アート×箱型公園で“生み出す”観光を。香川県琴平町こんぴらさん参道エリアに「HAKOBUNE」誕生

高松空港からリムジンバスで約50分。「一生に一度は行きたい」と言われる「こんぴらさん参り」で有名な香川県琴平町の参道エリアが、いま大きく変わろうとしている。

参道付近には、約400年の歴史を持ちながら廃業した「虎屋旅館」の跡地に、世界的な建築家、隈研吾氏の設計で香川の木材などを生かした新ブランド「旅亭ことひら」として、2026年春の開業を目指すなど、長期滞在やワーケーションに適した施設が続々と誕生する予定だ。

そうした中、ひと際異彩を放つ施設がオープンした。その名も「HAKOBUNE」。好立地ながら、約30年、空きビルだった場所を「アート×公園」の発想で地元の人から国内外の人まで幅広く集える場所へ生まれ変わらせようと若手経営者らが奮闘中だ。

HAKOBUNEの外観(中央の建物)

30年間にわたる空きビルを再構築

こんぴらさんの参道から一歩入った通り沿いにその建物は見える。

外観は昭和の小規模百貨店のような佇まいで、かつて観光地のランドマークだった存在感を示す。従来、地元バス会社が所有し、土産物の販売から飲食まで一貫して行える6階建ての観光センターとして活用されていたが、使用をやめてから約30年間空きビルになっていたという。

この大きな箱を「公園にしたい」と意気込むのは、HAKOBUNEを運営する「栞や(しおりや)」代表の岸本浩希(きしもと・ひろき)さん(35)。

建物内を公園のように巡って楽しんでほしいと話す栞や代表の岸本浩希さん

 「(施設の)キーワードは『リクリエーション』」 岸本さんはそう語る。

 「自分もそうですが、何か遊び心を持って、自発的に何かを作り出しているときに人は楽しそうで、生き生きしている」それこそが「リクリエーション」で、新たな施設はリクリエーションが生み出される場にしたいと意気込む。

 ビルを「公園」と位置付けるのもこだわりがある。

 「環境、福祉から観光、経済までどんなニーズにも応えられる入れ物が公園。子供たちが何もないところから自由な発想で面白い遊びを生み出したり、ピクニック気分でコミュニケーションを楽しむ人がいたり、傍らにはキャンバスを立てて絵を描く人がいたり。ある意味カオスですが、すごく平和で、すごくクリエイティブな空間。それこそが公園」とした上で、開発中のビルは一見公園には見えないものの「このビルを再構築し、自分を含めあらゆる人がワクワクする創造的な『箱型公園』にできたら」と構想する。

ただ、建物はかなりの規模があり、すべての改装を行うと1億円程度の費用がかかることが判明。そこで、段階を踏んで開発することにした。プロの手を借りつつ、自分たちで改装なども手掛ける。当面は6階のうち4階までを活用する考えだ。

HAKUBUNEの入口。ワクワクする空間へと誘う

長期滞在で創作も

プロジェクトは、気軽に立ち寄ってもらう狙いで1階をカフェにすることからスタート。奥には気軽にアートを楽しめるギャラリーなどを設けた。

現在、こだわりのスープカレーなどをワンプレートランチとして提供しているが、今後はワンハンドで移動しながら食べられるサンドイッチやドーナツ、コーヒーなどの提供を中心にしていく計画。これも、「公園」内を自由に回遊してもらいたい狙いだ。

修繕や電気代もかかるため稼働を止めているエスカレーターを階段のように上ると、2階はフリースペース。椅子やテーブルなどを自在に配置できるようにしている。ガラス面には以前、長期滞在したアーティストが描いた絵や地域の子供たちが関わったちぎり絵などが貼られ、太陽光に照らされてステンドグラスのようだ。すでに、多くのイベントも開催。新しい「町の集会場」のような役割も果たしつつある。

プロや子供達の作品がまるでステンドグラスのように輝く2階スペース

近隣や遠方のアーティストが自由に作品づくりに没頭してもらい、作品の展示、販売などを行いながら、地元住民や琴平を訪れた人たちと交流できるように改装していく計画という。そのための工房は3階に設ける。創作活動に没頭できる個別のブースの設置や、大きなテーブルを置いてワークショップなどが開催できるようにし、アーティストと地域住民との交流の場につなげる。4月をめどに稼働を開始する予定だが、すでに国内外から問い合わせが入っているという。

アーティストが琴平の場で作品づくりをしたい、となっても、宿泊施設が別の場所では不便だ。そこで、4階スペースには、長期宿泊も可能なツインルームを5部屋、新設した。いずれも、アーティストによる作品などが飾られ、和風や洋風など部屋ごとに個性があふれる作りだ。

部屋ごとに特徴を持たせた4階の客室

料金は季節や宿泊日数などによって異なるが、1人で宿泊する場合1部屋7000円〜、2人利用で1部屋1万2000円(1人当たり6000円)から。観光利用も大歓迎だ。今後、長期滞在するアーティスト向けには、3階の工房利用と宿泊をパックにしたプランも検討している。

不便を楽しむ

1階カフェスペースで購入した料理や飲み物を味わいながら、ビル上階でさまざまな触れ合いを通じて発生する「化学反応」こそ、「公園」の発想につながるといえる。
 
既存の古いビルのリノベ案件との決定的な差は「不便を楽しんでもらうことでしょうか」
岸本さんはそう話す。お金をかければ全館空調やエスカレーターなどを整備でき快適になるが、「あえて古いまま」を楽しむ場にしたい考えだ。

では、サステナブルツーリズムという視点で今後求められる旅のあり方とは何か。

岸本さんは、「『消費する観光』から『生み出す観光』にしていく必要があるのでは」と話す。自身も旅好きで、かつては用意された観光地をなぞっていたという。ただ、時代は変わった。旅人を迎え入れる立場となった今、「(自分が)消費されている感覚になるのは正直しんどい。これからは、一緒に楽しみ、一度来られた方とその後も関係性を続けられる。もっと言うと『関係人口』が増えるといい」と指摘。そのための施設として「HAKOBUNE」が育っていくことを願う岸本さん。「(HAKOBUNEは)自分にとっての遊び場。そこに皆さんにも遊びに来てもらい、自分の表現ツールを遊びながら作ってもらうことの楽しさを提案してきたい」と意気込む。

長い歴史の中で「こんぴらさん」周辺は多くのカルチャーも生まれたという

「琴平というと、こんぴらさんのイメージが強いですが、ほかにもいろいろなカルチャーが生まれていった場所。その文脈を大切にし、アートだから造形だけ、というのではなく、自分が元々してきたダンスや、映像制作向けの表現の場などにもなったら」と夢は広がる。

長い歴史を重ねてきた「こんぴらさん」の参道エリアは、新たな交流の場を得て、どのようなシナジーを生み出せるか。またHAKOBUNEがどう変化していくか。琴平の新たな人の交流が今から楽しみだ。

【参照サイト】HAKOBUNE
【関連記事】山々に見つめられながら、持続可能な社会を地域から企てる。長野県伊那市の農と森のインキュベーション「inadani sees」に潜入
【関連記事】最上町を好きになるきっかけになる場所を。元最上町地域おこし協力隊員、山崎さんが複合施設「une」をオープン

The following two tabs change content below.

Shin

千葉県出身、埼玉、神奈川育ち。多くの起業家や地方取材、執筆経験があり、ハイブリッドライフや全国各所でのワーケーションに興味津々も、実現にはほど遠く。当面は、各地で1人でも多くの方々と出会い、ネットワークを広げることが目標!