十勝で地域価値創造を。ワーケーションの一歩先を行く「リゾベーション」とは

 人気観光地に求められる気候や自然、文化、食事という4要件を兼ね備える北海道・十勝地方。いま、この地のポテンシャルを最大限生かした誘客の取り組みが加速している。新型コロナウイルス禍でワーケーションへの注目が集まる中、十勝の取り組みは、東京の仕事を地方で行うのみではなく、ワーケーションをする人が地域住民と協働して価値創造を図る「リゾベーション」を中核に据えた点が最大の特徴。9月には第4回のリゾベーションツアーを開催し、十勝ファンをさらに増やした。来た者を虜にする十勝の魅力とは。

また行きたくなる十勝「リゾベーション」ツアー今年も盛況

 「十勝を、北海道を愛する皆さまが長い時間をかけて築き上げてきた素晴らしいグルーブに触れられた」「素敵な場所ばかりで楽しかった」

 9月8~10日に開催した「とかち帯広リゾベーションツアー2022」の参加者からは満足の声が寄せられた。今回で4回目となるツアーには、東京から大学生を含む20人が参加した。これまでのツアーは政府から事業委託費などの助成があったが、今回は参加者が交通・滞在費を全額自己負担するにも関わらず、多くの参加者を得ることができた。ツアー初日の8日夜は、十勝ではなく札幌からスタート。JR東日本企画が運営する札幌駅前のコワーキングスペース「ステーションゼロワン」を会場に、「旅のはじまりナイト」を開催した。東京からのツアーメンバーに加え、地元・札幌の人たちや、道庁、はまなす財団など公的セクター関係者も含め、計50人が集結。北海道を舞台にした新しい暮らし方、働き方の可能性を探った。

札幌で開催した「旅のはじまりナイト」

 この中で、ソニーが開発し、大型モニターまで1.5メートルの距離に近づくと遠く離れた人が目の前にいる感覚に没入できるリアル感覚のデジタルソリューション「」のデモンストレーションも実施。遠距離の地域間を結ぶ新しいコミュニケーションツールの可能性を感じる瞬間となった。

ホテルヌプカで地元企業の最近の取り組みを聞いた

 翌9日、東京からの参加者らはJRでいよいよ帯広へ移動。夕方には、十勝リゾベーションの核施設ともなっている「ホテルヌプカ」のゲスト用ラウンジに集合し、地元の事業者3社が最近の取り組みを聞く機会を得た。農家と協力し100%十勝産のパンを提供する「ますやパン」のプレゼンテーションでは、単に「パンを作る」ではなく、「パン王国をつくる」と大きな夢が語られ、参加者を惹きこんでいた。

 また、昭和8年創業で特に酪農関連の機械を製造する「土屋特殊精機」を紹介。現在は、バイオマス発電装置の開発、実装も行うなど十勝発の装置を作っているという。さらに、野村證券と日本生命出身の30代若手3人が「十勝を金融先進国にする」との思いで2020年に創業した「そら」を紹介。「十勝晴れ」をモチーフにした社名で起業したものの、いきなりコロナ禍に遭遇。事業構想もゼロベースとなったが、さまざまな縁がつながり、十勝をベースにいくつかの事業を構築。今年7月には、とかち帯広空港近くに温泉やサウナ施設なども備える「十勝エアポートスパそら」を新設した。

さらに注目案件として、創業100年を超えながら2023年1月に廃業を決めている地元の藤丸百貨店の新しい受け皿となり、事業存続に向けて、そら、などがスポンサー候補となっており、注目を集めていることなどが報告された。

馬車BARを前に参加者が集合

体験したい「ミルクサウナ」

参加者は期間中、決められた一つのコースを全員で回るのではなく、事前にオンラインツールで提供された現地情報や主催者側のおすすめ訪問先などに基づき、各自が行き先を決めて行動参加していく形で、十勝の街を堪能。元ばんえい競馬のレース馬「ムサシコマ」が曳く馬車に乗ってホテルヌプカ前から約50分をかけて地元素材のクラフトビールなどを味わいながら中心市街地を巡る「馬車BARツアー」や、実際のばんえい競馬体験など、食体験や自然との繋がり、モール温泉やサウナ、チャレンジ精神に溢れる地元企業の取組みなどを体感した。

 今回のツアーのコーディネートを務める1人である三菱地所の神田主税さんは、「十勝しんむら牧場」内で放牧された牛や豚を見ながらの「ミルクサウナ」を体験。「ぜひみなさんにも立ち寄っていただきたい」とおすすめポイントに挙げた。ミルクサウナは、「並んで歩く牛を見る」ことと、「美味しい牛乳をサウナ後に味わえる」ことをかけたネーミングという。十勝地方は、大雪山系の豊富な湧き水にも恵まれ、まさに「整う」環境がそろっている。

