冬の時季でも晴れると暖かく穏やかな空気が流れる静岡県西伊豆。多少アクセスに時間がかかっても行ってみたい宿が西伊豆の戸田地区に昨年3月に誕生した。滞在するほど健康になる「ヘルスツーリズム」を堪能できる〝宿〟こそ「AWA Nishi-Izu」だ。「伊豆を世界的なヘルスケアリゾートの地」にするための先駆け的存在としても期待を集める。温泉に加えて発酵などを取り入れた健康食、ヨガやサイクリングといった体験も可能なうえ、自身の健康度がどれだけ高まったかの「見える化」、宿泊で得た健康意識を帰宅後も継続できる仕組みを構築。間もなく、一般向けに提供する予定という。健康になる〝宿〟の神髄とは。
目次
健康と食、温泉を掛け算に
新鮮なタカアシガニや深海魚を振る舞う食事処や、湯量豊富な戸田温泉を抱える戸田地区。アクセスは車の場合は都心から東名高速道路などを経て約2時間半、電車の場合は、東京駅から新幹線でJR三島駅、伊豆箱根登山鉄道で修善寺と乗り継ぎ、さらにバスで50分ほど乗車してようやく戸田地区に到着する。バスの終点でもある戸田の漁港からのんびり15分ほど山側に歩いていくと「AWA Nishi-Izu」の黒い外観が見えてくる。道の駅「くるら戸田」バス停で途中下車すれば徒歩3分の立地だ。
元々旅館だった場所を静岡・清水でホテル運営を行う竹屋旅館の手で大規模改修し、昨年3月、まったく新しいコンセプトの宿としてオープンした。
「健康と食、さらに温泉の魅力を掛け算できる施設にしたい」
竹屋旅館の竹内佑騎社長は、開業までの思いをこう振り返る。開業準備と同じタイミングで静岡県が、伊豆に適したヘルスケア産業を温泉を核にして進め、その先に身も心も元気になる世界的リゾートを目指す狙いで「伊豆ヘルスケア温泉イノベーションプロジェクト」を開始すると公表。竹内さんも「ぜひ一緒にやりたい」と手を挙げた。
「温泉を活用したスマートヘルスツーリズム」を宿のテーマに設定。竹屋旅館のみならず、この動きを伊豆全体に広げられないか、また、「旅をしたり、温泉に入ることで健康になる」と感覚では分かっているが、それをきちんと〝見える化〟することをコンセプトに定めた。さらに、「旅に来て健康になった」で終わらせず、旅行後の健康維持に対する気づきを得る場にしたい。そんな思いをパッケージし、今春にも一般向けに提供するため、現在、準備が進んでいる。
一般提供を前に、昨秋から年末にかけて、多様な関係者が先行宿泊体験をする機会があり、昨年12月中旬、筆者も1泊2日の試泊会に参加することができた。何より驚くのが、チェックイン後すぐに、心拍数や睡眠の質などを確認できるスマートウォッチと、右腕に血糖値が測れるセンサーを装着するところから始まる点だ。まさに健康の「見える化」のための仕掛け。加えて、指定時間に体重や血圧測定、さらにはその瞬間の心身の状況のアンケートも行い、入浴や運動、食後の変化を測るという。今回は、各参加者の健康度合いを測るため、大学の協力も得ての取り組み。丸一日の館内での過ごし方も指定される。
固定概念覆す「健康食」
さあ、いよいよプログラムのスタートだ。温泉の効能をどこまで高められるかに重きを置き、自律神経を整える内容という。甘めの発酵ドリンクを飲んで15分以降に入浴するとデトックス効果が高くなるとのことで、1階の「AWA BAR」で好みのドリンクをチョイス。腸活ヨガで腸内や自律神経を整えた上で湯量豊富で上質な温泉に入浴を楽しむ。夕食までは、ある人はサイクリング、ある人は読書、さらには「書」に向かうスペースなども用意され、自由時間も満喫できる。
そして、お待ちかねのディナー。竹屋旅館には、医師と開発した健康食メニュー「メディシェフ」の提供実績があり、その経験を存分に生かしつつ、「発酵食」をテーマに、厚生労働省が推奨するバランスやカロリー、塩分に配慮した食事を指す「スマートミール」の基準を満たした食事が提供される。「健康食」と聞くと、薄めの味付けだったり、満腹感を得られないのでは、といったイメージが先行するが、AWA Nishi-Izuでのディナーはそんな固定観念は良い意味で裏切られる。
乾杯の一杯は、静岡県の本山地区のうま味抜群の有機焙煎茶から。さらに「沼津産のイカと金山寺麹のマリネ」など目にも鮮やかな前菜、さらに、濃厚ながら素材のすばらしさも味わえる「桜海老のビスク」と続く。メインの魚料理はスズキとハマグリの組み合わせ、肉料理は「牛ほほ肉の赤ワインソース」と「伊豆鹿ロースト塩麴ソース」といったように、十分ボリュームもあり満腹感を得られる。
