この2年間で「テレワーク」が普及し、オフィスだけでない場所で働く人たちが増えた。人々の働き方が多様化する中、全国各地で「ワーケーション」が普及している。一般的には「仕事」と「休暇」をセットにしたものと定義されるワーケーションであるが、そのスタイルは地域に行く企業・働き手側の目的やニーズ、その人たちを受け入れる地域の持つ魅力や特性によって、多種多様なカタチになっている。
今回は、「地域と都市をつなげることが人の心の豊かさにつながる」をコンセプトに、ワーケーションプランナー(企画者)として、さらにプラクティショナー(実践者)として、これまでに全国40都道府県以上の地域を旅するようにはたらいてきた山口春菜さんに、この数年間の働き方や社会環境の変化といった広い視点から「ワーケーションの現在地」を伺った。
1995年名古屋市生まれ。大手人材サービス会社でHR Tech新規事業の立ち上げ、地方中小企業の採用支援を実施する地方創生事業の責任者として従事。現在は株式会社パソナJOB HUB ソーシャルイノベーション部で、都市部と地域を新しい働き方(ワーケーション・複業等)で繋ぐ「旅するようにはたらく部」のマネージャーを務める。気仙沼大島観光特使。Hearing hub Founder。国際的な社会起業家コミュニティ「Ashoka Youth Venture」2014年選出。サステナブルブランド国際会議2020登壇。
目次
- 時代と共にアップデートするワーケーション
- 目に見えるかたちで行動をする人が増えてきた
- 実践者と企画者の両方の顔を持つ山口さんの仕事術
- ワーケーションは働き方の手段の一つ。大切なことは人と向き合うこと
- 自分から地域。そして地域から働く一人ひとりへ
時代と共にアップデートするワーケーション
──はじめに、山口さんのワーケーションとの関わりについて簡単に教えてください。
現在行っているワーケーション事業の原型となるものを実証実験的にスタートしたのは2018年頃です。当時はまだ「ワーケーション」という言葉自体が広く認知されていませんでした。その時は「学びにつながる旅」というテーマで、地方に訪問しその地域で人材育成や事業創造等の研修を企業や団体向けに提供するプログラムの企画・運営を行っていました。その後、1,2年かけてプロトタイプをつくり、ワーケーションという言葉が世の中に出てきた2020年に本格的にサービス展開を始めました。
一方で、実践者としては同じく2018年頃から、会社のオフィスだけでなく、いろんな地域で仕事をするようになりました。そのため、実証から数えると今年でワーケーション5年目となります。ちなみに、前回の記事で触れていただきましたが、私は2011年の東日本大震災がきっかけで、宮城県気仙沼市に出会ったので、広く地域との関わりだと10年以上になります。
──ワーケーションという言葉が広く認知される前からいろんな地域を訪れ、ワーケーションに関わってきた山口さんから見て、この数年間のワーケーションをどのように捉えていますか。
早速、今回の核心的な部分に触れていく感じですね。わかりやすくワーケーション1.0、2.0、3.0の3つで整理したいと思います。まず私が関わることになった2018年頃は「地方に行く=旅行・観光する」が主流だったので、基本的には旅行・観光の上に仕事があるという感じでした。また、現在のように企業に勤める会社員の方の参加ではなく、多くはデザインやエンジニアリングなどの仕事をするフリーランスの方が旅をしながら仕事をするというのがベースでした。これがワーケーション1.0です。
そこから変化を感じたのは2019年から2020年にかけてです。地域に行く理由として「人に関わりたい」という声が増えてきました。実際に私が関わったワーケーションプログラムのアンケート結果で、参加した人の約80%が「地域の人と交流したい」「その地域の課題に触れたい」という回答でした。2019年以前から出ていたワードですが、「地方創生」や「SDGs」といった地域に関するワードがより世の中に浸透し始めたことも影響していると思います。これがワーケーション2.0です。
そして現在、ワーケーション3.0として欠かせないキーワードは「テレワーク」です。2020年以降のパンデミックによってこの働き方が普及したことで、「時間と場所にとらわれない働き方」に一瞬でアップデートされました。この働き方においては、「オフィスや自宅で仕事をする」と「ワーケーションする」に明確な境界線はなく、「どこでも仕事ができる」がベースになり、場所がオフィスなのか、自宅なのか、どこかの地域なのかの違いだけになりました。ただし、3.0になったからといって、1.0の旅の要素、2.0の人との関わりがなくなったのではなく、その要素も含んだハイブリッド型のワーケーションに進化しているというのが正しい捉え方だと思っています。
目に見えるかたちで行動をする人が増えてきた
──この一連の変化は面白いですね。昨今のパンデミックの影響もあると思いますが、社会環境の変化とワーケーションの変化をどのように捉えていますか。
1.0の「旅行・観光」から2.0の「人との関わり」への変化の要因としては2つあると思っています。1つ目は、リアルで人と会って話す機会が減ってしまったこと、2つ目は、その状況の中で「自分は何がやりたいのか」「何ができるのか」と自分自身のことを考える機会が増えたことです。
