そこにしかない一生ものの体験をしに、日本の南の島まで。WWFに聞いた生物多様性を体感する旅

沖縄、宮古島、石垣島、西表島、奄美大島。
これらの島々を想像したとき、どんな情景を頭に思い浮かべるだろう。

青い空、青い海、陽気な音楽に、美味しいご飯。嗚呼、今すぐ飛んでいきたい…

そんな楽園のようなイメージとともにある、南西諸島*には、実はそこでしか味わうことのできないもっと奥深い魅力があるらしい。そう聞きつけて詳細を探るべく訪れたのは、世界最大規模の自然環境保護団体である国際NGO「WWF(World Wildlife Fund) ジャパン」の東京事務所。(*九州南端から台湾へ連なる列島の総称)

今回はWWFジャパンの野生生物グループで、主に南西諸島を舞台に活動されている小田倫子(おだ ともこ)さんにお話を伺った。

写真右側が野生生物グループの小田倫子さん、左側が広報の山崎絢子さん

生き物の “ざわめき” を感じる。南西諸島は生物多様性を体現する場所

南西諸島のなかでも、奄美大島・徳之島・沖縄島やんばる・西表島の4島は2021年7月、世界自然遺産に登録された。(※1)

「今回の登録によって改めて価値が再確認されましたが、日本の南西諸島は世界的にみても多種多様な生き物が息づく、生物多様性において非常に価値のある場所です」

「例えば西表島にある​​『浦内川(うらうちがわ)』周辺には、主流は20kmにも満たないところの中に、沿岸のサンゴ礁から河口の干潟とマングローブ林、川を上っていくと渓流や亜熱帯林と、さまざまなランドスケープ(景観)の中に、ひとつひとつ非常にユニークで全く異なる生態系がダイナミックに集まっています。それぞれの生態系には、それぞれの環境にあった生き物が生息しているため、本当に多種多様な生き物がこのエリアには存在しているのです」

 

写真提供:WWFジャパン

生物多様性とは、生きものたちの豊かさと、そのつながりを指す言葉。生物多様性条約と呼ばれる国際条約では、生物多様性には生態系の多様性・種の多様性・遺伝子の多様性という3つのレベルで多様性があるとしている。(※2)

「そうした生物多様性を体現する場所のひとつ、浦内川には観光船も走っていますし、船の入れないような支流や干潟にも行くことのできるカヌー体験などもあります。またトレッキングルートもあるので、そうしたものを利用すれば1日でこのぎゅぎゅっと凝縮された異なるランドスケープを一気に見ることができるんです」

引用元:竹富町観光協会HP 浦内川観光

「たとえば干潟に1日いるだけでも、感じられることは多くあります。干潟に行って座ったり、埋まっていると一番いいんですが(笑)だんだんと潮が満ちてくるとですね、本当に沸くように魚類とか貝とかカニが出てくるんですよ。生き物の “ざわめき” を感じます。そういうのを見ると、こういうのが生物多様性なんだなと思います」

Image via Shutterstock

「一個のランドスケープに身をおいても、1日で見られる生物の数がすごく多い場所なので、生物全体の種数からしても、レッドリスト(絶滅危惧種)の種数においても、グローバルに見ても非常に稀有な場所ですね」

とはいっても世界は広い。アマゾンなど、生物が多くいそうな地域は他の国にもありそうだがどうなのだろうか?

「他にも南米や東南アジアなどにも非常に広大で雄大な生物多様性ホットスポットは存在します。私もインドネシアのスマトラ島に行ったことがあるんですが、普通これだけの量の野生生物を見ようと思ったら、もう何日もかけて何時間も車で走る移動を伴うことが多いです。南西諸島の場合は出発したらその日のうちに着く。人の住むエリア、観光するエリアなど人の領域と野生動物が生息する貴重な自然が、すごく近い距離にあるというのも、南西諸島の価値であり魅力です」

西表島の亜熱帯雨林 / Image via Shutterstock

「だからこそ南西諸島は生物多様性への配慮が特に必要な場所でもあります。西表島や奄美大島など世界自然遺産に登録された場所は法令上保護が手厚く、開発などが規制されている地区がかなり多く含まれているエリアです。そうした貴重な場所ゆえに観光で訪れる方々が増え、オーバーツーリズムといった問題も懸念されています」

「一方で、今回世界自然遺産に登録された島々と同じく、そこにしかいない野生生物の生息地で、生物多様性価値の高い地域である石垣島や宮古島などは、規制の対象となっている地区が限られ、なかなか保全策が十分でなく、開発圧の高まりが懸念されています。利用時に生物多様性への配慮が行われるかどうかによって、今後これらの島々を含む南西諸島の世界的に貴重な自然環境や生物などが残っていくかどうかが変わってくると考えています」

“生物多様性”という知っているようで知らない、空にふわふわと浮いたように存在していた言葉が、南西諸島を通して急に身近に迫ってきた。体感できる場所があるんだ。それも日本に。行きたいと思えば、その日のうちに到達できる場所に。

