地域資源を地域価値に。”Z世代”起業家が考える、これからの地域間交流

働き方の多様性が進むことで都市部と地方の垣根が崩れつつあるが、まだまだ課題は多い。Z世代の発想で都市部の人間と魅力ある地方の方々をつなげ、地域を活性化させたいー。

そんな強い思いで大学3年生ながら昨秋、起業を果たした合同会社CICLO(シクロ)代表の八太菜々子(はった・ななこ)さん。まずは、同世代の東京の学生を国内各地に誘客する橋渡しの役割が事業の中心だが、ゆくゆくは国内だけでなく日本と海外の地方をつなぐ役割も担いたいと夢が膨らむ。

話者:はった・ななこさん

 
 2002年東京都世田谷区生まれ。学習院女子高校を卒業後、2020年上智大学法学部地球環境法学科入学(現在3年生で在学中)。同年12月に食農学生団体「なないろ」を創立。産直野菜の卸売や物流、小売企業で経営企画や営業に携わる。21年11月、自ら代表として東京と地方をつなぐ事業を行う合同会社CICLOを創業、現在に至る。特技は「バク転」。趣味は野球観戦で、フォームを見ただけで選手の名前を当てられる。人の目を気にせず、自分の信じた道をまっすぐ突き進むタイプと自己分析。座右の銘は「自己中心的利他」。

目次

起業のきっかけ

──八太さんは現在、上智大学法学部の3年生ですが、在学中に起業しようと思ったきっかけを教えてください。
 大きなきっかけが一つあります。高校生の時に、将来、何になりたいかを考えていた際、たまたま見たのが「カンブリア宮殿」(テレビ東京)というテレビ番組でした。番組の存在すら知らなかったのですが、たまたまチャンネルを回していたら見つかったという感じです。内容は、ボーダレス・ジャパン(東京都新宿区、田口一成社長)などソーシャルビジネスを行う企業の特集で、思わず画面にくぎ付けになってしまいました。

それというのも、元々ビジネスに興味があったのですが、番組を見て、お金を稼ぐ目的ではないビジネスの世界があること、そして、ビジネスを通じて社会課題に貢献できることを知りました。それまでは「ビジネスイコールお金を稼ぐもの」という認識でした。ただ、番組を見て、(ソーシャルビジネスは)社会にとって必要なもので、是非自分でやってみたいと思いました。番組との出合いが起業のきっかけになっています。

──田口社長の言葉などで印象に残っていることはありますか。
 社会課題の解決はボランティアや寄付で行うものと思っていました。もちろん、そうした手法もありますが、本当の意味で社会課題を解決するにはきちんと雇用を生み出し、経済循環を作っていかなければならないと話されていたことが印象に残っています。その実例として、ミャンマーでのビジネスを通じた変化について紹介されました。ある農家では、子供を学校に行かせられない現状があったのですが、現地で製造した商品をフェアトレード(公正な貿易)の形で日本に輸出することで収入が増え、子供が学校に通えるようになったというのです。自分たちが作ったものに関し、お金として対価をもらえる経済循環につながり、社会課題を解決している実例を見て、これは寄付金とかではできない、と思い知らされました。まさに、自分の価値観が大きく変わった瞬間です。

──田口代表には会えましたか。
 オンラインではありますが、お会いできました。ボーダレス・ジャパンでもオンラインで学生向けのソーシャルビジネスプログラムが開催され、ありがたいことに合格し、その時に田口さんとも話すことができました。

──そこでさらに起業に向け、さらにイメージが膨らんだと。
 そうですね。ある意味でビジネスそのものが社会課題を生み出す原因にもなったりするのですが、ビジネスによって社会課題が解決できる、という価値観が深まった気がします。もちろん、それがすべてではないと思いますが、サステナビリティの本質はビジネスにあり、そして、きちんとお金を生み出すということが重要ではないかと感じました。資本主義社会の中ではそこに本質があり、私自身の起業にもつながったといえます。

