過去を見て今を想う。隠れた英国ジャーナリズムの歴史を見つけながら歩いたイギリス

Fleet Street アイキャッチ

イングランドの首都ロンドン中心部にある「大英博物館」や「ビック・ベン」からほんの少し東側に行くと、テムズ川沿いに「Temple(テンプル)」という小さな地下鉄の駅がある。

テンプルは司法機関が集まる歴史ある司法地区。なかでも駅周辺の地域には、16世紀初期から20世紀にかけて英国メディアや印刷所などが集中していた。しかし近年では、多くの企業が資金繰りの問題や規模拡大など様々な理由から同地域を離れ、テンプル駅よりも更に東側にある「Canary Wharf(カナリー・ワーフ)」駅周辺へと移転している。

テンプル駅

2023年現在の同駅周辺は、全盛期時代よりは少ないが、いくつかの印刷所や新聞社が変わらず営業を続けている。そのほか裁判所や、教会も周辺に多く建ち並んでいる。

同地域は、約500年以上の英国ジャーナリズムの歴史が宿る土地にもかかわらず、実は日本の旅行雑誌の誌面ではあまり見かけない場所。少なくとも筆者が今までに目を通してきた数々の冊子には、残念なことに1度も登場することはなかった。いわゆる英国らしい際立ったアイコンが少ないから、という理由もあるだろう。

英国ジャーナリストたちが締め切りに追われペンを咥えながら、「ガシャリガシャリ」と騒々しいタイプライターをかき鳴らしていた時代を想像しながら、筆者はテンプル駅周辺を味わおうと出かけた。

フリートストリート1
英国メディアが立ち並んでいた道「フリート・ストリート」

テンプル駅から北へ約5分も歩けば、目の前にはメインの大通りが見えてくる。

通りの名は「Fleet Street(フリート・ストリート)」と呼ばれ、16世紀から近年まで多くのメディアが通り沿いに建ち並んでいた歴史があることから、英国メディアの代名詞にもなっている。

通りの中央には世の中に初めて「英語辞典」の存在を広めた英国出身の文豪「サミュエル・ジョンソン」の銅像があり、彼もまたフリート・ストリートの近くに住まいを構え、ペンを走らせ数々の文献や大作を生み出した一人だ。

サミュエル・ジョンソン

文豪「サミュエル・ジョンソン」の銅像

現在もジョンソン氏が暮らしていた自宅は残っており、有志のボランティア団体がメンテナンスなどを行なっており、有料だが自宅見学も可能だ。自宅のそばには同氏が当時可愛がっていた愛猫の銅像があり、猫の視線の先に同氏の自宅があるという仕掛けがされている。

サミュエル・ジョンソンの自宅

サミュエル・ジョンソンの自宅

同氏以外にもフリート・ストリート周辺に好んで暮らしていた文豪も多く、シェイクスピア物語を生み出した「チャールズ・ラム」の出生地も同通りの周辺だ。また通り沿いのパブ「Ye Olde Cheshire Cheese(ジ・オールド・チェシャー・チーズ)」には、チャールズ・ディケンズ、オリバー・ゴールドスミスなどの大御所文豪達が足繁く通っていた(※2)。パブには文豪たちのお気に入りの椅子や部屋、彼らの想い出の品々が残されている。

土地の歴史を見つけながら、過去を想像して歩く

フリート・ストリートの中間地点には「Fleet Street Heritage Sundial(フリート・ストリート・ヘリテージ・サンダイアル)」と呼ばれている、とてもユニークな日時計式の記念壁画がある。取り壊される予定だった建物の横壁に、フリート・ストリート一帯がメディアの全盛期だった時代を忘れないようにと、当時英国で主要だった新聞社名と、加えて日時計用の時刻が一緒に描かれている。午前中の朝6時から11時頃までの時間帯に訪れると、時刻を指し示している状態を目撃できるという。

日時計

日時計式の記念壁画

壁の真下から新聞社名を見上げると、より一層偉大な存在に思える。

当時あくせく走り回っていた記者たちに出会えるのであれば、ぜひ彼らに取材を申し出たい。「自分たちの仕事に満足でしたか?」「それとも疑問を抱いていましたか?」きっと思いもよらない言葉と、刺激も一緒にもらえそうだ。

横道

実はフリート・ストリートには前述の記念壁画(日時計)のように、建物の影や大通りから少し横道に入った場所にも歴史が隠れている。一見、どこにも歴史的な物はなさそうな通りに見えるのだが、横の建物を見ると・・・

マグピー・アリー

ビルの1階の通路を活用して壁にフリート・ストリートの年表が綴られているのだ。なぜ、こんなところにあるのかは不明だが、空きスペースを活用して地域の歴史を発信するということは素敵であり、さすが元祖英国メディアの地とも思える。

年表

壁には16世紀から近年に至るまでの印刷機の移り変わりや、全盛期の通り沿いを描いた地図、大手新聞社の当時の社屋などが描かれ、そして補足説明まで。ちょっとした歴史資料館のような空間なのだ。この場所は「Magpie Alley(マグピー・アリー)」と呼ばれている。

フリートストリート3

フリート・ストリートを歩き英国メディアの歴史を体感しながら、現代のメディアのあり方に思いを馳せた。

いまやソーシャル・メディアは偉大なものとなり、企業よりも個人の発信力が時に上回る程となった。それに加えて、企業で勤務する記者の仕事は「AIロボット(人工知能)」でも一部代行が可能なレベルまできている。これからのメディアはどうなっていくのだろうか。この道で「ガシャリガシャリ」と騒々しいタイプライターをかき鳴らしながら、あくせくと働いていたであろう英国ジャーナリストたちは、今の世界を見て何を思うのだろう。

過去を覗き、今を想った。

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Molly Chiba

日本と英国を拠点に活動中のフリーランスライター。東北地方の田園に囲まれ育ちました。東南アジア地域の国際協力活動などを転々としていく中で、言語習得のため英国に短期滞在。それをきっかけにすっかり英国の虜に。日英のSDGsに関連する執筆のほかに、国内の地域文化ニュースやサッカーコラムを書いています。