自分らしくをもっと自由に選択できる社会に向けて。働き方先進企業、株式会社LIFULL 小池克典さんインタビュー

世界的なパンデミックを経て、人々の暮らしや働き方に対する意識が大きく変わった現在。一方で、それに対応する社会の仕組みがまだまだ追いついていないと感じることは多い。

そんな中、大企業に属したままでこれからの働き方と暮らし方の実験を繰り返しながら、新規事業として新しいワーク&ライフスタイルを提案しているのが、株式会社LIFULL(ライフル)が運営するコミュニティ型Co-Livingサービス「LivingAnywhere Commons(以降LAC) 」の事業責任者である小池 克典さんだ。

LACは、月額27,500円でコミュニティの会員になることで、北海道から沖縄まで日本全国に散らばる、個性の異なる約40箇所のワーケーション施設を自由に利用できるサービス​​。コロナ禍における働き方の変化も影響してか、昨今急速に会員数を伸ばしている。

LAC事業の運営会社である株式会社LIFULLは、社員一人ひとりが自分らしく働くための制度や仕組みをつくることで、 生産性の向上と事業成長の加速を目指している。東証プライム上場企業でありながら、柔軟で豊かな働く環境や今までにないような新しい取り組みが実現するまでにはどの様な経緯があったのだろうか。

今回は、LAC事業スタートの経緯と、LAC事業がLIFULL社内に起こした働き方の変化、小池さんの考えるこれからのワーケーションや新しい働き方についてお話を伺った。

話者:小池 克典さん 

株式会社LIFULLに入社後、LIFULL HOME’Sの広告営業部門で営業、マネジメント、新部署の立ち上げや新規事業開発を担当。現在は、場所の制約に縛られないライフスタイルの実現と地域の関係人口を生み出すことを目的とした定額多拠点サービス「LivingAnywhere Commons」の推進を通じて地域活性、行政連携、テクノロジー開発、スタートアップ支援などを行う。

目次
小池さんのキャリアと現在

私は中途で株式会社LIFULLに入社して、現在約13年目になります。キャリア的にはメイン事業であるLIFULL HOME’Sで不動産広告の営業をやっていました。社会が大きく変化するなかで「未来を創る側になりたい!」と思う様になり、社内の新規事業という形で、この「LivingAnywhere Commons」というプロジェクトに辿り着きました。

当社は社員1,500人くらいの上場企業ですが、20くらいある事業の中で、私が担当しているのはLIFULL地方創生推進部の中のLAC事業と、株式会社LIFULL ArchiTechという子会社のインスタントハウス*という、新しい建築領域のスタートアップです。

LAC八ヶ岳のインスタントハウス

その2つに共通しているのは、社会課題をビジネスで解決しようということ。LIFULL全社的なミッションとして、個人そして社会に存在する課題をビジネスで解決しよういう考えがあって、その中の一つとしてLIFULL地方創生推進部では空き家問題という課題の解決のために内閣府とも包括連携協定を結び、空き家活用事業にヒト・モノ・カネ・チエをインストールしながら取り組んでいます。

※インスタントハウス….世界中のあらゆる人々が安心で快適な住環境を気軽に叶えられるよう、株式会社LIFULLと名古屋工業大学の産学連携で生まれた居住のためのプロダクトシリーズ。わずか数時間で施工が完了し、素材そのものが断熱材のため冬でも快適に過ごすことができる。(出典:Instant House特設サイト)

「どこでも暮らせる社会」が実現する未来は、そんなに遠くない

──LAC事業がスタートした背景について教えてください。

文字通り「LivingAnywhere=どこでも暮らせる」そんな社会にしたいという思いから、2017年に始まりました。一般社団法人LivingAnywhereの代表理事である孫泰藏さんが当時発案した「LivingAnywhere」というコンセプトに、LIFULL代表の井上が合意して、その後私が事務局として参加してスタートしました。

当時ですらグローバルに活躍するビジネスマンは住む場所に縛られず、当たり前にオンラインツールを使って自分の好きな場所で仕事をしている。一方、日本では住む場所が固定化され、満員電車に乗ってオフィスに通勤している人が多い。オンライン会議ツールなどの場に縛られないテクノロジーは既にあるが、それを使う我々のライフスタイル、ビジネススタイルがアップデートされていないという課題感を事業背景として持っていました。

また都心の家賃がずっと上がり続けている一方で、地方には空き家が多数ある。その現状を踏まえ、私たちは定住というライフスタイルこそが空き家問題の根幹にある社会課題だと捉えました。テクノロジーを活用すれば、ワーケーションやデジタルノマドと言われるような働き方もできるし、二拠点居住もできる。

さらに人々の暮らしは水道や電気があるところに生活圏が成り立っていますが、将来的にはオフグリッド*と言われるような、どこでも必要なインフラが手に入る時代が来る。ここに自動運転技術が重なってくると「LivingAnywhere」、つまりどこでも暮らせる社会が実現する未来はそんなに遠くない。そんな未来を想像したうえで、私たちは「より自分らしく、もっと自由に」というコンセプトをLACの骨子にしました。

*オフグリッド(英語:off-grid)….電気、ガス、水道など生活に必要なライフラインの一つ、または、それ以上を公共事業に依存せず、独立した方法で設計された建物の特徴やその生活様式。(出典:wikipedia

豊かさにつながる働き方の実証実験

──実際に事業が始まったのはいつでしょうか?

