徳島県・三好市。日本三大秘境である祖谷渓谷があるまちに、この春から1ヶ月ほど滞在している。人が住めないような険しい山奥にひっそりとたたずむ集落、桃源郷かと錯覚するほど透きとおった川、手付かずの大自然。ここではどこを見渡しても、まるでジブリ映画に迷い込んだような日本の原風景が色濃く残っている。
この美しい原風景のなかで実際に身を置いて「暮らし」を実践してみると、この地に住んできた人々が作りあげ、次の世代へと継承してきたものが鮮明に、温度をもって見えてくる。険しい環境で暮らしつづけるために受け継がれてきた知恵や記憶の足跡、とどまることを知らず常に変化し、儚く危うい自然の美しさ。なんだか懐かしい気持ちに満たされながら、冒険心をくすぐるときめきと、思わず深呼吸したくなるようなやすらぎを求めて、秘境のふもとに暮らしてみた。
(前編の記事はこちらから)
闇と星の回想録
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最近では頻度は減ったものの、小学生から中学生の頃にかけて、流星群の時期には両親と長野の山奥で天体観測をしたものだ。キャンプグッズ、水筒、道中で食べるおにぎりやおやつたちを車にたくさん詰め込んで、ハロゲンライトの灯りがなんだか切ない高速道路を通り、山へつづく道を暗闇のなか走った。
星空をみる際の鉄則は、光がない、つまり街灯のない真夜中。山奥だと静寂のなかゆっくりと星々を眺められる。光ひとつない真っ暗闇のなかで夜空を仰ぐと、それはそれは満点の星空が広がっていたものだ。ひとつ、ふたつと流れ星をみては、「いまみえたよ!」と暗闇のなかで歓声をあげ、眠気に襲われるまでただただ星空を仰いでいた。
ただ、本当に真っ暗闇で周囲の様子はまったく見えない。ホラー映画をひとりで鑑賞することにハマっていた中学生の頃は、周りの暗闇にそわそわしながら空を仰いでいたものである。星々が瞬く空には畏れ、暗闇には恐れ。いたずら好きな母がいきなり背後からおどかしてくるときには、きゃーきゃー言いながら車に避難していたことをよく覚えている。
日本の妖怪、西欧の妖怪
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あれから歳月はめぐりめぐって、ふたたび流星群の季節がやってきた。春の流星群としては、「こと座流星群」、「みずがめ座η(エータ)流星群」が有名だ。こと座流星群が観測できる時期に、タイミングよく徳島の大自然のふもとにいるのはとってもラッキーかもしれない。
「今夜、肝だめしと天体観測に行こうか!」
朝7時、起きたてほやほやのなかでの突拍子な発言に、一緒に旅をしているティムとブリトニーの顔に?が浮かぶ。
「肝だめしってなに?天体観測もしたことないなぁ」
彼らの出身国であるオランダは自転車大国として有名だが、それもそのはず。坂、丘、山がほとんどない平坦な地形で、気候も年中通して曇りや雨が多い。つまり、天体観測で大切な、「標高」、「星空をさえぎる雲がない」、「光(街灯など)が少ない」といった条件をクリアするのが難しい。天体観測の文化があまり浸透していないのも頷ける。
「じゃあ、人生ではじめての天体観測で流星群を観に行こう!肝だめしは度胸だめしで、日本のチキンゲームみたいな感じかな。夜に心霊スポットに行って、ドキドキはらはらを体験しに行くの」
日本三大秘境である祖谷の周辺には平家の落人伝説が言い伝えられているのは有名だが、祖谷のある山城地区には多くの妖怪伝説も残り、地域全体で伝承されてきた。数にしておよそ60種、150箇所もの妖怪、憑きもの、たたりなどにまつわる話が古くから言い伝えられてきたそうだ。「ゲゲゲの鬼太郎」の生みの親である水木しげるさんが率いた世界妖怪協会から「怪遺産」としても認定され、妖怪たちが像として並ぶ妖怪街道というものまである。
その話をティムとブリトニーに伝えると、予想以上に「え、行きたい行きたい!」と興味津々の好反応をもらえた。
「わたしたちの国では妖怪というと、人狼、吸血鬼、ゴブリン、フランケンシュタインとかが思い浮かぶかな?あとはエルフ、ユニコーンとか!」珈琲をすすりながらブリトニーがつぶやく。
日本の妖怪というと、座敷わらし、お岩さん、ろくろ首、ひとだま、化け猫、現代だとトイレの花子さん、口裂け女とかがぱっと思い浮かぶ。ちなみに「日本三大妖怪」は鬼、河童、天狗の三種族らしい。日本や西欧の妖怪をひとつひとつ挙げてみると、なんとなくその国の文化や習慣が色濃く反映されている気がする。日本ならではの肝だめしは、果たして海外に通用するのであろうか…!