 一方、東京から大学生数人をツアーに誘客し、自らも学生起業家であるCICLO代表の八太菜々子氏さんも手応えを得つつ、「今回生まれたアイデアをどう形にしていくか、Z世代がどう関わっていくか、などを考えないといけない。もう一歩踏み込んで、アクションにつなげていくことをコーディネートできるかが課題」と真剣だ。

通過型観光地から脱却

十勝シティデザイン代表の柏尾哲哉さん

 北海道・十勝地方へは東京から飛行機で約1時間半。地域人口は約35万人で、このうち中核都市の帯広市は約17万人が暮らす。同エリアは、日高山脈と十勝平野という壮大な自然環境に恵まれ、大規模農業や酪農が発展し、食料自給率は1200%という。

 もっとも、従来、十勝は団体旅行に好まれる景観型観光や大型の観光施設などは苦手とし、「通過型観光地」と言われてきた。それでも、ホテルヌプカを運営し、十勝の新たなまちづくりを推進する十勝シティデザインの共同創業者、柏尾哲哉代表は「個人の自然体験や、アクティビティ、食べ歩きで強みを発揮するまでに大きく成長した」と話す。

 また十勝は、街を回遊してもらうために早くから取り組んできた実績を持つ。2001年にはさまざまな地元の食を楽しめる屋台村「北の屋台」が開業し、大きな存在感を示す。16年には、「帯広中心市街地の再生を一つのホテルを起点に実現していく」(柏尾さん)ことを狙い、十勝情報を発信し、東京など都市部からの誘客拠点の役割を果たす「ホテルヌプカ」を北の屋台の近くに開業。まさに、十勝を訪れる人と地元の人の交流を促す物理的な拠点で、交流機能を街全体に広げることで中心市街地の都市機能を回復し、地域全体の活性に繋げる役割を果たしている。

 さらに、19年には、馬車に乗りながらお酒を楽しめる「馬車BAR」を開始。21年には、新たな宿泊施設「NUPKA Hanare(ヌプカ・ハナレ)」を開業するなど、日々進化している。

中心市街地の衰退も逆手に

 もっとも、雄大な自然が魅力の十勝にも課題はある。
 柏尾さんは「広域に分散しているため、エリアの特性を認識してもらうのが難しく、実際、移動手段の確保もレンタカーやタクシー利用などがないと難しい」と話す。十勝に限ったことではないが、車依存社会ゆえ、中心市街地の衰退は著しいものがある。来年1月には、地元唯一の百貨店として長年愛されてきた藤丸百貨店が閉店することは象徴的なできごとだ。

 ただ、この点も逆手に取りたい考えだ。現在の中心市街地は「地元の人が買物に来ない商店街」。そこから「食べ歩きとナイトエンターテイメントが楽しい美食街」として観光目的地に生まれ変わらせるべく、プロジェクトが進行中という。この流れを「交流(観光)人口」から、「関係・移住人口への転換」につなげていき、「中心市街地は地域と外を結ぶ価値創造、事業創造の拠点となっていく流れを目指したい」と柏尾氏は考える。それにより、中心市街地再生を目指す狙いだ。

 十勝リゾベーションの取り組みは年々深化しているが、中長期的な視点でみると、「生活の質(QOL)と所得水準の両立を地域で実現することが鍵」(柏尾氏)と言い切る。そのためには、地域資源を活かし、オンリーワン、ナンバーワンの商品やサービスを作ることが必要という。1つの地域内で足りないものがあれば、他の地域の地域資源も活かしたら良いとも。

 一方で大都市側には、消費市場として地域経済に貢献するほか、大都市圏側に固有の経営資源である高度な知識や専門人材、金融機能、販売促進機能などを地域事業の支援のために活かす「〝win-win〟な事業ベースの流れを作ることが求められる」と指摘。「生産技術はコピーが可能で独占性がないが、地域資源はある意味で独占性がある。この点を伸ばすべきだ」とも加える。

 柏尾さんは、個人旅行で景観より体験のニーズが高まっている点を挙げつつ、「僕らはそこを目指さない。体験だけでなく関係性を目指す。地域に行って、消費してもらうだけでなく、さらに一緒に新しい価値を創っていく関係性作りまで持っていきたい」と意欲的だ。加えて、「観光事業者の参画も引き続き重要だが、地域の事業者もステークホルダーとして参加していく。そうした新しい観光事業の姿に進んでいくのではないか」と未来像を語る。
 今後、〝帯広・十勝モデル〟が深化することで、各地の観光、地域活性化にも刺激を与えそうだ。

【参照サイト】HOTEL NUPKA
【参照サイト】十勝リゾベーション協議会

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Shin

千葉県出身、埼玉、神奈川育ち。多くの起業家や地方取材、執筆経験があり、ハイブリッドライフや全国各所でのワーケーションに興味津々も、実現にはほど遠く。当面は、各地で1人でも多くの方々と出会い、ネットワークを広げることが目標!