2019年の4月から事業展開をスタートしました。ただ先ほど挙げたコンセプト「LivingAnywhere」が実現した時に、それが本当に豊かなのかは、実際にやってみないとわからない。そこで実験をしたんです。1週間だけどこかに皆で住んで、日中は働きながらそこでしかできない体験をしようと、「LivingAnywhere」というコンセプトに関心がある人たちを集めて、北海道や沖縄、館山などで実証実験をしました。

その実験で、働くことは通信環境と電源さえあればどこでも出来ると確証することができた一方、移動する理由がないと定住の開放にはつながらないと体感し、人との交流や新しい体験が、人が移動する動機となり、それが豊かさにつながると感じました。そこで私達は、働く環境、寝泊まりする環境(Co-Living)に加えて、コミュニティを通して交流ができるスペース、そこを運営するコミュニティマネージャーの存在をLACのサービスの骨子としました。それをコミュニティ型のCo-Living施設「LivingAnywhere Commons」として運営していて、今は全国で36拠点、2022年度中には50拠点まで拡大する予定です。

LAC真庭拠点外観

コロナ禍を通じて明らかになったもの

──この事業を展開していた所にコロナ禍がやってきましたが、どんな影響があったのでしょうか。

一番大きな変化はテレワークが世の中に浸透したこと。もう別に通勤をする必要性もないし、都心で高い家賃払って都内に住む必要もない。LivingAnywhereの本質である「自分が暮らしたいところで暮らす」というのは、かなえようと思えばかなえられる。その事実がコロナ禍によって明らかになった。

──偶然コロナ禍が世の中の変化のスピードを速めただけで、住まい方や働き方の多様化が進む流れが本質的にあったということですね。

もちろん今は大変な社会状況ですし、当然宿泊事業としては苦戦することはありますが、LAC事業としては利用者が右肩上がりになっています。LIFULLとしてもコロナ禍以降に働き方を変化させ、「アクティビティ・ベースド・ワーキング」という、時間と場所にとらわれない働き方を実践しています。それによって働く社員が今やるべき仕事に対し、いつ・どの場所でやるのが最も効率的かを自分で決められるようになりました。

LAC事業がもたらしたLIFULL社内の働き方の変化

──LAC事業を始めた後、LIFULL社内の働き方は変わりましたか?

LAC事業の成果を会社にも還元する必要があると思ったので、LACの拠点を勤務地として認めるという制度をつくり、いつでも社員が使えるようにしました。調査データでは、社内の延べ500人程度がLAC拠点を使っていて、その50%が家族やパートナー、友人と一緒に利用していましたそう考えると、日常的にワーケーションをしている会社と言っても過言ではないかもしれませんね。

──企業文化を変える時の大変さはありましたか?

もちろん会社としては実行するメリットと、変えるリスクを天秤にかけるのは当然です。それに関しては「実証実験として、まずはやってみましょうよ」という話をするようにしています。一度始めてしまえば大体続いていくものです。

──LAC事業に関わる事での小池さん自身への影響は?

豊かさを追求するようになりました。「自分の豊かさってなんだろう」と考えた時に、LACの事業を通して場所の制約が外れることで、選べる選択肢などが見えてきました。それと同時に、仕事の向き合い方とか、家族との向き合い方も変わっていきました。あとは、変化に正直になろうと思ったことや、誰もやってなくても一歩目を踏み出してみようと思うようになったのは大きな変化ですね。

「コモンズ」がイノベーションを起こす

──LACのサービスのこだわりについて教えてください。

こだわっている点はまず価格です。月額27,500円でいつでもどこでも使える多拠点居住サービスは、コスト的にかなり安い。そして都度払いや回数券利用も可能です。新しいライフスタイルにチャレンジする時に、そのコストが都内の家賃の1/5ならやってみようと思えますよね。

──価格以外の特徴としてはどうでしょうか?

