日本三景・宮城県松島で「土地に寄り添う」旅をしたら

宮城県松島

日本三景の一つ、宮城県松島町。伊達政宗ゆかりの地でもあり、俳人の松尾芭蕉も松島湾の景観の美しさに句を詠んだというのは有名な話だ。その美しい景色に溶け込むようにして、各所には日本が誇る文化遺産が存在し、国内だけでなく世界中から旅好きが集まる場所として近年賑わいを見せている。

「行ってみようか」

そう思い立ったあと、とあることを考えた。

普段の旅といえば、とにかく有名どころを見学しようと躍起になってしまい「レンタカーの返却時間だ!飛行機に乗り遅れる!」などと、最終的には腕時計との睨み合いが旅の思い出となってしまったこともある。

それが自分の求めている旅なのだろうか?
旅とは、そうではないはずだ。

いつもの旅を超える「旅」をしよう。今回の旅は薄っぺらなものではなく、この土地に寄り添うような旅にしたいと心に決めた。その旅始めの儀式として、「一応」と買ってあったガイドブックも出発前に放り投げて、電車に乗り込み、松島町のJR仙石線(せんせきせん)松島海岸駅に降り立った。

松島01

いつもの旅なら人々で賑わっている場所へと迷わず進むのだが、足の進む先は閑静な住宅街。そこはメイン通りから1本内側に入った裏道で、「観光地の松島」というよりも地元の人々が生活を営む「普段着の松島」が広がっていた。

「どうも、暑いねぇ。どこ行くの?」

ハイカラな手拭いを首に巻いて、杖を片手にちょっとそこまで行くんだ、という素敵なお母さん。照りつける太陽の光に顔をしかめながらも、声をかけてくれた。そして、すぐ近場に目立たないが綺麗な場所があるんだと、とある神社を教えてくれたのだ。

松島 道

神社の本殿へと繋がる階段の両側は剥き出しの岩。階段を登る足を止めて、ふと見上げた先には幾重にも折り重なる木々の葉と、晴天の青色が創り出したトンネルの姿があり、奥からスーッと爽やかな風が通り抜ける。気持ちの良い空間を体感しながら、なにげなく苔の蒸した岩肌に触れてみると、松島の地で何千年と生き続けている岩の鼓動が伝わってくるかのようだった。

松島神社

階段を登った先に佇んでいた神社は宮城県の県指定有形文化財にも登録されている「日吉山王神社(ひよしさんのう じんじゃ)」。平安時代の天長5年(西暦828年)に円仁(えんにん)という僧が、現在の滋賀県にある山王神社から分霊を勧請*して建設されたと言われている。(*勧請:神社などに祀られている護神にお願いして、どうか離れた土地にも来てほしいと願い祈る行為のこと)

分霊という歴史的背景もそうだが、実際に本殿を目の前にすると複雑に組まれた木造建築の仕様などから文化財としての貫禄が感じられた。また、山手で住宅街という立地からか周囲は静寂に包まれ、そこには独特の神秘的な空気が漂っていた。静寂のなかに透き通るような野鳥たちの声が聞こえる。

アトリエ禅

日吉山王神社を後にし、引き続き住宅街の中を歩いていくと小さなチョコレート色の建物を発見。近づいてみると手書きで「アトリエ禅 ご自由にどうぞ」とある。エントランスには大判の抽象的な絵画が展示されていた。

絵

赤というのは目に留まるとよく言うがその通りで、いつの間にか引き寄せられるようにエントランスの絵を目の前にしていた。

「これはね、松島をイメージして描いた絵なんですよ」

背後から、くしゃりとした笑顔で声をかけてくれたのは、このアトリエのご主人であり画家の天野宏典さんだ。

天野さんは松島のご出身であり、地元の良さをどうやって広く世界中の人たちに伝えることができるだろうか、と長い間考えていたという。そんな時にふと浮かんだのが、松島には美術館が少ないということだった。ならば画家であるご自身が、芸術に触れられる場所をつくろうと決心。絵画を楽しみながら松島を外へ発信するための「交流の場」にしようと、2015年にアトリエ兼美術館「Art Gallery Atelier 禅」が誕生した。

アートギャラリー 内観

「これは松島湾に沈む夕日でね。あと、こっちは松島の老舗ホテルと月なんだけど、それがとっても綺麗だったからさ。私の絵に共通するのは『松島』。地元が好きなんですよ。それをこうやってお喋りしながら、色々な土地から訪れた皆さんと共有出来るのは嬉しいです。ちなみに松島には3つの朱色の橋があるんだけど、それは松島を象徴するシンボルなんだよね。なのでエントランスの大きな絵の赤は、その赤色っていうわけ」

そう言って天野さんが見つめる先の数々の絵は、たとえ時間が経過したとしても松島と共に後世へと語り継がれる大切なメッセージとなる。そして、ここを訪れた人々が絵と出会うことによって松島の魅力はさらに膨らんでいくのだ。なぜなら、その土地を愛する人が語る言葉一つ一つには、ガイドブックにはない壮大なエネルギーが込められているからだ。

今までにない旅の喜びを感じ、自然と頬の肉が上がっていることに気づいた。
いつもの旅ではない、その土地に寄り添う旅。

楽しいな。

海とガラスと庭園のミュージアム

天野さんのアトリエをきっかけに、松島では希少な美術館の1つとされている「海とガラスと庭園のミュージアム」を最後に訪れることに。ここでは松島湾を眺められる庭園と展望室があり、今回はそれをメインに見学することにした。

ショール

館内のミュージアムショップを経由して庭園へと進む際、目に留まった色鮮やかなショール。手に取ると、しっとりと人間の肌に馴染んでいくような感覚がある。その初めての質感に目を丸くしていた時、ショップの方が声をかけてくれた。

「そちら、『tamaki niime(たまき にいめ)』というブランドの商品で、コットンの無農薬栽培から収穫、紡ぎ、そして染色から織りまで一貫して自分たちで行っているんです。そして、この種類の豊富さには理由があって、性別や年齢問わずに全ての方にファッションを楽しんでもらいたいという想いが込められています。実は、すべて1点ものなんですよ」

土地に寄り添うように旅するなかで出合った、どんな人に対しても自然に対しても寄り添おうとするショール。お互いがお互いに寄り添おうとすることで、そこにはあたたかい眼差しが生まれ、出合った二つの間の関係性をより濃いものにする。濃い関係性は持続性を伴う。

今回の旅でも、土地に寄り添うなかで、そこに生きる人々や文化、自然に触れ、私と松島という土地の関係性はいつもの旅をするより濃いものになったような気がする。

ミュージアム

スーッと心地良い風が身体を吹き抜けたかのように、なんだか清々しい気分で展望室へと向かった。

さあ、時間を気にせずに松尾芭蕉も眺めた松島湾を味わおうじゃないか。

【参照サイト】日本三景松島-松島観光協会
【参照サイト】tamaki niime
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Molly Chiba

日本と英国を拠点に活動中のフリーランスライター。東北地方の田園に囲まれ育ちました。東南アジア地域の国際協力活動などを転々としていく中で、言語習得のため英国に短期滞在。それをきっかけにすっかり英国の虜に。日英のSDGsに関連する執筆のほかに、国内の地域文化ニュースやサッカーコラムを書いています。