺に飛び込むことができた……!

一同は笑顔で割れんばかりの拍手。「すごい!すごい!飛べましたね!やったー!」
長い長いプロジェクトをなんとか納品完了した後のような、不思議な一体感が場に充満しているのを確かに感じた。

温かな布団は居心地がいい。複雑で異なる存在が絡まり合いながら同居を試みる世界において、自分の世界を広げていかなくてはならないことを、頭では分かっていても、行動を起こすための一歩は重い。

ならば、一人で出ようとしなければいいのかもしれない。誰かと一緒に、励まし合いながら、「えいや!」と、踏み出せば、私たちは踏み出したり変わったり、していけるのかもしれない。変わるべき方向は見定めながらも。

お好み焼きと流れ星

シャワークライミングの後は、森の中で淹れたての珈琲を頂き、移動して温泉に入り、冷えた身体をぽかぽかと温めた。その日の宿は湯来町の古民家。

囲炉裏や釜戸、黒電話やブラウン管テレビなど、昔ながらの暮らしが残る家のなか、台所兼リビングに置いてあったのは大きな鉄板。夕飯はお好み焼きだ。

率先して台所に立ち料理を楽しむメンバーや、音楽をかけて盛り上がるメンバー、美味しいと言いながらとにかく食べるメンバー、「普段は料理を家ではしない」と言いつつお好み焼きづくりに挑戦するメンバー、それぞれの異なる魅力が合わさって場が一体となる。

お好み焼き

ひとしきり満腹になり、星空を見ようと外に出る。
その日は雲も少なく、暗い空に満天の星が瞬いていた。

「あ!流れ星!」

「・・・」

とっさに筆者が願ったのは、「世界平和」だった。

原爆投下から今年で80年が経とうとしている今も、世界からは分断が無くならない。無くならないどころか、むしろ加速していると言える。

私たち人間は、きっと一つにはなれない。

それでも、分かり合えないままに、ばらばらな人々が生きるばらばらな世界が、異なるままに和を以て貴しとなす未来を、創造していくことはできないだろうか。

目に見える世界が全てではない。人も社会も世界も多面性を持つ。相対するものの裏にある見えずらい部分にまで想像力を働かせ、弱くともつながりなおしていけたなら、少しずつ世の中は再生されていくのかもしれない。

世界の分断の歴史を携えながら、今を歩む広島は、そのための力を私たちに分けてくれようとしているのでは、と旅を通じて考えていた。

【参照サイト】湯来交流体験センター
【参照サイト】Be A PLANET(Adventures “YUKI” in Hiroshima)
【参照サイト】一般社団法人Hiroshima Adventure Travel

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飯塚彩子

“いつも”の場所にずっといると“いつも”の大切さを時に忘れてしまう。25年間住み慣れた東京を離れ、シンガポール、インドネシア、中国に住み訪れたことで、住・旅・働・学・遊などで自分の居場所をずらすことの力を知ったLivhub編集部メンバー。the GSTC Professional Certificate in Sustainable Tourism取得。