“焦ることはないで” 余白を持って生きる大切さを伝える気仙沼の宿「SLOW HOUSE@kesennuma」

スローハウス

気仙沼駅を降り、バスに乗り換え、南気仙沼駅から徒歩10分。なだらかな坂の途中に、明るいオレンジと青の旗が見えてきた。ここは、宮城県気仙沼市にあるゲストハウス「SLOW HOUSE@kesennuma」だ。

のれんをくぐり、中に足を踏み入れると、そこにも外観と同じ、ビビッドなオレンジの空間が広がっていた。鮮やかなインテリアと照明、さらに宿中に貼られた遊び心溢れるメッセージのおかげだろうか、誰もいなくても明るい空気が広がっている。この場所に集う人と賑わう様子が頭に浮かんできた。

SLOW HOUSE

この場所を運営するのは、オーナーの杉浦恵一(すぎうら・けいいち)さんとコミュニティマネージャーの山中雄斗(やまなか・ゆうと)さん。今回、筆者がSLOW HOUSEに宿泊することを決めたのは、宿の説明として書かれていた言葉が気になったからだった。

「余白足りてる?」

その言葉の真意を尋ねるべく、杉浦さんと山中さんのもとを訪れた。

スローハウス山中さん杉浦さん
居候が増えすぎて、ゲストハウスをすることに

明るい笑い声とあたたかみのある関西弁──共有スペースには、朝から陽気な音が響いていた。時刻は朝8時。山中さんお手製の、名物「アーモンドトースト」をほおばりながら、二人に気になることを質問していた。なぜゲストハウスを始めたのかと尋ねたとき、杉浦さんから返ってきたのは、こんな答えだった。

「居候が増えすぎて、ゲストハウスをつくることにしたんです」

東日本大震災の1週間後、ボランティアをするために愛知から気仙沼へやってきた杉浦さん。当時は、ボランティアをしながら、被災したワインバーのバックヤードに住み、雑魚寝生活をしていた。そこに来るボランティアの数がどんどんと増えている頃、杉浦さんは家を借りた。そうすると、今度は杉浦さんの家にボランティアが来るように。次第に、「居候たちの拠点」になっていったという。

杉浦さん:「多いときは、一度に10人くらいが一緒に住んでいることもありました。居候たちには、草むしりをしてもらったり料理を作ってもらったりしながら、家族のような感じで生活していましたね。そんななか、自分の子どもが生まれ、二人三人と増えたこともあり、近くの空き家になっていた建物を借りることにしました。不登校の子どもたちのための活動をしていたので、その拠点にもできると思ったんです」

すると、今度はそこに次々と居候がやって来て住むように。そのとき、杉浦さんの頭に浮かんできたのが、ゲストハウスの構想だった。

杉浦さん:「居候たちは皆、多種多様。本当に色々な人がいました。自分がやりたいことを探すために旅に出た人、特に疑問を持つことなく生きている人──彼らは、共同生活をするなかで、それぞれの価値観や人生に触れて刺激を与え合っていたんです。それを見て『面白い』と感じて。サービスとしてそういう場をつくれないかと思い立ったんです」

杉浦恵一さん
大学院を中退し、旅人になり、ゲストハウスの管理人へ

杉浦さん宅に居候していた人を含め、およそ50人の旅人たちがリノベーションを手伝い、完成したSLOW HOUSE。その施工作業からかかわり、現在管理人を務めるのが、山中さんだ。立ち上げ時に、地元・兵庫県姫路市から気仙沼へ移住した山中さんと気仙沼の最初の出会いは、大学院を休学していたとき。自転車で日本中を旅していたときのことだ。

山中さん:「デザインを学ぼうと大学院に通っていたのですが、就活の時期になっても進路に迷い続け、自分は何をしたいのか、自分に何が向いているのかわからなくなっていました。そこで、一旦休学して旅に出ることにしたんです。自転車で北海道に向かい、折り返して帰ってくる途中、たまたま気仙沼に立ち寄りました」

