北軽井沢の苔むす森に、SANUの新型キャビン「MOSS」を訪ねて

都内の渋滞を抜け出すのに時間がかかり、気づいたら辺りは真っ暗に。街灯すらない夜の道を走らせていくと、白線状に何かが“ある”のに気づく。生き物?それとも物?スピードを落としてゆっくり近づくと、二つの目が光った。

フクロウ……!

初めて目にする野生のフクロウに驚きを隠せぬまま道を進むと、左手に四本足の生き物が。鹿だ!間に一枚挟むことすらもどかしく窓を開けると、驚かせてしまったようで足早に森に駆けていった。

「お邪魔します」彼らの世界の敷居をまたぐような心持ちで道を進んだ。

鹿の視点で考えられたキャビンのなかで

到着したのは、2024年8月10日に北軽井沢に誕生したメンバーシップ制セカンドホームサービスSANU 2nd Homeの新型キャビン「SANU CABIN MOSS(モス)」。MOSSは、快適さや安全性という人間の視点を超えて、森に住む動植物への影響にも配慮した環境共生建築だ。

SANUと共にキャビンを共同開発した建築設計・施工パートナーのADX代表安齋さんは「鹿になった気持ちでMOSSを見てみてほしい」と記者発表で発言していた。「この建築を目にするのは人間よりも鹿のほうが多いかもしれない。鹿にとってかっこいい建築とは?」といった問いも含め、色味や形を検討していったという。

MOSS 上空から

Image via SANU

木の実に着想を得た特徴的な形状は、多面体構造になっている。雨水や雪を分散して地面に落とすことで土壌に与える負荷を軽減できるのだ。「自然のなかには、ひとつの場所に集中させるものはあまりない。だからこそ、僕らはそういうものをつくりたくなかった。あわよくばMOSSが自然の一部になったらいいなと思っている」と安齋さん。

またMOSSでは、2021年から展開され2024年4月時点で全9拠点52室へと広がったSANUのキャビン「BEE」と同様に、土壌環境への配慮から高床式建築が採用されている。更にBEEよりも土中に打つ杭を細くすることで、更なる負荷の軽減を実現した。

キャビンのなかに入り電気を付ける(100%再生可能エネルギーというのも見逃せないポイント)。洗練された室内を隈なく見てまわり、本棚から明日の朝起きたら読みたい本の目星をつけながら、Bluetoothに接続してSANUメンバーが作成したプレイリストを流しソファーにどかっと寝転がる。高い天井には天窓があり、晴れていれば星も見えただろう。

ただただぼーっとする時間を堪能する筆者を横に、助手席担当だった友人がパスタをつくってくれている。野菜は塩でグリル。地域産の商品が豊富なスーパー「ツルヤ」でできるだけ信州産を選び買い込んできた食材でつくる(つくってもらう)ご飯は最高に美味しい。

MOSS キッチン

Image via SANU

先に寝静まった友人を起こさないよう、SANUでの滞在を想像して鞄に詰めてきた和ろうそくに火を灯す。調べごとをするためWi-Fiに接続しようとパスワードを調べたら、「livewithnature」の文字。SANUが提案する「自然と共に生きる」暮らしに滞在者が意識を向けるきっかけとなるような仕掛けに感服する。外からは絶えず鳥や虫の音が聞こえる。気づくとウトウトして、深い眠りに落ちていた。

森にあわせて設計された、人にも自然にも優しい建築

翌朝、目を覚ますと空が晴れていた。雨予報だっただけに嬉しさのあまり急いで準備をして散歩に出かけた。

Image via SANU

北軽井沢の森には、地被類のオシダ(シダ植物の一種)が生育しており、今回滞在したSANU北軽井沢2ndの敷地内にも多く見られた。シダの間を縫って蜘蛛がつくりあげた美しい円形の巣が朝の光に輝いていて、必死で写真を撮ったのだけれど、目に焼きつけなさいと言わんばかりに、画面には映っていなかった。

