旅暮らしの途中で。琵琶湖のほとりにお試し移住

滋賀県高島市は、琵琶湖の北側に位置し、森林が70%以上を占める、昔ながらの原風景が広がる山、川、湖のめぐみ豊かな田舎まち。

わたしがこの地をはじめて訪れたのは、数年前のあるゴールデンウィークの日だった。びわこ箱館山に日帰りでたまたま立ち寄ったのがご縁で、「とても心地のいい場所だな」と心打たれたのをいまでも覚えている。

日本昔ばなしに出てきそうな里山の景色。空は青から橙へと染まり、夕暮れの切なさが田んぼの水面へとうつる。遠くから聞こえる子供たちの笑い声、のびていく影ぼうし。そんな景色につつまれて、忙しない日々のなかで少し張りつめていた心がほっと安堵する。

そして季節はめぐりめぐって、春の兆しがみえだした3月。ひょんなことから高島で移住体験ができると知り、1ヶ月ほど「お試し移住」をすることになったのだった。

ここで、「お試し移住」について少し触れておきたい。

お試し移住とは、将来そこに住むか考えている人たちが、実際にプチ滞在できる制度。地元の方との交流会や、まち案内などの機会を設けてくれる自治体も多く、その土地の魅力や空気感をじかに体感できる。実際に愛着をよせる地で衣食住を営み、その地に根付く文化や人と共存してみることのできる、とてもありがたい制度だ。

最近はリモートワークなど働き方が多様になったことで、暮らしかたの選択肢も増加。首都圏から地方への移住に関心が集まりつつあり、筆者であるわたしも日本の地方への移住を考えている一人だ。

いまは家を持たず、国内外含めヤドカリのように暮らすデジタルノマドだが、いつかは母国の日本に「ただいま」と帰って来られるような拠点・ホームがほしいと思っている。

「日々旅にして、旅をすみかとす」

旅暮らしの先人ともいえる松尾芭蕉のように、旅をすみかとしているわたしのノマド生活。この暮らし方をはじめてから、本当にたくさんの出会い、思い出を育んできた。そのすべてが愛おしく、この暮らしを選択して心からよかったと思う。そしていまは、原点回帰を欲する自分と、時間をかけながら対話し、向き合っていきたいと思ったりしている。

Photo by Jordy Meow on Unsplash

草木が生いしげる、3月。 弥生の月。

人で賑わう京都から、木漏れ日ゆれる比叡山の道を車で走って1時間。引越しでもするのかと思うほどの大荷物を詰んだ車窓に突如、澄んだ青い空とびわ湖が映り込んでくる。太陽の光で水面はきらきらと輝き、窓からはそよ風が吹き込む。

滋賀県の6分の1を占めるびわ湖は、日本最大の湖だけあってやはり大きい。もはや海だ。
実際、日本では大きな沼や湖を「うみ」とよぶ風習があるそうで、滋賀県では今でもときおりびわ湖をうみとよぶらしい。ちなみに、びわ湖は地殻変動で約400万年前に誕生した、世界の中でも20程しかない古代湖の一つでもある。

Photo by Takeshi Yu on Unsplash

そして、湖から15分ほど車を走らせて到着した小さな集落にあるのが、今回お試し移住で滞在する古民家だ。集落のなかには信号機もなく、コンビニやスーパーもない。でも、家のそばには川が流れ、竹やぶと田園風景がゆうゆうと広がるのどかさがある。

時の流れがゆったりとしていて、まさに「足るを知る」暮らしを営むのになんとも絶好の場だ。都会とくらべると不便ではあるが、その不便さが心地いい。(といいつつも、車で10分走ればなんでも揃っている町がある)

家の掃除と荷ほどきを終え、畳の上にごろんと寝転がる。

静寂。

都市にいると無意識にデフォルト化している、あの喧騒がまったくない。
耳に入るのは風、川、森で奏でられる自然の音たち。何千、何万年と気の遠くなるような時間のなか、地球を舞台に流れつづける自然のしらべたちだ。好きな音楽を流しながらゆったりするのもいとをかしだが、この音色たちが、世界の音が、いまはとても愛おしい。音楽までもが雑音と化してしまいそうな。

気づけばすでに、夕暮れ時。
窓からひょっこり、空を仰いでみる。お月様は空高くにぽつりと佇んでいて、水平線の先ではゆっくりと沈んでいく夕日が目に映る。はじめて高島を訪れたあの日の夕暮れと、ふと重なった気がした。

Photo by su fu on Unsplash

あっという間に時は流れ、高島での2週間が経過した。
季節はずれの雪がずっしり積もってこたつ住人になったり、視線を感じて窓の外にふと目をやると、お猿さんがすぐそばでこちらをじーっと見つめていてぎょっとしたり。自然からの嬉しい(ちょっと仰天な)サプライズが満載な2週間だった。その中でもとくに、季節はずれのヤマビルに人生ではじめて血を吸われたのは、ショッキングな出来事だった。

Photo by AJ on Unsplash

4月・卯月に突入し、地域全体で春の気配が感じられるようになった。
桜のつぼみはぷっくりと膨らみ、桜前線を毎朝チェックしながら、いまかいまかと開花を心待ちにする。気づけばツバメたちも忙しそうにせっせと餌をはこび飛び交っている。そうした日々の中で、さみしいかな、あっという間に1ヶ月の高島暮らしも終わりを迎えようとしていた。

この1ヶ月の暮らしの新しい日課のひとつが、家の近くにある湧き水を汲みにいき、そのお水で珈琲をつくること。高島ではおいしい水がいたるところでコンコンと湧き出ていて、この湧き水でいれた珈琲がもう絶品なのだ。おなじ豆を使っていても、味のまろやかさがまるで違う。

そして、もう一つの日課は、珈琲をいれた水筒、カメラ、双眼鏡をもって川のほとりでピクニックをすること。川へ向かう道中は、田園で猿の大家族が集会しているのを目撃したり、あたふたと車道を駆け抜けるたぬきや鹿に出会うこともある。

川に到着したらピクニックシートを敷いて、気分にあわせてストレッチをしたり、読書に没頭したりする。どうしても室内でずっと座っていると、体も思考も停止状態になってしまうのだ。こうして自然の中で新鮮な空気で深呼吸をしながら心と体を循環させることで、仕事のモチベーションや生産性もぐっと上がる気がする。

一息ついて、ピクニックシートの上にうつ伏せで寝転ぶ。
ふと視線を川に向けてみると、空から急下降して獲物を捕まえたり、羽を休めている渡り鳥たちの姿が目に入る。(びわ湖付近には毎年たくさんの渡り鳥がやってくる)

あの渡り鳥たちは、どこから海をわたってはるばるこの地に舞い降りたんだろう。次はどこへ向かうんだろう。そんな疑問がぽつぽつと湧いては、自分をみつめているような気持ちになる。

「君もわたしも、なんだか似ているね。」

気づくと渡り鳥に話しかけている自分がいた。

【参照サイト】おためし暮らし・たかしまぐらし
【参照サイト】びわこ箱館山
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鷹永愛美

神奈川県横浜市出身。日々旅にして、旅をすみかとするデジタルノマド。わたしはどこから来たのか、わたしは何者か、わたしはどこへ行くのか探究中のスナフキン系女子です。文章やデザインを創りながら、世界の片隅で読書、バイク、チェス、格闘技に明け暮れている今日この頃。旅暮らしの様子はこちらから。