春は大量の山菜や筍が顔を見せ、夏は夏野菜が青々と実る。秋は裏山にキノコが生い茂り、冬はあたり一面雪景色。山深い場所にありながら海が近く、あたりを見渡せば、いつもそこには自然の恵みが溢れている。感じるのは、人の気配よりも動物の寝息。
そんな場所に、築100年近くの一棟の古民家がある。

建物の中に入り、まず目に入るのは色鮮やかな大きな絵画。奥に進んでいくと、梁を見せた高い天井に真っ白い漆喰壁のリビングルームがある。キッチンの反対側には、DJブースにずらりと並んだレコード、天井から吊り下げられたミラーボール。そこには歴史ある古い建物の外観からは想像しがたい、モダンな空間が広がっていた。ここは、2023年にオープンした石川県能登町の宿、「土とDISCO」だ。
「土(自然)を近くで感じながら、DISCO(パーティー)に色々な人が集まってごちゃまぜで楽しむ暮らしがしたい」。土とDISCOのウェブサイトには、宿を立ち上げたサナさんの想いが綴られている。その後には、「ここは、一般的な民宿とは違うかもしれません」との言葉が続く。
土とDISCOは、一体どのような宿なのか。光り輝くミラーボールのもとで、女将のサナさんにお話を訊いた。

自分もお客さんもフラットに、みんなが楽しい宿を
2023年9月にオープンした「土とDISCO」。四季折々の自然に囲まれ、空気が澄み渡るこの場所では、地元の新鮮な食材や自然美を堪能することはもちろん、古民家ならではの広々とした空間で思い思いの時間を過ごすことができる。
ヨガをしたり、レコ―ドを聴きながらまったりしたり、大きな漆喰壁を背景に映画を上映したり、外で焚火やバーベキューなど過ごし方は無限大。来る人たちが思い切り能登での滞在を満喫できるよう、サナさんは事前に宿泊者との打ち合わせを行っているという。
「来てくれた人がやりたいこと、私たちがやりたいことを一緒にできる場所にしたいと思っているので、決まったプランは一切作っていません。能登でのステイを最高なものにしてもらうために、基本的に宿泊前に、お客さんがどんな過ごし方をしたいかをオンラインで打ち合わせをすることにしています。何より大事にしているのは、お客さんと宿主という関係性で終わらない、もう少し距離の近い関係を築くこと。自分や家族も含めて、同じ空間に集う皆が、ごちゃまぜで一緒に楽しめる場づくりを心掛けています」
根底には、サナさんが立ち上げ当初から抱き続けてきた、「自分自身が楽しみながら、色々な人が集う場にしたい」という想いがあった。
「泊まりに来たお客さんにお酒のつまみを出したり、みんながお酒を飲んでお喋りして楽しそうにしている姿を見たりするのが好きです。でも、自分自身もお客さんのなかに交じり、みんなで楽しめたらもっといいなと思っているんです。ジャンルレスに多種多様な人たちが集い、来てくれる人達によって予期せぬ方向に変化していく。土とDISCOをそんなやわらかい空間にしていきたいと思っています」
下町のナンバーワンキャバ嬢から宿の女将へ
2023年に「土とDISCO」を立ち上げたサナさん。もともとは金沢出身で、その後長く都内に住んだのち、2022年にパートナーと小さな子どもと家族3人で都内から能登町に移住した。それまでの職種はさまざま。IT企業のサラリーマン、地方の小さな会社を支援するクラウドファンディングの会社、それからキャバ嬢。そうした経歴を経て、なぜサナさんは、宿を立ち上げることにしたのだろうか。

「自分で宿をつくってみたいという気持ちは昔からずっとありました。20歳の時、広い世界を見たくてバックパックひとつで海外に飛び出し、メキシコやアメリカ、ヨーロッパなどを訪れたんです。ブレイクダンスをしていたので、毎日行く先々の路上で、現地の人とダンスバトルをしたり、ゲストハウスで出会う人とパーティーをしたりクラブに行ったりして過ごしていました。
そんな生活は楽しく、何より、毎日本当に様々な価値観の人たちと出会い、刺激を受けました。そのとき感じたのが、『音楽や踊りは国境を超える』こと。それで、『いつか、国籍や人種、年齢、仕事に関係なく、音楽を通していろんな人がごちゃまぜで楽しめる場をつくりたい』と思ったんです」