MOSSの開発は、現地の生態系に基づく開発手順書の作成から開始した。現地の植物と生物を把握する植生把握や景観分析等を実施した上でランドスケープデザインを行なうことで、水の流れを極力遮ぎらず、木の伐採を最小限にとどめたキャビンの配棟計画策定などが可能になる。

現地に生育していた植物の一部は移植し、工事過程で土から掘り起こされた浅間山の噴火から産まれた火山岩も、拠点内に活用し場外搬出・廃棄をゼロに再利用している。建築を森にあてはめるのではなく、森にあわせて建築が変化できるようにという考えが根本にあるのだ。

MOSS 俯瞰

Image via SANU

苔むす近隣の森を歩き、ふかふかの葉っぱのうえにちょこんと芽を出すどんぐりの葉を眺めたり、花の蜜を吸う小川沿いの蜂を遠目に見つめながら、ゆっくりと歩いてキャビンに戻り、温めておいたサウナに入る。

雫型の窓で切り取られた森を視界に入れつつ、体を芯から温めていく。頭から余計なものが抜けていく。水風呂に飛び込み、バルコニーに椅子を出し横になると、頭上にある木材が目に入った。それぞれに異なる形状をもつ木目が並ぶ。

木目

Image by Ayako Iizuka

日本では林業の人手不足も相まって、森の老朽化が課題視されている。そのためSANUのキャビンでは、高度成長期に増やした伐採期を迎えた50〜60年の樹木を中心に、外壁は岡山県産、デッキは宮崎県など、産地が見えるかたちで日本各地の国産材を100%使用している。北軽井沢の森を眺めながら、日本中の木々に包まれる。日本の自然の豊かさや価値を感じずにはいられない時間だった。

さらに、今回のMOSSにおいて特に特徴的なのがキャビンの建設過程。人材不足や建設費高騰などの建設業界が抱える課題を解決するため、建築の加工工程の80%を屋根のある工場で生産し、現地での施工期間を2週間まで短縮した。これにより、建設地の自然への影響を最小化するとともに、自然のなかという過酷な建設現場で働く人の安全面などにも配慮した建築が可能になった。

MOSSの発表時、建築設計・施工パートナーのADX代表安齋さんは「『大自然で過ごすことの喜びを、人にも自然にも優しい建築を通して提供する』という使命を持った、革新的な建築プロダクトであると信じています」とコメントした。

SANU MOSS内装

Image via SANU

日本の不動産・宿泊領域で初めて環境や社会に配慮した公益性の高い企業に与えられる国際認証「 Bcorp認証」を取得し、SANUが広がれば広がるほど自然が豊かになるリジェネラティブな企業を目指すSANU。

設立当初からSANUは、「Live with nature./自然と共に生きる。」このメッセージを事業を通じて伝え続けている。“北風として環境問題に警笛を鳴らすのでなく、太陽として自然の美しさや楽しさを伝える存在として”。

北風は人々の行動を規定し制限する。それでしか変わらないこともあるのかもしれない、それでも私は、SANUと同様に太陽のように温かさや心地よさから自分自身や人々、そして社会を変えていく方法を模索し続けたいと願う。

私たちに日々を生きていくための多様な力をくれる「自然」と共に生きていくために、私たちには何ができるのだろうか。MOSSから東京に帰る道中にそびえ立つ、雄大な浅間山を見つめながらぼんやりと考えていた。

浅間山

Image via SANU

「お邪魔しました。ありがとう。また来ます」

【参照サイト】SANU 2nd Home
【参照サイト】ADX
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飯塚彩子

“いつも”の場所にずっといると“いつも”の大切さを時に忘れてしまう。25年間住み慣れた東京を離れ、シンガポール、インドネシア、中国に住み訪れたことで、住・旅・働・学・遊などで自分の居場所をずらすことの力を知ったLivhub編集部メンバー。企画・編集・執筆などを担当。