星空、もののけ、共存する森
キーンコーンカーンコーン。
近くにある中学校から、授業終了の鐘が響きわたる。窓の外に目をやると、あっという間に空はあかね色に染まり、夕暮れ時となっていた。
わたしが座る目の前には、大学の課題をこなしているブリトニー、パソコンで作業をしていたティムが背伸びをしている。ちょうど各自ひと段落したところで、ピクニックシートやおにぎり、懐中電灯などをバッグに詰め込み、車に乗り込む。
山に沈んでいく夕陽を車のバックミラーで眺めながら、数多くの妖怪伝説が残る山城地区へと車を走らせる。山城地区にはラフティングで有名な大歩危小歩危があり、夕やけ色に染まる渓谷の景色がひろがる。そして、吉野川の激流が有名なこの地域は急峻な地形となっている。手付かずの山や川は美しいが、崖や激流など危なっかしい場所も多い。電気や車、電話などが無かった時代、夜の闇のなかでひとつ間違えれば死と隣り合わせ。土砂崩れ、水害、川や山での事故は今よりきっと身近だっただろう。そうした背景から、この山城地区では「子ども達を守りたい」という一心で、怖い怪談話を語り継いできたそう。親の愛情から数多くの妖怪伝説が生まれてきたのだと考えると、不気味な妖怪たちも愛おしく思える。
そんなことに思いを巡らしているうちに、あっという間に目的地へ到着。夜のとばりが完全におりた山の奥深くで、車をとめる。懐中電灯をもって、山道のなかおそるおそる歩を進める。辺りには人も車もなく、完全な暗闇と静寂が広がる。暗闇のなかで、視覚、聴覚、嗅覚、触覚がゆっくりと研ぎ澄まされていく。ときおり草むらから聞こえる物音、ひっそりと佇むお地蔵さんにぎょっとなっては、鼓動がはやまるのを感じる。
「懐中電灯、消してみようか」ティムの掛け声でみんな一斉に灯りを消す。上空を見渡すと、数えきれないほどの星々が優しく瞬いていた。肝だめしは一時休戦し、みんな静かに星空を仰ぐ。
「こんな綺麗な星空を自分の目で見るの人生ではじめて」隣にいるブリトニーがつぶやく。
結局この夜は肝試しを再開することなく、ピクニックシートに寝転がって星空をみつめながら、夜が明けるまで語り続けた。忙しない毎日のなかで忘れていた、夜空に広がる星空の美しさ。美しさに危うさをはらむ山奥での暮らし。そのなかで先祖たちが紡いできた物語、伝説たち。
星、もののけ、大自然と共存する秘境のふもとでの暮らしは、あらゆる神秘に触れるかけがえのない時間となった。妖怪伝説を生み出したこの地の先祖も、かくれんぼをするようにこの地に棲みついた平家の落人たちも、移りゆく季節と大自然のなかで、唯一不動にみえるこの星空を見上げていたのかもしれない。遠い過去と、遠い未来を想って。
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鷹永愛美
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