旅は、冒険を着ること。
そして、忙しない日常から自分に時間を還すこと。
イギリスには珍しく晴れた夏の朝。35Lのバックパックに服と本と少しの緊張感を詰め込み、靴のベルトをキュッと締める。飛行機で4時間半、向かったのはキプロス共和国だ。
ヨーロッパ唯一の分断された首都を持つ地中海に浮かぶ小さな島国、キプロス。1955年にはじまった紛争が名目上まだ続いているため、南側のキプロス共和国と北側の北キプロスが、四国の半分サイズの国土に存在している。北キプロスは独立を宣言したものの、世界でトルコだけそれを認めている未承認国家。言語はトルコ語、通貨はトルコリラ。飛行機もトルコにしか飛ばないというねじれ具合だ。
降り立ったのは南側のパフォスという港町。ここはギリシャ神話の女神アフロディーテが誕生したという砂浜があるキプロス西の玄関口である。
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一歩踏み出した外の世界は思ったよりも生きていた。
花は降るように咲いていたし、芝と乾燥した土の香りは夏休みの始まりだった。太陽はもう肌を焼けるくらいに強くなっていたし、そんな自然に町も人ものまれていた。
そうだった、難しくないのに単調じゃないことを求めていたなと考えながら、旧市街までの歩みを進める。今日の宿はそこにあるのだ。
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近頃の私の旅は、慣れとネットのありがたみに味をしめて、行きのフライトと初日の宿だけを予約してあとは現地に着いた自分の好奇心が赴くままに、というスタイル。
旧市街の外れにぽつんとあったパフォスの宿は大正解だった。入り口の扉を叩くと、ぱたぱたと階段を降りてくる音が聞こえて、大きなハグで迎えてくれたのはマリエッタおばあちゃん。
「よくきたね、暑かったでしょう」とグラスにいっぱいの水を入れて渡してくれる。初めてなのに懐かしい場所、どこか絵本で見たようなあったかいノスタルジアだ、と思った。
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一夜明け、ホステルの早起きトラベラーたちのおかげで7時前からさんぽへ繰り出した。
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パフォスの朝はザ・ローカル。お昼だと観光客がメジャーのレストランは、おじちゃんたちがコーヒーを飲む場所になっていた。古い工房で靴や藁いす、自転車を直すおじちゃんに淡々とはためくカーテン。町は静かな音に満ちあふれている。そんな瞬間がこぼれていかないよう、そっとすくって書き留めた。
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ふと曲がった道の端っこでフルーツ交換しているおじいちゃん達がいて、いいなと考える前にシャッターを切った。彼らの視線を感じて、ごめんなさいのお辞儀だけして歩きだした。すると、車に乗っていた方にふと呼びとめられて、あ、しまったと思いながら近づくと、手にいっぱいのプラムをさしだされた。
ギリシャ語100%のおじいちゃんと0%の私。この時点でもはやハンドジェスチャーと勘だけが頼り。オリーフ、オリーフとリピートするおじいちゃん。オファーかなと解釈して、ひとつ食べるとスーパーフレッシュでみずみずしさ満点。しかし、おいしい!と伝えてもおわらないオリーフオリーフ攻撃。
どうやら全部持っていけという意味だったらしく、最終的に7、8つのプラムをいただいた。グッドサインしながら走り去っていったおじいちゃんの車。もうなんだか笑いもとまらない。名も知らないおじいちゃん、ありがとう。
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キプロスには古い教会にイスラム教の宗教施設に付随する塔ミナレットをくっつけたような、モスクか何か一瞬困るような建物がいくつかあった。
なんだろうと唸っていると、お祈りに来ていたおじさんが見かねたように、キプロスの今に続く歴史を教えてくれた。実際は、ビザンツ帝国の名残からベネチア、オスマントルコ、イギリスの支配を乗り越えたという一連の流れを物語っているモスクだったのである。異なる宗教がひとつの建物に結びついているからこそ、全部を建て替える代わりに少し付け加えたり、DIYをしたりして現役で使われているのだ。
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キプロスはマレーシアみたいな雰囲気で、少し東南アジアに近い。道端ですれちがったらあいさつを返してくれる町の人。忘れかけていた感覚だ。人なつっこい人たちのおかげで自分に張っていたバリアがはがれていくのがわかった。どんどん身軽になる。たった5日間のキプロス滞在なのにもう数週間も過ごしているかのようだった。
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きっとこの旅は自分にとっての大事なレッスン。
飾らない生き方をすること。起こること、人の行動だったり、食べ物だったりを観察しただけで「あーこれがこの国の当たり前か」と勝手に納得しないこと。それは好奇心の芽をつぶしてしまうことだから。
さて、次はどのはしっこへ旅に出ようか、そんなことを考えながら首都ニコシアへ向かうバスに乗り込んだ。
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