台湾・花蓮の海辺のホステルで、のんびりアートなステイ

普段見ない景色、会わない人、聞かない言語。

海外に旅に出ると、こういった非日常が楽しめるのはもちろん、時には価値観や人生観をも揺るがされることがある。それゆえ、旅行中はできる限り多くのことがしたいと思うのは自然なことだ。

特に滞在期間が限られているのであれば、カツカツの旅程を組みたくなる気持ちも理解できる。でも、次の旅では思い切って滞在期間を伸ばしてみてはどうだろう。

滞在期間が長ければ、予定の組み方にもゆとりができるし、気に入った場所をより深く探索できる。なんならノープランの日があってもいい。街を気の向くまま歩き回ってみたり、雰囲気のいいカフェで読書をしたり、そういった時間の中でも発見はある。

そこで今回は、台湾に2ヶ月近くワーケーションをしながら長期滞在している僕が、東部の都市「花蓮(かれん)」で経験した「スローな旅」について書きたいと思う。

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花蓮にある川「三棧溪」に向かう途中の道 image via Miaoko Hostel

花蓮は東部最大の都市で、山と海に囲まれた絶景の地として知られている。原住民文化が根強く残るエリアでもあり、アミ族やタロコ族、セデック族など、政府公認の6部族が花蓮県を故郷とする。僕が花蓮をはじめて訪れたのは2018年の末頃。ミュージシャンやデザイナーなど、アート/カルチャーに携わる友人たちが、口を揃えて勧める「ミアオコ・ホステル(Miaoko Hostel)」に興味を持ち、滞在したのがきっかけだ。そして、その雰囲気がとても気に入り、翌年も再訪し、3度目を計画していたところでコロナ禍に見舞われ、3年以上経ってしまった。

ネオンサイン

ミアオコ・ホステルの入り口にあるネオンサイン image via Miaoko Hostel

そういった訳で今回、台湾で2ヶ月近いワーケーションの機会を得た僕は、久々にミアオコ・ホステルを訪れることにした。オーナーのリーリー(LiLi)とシーシー(西西)夫妻にも会いたかった。リーリーはロックバンド、ザ・マーキー・クロウズ(昏鴉)でギターボーカルを務める他、画家としても活動するマルチクリエイター。シーシーもデザイナーとして活動しており、そんな2人が運営するミアオコは宿泊施設である以上に、アート作品のようにも感じられるほど、美しい空間なのだ。

ミアオコホステル客室

キャビンスタイルの客室 image via Miaoko Hostel

早速、SNS経由で滞在を計画中であるとリーリーたちに伝えると、思いがけない返事が返ってきた。リーリーのアーティスト活動を考慮し、数年前に拠点を台北へ移したのだという。リーリーはここ最近、創作活動に専念しており、時間が取れないため、シーシーが花蓮に来るタイミングで日程を調整した。

2月15日、僕は花蓮駅に降り立った。天気はあいにくの曇りで、寒風に身震いしつつ、タクシー乗り場へと向かう。ミアオコ・ホステルの特徴はなんといってもそのロケーションだろう。花蓮有数の景勝地、七星潭のビーチまで目と鼻の先だ。そのため、花蓮市の中心街からは離れており、車でさらに10分ほどかかる。だが、そういった不便さを補って余りあるだけの魅力がそこにはあるのだ。

ミアオコ・ホステルに着くと、常駐スタッフのムンチェンさんが出迎えてくれた。外観も内装も、ほぼ以前のままだった。深緑色の壁が照明やインテリアを引き立たせ、落ち着いた雰囲気を作り出している。滞在者がくつろぐリビングルームは開放感があり、仕事をしたり、読書をしたり、ただ寝転がったり、思い思いの時間を過ごせるよう配慮がなされている。

ミアオコのリビングルーム。木製のデッキはリーリーが自ら組み立てたのだそう。

ミアオコのリビングルーム。木製のデッキはリーリーが自ら組み立てたのだそう。

本棚に並んだ雑誌や写真集、アートブックを眺めるのも楽しい。

本棚に並んだ雑誌や写真集、アートブックを眺めるのも楽しい。

天気はどんよりとしていたが、ひとまず海を見に外へ出た。徐々にザァーン、ザァーンと波の音が聞こえてくる。平日だったこともあり、観光客も見当たらず、物寂しさが漂う。そもそも何故自分はこのホステルを何度も訪れるのか、考えてみた。「一人になれる」、「海がある」など理由はいくつもあるが、最も大きな要因は「静けさ」だと思う。台湾では台北や台南など、都市部に滞在していることが多く、自動車のエンジン音や、人の話し声など、常に何かしらのノイズに晒されている。ミアオコにはそういったノイズがほぼ無く、それが特別なことであることにも気付かされる。

