チェンソーの音が鳴る東京の森にあるアウトドアフィールド「MOKKI NO MORI」

MOKKI NO MORI

ウィーーーーーーーン。ガッガッ。少し遠くのほうから、チェンソーの音が聞こえる。

「あの音、さっきここにいた伏見さんですよ」

10分前まで一緒に焚き火を囲み、話していた方が「じゃあ仕事行ってきます」といって立ち上がりヘルメットをつけるところまでは見届けたが、実際にあの森の中でいま木を伐っていると思うと不思議な気持ちになる。

ここは東京都檜原村にある会員制の本格的アウトドア森林フィールド「MOKKI NO MORI」(モッキノモリ)。そして、同時に西多摩を拠点とした東京の林業会社「東京チェンソーズ」の仕事場でもある。

林業の仕事場が、なぜアウトドアフィールドとして使われているのか。実際に会員になると何ができるのか、普通のキャンプ場とどう異なるのか。どういった経緯でMOKKI NO MORIは出来るに至ったのか。MOKKI NO MORI考案者で創業メンバーの1人である渡部由佳さんにじっくりお話を伺った。

MOKKI NO MORIができるまで

まずは、MOKKI NO MORIを考案するに至るまでに渡部さんが辿ってきた道筋をのぞいてみよう。

Yuka-Watanabe-01

「多摩地域に引っ越してくる前は東京都世田谷区の駒澤大学に住みながら監査法人で働いていました。ただそろそろ子供が欲しいなと思った時に、元々夫婦2人とも千葉県出身で海や山の中で子供時代を過ごしたので、世田谷区の街のなかで子育てをするイメージが湧かなくて。東京に7年くらい居て、友達もできたし、十分楽しめたので、引っ越しをしようと決めて、会社も辞めて東京都福生市に引っ越しました」

「子供が産まれてからは、家から1時間以内くらいで行ける付近のアウトドアスポットである飯能、奥多摩、檜原に遊びに行ってました。そんななかで私も主人も檜原村が気に入って、川の感じとか山がごっと寄ってくる感じとか。それで檜原村に引っ越したんです」

「西多摩地域に引っ越して来てから出会った家族の話を聞いていると、奥多摩や檜原など東京都23区に比べれば自然が比較的近くにあるのに、あんまり自然の中に行ってないんですよね。どちらかというと人が多い都心部に遊びにいく人が多いみたいで。その話を聞いていて、こんなに自然が近いのにもったいないなぁと思っていたんです」

そんな思いから渡部さんは、親子を奥多摩や檜原村といった自然の中に集め、自然の中でこそ得られる学びや体験を、イベントやプログラムを通じて提供する活動を「地球の学校」と題して始めた。

「地球の学校では、季節に合わせて山歩きや川遊びなどもするのですが、親子で林業体験もします。自分達で木を切ったり、細い林道を作ったり。半年や年間プログラムで行うことが多いので、その期間を通して、子供たち同士も仲良くなっていくし、何より親が変わっていくんですよね。自然のなかにいるとみんなおおらかになるというか。興味深いです」

地球の学校

その林業体験の場となっていたのが、そう、東京チェンソーズの仕事場だった。その体験を提供するなかで、これは親子向けの単発の体験プロジェクトだけだともったいない。もっと色んな人に楽しんでもらえるはずと思い、渡部さんはMOKKI NO MORIの最初の構想を思いつくに至る。

「畑の一区画を借りて野菜や草花づくりをするようなシェア畑が当時流行っていて。それならシェア森もいけるんじゃないか?と思ったんです。それで、東京チェンソーズ代表の青木さんに提案しました」

「最初はシェア畑のように区画を区切って所有者を決めて、それぞれが自由に自分の区画に小屋を建てたりする場所を想像してたんですけど、実際ここは平面がほとんどなく斜面しかないのでそれは難しいなと。それで、空間全体をシェアする、キャンプ場でいうなら区画サイトではなくフリーサイトみたいな形式にしようという話になり、いまのMOKKI NO MORIのアイデアに至りました」

個性豊かな4つのフィールド

MOKKI NO MORIには現在4つのアウトドア森林フィールドがある。

まずひとつめは、東京チェンソーズの社有林で、木こりたちの仕事場にもなっている「KIKORI FIELD」。記事冒頭でチェンソーの音が聞こえてきたのもこのフィールドから。平日の作業日には木の伐採や搬出などが行われているので一部閉鎖されることもあるが、作業のない日は森林作業道をハイキングトレイルとして利用し、森の中を移動しながら、寝床を見つけて、煮炊きや野営を楽しむことができる。サイトの説明には、「不便さを楽しみながら、人間が野生の中で生きる力を取り戻すためのフィールド」とある。

