奇岩、奇橋など「奇」のつく名所にはなんともいえないロマンがある。そこでしか見られない景色と圧倒的な存在感が、冒険心をくすぐるのだ。関東を代表する「奇」で、日本三大奇勝に数えられる群馬県の妙義山を訪れたときの感動は忘れられない。1104メートルとあまり高くない山にも関わらず、遠目にもそれとわかる威容。ギザギザの稜線は、山水画に描かれる岩山のようだった。
妙義山と同じく山容を山水画のモチーフに例えられ、日本三大奇勝に並び立つ名所が大分県の耶馬渓だ。耶馬渓は、火山活動でできた凝灰岩や溶岩の台地を川が侵食して今の姿になった。断崖・奇岩が連なる光景は、どこか異国情緒を漂わせている。耶馬渓の名も、江戸後期の漢学者・頼山陽(らいさんよう)が当時の地名「山国谷」に中国風の漢字をあてたのが発祥だという。
画像引用:クラウドファンディング READYFOR
耶馬渓や妙義山がいつから日本三大奇勝と呼ばれるようになったのかは、よくわかっていない。ただ、耶馬渓はとにかく「日本三大」が多い地域だ。1915年には、出版社主催の全国投票で北海道の大沼・静岡県の三保の松原とともに日本新三景に選ばれた。気象会社が選定する日本三大紅葉名所のひとつにもなり、さらには日本三大渓と称されることもある。
独特の景観・風土や有機農業に惹かれた移住者が増加
耶馬渓はその迫力ある光景と周辺をとりまく豊かな自然で、九州でも屈指の観光地となった。中津城や名物の唐揚げで知られる中津の市街地より車で30分ほどの場所にあり、新幹線の小倉駅からも1時間前後で到着する。トレッキングやウォータースポーツといった、アクティビティも豊富だ。汗を流した後に気軽に立ち寄れる日帰り温泉も点在しており、中には、渓谷を眺めながらの湯浴みが叶う露天風呂もある。
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独特の地形は平家の落人伝説を生み出し、耶馬渓で300年以上続く奇祭「かっぱ祭り」の由来となった。かっぱの亡霊と化した落人を子どもたちが演じるのどかな祭りは、夏から秋にかけての風物詩となっている。口承で受け継がれてきた盆踊りは、楽器を使わない伝統的なもの。日本古来の民俗に触れられる、貴重なエリアなのだ。
1948年、耶馬溪に誕生した下郷農協では、60年以上前から「有機農業宣言」のスローガンを掲げてきた。土地が狭く大規模農業ができないため、かつて国内各所で当たり前に行われていた有機農業が今も根付いている。近年、自分たちが食べるものはできるだけ自分たちでまかない、安全でおいしい農畜産物や食品を届けるという持続可能なスタイルが共感を呼び、食きっかけの移住者も増えたという。
移り住む人が現れる一方、少子高齢化も進んでいる。耶馬渓は、中津市内で高齢化率が2番目に高い地域だ。観光資源でもある山林は、所有者の高齢化により手入れが進まなくなった。薪や炭の原料として木を伐採する需要も少なく、森が荒廃する事態に。これを受けて環境保全に向けた法整備が行われ、現在はかろうじて景観が維持されている状態なのだ。
ローカルツーリズムで地域振興を目指す「テンポラリ耶馬溪」
「テンポラリ耶馬溪」は、耶馬渓でのローカルツーリズムを通して地域振興を目指している団体だ。自然体験や文化・アートに関わるイベントを企画し、耶馬渓の魅力を伝えることで移住者の増加や地産地消を促進している。
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2021年開催の「耶馬溪トンネルホテル」は、開通前のトンネルを活用した宿泊プログラム。ディナーでは、有機食材を用いた料理がふるまわれた。道路に設置した滞在スペースは地元の木材で作り、解体後は再利用されている。耶馬溪トンネルホテルには、日本各地から3日間で130名以上のゲストが訪れたという。
耶馬渓の持続可能な暮らしを象徴するかのような耶馬溪トンネルホテルの試みは好評を博し、グッドデザイン賞を受賞するに至った。今後はもっと自然に近い場所で宿泊体験を提供したい、そんな思いから古民家を宿泊スペースとするプロジェクトが始まっている。
旅行者と地域住民の交流拠点を整備。クラファンもスタート
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「雲耶 Kumoka」は築100年の古民家をリノベーションして作る複合施設で、2026年の完成を目指している。雲耶には宿泊スペースと賃貸スペースがあり、賃貸スペースでは長期の移住体験が可能だ。そのほかにもワーケーションルームやカフェ営業に対応した土間のキッチン、図書室などを備えている。旅行者はもちろん、地域住民も利用できる関係人口交流拠点としてオープンする予定だ。
雲耶からほど近い場所には、1200平米の広場「山耶 Yamaka」が。山耶はすでに、イベントスペースやキャンプサイトとして稼働している。きれいな水が湧き出る敷地内では、季節によって梅・かぼす・栗がもぎ放題。古くから日本に生息する在来種・ニホンミツバチの養蜂も行われている。2024年11月には、みはらし台が完成した。
雲耶と山耶の整備を目的とし、クラウドファンディングも開始されている。リターンは、雲耶での宿泊プランや名産の発酵食品、地元在住の作家が手がけた茶碗などさまざま。無農薬で育てた2024年の新米が届くコースは、早くも完売したそうだ。
また、テンポラリ耶馬溪は今回の拠点づくりを通して、訪問者が耶馬溪を楽しむとともに、長期的な人々の交流を生み出し、地域文化の継承、自然と農業の保全、そして地域へ還元をめざしている。
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当たり前のサステナブルがそこにある、耶馬渓を旅しよう
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耶馬渓は、持続可能を声高に訴えることもなく長期間実践してきた、国内でも稀有な地域だ。そのサステナブルな暮らしは、独特の景観・文化とともに旅人や移住者を惹きつけている。テンポラリ耶馬溪の代表も、2012年からの移住者だ。心のふるさと、第二のふるさととしての魅力にあふれた耶馬渓に、一度訪れてみてはいかがだろうか。この場所を守るためのクラウドファンディングにも、ぜひ参加してほしい。
【参照サイト】
YABAKEI TRIP
日本遺産ポータルサイト
下郷農協ホームページ
中津市ホームページ
グッドデザイン賞
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Hiroko ASATO
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