──社会人経験を積まずに在学中に起業に踏み切ったのはなぜですか。
 学生で起業するハードルは一見高いかもしれません。このハードルを下げてくれたのが田口さんです。田口さんをはじめ、他の社会人の方々からも「(学生は)背負っているものは少ないのでチャレンジした方がいいよ」とアドバイスを頂いて、確かに、自分の暮らしも両親がいる状況で、社会人に比べたらリスクが低いと感じました。もっとも、すぐには実現に至りませんでした。

大学在学中に起業

──そうした中で良い出会いがあった。
 そうです。「東京の、ちょっとだけ未来の景色。」をテーマに、山手線沿線を中心とした東京の暮らしのアップデートに取り組むJR東日本のサービスブランドの1つである「東京感動線」に関わらせていただくことができたのです。その中で、東京の暮らしも地域の暮らしと重ねることで、どちらの暮らしもよりアップデートされるという考えのもと、都市部と地方を結び、地域の活性化に結び付けるプロジェクト「slow neighborhood(スローネイバーフッド)」という取り組みが2021年夏、新潟県佐渡市との間で始まり、私も一学生として参加しました。

特に、東京で地域の人と出会える「ネイバーフッドサロン」や、東京で出会った人たちが実際に地域に行き、地域の暮らしを体感する「トラベルサロン」、また、こうした出会いや交流の中で見つけた「モノやコト」など新しい地域資源を販売する「ネイバーフッドマーケット」などに関わることができました。

佐渡の漁師にマグロを東京まで持ってきてもらい地域の魅力に触れる「ネイバーフッドサロン」の様子

──途中で学生としてではなく、起業に踏み切ることになりました。
 しばらくは学生の立場で関わっていたのですが、地方との関係を深め、行政や関係者とやり取りを進める中で、「会社にした方がいい」という流れになりました。法人格にした方が話を進めやすいと。例えば、行政の方とのやり取りで一学生の立場で伺うと「誰だこの人は」となり、説明が多く必要になります。多くの方々のサポートもあり、「起業してみよう」と思い至りました。

──CICLOという名前で2021年11月4日に起業されました。名前の由来は何ですか。
 スペイン語で「輪」を意味します。色々な地域や人同士が互いに足りないところを助け合い、良いところは高め合う「輪」を世界に広げていくことで、人々の幸せをちょっと大きくしていきたい。そんな思いを込めました。

──会社を立ち上げ、最初の案件は何だったのでしょうか。
 東京感動線のプロジェクトの流れで、業務として新潟県佐渡市の案件をお受けすることになりました。佐渡の観光系の行政外郭団体から委託の形で、特に同世代の若者を佐渡へ誘客するべく、東京でのイベント企画運営やフィールドワーク運営などを行いました。

──10代後半から20代のZ世代を巻き込みたいという点で双方の思いがかみ合ったのですね。最初からうまくいったのでしょうか。
 最初から何でもできたわけではありません。皆さんから仕事を振っていただいたり指導いただいたりしながら、ここまで進めてこられたと思います。

ネイバーフッドサロンのイベントでは佐渡の尾畑酒造の関係者による酒造りの学びも

──他の案件も増えているのでしょうか。
 東京感動線の仕事は、佐渡だけではなく拡大期にあり、北海道の十勝や、岩手県の南三陸、千葉県の房総、静岡県の伊豆などの関係者とも話が進んでいます。関係地域が増えれば増えるほど楽しくなり、「ローカルto東京」の多様な展開をさせていただいています。

ただ、私は1プレーヤーだと思っています。対応する地域が増える中で、私だけが展開するのではなく、「スローネイバーフッド」という概念に共感する人が、他の都市部にも広がってくれたらうれしいです。私は東京を拠点に活動していきますが、その中で、同時多発的に輪が広がれば、スローネイバーフッドの輪郭がよりはっきり見えてくるのではないかと思います。