働く一人ひとりが自分の生き方や人との関わり方を見直す中、政府や企業も「テレワーク」という言葉を発信し始め、2.0の「人との関わり」から3.0の「どこでも仕事ができる」へアップデートされていきました。人との関わりを意識しながらも、自分の出身地や好きな地域で仕事をしてみようという人が出てきたのだと思います。さらに、生き方や働き方を見直す中で、時間に余裕ができた人が副業を始めるなど、これまで何かアクションしたいけどできなかったという人たちが実際にアクションし始めているように感じています。
まずわかりやすい変化としては、テレワークができる場所が急速に増えています。しかも、ただ働く場所が増えただけでなく、WiFiやセキュリティなどの環境面が整ったことで、仕事にしっかり集中できる環境になっています。その上で、コワーキングスペースなどの施設を運営する事業者の多くは、ただ仕事をするスペースを提供しているのではなく、人と人をつなぎ、新しいことを始めるきっかけづくりの場として提供している印象があります。その理由として、場所や環境さえ整えれば人が来るということはなく、そこに継続的に行きたいと思ってもらえる理由が必要になるからです。
そのような背景から、自治体側もテレワーク施設を整備するハード面だけでなく、「人」を中心に地域の魅力や自然、文化、芸術、アクティビティなどのソフト面にも着目して、コンテンツづくりやプロモーション活動に力を入れています。ただ、施設数や滞在時間といった成果が見えやすいハード面に比べて、ソフト面は成果を可視化しにくいこともあり、ツアーやイベントなどの施策が継続できないケースもあります。企画者として今後、自治体や地域事業者の方々と共に、この課題を解決することにより注力していきたいです。
実践者と企画者の両方の顔を持つ山口さんの仕事術
──少し話はずれますが、山口さんは実践者と企画者の両方でワーケーションに関わっていますが、山口さんの仕事術について日々意識していることを教えてください。
実践者としては、ワーケーションツアーに参加する場合と、個人的に地域の仕事や宿泊場所を探して行く場合、どちらのパターンも取り入れて、インプットをするようにしています。参加者としてもワーケーションを楽しみつつ、そこで一緒になった参加者の方や地域の方と会話をして、参加した目的や地域の魅力などを聞いたりしています。
企画者としては、個人的にワーケーションを企画し、参加者を募って実施することがあります。その場合、知人がいる地域に行くパターンと、知人が誰もいない場所に行くパターンで企画しています。前者は知人に地域を案内するコーディネート役をお願いし、地域の魅力を参加者に伝えてもらったり、参加者と交流する時間に。後者は自らカフェや旅館を開拓して、店長さんや女将さんから地域の情報を聞いたり、参加者と一緒に地域のことを知る時間にしています。そのように実践と企画を交互に繰り返して、ワーケーションする楽しさや意味を日々探しています。
──まさにワーケーション界の二刀流プレイヤーですね。そのようなインプットを通じて、どのように仕事に落とし込んでいるのですか。
大変ありがたいことに、お仕事でもいろんな地域の方々と関わる機会が多く、協力しながら事業を進めることもあります。その中で、「その地域の良さや魅力を伝えるためには?」ということを常に考え、アウトプットしています。様々な地域の事業を担当していますが、それぞれ地域の特性は異なるのに、同じ伝え方や見せ方をしてしまうと、その地域独自の魅力を伝えることはできません。そのため、実際に現地を訪問し、その地域の魅力や特性をインプットする量を増やしたり、地域の方々とコミュニケーションをとるように心がけています。
一方で、ワーケーション市場全体を見たときに、一過性ではなく再現性の観点から、より多くの人にワーケーションの価値を実感してもらおうと「仕組みをつくる」ことも意識しています。はじめから完全な地域独自のワーケーションプログラムを企画することは難しいです。そのため、まずはできる限りの独自性を出しつつも、ある程度決まったフォーマットを用いてツアーを企画・運営します。そこで発見したことや気づいたことをもとに地域の独自性をとり入れ、プログラムをブラッシュアップしていきます。再現性と独自性の両方の軸を持つことで、ワーケーションに参加する人も、企画に賛同する地域の仲間も両方増えていくと思います。
ワーケーションは働き方の手段の一つ。大切なことは人と向き合うこと
──再現性と独自性、両方とも大事な視点ですね。実際に企業や働き手の方がワーケーションに参加し、どのような変化を感じていますか。
まず属性でみると、私が会社で事業を開始した時はフリーランスの方が多い印象でしたが、この1,2年でテレワークが普及し、会社員の方、特に事業開発の職種の方や人事部の方、経営者などが増えていると感じています。その方々が参加する大きな目的としては、①新しい事業をつくること ②従業員の育成やエンゲージメントの向上を図ること ③優秀な人材を確保することの3つです。地域で仕事をして「仕事が捗った!」と終わるのではなく、新たな環境に身を置くことで創造力などを高め、企業戦略の根幹である事業戦略や人材戦略の立案を行うためのワーケーションとなってきています。