MOKKI NO MORI MOKKI NO MORI

おつぎは比較的平坦で低木の茂る雑木林を活用した「SENGEN FIELD」。敷地内には沢や、上流までいくと古民家を利用したそば屋も。中級者以上のブッシュクラフトなどのソロキャンパーの利用に最適。

MOKKI NO MORI MOKKI NO MORI

つづいては、檜原村の北エリアを流れる北秋川の源流部に位置する「FUJIKURA FIELD」。川遊びや釣りなども楽しめるほか、テントサウナにも最適。平坦な森林エリアもあり、ファミリーキャンパーにおすすめのフィールド。

MOKKI NO MORI-FUJIKURA FIELD

そして最後が「MOKKI BASE CAMP」。電源、水道、水洗トイレ、シャワーなどが完備されているので、初級者でも安心なエリアだ。

MOKKI NO MORI-BASE CAMP

家族連れからソロキャンパー。初級者から上級者まで楽しめそうに映るが、実際のところどういった方が利用しているのだろうか。

「会員には、小学生くらいの子供がいるファミリーと子供が巣立った夫婦やソロで使いたいといった方がいらっしゃいます。都内在住の方が多いですね」

「元々始めるまでは中上級者のソロキャンパーが多いかなと思ってたんですが、意外と蓋を開けてみると『これからキャンプを始めます』といったファミリーの方もいたりして。それはちょっと可笑しいですよ!って言ったりもするんですけどね(笑)『ここならスタッフや玄人の人に教えてもらえるかな』と入ってくださる方もいるようです」

MOKKI NO MORIは普通のキャンプ場とは少し勝手が異なる。MOKKI BASE CAMPのフィールドを除き、敷地内に水洗トイレ、電源、水道、シャワーはなく、滞在中に利用する水は現地で購入することもできるが、基本的には家から持ってくる必要がある。

入会資格のなかには、アウトドア活動が好きな方、現地見学会に参加した方などにつづき、フィールド周辺地域の自然環境と文化に敬意を払い誠実に向き合える方、不便を楽しみ、DIY精神と創造力を発揮して共に美しい森をつくって行ける方といった項目が並ぶ。

「今マンモスキャンプ場も増えてきてますよね。なんでも揃っていて、客層も幅広くて。キャンプ自体がコロナを経て大衆化したなあという感じがします。一方で、同時に下水が垂れ流しだったり、ゴミがその辺にたくさん落ちていたりだとか、自然環境に配慮するような気持ちが醸成されないキャンプ場も多いんですよね」

「なので、そういったキャンプ場に慣れている人よりも、最初っからコンポストトイレで下水処理もしっかりしているMOKKI NO MORIのような場所だと、それはそれでいいかもしれないですねといった話もしています」

コンポストトイレとは、人間の排泄物を微生物の働きによって分解し処理するトイレのこと。水を使わずに排泄物の処理ができるため、汚水による土壌や水質への影響を最小限に抑えることができる。処理された排泄物は、肥料として活用出来るというメリットもある。江戸時代は美味しい食べ物をよく食べるお侍さんの排泄物はいい肥料になるので、高値で農家に売れたという。

四季を通して同じ自然の中に通う

SDGs、サステナブル、エコ。そうした言葉が多く飛び交う中でも緊急の課題として上げられている環境問題。しかし街にはどうしても自然が少ない。少ない自然の中で、自然への敬意の念を抱くのはなかなか難しいものもある。そこで渡部さんの提案がこちらだ。

「観光的に一回だけ特定の場所を訪れるのではなくて、惜しげなく同じ場所に通ってほしいという気持ちがあります。色々な場所にとっかえひっかえ行くのではなく、同じところに四季を通して来てみると、季節の巡りを身を持って感じられます」

「冬には禿げている落葉広葉たちが、5月になると新芽を芽吹きだして、絵のようにふわーって綺麗になるんですよ。それって冬のすごく寂しかったり寒かったりというのを、ちゃんと味わってるから、うわ、うれしいー!って思うし。夏になって朝起きると、鳥がうるさいくらいに鳴き出したり。四季を通してどんどん変わっていくから、定点観測したほうが絶対に面白いんですよね。同じ場所に通うと、場所に愛着も湧いてきますしね」

おじいさんは山へ柴刈りに。おばあさんは川へゴミ拾いに

アイデア次第で創造力を発揮して、いろんな楽しみ方ができそうなMOKKI NO MORI。具体的な体験例を聞いてみた。

「MOKKI NO MORIでは薪が使い放題です。そうしていることの背景には、昔の人の生活を体験してみてほしいという想いがあります」

MOKKI-MAKI

「桃太郎で『おじいさんは山へ柴刈りに』ってでてくると思うんですけど、あれは実際に芝を刈っているわけではなくて(笑)煮炊きやお風呂を沸かすのに使う枝を集めるってことなんです。薪って何をするにも想像以上に必要なんですよね。実際にやってみることで、文明や電気などのすごさをひしひしと感じると思います」

