タイの北にある古都・チェンマイは2023年3月半ばから4月にかけて、不名誉な世界一を更新していた。
それは、野畑焼きや山火事により発生する微小粒子状物質PM2.5に起因した大気汚染である。チェンマイは大気汚染がひどいことで知られるインドのデリーやパキスタンのラホールなどを超えて「世界で一番空気の悪い街」になったのだ。(※1)
4月7日朝のチェンマイのPM2.5濃度は、世界保健機関(WHO)が定める年間平均濃度の66倍以上。チェンマイに関わる人は誰でも、大気汚染が数値化されたものが一時間ごとに更新されるアプリをチェックし、数値が下がったときを狙って外に出る、数値が高い日は家で過ごすなど、PM2.5の数値に左右される日が続いていた。
そんななか迎えた、「ソンクラーン」。
ソンクラーンとはタイの正月で、毎年4月13・14・15日は祝日にも定められている。もともとは仏像や仏塔へ、さらに家族の年長者などの手に水をかけてお清めをするという伝統的な風習があるものだった。
伝統的なソンクラーンのイメージ/image via unsplash
それが近年では街の往来で通行人どうしが水をかけあう「水かけ祭り」として知られるようになった。外国人旅行者の参加も手伝って、ソンクラーンは年々過激化し、交通事故が増えていることを問題視する声もある。
近年のソンクラーン/image via shutterstock
しかしコロナ禍のさまざまな制限により、日本の多くの祭りと同じように、3年ものあいだ本格的にはソンクラーンは行われなかった。それが4年ぶりの制限なしのソンクラーンということで、人々は浮足立っていた。
デパートもソンクラーン一色/「MAYA」
別のモールにはこのように「水かけ」ができる場所も/「one ninman」
ソンクラーン前日に訪れたカフェの店主も、取材を兼ねて色々話を聞きたかったのだけれど、結局なにを聞こうとしても「ソンクラーンの予定は?」「今夜から始める人もいるよ!」と嬉しそうで、そして取材にはならなかった。
そして彼女の言葉通り、この日はまだ言うなれば大晦日なのに、帰り道にはすでに店の前に水の入った大きなタンクを出して、道行く人に水をかける商店も……!いよいよだな。
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私は特にこのイベントに対する思い入れはなかった。正直なところ、部屋にこもって仕事がしたいと思っていたくらい。
初日は、予定通りほぼ部屋に引きこもって過ごした。
でも翌日は、外の楽しそうな笑い声に誘われて外に出ることに。今滞在しているエリアに近い、ニマンヘミンという通称「おしゃれ通り」へ行ってみることにした。
知り合ったばかりの人と合流することになっていて、なんとその人は巨大バズーカーのような水鉄砲を持参、準備万全だったのだ。ソンクラーンのルールでは、水鉄砲を持っている人は参戦の意思を示しているとして、格好の対象となる。彼の出で立ちを見た瞬間、これは私も……と覚悟を決めた。ちなみに私も、服の下に水着を着ていたので準備万全ではあったのだけれど。
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ここから、世にも楽しいソンクラーンが始まった!
ニマンヘミンにはナイトクラブも多く立ち並び、店でビールを飲んで休憩したら再び外に出て水かけ合戦に参加する。もしくはクラブの内側から道行く人を狙うのもありだ。すれ違う車から、水をかけられることもある。
盛り上がってくると、氷水も登場し、それを背中に流し込むという荒業を繰り出す人も!いくら灼熱のチェンマイとはいえ、突然の氷水に思わず「ひぃっ」と声が上がる。
人々の弾けるような笑顔、嬉しそうな顔、ちょっと企んだ顔、そして一方的に水をかけられながら、ただ受け入れて歩く人のなんとも言えない顔…。人々の笑顔の上に水が舞って、キラキラして見えた。
あえてトゥクトゥクで突っ込んでいく人たちも
「踊る阿呆に見る阿呆(アホウ) 同じ阿呆なら踊らにゃ損損」という阿波踊りの歌詞を思い出す。
「(水を)かける阿呆に見る阿呆……」。私も最初は、乗り気ではなかったけれど、その場に混ざってみるとつられて笑ってしまうのだった。
連日ライブが行われ、巨大クラブ化しているモール
水ではなくもはや石鹸の泡まみれの人々
ここ3年のコロナ禍。そして一ヶ月以上の深刻な空気汚染。この鬱々とした重い空気を弾き飛ばすのは、やっぱり人の持つパワーなのだなと実感する。
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そして、3日間に及ぶソンクラーンが終了した。
驚いたのは、翌朝、連日水かけパーティーでナイトクラブと化していた、特設ステージ周りがすっかりキレイになっていたこと。道を歩けないほどの人だかりができていた中心の場所。どれほどのごみが落ちていたのだろう、どれほどの汚れが残っていたのだろう。想像ができないほど、地面はスッキリとなにもなかった。
あれほどの盛り上がりの後で、しっかり片付けてくれていた人がいること。タイのチェンマイという町の、そういう一面に感動していた。そして同時に、最初はいかに巻き込まれないかばかり考えていた水かけ祭りなのに、今となっては心に小さな穴が開くような一抹の寂しさを感じている。
「MAYA」周辺はひっそりと静まり返っていた
共にこの大変な時期を超えてきたからこそ、あれほどの一体感を得られたのではないだろうか。ひとりで訪れたこの町で、もうひとりを感じることはない。なぜなら私たちは、良くも悪くも一緒に水をかけ合った同士なのだから。
ソンクラーンの3日間、まるで守られているかのように、PM2.5の数値は下がっていた。おかげで思う存分、屋外で楽しむこともできた。祭りが終わり、また不思議といったん数値は上がる。でも、これからいずれ空気は正常に戻るだろう。
その時にきっとこの日々を、閉塞感に覆われていたチェンマイと、夢みたいなソンクラーンの開放感をセットで思い出すのだ。たまたまこの時、ここに居合わせて幸せだった、と。
(※1)バンコク週報/タイ北部チェンマイの大気汚染は世界最悪
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mia
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