開発が南西諸島の魅力である生物多様性に与えうる影響

そんな南西諸島のひとつ「石垣島」で現在、石垣市と開発事業者である株式会社ユニマットプレシャス社によって、大規模なゴルフリゾート開発計画が進められている。(※3)この計画に基づき開発が行われた場合、沖縄県ひいては南西諸島全体の生物多様性が危機に瀕することが懸念されるとWWFは強く危惧している。

「こうした開発案件の相談は数多くあるんですけれども、これは最も懸念すべき案件というところで石垣現地の皆さんと一緒に動いています。石垣島といえば海の美しさが魅力で、名蔵湾には貴重なサンゴ礁が生息しています。石垣島の海が豊かなのは、豊かな山があり、その山から複数の川を通って豊かな水が流れているからです」

Image via Shutterstock

「ゴルフリゾート開発用地は、下記地図でいうと画像の赤枠で囲った部分で、もともとは畜産業の開発のために開拓された農地が広がっている場所です」

写真提供:WWFジャパン

「開発用地は陸なのだから海やその他の環境には関係がないかと思うかもしれませんが、陸と海は水を介してつながっています。本計画が実行されれば、ゴルフ場を維持するために継続的に使用が予定されているネオニコチノイド系を含む複数の殺虫剤・殺菌剤よるダメージが、開発用地を水源とする周辺の小河川そして下流にある湿地『名蔵アンパル』そしてサンゴ礁のある美しい海『名蔵湾』にまで及ぶことが懸念されます。その影響は、周辺の農家や住民、周辺に生息する甲殻類や昆虫、これを餌にしていた魚類や鳥類にも及びます」

「なかでも『名蔵アンパル』は国際的に重要な湿地のみが登録される、湿地の保存に関する国際条約『ラムサール条約』に登録され保護対象となった場所。多種多様な湿地性の野生動物の宝庫で、昔から地域の子どもたちが自然を学ぶ貴重な場所にもなっています」

写真提供:リフトアップ石垣島・青木康夫

「また開発用地内では、日本では西表島と石垣島にしかいない国の特別天然記念物であるカンムリワシの営巣が確認されています。カンムリワシは石垣市の鳥で、古謡にも登場する八重山を象徴する野生生物です」

カンムリワシ

子育てするカンムリワシ/写真提供:中本純市

「ゴルフリゾートで1日に使うとされる水は1000トン。その7割を地下水から汲み上げて利用する計画になっており、周辺の水系や農業への影響が心配されます」

「こうしたことをふまえ、非常に懸念される計画だということで現在WWFは沖縄県や全国の複数の団体や学会と一緒に必要な調査や働きかけを進めています。今はまだゴルフリゾートの開発工事は始まっておらず、必要な法令上の手続きが進んでいるところです」

日頃の疲れを癒しリフレッシュしに、美しい海のそばのリゾートに宿泊し、プールや海を満喫しつつ翌日はゴルフを堪能する。なんとも幸せで楽しそうに思える情景の裏側で、住民や生物が苦しみ、環境や生物とともに文化がなくなり、じわりじわりと目の前の美しく豊かな海も汚染されているとしたら。それは本当に幸せで楽しい旅になりうるのだろうか。

「こうしたことが実際に石垣島に限らず様々な場所で起きています。みなさんに、このような問題があることをまずは知っていただきたいです。そして、ぜひどこかに訪れる前に、その場所が環境負荷を与えていない施設なのかどうか、事前に調べて見てほしいと思います」

開発よりも自然環境や暮らしを守る決断をした奄美大島のまち、瀬戸内町

「奄美大島の一番南に位置する瀬戸内町という町があるんですが、そこにもかつてWWFが関わった開発計画がありました。瀬戸内町の西端にある集落に、グローバルなクルーズ船会社が大規模な寄港地を建設する計画でした。しかし、建設予定地の大島海峡は、世界的に貴重なサンゴ礁が残り、希少な海生生物の生息地となっています。自然や景観の破壊を心配して計画に反対する町民の皆さんからの相談を受け、WWFも一緒に現地で調査や町への働きかけを行った結果、計画は撤回されました」

「その後、瀬戸内町では、持続可能な観光業を目指す活動が、『瀬戸内町海を守る会』などの地域団体が中心になって進められています。例えばダイビングツアーの際にサンゴ礁を傷つけないようにブイを設置したり、野生生物に配慮したガイドを行なったり、海中のプラスチックごみの回収やビーチクリーニングなどいろいろな取り組みを進められています」

引用元:せとうち海を守る会Facebookページ

それぞれの場所や人に、それぞれの事情があって選択が行われる。関わる全ての人から直接話を聞いたわけではないから、なんとも言えない部分もあるが、それでも自然が好きで、その好きな自然を後世に残していきたい筆者としては瀬戸内町の決断に大きな拍手を送りたくなった。

知られない価値は守られない

お金は価値として非常にわかりやすい。誰でもお金を手にすれば、すぐに自分の欲しいものと交換でき、選択肢も広がり、豊かになったような気持ちになれる。しかし、自然や生き物の価値は分かりにくい。誰しもが自然から知らず知らずのうちに、ものすごい量の恩恵を受けているが、その事実は見えづらい。どうすれば、より多くの人が自然や生き物の価値に自覚的になれる世界が訪れるのだろう。