「コモンズ(Commons)*」という概念を意識しています。なぜかというと資本主義の役割が終わりに近づいているという感覚があったからです。過度な資本主義は競争を生むものですよね。

*コモンズ…草原、森林、牧草地、漁場などの資源の共同利用地のこと。近年では、自然環境や自然資源そのものを指すというよりも、それぞれの環境資源がおかれた諸条件の下で、持続可能な様式で利用・管理・維持するためのルール、制度や組織であると把握されている。(出典: (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」)

一方で今後イノベーションを起こすものは何かと考えた時に、それはコモンズ=共同体ではないかという仮説が当時ありました。いわゆるサービス提供者とサービス利用者という関係ではなく、ユーザー自身がそのサービス提供の一部を担い、そういった人達が集合体になるとより良いサービスが生まれる。なのでLACの施設のオーナーには原状回復義務*は無くしてもらい、利用者が施設を使いながら自発的に改修しています。だからいつのまにか壁紙が変わっていたり、机が変わっていたりすることが日常的にあります。

*原状回復義務….住居の賃貸借契約において、契約終了、または途中解約し退去する際に、借り主・入居者が部屋に設置したものを取り除いてから部屋を返すべき義務のこと(出典:オウチーノニュース)

──LIFULLとしてはユーザーの施設改修に対する監修はしていない?

利用者自身が監修をしています。僕らは各拠点のある現地の方にコミュニティマネージャーをお願いしているんですが、彼らはサービス提供者ではなく、コミュニティを円滑にするファシリテーターの役割を担っています。なので安全面は当然担保しますが、より楽しくなる事に関しては自主的にやってもらおうというスタンスなんです。なので共同体による自主運営方式というのが大きな特徴かもしれないですね。中央集権的にサービスを画一化せず、やりたい人達が自発的に決めることができる運営体制にしています。

──LAC利用者の傾向は?

LACのLIFULL社内外を含めた利用者は、現状7割が20代から30代で、比較的女性の比率の方が多いです。

──LIFULL社内外のつながりは起こっていますか?

利用者には社内外の人が入り混じっているので、結果的に仲良くなった時に「そういえば何やっているんですか?」と聞いたらLIFULL社員だったとか、全然違う会社なのにSNS上に共通の知人が何人もいたりとか。オフィスではそういうことはまず起こり得ない。

サテライトオフィスの功罪

──サテライトオフィスについてはどうお考えですか?

サテライトオフィスは、企業としてのコストメリット面や採用戦略としては良い手段。これはどちらかと言うと経営戦略の話ですが、東京での人材採用やその作業負担を考えると、ローカルのサテライトオフィスがあるのは現地採用などの面でのメリットがある。

ただサテライトオフィスと「自分らしく生きる」というテーマは結びつきにくいと思っています。やはり会社の指示でサテライトオフィスに行くと出張や業務命令になってしまうので、LACの利用に関しても社員に強制はしません。やりたい人がやればいいというスタンスを持つ必要があると思っています。

ワーケーションの現状とこれからの働き方

──今、国の施策とも連動して、多くのワーケーション施設や団体が増えています。現状のワーケーションをどう捉えていますか?

せっかく大義名分的な働き方が国から出てきたので、使えるリソースは使った方がいい。ただそれを持続可能なものにするためには、ワーケーションに対する考え方をアップデートする必要性があります。

それぞれの企業にとってのワーケーションを定義したうえでビジネス設計をして、企業と社員、そして受け入れ先にも意味のあるものにすることが、ワーケーションを持続可能にすることにつながるのではないでしょうか。ちなみに地方創生や空き家活用事業を展開する弊社では、ワーケーションを「ワーク+バケーション」ではなく「ワーク+ロケーション」と独自に再定義し直して、ワーケーションをアップデートさせようと試みています。

──ワーケーション導入を検討している企業も多いと思いますが、こういった新しい働き方を導入する際の課題はありますか?

企業としての大きな分岐点として、どこでも働ける方向に舵を切るのか、出社型のワークスタイルに戻すのかを決める必要がある。その中でも会社として守りたいカルチャー、コミュニケーション、マネジメントのあり方があると思うので、ワーケーションという手段を活用して、自分の会社にとって1番いいやり方を模索してはどうでしょうか。

──これからLAC事業として取り組んでいきたい働き方は?

今後会社のあり方が変わっていくと、もしかすると10年後には会社というものがなくなるのでは、とも思っています。一緒に何かをつくりたい人たちとプロジェクトごとにパッと集まって案件が進んでいくようなことが、僕の周囲でも起こっている。その方が流動性もあるしリスクも少ない。僕は企業に所属しながらも、この事業を通じてそういう新しい働き方を社会に広めていきたいと思っています。

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【参照サイト】LivingAnywhere Commons公式サイト
【参照サイト】Lifull公式サイト

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いしづか かずと

Livhubの編集・ライティング・企画を担当。訪れた場所の風景と自分自身の両方を豊かにする旅を探している。神奈川と長野をいったりきたりしながら、二拠点生活中。今気になっているのは環境再生やリジェネラティブツーリズム。環境再生医初級。