人生でいつかしてみたいことに、「桜前線を追いかける旅」がある。はかなく散ってしまう桜を、もっともっと長く見ていたいのだ。ソメイヨシノの桜前線とともに北上すれば、3月から5月頃まで桜を楽しめる。
そんな夢物語を最小限の移動で叶えられる場所が、山梨県と長野県にまたがる八ヶ岳エリアだ。標高約400メートルから約1400メートルにかけての山麓に住民が暮らしているため、標高が低い地域から順に約2ヶ月間桜が咲き続けるという。最大標高差となる約1000メートルは、車で30分もあれば移動が可能。言い換えると、30分で2ヶ月分の季節を体感できるのだ。
この「季節を行き来できる」特色は、八ヶ岳観光圏でも最大の魅力としてアピールしている。八ヶ岳観光圏とは、山梨県北杜市、長野県富士見町・原村の3市町村を指す。観光圏整備法に基づき国土交通省の認定を受けた、全国に12地域ある観光圏のひとつだ(2024年11月現在)。八ヶ岳観光圏では自治体の垣根を越え、官民連携で観光施策の策定に取り組んでいる。
観光庁のモデル事業にも選ばれた、サステナブルな4つのツアー
国内でもめずらしい「標高差1000メートルの立体空間」と呼ばれる観光資源を有する八ヶ岳観光圏だが、貴重な自然環境を保護するための担い手および資金の不足という地域課題を抱えている。課題の解決策として提案されたのが、「旅行者とともに保全を行い、観光コンテンツとすることで収益を得る」仕組みづくりだ。その事業として始まった「八ヶ岳サステナブルフォレストツアー」は、観光庁による「サステナブルな観光に資する好循環型の仕組みづくりモデル事業」にも選ばれている。
八ヶ岳サステナブルフォレストツアーは、「フォレスト・ウォーク・ツアー」「フォレスト・ツアー」「里山再生ツアー」「ファーム・ツアー」の4種類からなる。それぞれ山岳・森林・里山・畑を資源と捉え、参加者が資源の循環を感じられるようなコンテンツ内容となっている。2024年からは、収益の一部を北杜市の環境保全基金に寄付する取り組みも始まった。では、4つのツアーを詳しく見ていこう。
1)フォレスト・ウォーク・ツアー:ゴミ拾いやジビエランチを通して、地域課題を知る
山岳資源コンテンツのフォレスト・ウォーク・ツアーは、「シカの食害」「森林管理・植樹の担い手不足」「景観の悪化」といった課題に向き合い、環境保全について考えるというもの。シカは木の枝葉や樹皮を食べるため、増えすぎると森林の植生に大きく影響する。かといって木が減少した分の植林を行おうとしても、高齢化などの理由で人材が足りていない。植生の衰退は景観の悪化にもつながるが、加えて登山者が残していくゴミによっても景観は損なわれていく。
八ヶ岳観光圏でさまざまなガイドツアーを手がける「八ヶ岳登山企画」が主催するフォレスト・ウォーク・ツアーには、「クリーンハイク」「植林」「シカの食害」というテーマごとに3つのコースが用意されている。「湧き水でコーヒー体験をして、クリーンハイクで森に恩返しツアー」は、名水を使ってアウトドアコーヒーを楽しんでから山中でゴミ拾いを行うツアーだ。「ジビエを食べて、植樹で八ヶ岳の森に恩返しツアー」では、植樹体験の後にジビエランチを試食。「ジビエを食べて、八ヶ岳の小径を歩いてシカの食害を見るツアー」は、食害による被害の観察とジビエランチがセットになっている。いずれも3時間ほどのツアーなので、山歩き初心者でも参加が可能だ。
2)フォレストツーリズム:植林や伐採体験で林業への理解を深め、森林の循環を体感
林業事業体「天女山」による森林資源コンテンツのフォレスト・ツアーは、苗木の植え付けや間伐に参加して森林の循環を体感することを目的としている。森林を育みつつ適度に伐採した木材を活用する林業は、まさに持続可能を体現するような仕事だ。にもかかわらず、「伐採=自然破壊」という印象を持つ人も少なからずいるのだとか。
そこでフォレスト・ツアーでは、林業の第1段階である植林、木を健やかに成長させる下刈り、木材として活用するための伐採という3つの作業を組み込み、林業への理解促進を図った。林業体験の後は、ジビエ料理のランチを提供。午後は森づくりについての講義も行われる、約5時間の充実したツアーだ。
3)里山再生ツアー:人間と蝶が共生関係にあった、かつての里山を取り戻す
里山資源コンテンツの里山再生ツアーは、準絶滅危惧種に指定された国蝶・オオムラサキの保全団体「北杜市オオムラサキセンター」とともに里山再生へ貢献するプログラム。八ヶ岳観光圏の北杜市長坂町は、国内有数のオオムラサキの生息地だ。オオムラサキは雑木林に多く生息する蝶で、つまりは人の手が入った里山の環境を好む昆虫といえる。雑木林の木を薪や炭にして活用してきた人間とオオムラサキは、もともとは共生関係にあったのだ。
里山再生ツアーには「里山整備体験」「チェンソーアート」の2コースが用意されている。里山整備体験は「森の遊び場づくり」として伐採・下草刈りを行い、失われつつある里山を守るツアーだ。里山でのチェンソーアート体験では、かわいらしい動物の木彫りなどを制作。ダイナミックかつスピーディーに繊細な作品をつくり上げる過程は、エンターテインメント性も抜群だ。今後は、樹木から抽出したアロマの活用も企画しているそう。
4)フォレストファームツアー:子どもも気軽に参加できる短時間のツアーで、農業を学ぶ
畑資源コンテンツのファーム・ツアーは、収穫体験をメインに農業について学ぶツアーだ。種まき・堆肥づくりなどの指導を行うのは、有機JAS認証を取得した北杜市最大級のオーガニックファーム「ファーマン」。堆肥の原料となる木の枝や落ち葉はほぼ山梨県産で、わかりやすく地域資源の循環を感じられる内容になっている。
採れたての新鮮野菜は、サラダなど食材本来の風味を存分に味わえるメニューで試食できる。所要時間が約60~90分と短めのため、小さな子ども連れでも気軽に参加できるのがうれしい。希望すれば、野菜の定期購入への申し込みも可能だ。
アクティビティを楽しみつつ、自らがサステナブルな再生の一員に
八ヶ岳サステナブルフォレストツアーは、いずれもアクティビティを楽しみながら地域資源の再生に寄与できる内容になっている。大人はもちろん、子どものサステナブル入門としてもおすすめだ。ぜひ、コースや季節を変えて何度も訪れてみてほしい。オーバーツーリズムなどで観光のマイナス面が目につく昨今、旅行者もサステナブルな循環の重要なピースになり得ることを強く感じられるはずだ。
【参照サイト】八ヶ岳サステナブル・フォレストツアー 公式HP
【参照サイト】観光圏の整備(観光庁)
【参照サイト】サステナブルな観光に資する好循環の仕組みづくりに向けた事例集(観光庁)
【関連ページ】人とつながり、自分とつながり、ほっとくつろげる場所。八ヶ岳南麓「ヒュッゲの森」
【関連ページ】八ヶ岳まで “自然のなかで暮らす” をしに行く。暮らしの本質が詰まった小さな家「Hut」
Hiroko ASATO
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