──Z世代の視点でワーケーションや2拠点ワークを行う際のこだわりは。
 ワーケーションという世界がありますが、私が展開する上ではあえて「ワーキングホリデー」という言葉にして取り組んでいます。何が違うかというと、ワーケーションは自分の仕事を持ち込んでホテルなどで進め、空いた時間に外で過ごすといったものが多いと思います。

一方、提案するワーキングホリデーの場合は、自分の仕事は持ち込まず、地域の仕事をする、という発想で差別化を図っています。ワーケーションだと地域との関わりを生み出すのが難しいと感じてきました。参加者には、ワーキングホリデーの形で地域の農家や飲食のお手伝いをしていただいています。滞在中に地域内の仕事を手伝うことで、地域の人との交流も生まれ、一歩踏み込んだ暮らしの延長も体感できると思っており、プログラム化できたらと考えています。これが進めば、一時的にではなく、地域との関わりが深まり、継続的なお付き合いにつながっていくのではないかと考えています。

──もっとも、都市部と地域を結ぶ事業に関わるZ世代の起業家は少なく、中高年世代が多いと思います。コラボすることでシナジーは生まれるとお考えでしょうか。
 生まれると思います。スローネイバーフッドでは「異なる価値観を混ぜる」という重要なポイントがあり、都市と地方という価値観の異なる2つの地域の人たちが交わることで、自分では価値と思っていなかったことが価値と思えたりします。それこそ、Z世代と中高年世代、あるいは同じZ世代でも、SNS中心のライフスタイルを取る人とリアルな人との関わりを好む人の間でも違ってくると思います。

新型コロナにより分断がより深まり二極化が進んだことで、分断した状態を元に戻すのではなく、改めて新しい形に再構築できるチャンスにあるとみています。異なる世代の人たちが関わる場合、最初は互いの価値観がぶつかるかもしれません。ただ、自分たちの価値観に埋もれていると新しいことは起きません。「こういう価値観を持つ人がいるんだ」と気付くと、そこから新しい価値が生まれると思うし、それがメリットにもなります。

若い世代の「巻き込み力」を高めたい

──改めて、Z世代がビジネスに関わる意義は。
 私も当事者として関わることで今まで見えていなかったものが見えてきたり、新しい価値観を得られます。純粋にずっと都市の中にいると、それこそ心を病む人もいますが、自然と都市を行き来する中で自分の精神的な落ち着きにつながっているし、心がちょっと豊かになれる。コロナで機会が失われ、若い世代もなかなか自分で踏み出すのも難しいと思いますが、きっかけづくりに貢献できたらいいなと思います。

──起業して1年たちませんが、足元の課題はありますか。
 いちばん感じているのは、周りの人の巻き込み方です。学生で若い世代として主体となってやっているのは現状、私だけになります。もちろん、私だけで動かしているわけではなく周囲に支えてもらって成り立っているのですが、今後、コアなメンバーを増やすため、同世代を巻き込む必要があるとひしひしと感じています。地域が広がれば広がるほど、手が回らなくなるので。そういう中でどう関わってもらえるかは悩みどころで、皆が皆、起業するとはかぎらないですし、合う、合わないもあると思います。起業まで踏み切る人はむしろ少数派といえるでしょう。主体性を引き出しつつ同世代の人たちをいかに巻き込んでいけるか、ということがいちばん大きな課題で、まさに取り組んでいる最中です。

──あくまで学生の輪を広げていく考えでしょうか。
 自分が学生ということもあり、まずは学生の仲間を増やしていきたいですね。大学は4年間しかなく、あっという間に終わってしまいます。だからこそ、社会人になっても関われる仕組みも作っていかないといけないと考えています。足元で、さまざまな学生に関わってもらい、その中で具体的なプロジェクトに関わっているのは8人ほどいます。それまでの関わり方で、深くでなくても継続的に関わってもらえるとうれしいと思っています。