「子供時代などに生き物や自然に触れた経験があると、大人になって生物多様性という言葉に接したときに『何を守るのか』体感できる部分があると思うんです。腹に落ちていない取り組みって、やっぱり続かないですよね。だからこそ、大人ももちろんですが、次世代を担う子供たちには特に、生き物や自然に触れる機会を持ってもらいたいなと思います」

引用元:竹富町観光協会HP くまのみ自然学校

「『知られない価値は守られない』というのを本当に痛感しておりまして…。存在も知られていない野生生物が守られる可能性はないと思うんです。だからこそ知ってほしい。体験してほしいのです」

子供が自然や生き物に触れる機会を作ることができるのは、大人だ。しかし、自然の価値に気づいていない親の子供は、自然に触れる機会を持ちにくい。
自然や生き物の価値を知らせる。それは、自然の価値に気づいている私たち全員にできることのはず。「今日は空が綺麗だ」「この間西表島に行ってきてね」自分がまずは積極的に体験して、その魅力を少なくてもいい。周りの一人一人に伝えていくことで、きっと世界は少しずつ変わっていく。と信じたい。

そこにしかない一生ものの体験を

誰かに伝えたくなるような、本物の生物多様性体験を南西諸島でするには、ひとつポイントがあるという。

「世界遺産である奄美大島や西表島では、ガイドさんの資格制度も動き始めています。ツアーには、資格を取るために努力され、保全活動に参加しているガイドさんが実施しているものもあれば、廉価で件数をひたすら求めるツアーもあります。西表島はイリオモテヤマネコが有名ですが、実は何度も西表島を調査などで訪れている私も、まだその姿を見たことはありません。希少な野生生物に遭遇できなくても、その気配を感じたり、そうした生き物が生息できる豊かな自然環境にいる無数の生き物には出会うことができます。自然体験型のアーに参加したいと思った時には、価格が安いとか無理もやってくれるとかそういうところで選ばず、資格を持っているかどうか、どのような環境配慮をされているかを予約時に確認してみてください」

西表島では2020年4月より陸・河川域のツアーガイドに対し「竹富町観光案内人」といった名称の免許の取得が義務付けられた。免許を取得しているガイドは、認定ガイド証を所有している。免許を取得したツアー事業者一覧も、竹富町公式ホームページの竹富町観光案内人条例ページから見られるので参考にしてみてほしい。

奄美大島や徳之島など、奄美群島には奄美群島エコツアーガイドといった資格が存在する。西表島と異なり義務付けはされていないようだが、ぜひ奄美大島、喜界島、徳之島、沖永良部島、与論島に行かれる際は、奄美群島広域事務組合ホームページの奄美群島認定エコツアーガイドの紹介ページを参考に。

引用元:竹富町観光協会HP 西表島バナナハウス

「長年その島で活動され、そこにいる生き物やそれを取り巻く環境などにも詳しい認定ガイドの方が実施されているツアーは本当に充実したものが多いです。例えば車でばーっと西表島を横断したとしても、生き物あんまりいなかったねとなるかもしれないのですが、実際はそんなことはなくて、詳しい案内人の導きのもと、目をこらして耳を澄ませて、五感を研ぎ澄ませていくと、生き物のざわめきに気づくことができます。何メートルの中に、ものすごい種数がいるので、1日だけでも出会える自然や野生生物はいると思います」

「ちょうど一年前くらいに私も石垣島と西表島に行ってガイドの方にご案内いただいたんですが、日が暮れる頃にはあそこであの動物が見られるなど、熱量たっぷりに教えていただいて。本当に認定ガイドの方の知識量ってものすごいんですよね。1年2年とかではなくて、ずっとそこで活動されている方なので、もうデータ量が膨大で。去年と比べるとこうだけど10年前と比べるとこうでとか。本当に面白かったですね。せっかくだったらそうした方から直にお話を聞くと、『一生の体験』になるんじゃないかって思いますね」(WWF広報担当山崎さん)

「そこでしか体験できないものがあるんですよね。『そこにしかない本当の価値』に近づくことができる選択をした先に、環境が守られる未来があるのかもしれません」

青い空、青い海、美しい緑。その奥にある自然や生き物に出会いに、日本の南の島、南西諸島を訪れよう。

五感を使って、体を開いて、生き物のざわめきを、体感しよう。そこには、そこにしかない、一生ものの体験があるから。

(※1)日本ユネスコ協会連盟/世界遺産とは
(※2)WWF/生物多様性条約とは?
(※3)WWF/石垣島の大規模ゴルフリゾート開発計画 5つの問題点

【参照サイト】WWFジャパン
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飯塚彩子

“いつも”の場所にずっといると“いつも”の大切さを時に忘れてしまう。25年間住み慣れた東京を離れ、シンガポール、インドネシア、中国に住み訪れたことで、住・旅・働・学・遊などで自分の居場所をずらすことの力を知ったLivhub編集部メンバー。企画・編集・執筆などを担当。