いつか日本にごちゃまぜの宿をつくりたい──サナさんは、海外で抱いた夢を、10年越しに「能登」という場所で実現させた。きっかけは、たまたま東京で開催されていた能登の移住セミナーに参加したこと。その後、初めて能登を訪れた際に滞在したのが、現在、土とDISCOがある建物だった。
「ここはもともと農家民宿で、偶然泊まりに来ました。そこのオーナーであるご夫婦と話していたときに、宿をやりたいと思っていることを何気なく伝えたところ、『ここ継ぎませんか?』と言われたんです。急すぎて最初は戸惑ったのですが、それを機に、その民宿でインターンをさせてもらうことになり、能登に通い始めました。それから一年くらいオーナー夫妻と関係を築き、事業継承という形で宿を引き継ぐことになったんです。
ただ、能登に来てからの最初の一年間は、とにかく大変で、ノイローゼ状態になっていた時期もありました。もともと大自然のなかでの暮らしに興味があったものの、現実はそう甘くありませんでした。湿気が多く、気づけばそこら中カビだらけ。家はすぐに汚れるし、冬は室内でもゼロ度になります。想像以上に過酷な広い古民家のメンテナンスに加え、まだ小さな子どもの世話をしながら、事業の手続きをする日々。移住したばかりのころは友達もいなかったので、本当に『なんでこんなとこ来たん?』って後悔しましたね」
自分たちも来る人も。自給自足生活を少しずつ当たり前に
想像よりずっと厳しかった山中の古民家生活に悪戦苦闘しながらも、少しずつ移住者や事業者の仲間、友人ができ、宿のオープニングパーティーには100人ほどの人が集まった。つらい時期を乗り越え、ようやく「能登での生活が楽しくなってきた」サナさんだったが、その矢先、2024年元日に能登半島地震が発生。以降、主にボランティアとして能登を訪れる人たちに宿泊してもらいながら、土とDISCOの復興作業に協力してもらっているという。
「主に、ボランティア拠点づくりと土質改善の募集をしていて、ほとんどのボランティアの方々は東京から来てくれています。ここでは、寝食を共にしてがっつり関わってもらいながら活動するので、みんな自然と仲良くなっていきます。一度きりのボランティア活動ではなく、『能登と関わってみたい』『つながりが欲しい』という人たちを受け入れています。
震災発生以前からも宿のことを手伝ってくれる人がいましたが、そうやって協力してくれる人たちのおかげでできていることだらけ。自分たちだけでできることは限られています。少しでも放っておくと中庭は雑草だらけになるし、すぐに荒れ果てる。助けてくれる人がいなければ、今頃途方に暮れていたと思います。すべて、やってみて気づくことができました」
そんなサナさんが、震災を機にボランティアの人たちと一緒に始めたことがある。それは、自給自足生活への準備だ。

「以前から興味があったけれどできていなかったのが、野外生活。もともと自給自足や農的な暮らしに興味があり、電気なども極力使わないようにして生活したいという気持ちはありましたが、田舎生活は想像よりはるかに厳しく、なかなか取り組めていませんでした。ですが、震災を通して、家がなくても生活できるようにしたいと改めて思うようになりました。
今は、外で寝られる場所をつくったり、屋外にコンポストトイレや薪風呂をつくったり、ボランティアの方たちに協力してもらいながら、能登の支援に来る人が無料で泊れる施設につくりかえているところです。現在は、主にそうしたボランティアの方たちに使ってもらっていますが、ゆくゆくは自給自足や里山暮らしを体験してみたい人に泊まってもらったり、お客さんがいないときは自分たちもそこで生活したりしようと考えています。
どんな震災が起こっても、屋外で生活できる力を普段から身に着けていれば、生きていけると思っているんです。能登がそういう暮らし方を代表する町として有名になれば良いし、『自然と一緒に暮らすこと』がもっと身近になり、ゆくゆくは普通になるようにしていきたいですね」
今、能登にないものをつくる
自分自身、東京から能登に移住してきた里山暮らし初心者。だからこそ、慣れない里山暮らしの日常に外から来た人たちが加わることで、いつも新しい発見があると語るサナさん。ここに来る人たちには、観光とはひと味違うリアルな暮らしを体験してもらうことで、大変なことや楽しいことなど自由に感じてもらえたら嬉しいと想いを口にする。そんなサナさんには、さらに今後挑戦したいことがある。

「『今能登にないものをつくる』という視点で、もっと色々なことをやっていきたいと思っています。その一つが、能登にクラブをつくること。特にこの辺りには、おじいちゃんおばあちゃんなど高齢の方が多く暮らしていることもあり、カラオケのある社交場なんてつくれたらいいなと考えていたんです。そこで、地震で壊れてしまった蔵の土壁を練り直して修復し、実際に社交場をつくり始めました。もうすぐ完成間近で、近々オープニングパーティも開催する予定です。
また、能登には子どもが遊べる施設がほとんどないので、敷地の裏山に『DISCOの森』という公園をつくっています。竹の滑り台やブランコなどの遊具をワークショップ形式でつくりながら、子どもが遊べる自然の公園やどろんこ遊びできるプレイパークみたいな場所にしようとしています。

過疎化が進み、震災が起こらなくても50年後になくなるかもしれない集落。であれば、これまでにやってこなかったような画期的で面白いことにたくさん取り組みながら、もっと魅力的な町にしていきたい。そう思っています」
ー
来てくれたお客さんと一緒に自分も楽しむ。里山暮らしも、興味がある人たちを巻き込んで楽しむ。自分自身のワクワクを大切に面白いことに挑戦し続けるサナさんの姿は、どれほど大変な状況であっても、小さな一歩を踏み出すことは可能だということを筆者に教えてくれた。
性別だって肩書きだって国籍だって置かれた環境だって、なんだっていい。誰もがごちゃまぜで一緒に存在できれば、そこはきっと最高の空間になる。
能登の大自然に触れて、心のワクワクにしたがって自由気ままに過ごしてみる。そんな時間は、あなたをミラーボールのようにキラキラと輝かせてくれるかもしれない。
【参照サイト】土とDISCO
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伊藤智子

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