到着した日の夜、テントで野宿をしようとしていた山中さんの前に偶然現れたのが、杉浦さんだった。一週間ほど、杉浦さん宅に居候した山中さんは、姫路に戻った後、沖縄へ。その次の行き先に悩んでいた頃、当時一緒に居候していた友人に勧められたことがきっかけで再び気仙沼へ戻ることに。ちょうど、ゲストハウスの施工が始まったタイミングだったこともあり、山中さんもその手伝いをすることにしたそうだ。

山中さん

山中さん:「最初は、2,3か月だけいるつもりでしたが、ここにやって来るさまざまな人たちと毎日楽しく作業していたら、気づけば復学の時期が迫っていました。大学には戻りたくない──答えは自分のなかで出ていたものの、まだ決めきれずに退学の言い訳を探し続けていたんです。ちょうどそのタイミングがSLOW HOUSEのオープンの時期と重なって。気仙沼にもう少しいたい気持ちがあったのと、ここにいた方が大学院より学べることがあると思い、退学してコミュニティマネージャーとしてゲストハウスの管理をすることに決めました」

人生の岐路に立つ人と旅人が交わり生まれる変化

大学院に通い、“良い子”として真面目に人生を歩んできた山中さん。思い切って退学し、兵庫から気仙沼にやってきたときの気持ちを、「人生を棒に振ったかのようだった」と振り返る。それから、「自然とここには、旅人や悩める若者など、当時の自分と同じような状況の人たちが集ってくるんです」と言った。

山中さん:「SLOW HOUSEには旅人も来ますが、『旅人になる手前の人』が来ることもあります。休学中でこれからどうしようか迷っている人、会社を辞めるか悩んでいる人、自分のなかで、何か違うかもしれないと感じながら働いていたり、とりあえず大学をで出た方がいいんじゃないかと思って続けていたりする人が来ることがあります。ゲストはもちろん、インターンとして長期滞在する人のなかにも、そういう『問い』を持ってくる人たちは少なくありません。

そんな人生の選択のタイミングにいる人たちが、SLOW HOUSEに来た旅人と交わり、『もっと違う生き方がある』『別の選択肢もある』と体感して、変わっていく姿をみてきました。旅人といっても、皆が自由に生きているわけではありませんが、イキイキとしていて今やりたいことをやっている人が多い。人生の岐路に立っている人たちが、そんな旅人たちの生き方や価値観に触れ、刺激を受けてそのまま退職や退学を決断することもありました」

スローハウス

社会が形作った型にはまった生き方でなくていい。もっと自由に生きていい。杉浦さんが、目にした居候たちの「面白い交わり」がSLOW HOUSEのなかで生まれていたのだ。

山中さん:「振り返ると、自分自身も何をするかわからないまま、とりあえず気仙沼に来て、経歴やこれまでやってきたことを一旦すべてまっさらにして、ゲストハウスの運営をやってみることにしました。そうした流れのなかで、結婚したり別の仕事を始めたりするようになり、人生が動いていった感覚があります。だからこそ、より多くの人が、『もっと別の選択肢がある』と知り、動いていけるといいなと思っているんです」

「スロー」な生き方でもいい、余白体験ができるゲストハウス

多くの人と出会い、多種多様な人生観に触れることができる。そんなSLOW HOUSEのテーマは「余白」。そこには、どのような想いが込められているのだろうか。

杉浦さん:「今って、効率や速さを重視し過ぎて、生きづらい世の中になっている気がしていて。バランスを欠いている感覚があるんです。だけど本来、今みたいに張り詰めた形ではなく、ゆとりがあってこそ、しなやかな強さが生まれるのではないでしょうか。そういう感覚を体感できる『余白の時間』がもっとあってもいいのではないかと感じています。

自分の頭の中だけで考えていると、想像できることしか道が見えないからつまらない。だけど、その概念を外して余白をつくってみたら、色々な機会や偶然の出会いが舞い込んで来ると思っていて。たとえば、これをやったらこのスキルが身につく、というふうに考えるのではなく、自分のなかに隙間をつくり、入ってくるものをとにかく受け入れてやってみる。そうやって、色々なものを受け取っていけると思うんです」