「また柴刈りをすると、枝を燃料などに活用できるのも勿論なんですけど、山火事の予防や山の整備にも繋がるんです。森林の地表面である林床に枝があると、太陽の光が通らなくなってしまって、新しい芽が出にくくなってしまうので柴刈りをすることでそれを防ぐことができます」

「後は月に一回ワークショップを実施しています。山を歩きながらいろんな話をするノルディックウォーク。四季を通して林業でやる、植林や間伐、枝打ちなどの初心者版を体験する木こりワークショップなど。今月はきのこの菌打ちをするんですけど、夏には釣りや川歩き、ゴミ拾いもしたいねという話をしています」

日本の林業に新たな価値を

さて、一番最初の問いに戻ろう。

“ 林業の仕事場が、なぜアウトドアフィールドとして使われているのか? “

そこには日本の林業に長年存在する課題との紐付きがあった。

MOKKI-林業

「森林は、地球温暖化を止めるために二酸化炭素を吸収し、土砂災害も予防してくれる重要な場所という捉えられ方が今は多くされていますが、林業は林の業と書くだけあって、もともとは生業、ビジネスなんです。農家にとっての畑と一緒で、ここはキコリにとって木の畑です」

「木は苗木を植えてから50年後に売れるので、昔はおじいちゃんが孫のために植えるといったような感じでスギ・ヒノキを植林したりしていました。昔は山をもっていればお金持ちだったんですよね。ただ、高度経済成長期に国内の一時的な木材需要の増加に伴って海外からの木材輸入が自由化されて、外国産の安価な木材が流通するようになったことで、高価な国産材は売れなくなってしまったんです。ビジネスとして全く成り立たないほどに」

「天然林と違って人工林つまり一度でも人が手を入れた森は、継続的に手を入れてあげなくてはなりません。定期的に間伐をしないと、光が通りにくくなって木全体が弱ったりして、土砂災害につながったりもします。しかし、先ほどお伝えした理由から、現状、大半の林業会社は国からの補助金がないと成り立ちにくい産業になってしまっています。輸入規制緩和のタイミングで、間伐したら1本いくら、皆伐したらいくらなど、補助金を出すことが決まって、そこから今までずっと補助金が出続けています。補助金を貰うために間伐はするものの、切ってから運び出して売れるように加工するのにはまた労力やコストがかかるので、切ったまま放置されることもありますし、そもそも人手不足で間伐や手入れがされていない人工林も日本中に多く存在しています。補助金では根本解決にならないということですよね」

「国産木材の需要を創出し、日本の林業の本来的な意味での活性化を目指すにはどうすればよいのか。MOKKI NO MORIを通して、林業事業体の生産林や、山主が持て余している山林を活用することで、林業に新たな価値を生み出し、都市に住む人々を森の生活へと導く新たな道を創り出せるといいなと思っています」

MOKKI NO MORI

電車にゆらゆらと揺られ、山が近づいてきたなと思いながら窓の外を眺めていたらMOKKI NO MORIの最寄駅である武蔵五日市駅に到着した。エレベーターを下り改札に向かうまでの駅舎には、ふんだんに木材が使われていた。

バスに乗り、目的地のバス停を降りると近くの中学校の生徒が作ったとみられる看板。2羽の鳥の絵が版画で描かれ、そのうえには「自然を 大事にする 気持ち」の文字。そして目の前には壮大な森林が広がっている。

東京という大都市にこの場所があることの意味を思わずにはいられなかった。

コロナ渦を通して、いままでよりも多くの人が自然の中にいることの魅力を感じ始めたいま、その一歩先にある課題や、課題の解決に向けて前向きに取り組む人の姿にも、自然と目を向ける人が増えていくといいなと、東京の美しい森のなかで思った。

MOKKI NO MORI
東京都西多摩郡檜原村697番地
入会希望の方へ

【参照サイト】MOKKI NO MORI
【参照サイト】東京チェンソーズ
【参照サイト】地球の学校 | 株式会社OSOTO
【参照サイト】森林及び林業の動向 | 林野庁

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飯塚彩子

“いつも”の場所にずっといると“いつも”の大切さを時に忘れてしまう。25年間住み慣れた東京を離れ、シンガポール、インドネシア、中国に住み訪れたことで、住・旅・働・学・遊などで自分の居場所をずらすことの力を知ったLivhub編集部メンバー。企画・編集・執筆などを担当。