また、働き手個人で見てみると、ワーケーション1.0は旅が主なので、「リフレッシュできた!」という声が多かったのですが、2.0、3.0と移行する中で、地域の人や参加者同士の交流が促進されたことで、自身の生き方や働き方を見直してみたり、新しいチャレンジとして副業を始めてみたり、社内で新しい事業のアイデアを出してみたり、起業をしたりと、価値観のアップデートから行動変容までが起きています。自分自身に問いを立てて、本当にやりたいことに向けてチャレンジする人たちを間近で見て、私も日々多くの刺激をもらっています。そして、このような人たちを一人でも増やしたいと思い、事業を行っています。
現在、ワーケーション人口は労働人口の2%にも満たないというデータもあり、参加するハードルが高いと感じられます。そのため、ただ「ワーケーションしませんか?」という伝え方ではそのハードルを下げることはできません。今はより多くの企業や働き手の方にワーケーションができる環境整備を支援することや、ワーケーションする意味を啓蒙していくフェーズだと思っています。環境整備においては、経営者の方とお話をすると、そもそもテレワークができる環境や制度を設計できていないとおっしゃる場合が多いです。これらの課題を解消することができれば、そこで働く人の「働き方の選択肢」をつくることができ、いつでも、どこでも働くことが実現できます。その先に、テレワークの一つであるワーケーションをする人たちが増えていくのだと思います。
また、ワーケーションする意味の啓蒙においては、「第六感を刺激すること」がポイントだと思います。普段働いているオフィスから外に出てみると、オフィスでは感じられない気づきがあったり、それにより考える幅が広がっていく気がします。結果としてアウトプットの質が上がり、直観力が高まり、自分自身の生き方や働き方に対して問いを立てるという内省が起こりやすくなるのだと思います。
自分から地域。そして地域から働く一人ひとりへ
──ワーケーションを広めていく過程で、「働き方の選択肢」をつくることや目に見えない「第六感を刺激すること」が大事ということですね。最後に今後の山口さんのチャレンジについて教えてください。
ワーケーションに参加して行動に変化があった人にはある共通点があります。それは「自分で考えて、自分で意思決定して、自分で行動している人」ということです。そのような人たちと出会ってお話しをすると、私自身も自然と”本来の自分”を取り戻せる気がします。今後、そのような人たちと触れ合い、自分を取り戻し、自分起点で考え行動をする人たちを一人でも増やしていけるようなプログラムを企画していきたいですし、その過程で私自身も成長していけたらと思っています。そのために新たにアクションしたいことは、企業の経営者や働き手によりプラスの影響を与えていく取り組みです。
先ほども述べましたが、テレワークができる環境整備や働き手の意識はまだまだ課題が多いです。これまでは地域側の視点でワーケーションプログラムを企画するケースが多かったのですが、これからは、プログラムに参加する経営者や働き手の視点を持ち、その方々の「働き方の選択肢」をつくる、ということに真正面から向き合っていきたいです。
経営者がどのような思いで経営をし、事業展開をしているのか。働き手がどのようなマインドで働いていて、どのようなことをやりたいと思っているのか。その思いを実現する、そのマインドをよりポジティブなものにするために、どのような支援が必要なのかを考えアクションしていきます。私自身、東日本大震災をきっかけに地域と出会い、大きな変化を感じることができました。また、ワーケーションの仕事を通じて、地域にたくさんの仲間ができました。次は、社会で働く一人ひとりの思いに向き合っていきたいと思っています。
編集後記
私も昨年、山口さんが企画したプライベートトリップに参加した一人で、彼女の原点でもある宮城県気仙沼市にワーケーションのモニタリングツアーで訪れた。そこで彼女はコワーキングスペースや宿泊施設など、地域の事業者さんとの交流機会や地域の魅力を発掘する時間をつくってくれた。その体験があっての今回のインタビューだったのだが、お話を聞きながら「山口さんは”着火剤”のような不思議な力を持った人」だと思った。
彼女と関わる人は何かしら意識と行動の変化を起こしている。それは彼女の人間性なのかもしれないが、決して偶然ではない。人知れず誰よりも企画と実践の両面からトライアンドエラーを繰り返している。彼女は大変なことを大変と、難しいことをできないと言わず、愚直に「人」の気持ちを考え、どのように思いを引き出せば、どのようにプログラムを組み立てれば、どのように伝えて見せれば、どのように運営すればいいかをひたすら考えている。
これが実践者兼企画者から見た「ワーケーションの現在地」で、単に地域を訪れて仕事をして余暇を楽しむだけでなく、そこで人と出会ってつながり、地域のことを深く知り、そこで学んだことを通じて自身に問いを立て、その上で自身の意識と行動に変化を起こすまでがワーケーションの本質なのではないかと思う。
そして、山口さんは最後に「働く一人ひとりの思いと向き合う」と話してくれたが、彼女なら不可能ではない。なぜなら彼女と接して刺激を受けた人が、今度は他の人に刺激を与え、またその人が他の人に…と連鎖していくからだ。次にお話する時に彼女がどのような変化を起こしているのか、ワーケーションや一人ひとりの働き方がどうなっているのか、明るい未来が想像できるインタビューだった。
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Tadaaki Madenokoji
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