自然の宝庫、西表島へ。生物多様性の「ざわめき」を聴く旅にでよう

西表島ジャングルホテル パイヌマヤ公式サイトより引用

暗闇の中で生物多様性のざわめきを聴く

ホテルの外には、濃密で重たい暗闇だけがある。その暗闇に足をとられそうになりながら、iPhoneのライトだけを頼りにホテル最上階からさらに上に伸びる階段を昇り、ホテルの屋上へ。

屋上から辺りを眺めようとしても、ホテルのエントランス周辺の控えめな明かりでようやくホテルの向きを把握できる程度。それ以外はただ暗闇だけが周囲を取り囲んでいる。

西表島では、日が落ちると辺りには街灯の明かりはほぼ見当たらない。ここ西表島は、国際ダークスカイ協会が定める星空保護区に指定されていて、「光害」とも呼ばれる街灯や照明の光を減らし、島の美しい星空を守るための普及啓発活動を行っているからだ。

屋上で周囲の暗闇から聞こえてきたのは、四方八方から立体的にせまってくる、無数の生物の鳴き声や、植物が風で揺れて擦れ合う音。いや音というよりは、生きているもの達の気配と言った方が近い。それらをカタカナの擬音で表現しようにも、うまく表現できない音がサラウンドのように何重にも重なり、鼓膜を震わせる。

自分の把握できない、たくさんの生き物が今まさに周囲にうごめいている。体が本能的に感じる、ちょっと怖いような、それでいて尊いような、不思議な感覚。

「畏敬の念を抱く」という言葉があるが、おそらく怖さと尊さは、どこか奥の方で繋がっている。自然を身体的に感じて適度に「おそれる」からこそ、敬うことができるのかもしれない。そんなことを考えながらまた階段をそろりそろりと降り、自分の部屋に戻った。

西表島を訪れる時に大切なこと

今回の西表島滞在中はあいにくの雨で、上を見上げても星空は全く見えなかった。それなのにわざわざ屋上に登ったのには理由がある。実は西表島を訪れる前に、西表島の自然をよく知る、国際的な自然環境保護団体である「WWF(World Wildlife Fund)」事務局の皆さんからこう言われていたからだ。

「もし西表島に行ったら、夜になると周囲の森から自然と聞こえてくる、たくさんの生物たちの『ざわめき』のようなものをぜひ体感してきてください」

偶然にもそれと重なるタイミングで、西表島を管轄する竹富町役場 自然観光課から取材のお誘いをいただき、西表島の貴重な「生物多様性」に触れながら、持続可能な観光や責任ある観光を体感する「レスポンシブル・ツーリズム」体感ツアーに参加することになり今に至る。

ちなみに生物多様性とは、地球上の生物がバラエティに富んでいること、つまり、複雑で多様な生態系そのものを示す言葉。ただその生物多様性は今、危機にさらされているという。それについてはぜひこちらのWWFさんの記事を読んでほしい。

そもそもこれまでに「西表島」という名前を何度か耳にしたことはあったが、今回訪れるまでは、沖縄本島よりさらに南の方の離島で特別天然記念物のイリオモテヤマネコがいる島、という程度しか知識がなかった。さらに言えば、この所よく「生物多様性が大事」と聞くようになり、知識としては分かっているけど、どうしたらそれが心から大切だと思えるのか、そしてどう自分がそれに関われるのか、まだ実感が湧いていなかった。ただ今回訪れるにあたって、西表島の環境が育む生物多様性を事前知識として知り、一度失ったら代替不可能なその価値に驚いた。

西表島は、沖縄県八重山郡竹富町に属する八重山諸島の島。そのほとんどが亜熱帯のジャングルで、国立公園に指定されており、別名東洋のガラパゴスとも呼ばれている。島は東部と西部の2つの地域に大きく分かれ、東部には仲間川、サキシマスオウノキの群落、水牛車で渡る由布島、西部には沖縄県最大の落差を誇るピナイサーラの滝などがある。

さらに山奥から流れ出す浦内川や海岸線の河口や内湾には、多くの場所でマングローブ林が生い茂っている。日本産のマングローブ植物7種がすべて分布するのは、なんと西表島だけだそうだ。