支配人の藤田卓也さんは「手間はかかりますが」と前置きしたうえで「発酵とおいしさは両立します。例えばソースの場合、安易にバターなどを使わず、グランシェフが発酵をテーマにしたソースでおいしくなるように仕上げています」とこだわりを語る。肉料理の場合には塩麴のソース、魚料理でも、付け合わせの野菜に酒かすを活用しているだけでなく、デザートのチョコレートソースも発酵を生かしているという。素材そのものの味わいも生かしながら、カロリーも抑えているという。従来、旅館は「お腹をいっぱいにしてもらう」ことがぜいたくという感覚があるが、それとは違い、ヘルシーだけれども満足度が高く、見た目にも美しい料理の数々に心まで満たされる。
シンプルながら快適な和モダンな部屋で快適な睡眠を取り、翌朝は6時起床。健康測定の後、朝バージョンの腸活ヨガを経て、朝の入浴。朝食も発酵にこだわったドレッシングや焼き物などが提供され、チェックアウトまでゆっくりと過ごして一連の日程は終了だ。
これまでの自身の宿泊経験を振り返ると、夜は食べられるだけ食べ、酒も飲み、ぎりぎりまで寝て、起きたらシャワーもそこそこにチェックアウト、というスタイルが多かったが、しっかりと心身ともに健康になるために自らと向き合う宿泊経験は新鮮で、とはいえ、やらされている感覚もなく、あっという間に時が流れた。宿を後にする頃には、スッキリとした感覚で満たされている自分に気づいた。他の参加者も、「健康」になる、ということを妙に意識することもなく、自然に過ごせ、すこぶる体調がいい、といった声が多く聞かれた。時間に余裕があれば、西伊豆エリアの海鮮をさらに味わったり、伊豆の国市にある世界文化遺産「韮山反射炉」や修善寺温泉などに立ち寄るのも良さそうだ。
宿では、宿泊時の健康体験を帰宅後も維持するためのコンテンツ提供なども準備する計画だ。ヨガはさらに応用バージョンの動画配信を行うほか、健康食に関心を持った人への調理動画の配信なども順次進める。こうしたアフターサービスは、結果的にリピーター確保につながるとみられる。AWA Nishi-Izuの立地は、正直に言うと、オーシャンビューでも、富士山が望めることもなく、眺望という意味では地味な場所ともいえる。ただ、山に近く、アクティビティにもつなげられるなど立地のポテンシャルは高く、さらなるコンテンツを開発していく考えだ。
移住者と町を元気に
ここ最近、この土地にほれて移住し、店を構えたり、作品を作っている、といった新たな住民が宿の近くに増え、スタッフとの交流も多くなっているという。竹内さんは「宿場町でかつては300を超えるほどの宿があったが、今では十数軒に減ってしまった。そうした中で代替わりが進み、プレーヤーも変わってきた」と分析。「宿が地域作家のショーケースになったり、移住者のハブになったりすることができれば、間違いなく面白い施設になるのではないか」と話す。
対顧客だけでなく、ビジネスでの連携も視野に入る。例えば、商品開発希望する企業とタッグを組み、宿泊者の心身の変化のデータを共有。マーケティングリサーチしながら地域の商品開発につなげる、といった展開が想定される。藤田さんは「旅館のもてなしとホテルの効率性を両立していることがお客さまに認識される〝宿〟になっていったらいいなと。その点をスタッフが理解し、全員で表現できたら」と先を見据える。
竹内さんは、今年の展開として、AWA Nishi-Izuで蓄積したノウハウを活用し、他の宿のプロデュースもサポートしていきたい考えで、「その土地ならではの新しい体験価値を生み出したい」と意欲的だ。「今後の観光テーマはウェルネスとネイチャー、特にウェルネスが鍵になる。いち早く、うちの宿が取り組み、いずれわれわれや西伊豆にとどまることなく、東伊豆、中伊豆を含め伊豆の各所に滞在する流れに持っていけたら」と夢は大きく広がる。
外国人の健康志向の高さはいうまでもなく、インバウンド向けを含めてウェルネスツーリズムの分野で日本がリードできれば、日本全体の活性化にもつながる。伊豆から世界への発信にも期待が高まる。
【参照サイト】AWA Nishi-Izu公式サイト
Shin
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