イギリスにもう一つの居場所をつくる。旅と暮らしの視点の違い

暮らすように過ごす時間の価値

筆者は母国の日本と同じくらい、または時に上回るほどイギリスが好きだ。

きっかけは今から約9年前、英語習得の為に初めて単身イギリスへ渡航し約1ヶ月間を過ごした際に遡る。

当時は特にイギリスにこだわりがあった訳ではなく、単に英語を母国語とする国で、生きた英会話を体感したいという思いがあった。そのため渡航先の候補として、アメリカとシンガポールの学校も検討していたのだが、当時の短期留学の仲介企業がイギリス拠点だった為、最終的にロンドンの語学学校へ決めた背景がある。

語学学校時代には学校のフラット(学生アパート)ではなく、仲介企業が手配してくれた日本人専用の寮で生活をしていた。場所はロンドン市内のやや北側にある「South Hampstead(サウス・ハムステッド)」地域で、地下鉄「Finchley Road(フィンチリー・ロード)」駅からほと近い場所にある小さなアパートだった。

2014年のフィンチリー・ロード駅

2014年のフィンチリー・ロード駅

筆者が滞在した期間中には最大4名(筆者を含む)が3LDK内の各部屋で生活し、キッチン・バス・トイレはすべて共有。寮生仲間(フラットメイト)とは、お互いにそれぞれ別の学校へ通っていたのだが、基本的に皆外食をせずに地域のスーパーへ買い出しに行き、朝・昼・晩と3食自炊する生活を送っていた。特に夕食は各々帰宅した順番で食べるというよりも「ご飯だよ~!」と声がけをして、食事をしながらその日に各自が体験したイギリス文化について夜な夜な話をしていた。

2014年フラット・メイトとの食事

1ヶ月の滞在からの帰国後、自分の中で最も印象的で心に残っていることを振り返った時に頭に浮かんだのは、ロンドン市内の煌びやかな観光地ではなかった。

フラットメイトと暮らすように過ごした日々や、住宅街に毎朝ただよう食パンと洗濯物の香り、鼻の中が真っ黒になる地下鉄「Tube(チューブ)」の駅構内の埃っぽさに、運休ばかりの列車。そして「Good day!」」You too!」と見知らぬ人同士でも交わすイギリスの挨拶文化・・・他にも数えきれないほど、現地の生活に寄り添って過ごした時間の価値ばかりが記憶に残っていた。

それから約9年後の現在、筆者は長い間自分のなかであたためていた「イギリスと日本の二拠点生活」を始めることをついに決心し、身軽にどこでも仕事ができるライター職の利点を活かしながら、日本とイギリスを行き来する生き方をスタートさせた。

2023年北ロンドンのとある通り

2023年北ロンドンのとある通り

観光目線で何度も渡航するのとは違い、イギリスにも自分が帰る特定の場所(地域)をつくるというのが二拠点生活でのポイント。

ときどきフラリと訪ねては1ヶ月、はたまた2週間なのか一定の期間イギリスに滞在し、その間は現地の人々と一緒に地域活動に参加するなど、暮らすように過ごせればと思っている。

とはいえ、がむしゃらに無計画のまま渡英して、時間と費用を無駄にすることは避けたかったので、まずは第一歩として日本にいながらも自分が拠点にしたいと思う、気になる地域を大まかに選んでみることにした。

Googleマップを画面いっぱいに広げ、拡大縮小させながら魅力的な地域を探していく。かつて文豪が過ごした地域や、自然豊かな通り沿い、そして単純に名前の響きに惹かれた場所など、様々な視点から自由にマークを付けていく。

そして今年の10月。集めてきた情報をもとに、五感で街の雰囲気などを体感しながら、これからのイギリス・日本二拠点生活を探る旅に出た。自分で自分の帰る場所を、日本とは別にイギリスのなかに切り開いていくための始まりの旅。

2023年イギリス到着

前回の渡航から約9年振りとなるイギリスは、懐かしい洗濯物の香りや日の出の遅さ、そして突然の雨に、水回りの乾いた石灰(※1)など「イギリスあるある」を久しぶりに感じ「そうそう!これだよ」と身体中が踊り出すような嬉しさを感じた。
(※1)イギリスの水は硬水のため石灰が多少残るのが特徴

ヒルドロップ・エステート

筆者が事前に調べたなかで拠点候補として選んだのは、おおまかにロンドンと南イングランドにある計4箇所の地域。

旅中は、今回のはじまりの旅の目的である「街の雰囲気を体感する」ために、それぞれの土地で長く経営している宿を探し、宿泊しながらもオーナーから地域のことを聞き周辺地域を散策した。地域の住み心地を想像するというわけだ。

拠点候補1. Hilldrop Estate(ヒルドロップ・エステート)

まずはロンドン中心部からやや北側にある「Hilldrop Estate(ヒルドロップ・エステート)」と呼ばれる地域を訪れた。少し南に行くとカムデン・マーケットで有名な「Camden Town(カムデン・タウン)」があり、Googleマップ上で調べた際には賑やかな地域かとイメージしていたが、実際は住宅街が建ち並び、とても静か。

一方で住居エリアの範囲が広いため生活に必要なスーパーマーケットや駅が、やや遠い場所に位置しているのが難点。かといってバスを利用した場合は、逆に近すぎてお金がもったいないとも感じてしまう微妙な距離感。そのため実際に周辺を歩いていると、地域の人たちはエコバックを片手にスーパーに向かっているのか、同じ方向にひたすら歩いている姿をよく見かけた。中には現在ロンドンでは主流になってきている、Lime(ライム)の「レンタル電動自転車」を利用している人の姿もかなり多く、今後の滞在する際の重要なヒントを得た。