そんな貴重な自然の宝庫にいざ足を踏み入れるとなると「どんなマナーと心構えで臨めばいいのだろう….」という戸惑いを感じてしまう。 ちょうどそんな時に、竹富町役場が運営している、西表島を始めとした離島を訪れる方向けの観光情報案内サイト「沖縄たけとみ島時間」の存在を知った。このサイトには、竹富町内にある9つの島々の観光情報に加え、島を訪れる際のマナーや実際の滞在レポートなどが盛り込まれている。

サイト内にある「島からの8つのお願い」を読んで伝わってくる大切なことは、「おじゃまします」の気持ち。その気持ちは、地元の方に対してはもちろん、そこで生息しているたくさんの生き物たちに対してもまったく同じだ。私もそんな「おじゃまします」という言葉を心の中に留めながら西表島へ向かった。

体験を通して「知る」から「識る」へ

小雨がしとしとと降り続く中、両岸をマングローブの木が生い茂る川をカヤックで登り、沖縄最大の落差を誇るピナイサーラの滝まで歩くトレッキングをした。

ピナイサーラの滝(筆者撮影)

今回、旅のガイドをしてくれたのは、竹富島が認定するガイド事業者の中でも屈指のキャリアで定評のある森本 孝房(もりもと たかふさ)さん。西表島の動植物全般に詳しく、今では島内で一般的になったカヤックによるツアーを島内で初めて取り入れた先駆者的な存在だ。

サキシマスオウの木(写真左)とマングローブについて解説をしてくれる森本さん(筆者撮影)

そのトレッキングの途中で、むき出しになって絡み合う2本のマングローブの根に出会った時、森本さんはこんなことを話してくれた。

絡み合う2本のマングローブの根(筆者撮影)

「世の中の物事にはすべて意味や理由があります。マングローブの根は、お互いの根を複雑に絡めあいながら、お互いを支えあって生きている。そしてその複雑に絡み合う根は、土壌や岩をしっかりと掴み、川が運んでくる堆積物をせき止め、海から打ち寄せる波が陸地を浸食するのを抑えている。つまりマングローブは防災の役割も果たしているんです」

岩に絡みつくマングローブの根(筆者撮影)

木の根が土砂崩れなどを防ぐことは、もちろんこれまでも知識としては知っていた。ただ、むき出しの根がしっかりと土や岩を掴んでいる有様を目の当たりにすると、頭の中の知識が目の前の現実と溶け合い、体感に変換されていく。旅の体験を通して、「知る」からより本質的な「識る」へ変わる。この日のマングローブ林は、そんな貴重な機会をくれた。

西表島の自然が教えてくれること

そしてもう一つ、マングローブの生態について知って驚いたこと。それはマングローブには一定の「年輪」というものがなく、より不規則で波のように曖昧な「成長輪」と呼ばれるものしかないということだ。

西表島仲間川沿いにある、推定樹齢350〜400年のサキシマスオウノキ(筆者撮影)

マングローブは成長が遅く、一般的な樹木のように樹齢を表す一定の年輪を刻んでいくことをしない。時期によってはほとんど成長をしない期間もあるとか。複雑に張り巡らされた根で、強風や波にさらされる過酷な環境にも耐え、植物としては珍しく根から吸収した潮水を濾過し、葉から塩分を排出する機能も備えている。現地で聞いた話によると、マングローブは安定した成長の代わりに、多様な環境に適応できる生態を手に入れたのではないかという説もあるそうだ。

仲間川沿いのマングローブ林(筆者撮影)

それを聞いた時、右肩上がりの発展や安定した成長とはまた別の世界線に、単なる衰退や過去への回帰ではない、また違った目線の希望がある可能性をマングローブが教えてくれているような気がした。

接すれば接するほど、生物同士の関わりの大切さや生態系がもつ価値を教えてくれる、西表島の自然環境と生物多様性。最初に西表島を訪れた日に、屋上で生物たちの「ざわめき」を耳にして本能的に感じた感情や、マングローブの根を目にした時の体感と一体になった学び。そんな生物多様性からのメッセージを体で受け取りに、また西表島を訪れたい。もちろん八重山の島々を訪れるときに大切な「おじゃまします」の気持ちも一緒に携えて。

【関連記事】そこにしかない一生ものの体験をしに、日本の南の島まで。WWFに聞いた生物多様性を体感する旅
【参照サイト】竹富町役場
【参照サイト】沖縄たけとみ島時間
【参照サイト】生物多様性とは?その重要性と保全について
【参照サイト】西表島ジャングルホテル パイヌマヤ