 ──「リゾート」「ワーケーション」「イノベーション」を合わせた造語である「リゾベーション」を進めるため、首都圏と十勝の企業や人が交流し、出会いやビジネスの創出などを目指す十勝リゾベーションの現地での取り組みにCICLOとしても関わられますね。
 私の役割として、すでにある十勝リゾベーション協議会が進めている取り組みにZ世代の新しい視点を取り込んでいくことに期待頂いていると思います。9月に開催するツアーには学生を何人か連れていき、Z世代目線で地域と関わろうと考えていますが、社会人の方と交流することに変に気張らず、フラットな感覚でいることを大事にしようと考えています。

──参加者間のバリアを設けないと。
 そうですね。十勝の案件とは別ですが、私が主催するイベントでは、バリアを設けないよう心がけています。前回、あるイベントで、1つのテーブルが私と同世代の2人、もう2人は50〜60代の方でした。実は、中高年の方はJRの偉い立場の方だったのですが、私のイベントでは最初に名刺交換しないルールにしています。お互いに知らない状態で、結構ディスカッションし合ったのですが、終わった後にそのことを同世代の2人に伝えると「私、友達みたいに話しちゃった」とびっくりしていました。でも、それこそが理想と思っていて、そうしたフラットな関係性の中でこそ新しいものが生まれてくる。そういうところは大事にしたいと思っています。

日本と世界の地方同士も結びつけたい

──CICLOという会社で、短期の視点でどう事業を進めていきたいですか。
 今の理想は、さらに会社を発展させ、しっかり切り盛りしていくことです。現在の主な事業は、地域と東京をつなぐコミュニティーづくりと思っています。ただ、このこと自体は色々な方がされていて珍しいことではありません。そこをもう一段階発展させるためには、コミュニティーから新しい価値を創造していかないといけないと思っています。それを進めていかないと、実際に地域に経済循環が起こることはないと思います。いま取り組んでいるのは、コミュニティーをベースに新しいプロジェクトだったり、新しい事業が生まれていく「共創」の創出です。それはスタートアップかもしれないし、企業との協業かもしれませんが、「共創」を作っていくことが、1、2年で取り組むべき目標です。私の中では「地域資源を地域価値に」が大きなテーマになっています。

──中長期的にはいかがでしょうか。
 日本は文化も自然もたくさん資源があるのに、なかなか価値になっていません。この解決も課題です。加えて、都市と地方のつながりは、国内だけではなく、価値観の違いは日本と海外の方が大きいと思います。このため、日本にとどまらず、海外とのつながりを増やしていきたいですね。すでに国内と並行的に進めていて、さまざまなつながりの中でスペインの方と仲良くなり、一緒に仕事をさせていただいています。欧州の方が地方と都市のバランスの取れた関係性という意味で日本以上にスローネイバーフッドの概念が根付いています。海外とのつながりが深まれば、広がりは無限大になり、日本の価値も高まります。まずは、日本の都市と世界の都市がつながることを目指しますが、私だけがハブだと他がつながらないので、地方同士、つまり「ローカルtoローカル」のつながりも目指していくことが必要です。距離を超えたご近所付き合いはそもそも国内に限定するものではなく、つながる地域、人の価値観が違えば違うほど新たな価値が生まれるので、こうした点をベースに新たな価値を生み出し、ビジネスチャンスにしていけたらいいですね。

──さらに飛躍するには海外の視点も必要であると。取り組みが進めば、緊張感高まる世界間も平和なネットワークが構築できますね。
 はい。そのようにうまく進めていけたらいいなと考えています。

【参照サイト】CICLO
【参照サイト】スローネイバーフッドプロジェクト

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Shin

千葉県出身、埼玉、神奈川育ち。多くの起業家や地方取材、執筆経験があり、ハイブリッドライフや全国各所でのワーケーションに興味津々も、実現にはほど遠く。当面は、各地で1人でも多くの方々と出会い、ネットワークを広げることが目標!