チャーリー・ホテル

同地域で滞在した場所は「Charlie Hotel(チャーリー・ホテル)」という B&B(Bed&Breakfast)タイプのホテルで、若いご夫婦が切り盛りしている。奥様は宿泊者に提供する朝食作りや事務を担当していて、旦那様はホテル全体の運営を担当。建物はどっしりと風格のあるヴィクトリア朝のデザインで、人間に例えると素敵な年を重ねてきたことが感じられるような、味のある外観。

チャーリー・ホテル部屋

部屋は必要最低限のスペースに洋服掛け用のタンスと、小さな机にテレビとふかふかのベット。窓の上部にある格子デザインのステンドグラスは、全ての部屋に付いていて外から見るととても可愛い。

ちなみに、ロンドン市内でトイレとシャワー付きのプライベート部屋(1人部屋)に宿泊する場合、最低価格の相場は1人1泊約15,000~17,000円(※2)。同ホテルは約13,000円と価格も抑えめなので宿のオーナーさん曰く、1人で1週間など連泊で滞在していく方が多いそうだ。価格の安さに加えて朝食も無料で付くので、二拠点生活の住まい候補としても良さそうな宿だった。
(※2)上記価格は全て1£=190円換算(2023年11月時点)

ルイス
拠点候補2. Lewes(ルイス)

そして南イングランドで印象的だった場所が「Lewes(ルイス)」だ。小さな街なので名前を聞いてピンとくる人は、そう多くないと想像する。場所はロンドン中心部(ヴィクトリア駅)からずっと南へ下がった先の「Brighton(ブライトン)」から、東方向へ在来線で約20分の場所に存在する地域。

小規模ながらも歴史的な建造物や老舗店舗がコンパクトに凝縮していて、非常に風情がある。目に飛び込んでくる建物や通りは時間の経過を上手に味方につけて、老朽化が「チャームポイント」ととして生まれ変わっている。

ロンドンから見れば地方にあたるルイスだが、最低限の生活に必要な施設や設備は街なかに揃っていて、歩いて直ぐに行けてしまうのも良い点。また、小さな街だからこそ地域活動は重要であり、農家が出店する朝市を週に数回開催したり、ルイス独自のタウン冊子の発行をしたりなど、地域の人々が積極的に手を挙げて活動していたのも印象的だった。滞在中は筆者も一緒に活動したい!と、ウズウズしていた。こうした視点を持てるのも旅でなく暮らす前提での滞在ならではだろう。

ルイス2

同地域で滞在した場所は「The Dorset(ザ・ドーセット)」という地域密着型の人気のInn(イン)で、イギリスでは至る所にあるパブ(酒場)に、宿がセットになっているタイプの施設だ。

1階はパブになっていて、2階に宿泊用の部屋が6室ある構造になっている。滞在中は一般のパブ利用者とは別の玄関口から出入りをするので、気分はパブ従業員であり住民のような気持ちになれるのが嬉しかった。

1階がパブだと騒がしいイメージを想像してしまうかもしれないが、眠れないほどの大騒音はなく、店舗の営業時間が23:00までというのもあり、以降の時間はとても静かで快適だった。

部屋はロンドン市内の一般的なプライベートルーム(1人部屋)に比べると圧倒的に広く、ベットに洋服掛け用タンス、アイロン掛け台や電気ケトルにテレビと、基本的な設備は大体揃っている。そしてトイレとシャワーも部屋に設置されていて、シャワーはガラス板で仕切られているので、利用中はお湯がトイレ側まで入り込まない仕様になっている。プライベートルーム1室の価格は、1人1泊9,000円~13,000円で時期によって値段は多少変動する。筆者滞在時は10月平均価格13,000円だった。

同施設で特に面白いと感じたのは、施設内にある6部屋すべてにイギリス出身作家の名前が付けられていること。大勢存在する文豪たちの中でも、南イングランドにゆかりのある作家たちがピックアップされていて、部屋の中には作家のちょっとしたエピソードが掲示されている。

ルイス3

筆者にはイギリス出身の女性作家「Virginia Woolf(ヴァージニア・ウルフ)」の部屋が割り当てられていて、部屋の中には彼女の著書「A Room of One’s Own(自分だけの部屋)」に関するエピソードが綴られていた。その中の一文に『女性が小説を書くためには、お金と自分の部屋が必要だ』という言葉があり、二拠点生活の場所探しにやってきた自分に向けられた言葉の様に感じた。

まとめ

たった一度の自分だけの人生を、どこでどんな風に過ごしていくのか。大人になったいま、変化をもたらす決断をするのは、いつも自分自身だ。

日本以外の国にもう一つの自分の場所をつくる。

生きていく時間の質に重みを持たせるためにも、人生のなかでも大きなこの変化を、筆者は起こしていくことに決めた。

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Molly Chiba

日本と英国を拠点に活動中のフリーランスライター。東北地方の田園に囲まれ育ちました。東南アジア地域の国際協力活動などを転々としていく中で、言語習得のため英国に短期滞在。それをきっかけにすっかり英国の虜に。日英のSDGsに関連する執筆のほかに、国内の地域文化ニュースやサッカーコラムを書いています。