SLOW HOUSE

インターン、旅人、地域の人──ここに来る人たちに「余白時間」を味わってもらうため、SLOW HOUSEは、「余白体験」の機会を提供したいと考えているという。

杉浦さん:「まずは、余白をつくり、受け入れていくための意識を持てる人が増えていけばいいなと思っています。たとえば、ここではインターンとしての労働の対価は、宿泊場所と食事。お金という概念と少し外れた『関係経済』的なやり取りを大事にしています。だからこそ、一緒に働く仲間としての一体感は大切にしていますが、他にはこれといったルールは決めていません。何時に起きて業務としてこれをやらないといけない、というのはなく、予定が入って出かけたいのであれば、『どうぞ』と言います。その人にとって大事な予定だろうし、自分の空いている時間に入ってきたものから、受け取ることもあると思うので。SLOW HOUSEでは、むしろ『余白の時間』を大事にしてほしいと考えています。

あとは、そういう考え方を面白いな、と思う人がいれば、地域と接続して関係案内をしていきたいです。近くの農家さんや漁師さんから、『野菜やわかめの収穫を手伝ってほしい』と突然お願いされることがあるのですが、余白時間があるからこそ、そうした体験もできるようになると思っていて。そんなふうに、来た人と地域を繋げていくこともやっていけたらいいですね。興味がないこと、やったことがないことでも、挑戦してみることで、何かしらの学びが得られると思うので」

今後、SLOW HOUSEの新たな拠点が、神奈川県の湯河原と島根県の奥出雲にもオープン予定だという。広がっていくSLOW HOUSEという種は、花となって各地で咲き誇り、ますます多くの人たちがしなやかに、強く生きるための勇気と希望を届けていくのだろう。

編集後記

スケジュール帳が予定で埋め尽くされていたら、パッと舞い込んできた新しい誘いは入る余地がない。だけど、そんなふうに突発的に入ってくる予定のなかにこそ、意図しない大切な出会いや学びがあるのかもしれない。心のゆとりが大切、とはよく言うが、物理的にもゆとりを持つことが、人生をちょっと良い方向に進めていくのかもしれない。

SLOW HOUSEに到着した日、チェックインまで時間があったので、街に繰り出し散歩していた。すると、近くのシェアオフィスに杉浦さんと山中さんがいるというので、行ってみることにした。最初はただ雑談していたのだが、話が盛り上がり、急遽翌日取材することになった。

取材当日、朝8時に待ち合わせ、終わったのはお昼頃。半日くらいゆったりと話を訊かせてもらった。「長い間お時間いただきありがとうございました!」最後にこう伝えると、杉浦さんは笑って言った。

「これも、みんなが余白があったからできたことかもしれないね」

もちろん、常に時間があるわけではない。だが、突然の取材を受け入れてくださったお二人の余白のおかげで、素敵な話を聴くことができた。いきなりは難しいかもしれない。だけど、少しずつ気持ちと時間に小さなスペースをつくっていけたら、そこには最高の出会いが待っている気がしている。

SLOW HOUSE

【参照サイト】SLOW HOUSEウェブサイト
【参照サイト】SLOW HOUSE@kesennuma Instagram
【関連記事】心豊かに生きるために、地域と都市をつなぐ。ワーケーションプランナー山口春菜さんに聞いた「自分を生きやすくしてくれた、地域との出会い」
【関連記事】標高89メートルの山で見つけた小さなタカラモノたち。 アラジンさんのシンプルな生き方が問いかける「豊かさ」
【関連記事】人や文化の交流につながる。一階がカフェやバーのゲストハウス7選

The following two tabs change content below.

伊藤智子

大阪の真ん中で育ったのち、地に足をつけて生きていくため、千葉・外房の山の中で古民家共同生活を始める。いろいろな人の人生に触れること、誰かの想いをじっくりと噛みしめて丁寧に言葉で綴ることが好き。LivhubやIDEAS FOR GOODで記事執筆を行う傍ら、「食」を通した居場所づくりに挑戦中。趣味は、料理と人と話すこと。