どんよりとした天気の七星潭

どんよりとした天気の七星潭

ホステルに戻り、リビングのテーブルで仕事をしていると隣に座っていた青年が話しかけてきた。名前はワン・ヨウミン(王宥閔)で、住み込みで働いているインターンなのだという。リーリーの音楽が好きで、彼のライフスタイルを経験し、インスピレーションの源を探りたいと思ったのだそうだ。普段は台北で音響エンジニアとして働いているというワンさんは、スマホで自身のオリジナル曲やアクリル絵画を見せてくれた。以前、ミアオコを訪れた時もデザイナー志望のインターンがいて、作品を見せてくれたのを思い出す。クリエイティブな若者を惹きつける何かがあるのだろう。

翌朝、起きて外に出てみると天気は少し良くなっていた。雲の切れ間から青空が覗いていて、七星潭の海は本来のコバルトブルーに近い色合いを呈していた。

花蓮2日目の空模様。少しだけ晴れてきた。

近くの「七星潭自行車出租」で自転車をレンタルし、付近を散策する。空き地や公園には野犬がたくさんいるので、最初は少し不安になるのだが、とにかくやる気がなく、地べたで寝そべっている場合がほとんどだ。自転車を止め、波打ち際すれすれの場所まで歩いていく。轟音とともに白波が押し寄せ、その向こうには太平洋を望む水平線が静かに横たわる。

レンタルサイクルショップ「七星潭自行車出租」。カフェも併設されている。

レンタルサイクルショップ「七星潭自行車出租」。カフェも併設されている。

ひとしきりサイクリングを終え、ホステルに戻るとシーシーがいた。以前にミアオコを訪れた際は、幼い息子がいたのだが、今は大きくなり、反抗期だという。数年前に娘も生まれ、現在は4人家族。リーリーが台北に出向く回数が増え、シーシー独りでは子供たちの面倒を見切れないことから、台北に引っ越したのだという。それでも子供たちは花蓮が大好きで、ミアオコに来ると大はしゃぎし、手がつけられないと顔をほころばせながら話した。

この日は少し気分を変え、別の場所で仕事がしたかったので、ミアオコの隣にあるカフェ「龍宮(Long Gone Cafe)」へ。こちらもリーリーとシーシーが経営しており、美しい内装とこだわりのフードが魅力だ。以前訪れた際は、客もまばらで閑散としていたのだが、その日はほぼ満席でとても賑わっていた。小洒落た服装の若者が多く、外国人もちらほらいた。その多くは近所の住人ではなさそうだ。龍宮も花蓮のカルチャースポットとして定着しつつあるのがうかがえて、嬉しい気持ちになった。

龍宮の店内

龍宮の店内

ランチでオーダーした、スモークサーモンとトルコ風ポーチドエッグのプレート。パンは歯ごたえがあり、野菜もシャキシャキしていて、とても美味しかった。

ランチでオーダーした、スモークサーモンとトルコ風ポーチドエッグのプレート。パンは歯ごたえがあり、野菜もシャキシャキしていて、とても美味しかった。

その日の作業を一通り終え、ミアオコに戻ると、ワンさんがドアの前でしゃがみ込み、猫を撫でていた。もう一人、女性もいたので、インターンかと尋ねたら彼の恋人だった。職場の同僚で、彼女もしばらくミアオコに滞在するそうだ。何でも7匹近い野良猫が、いつの間にかミアオコを根城にし始め、半分飼い猫のようになっているのだという。シーシーに猫のことを尋ねると、「犬たちに追いかけ回されて可哀想だから」と答えた。キャットフードやクッションまで提供する厚遇ぶりだった。

ミアオコ・ホステルの猫たち

ミアオコ・ホステルの猫たち

その日の夜は賑やかで、僕とシーシー、ムンチェンさん、そしてワンさんカップルの5人で夕飯を食べることにした。隣のレストランのテイクアウトとフードデリバリーを使って、刺身や野菜炒め、ローストチキンなど、さまざまな食べ物をオーダーし、ホステルの食器に盛り付けると立派なご馳走に様変わり。ところで、台湾人はとりわけ刺身には目がないようで、海産物が美味しいエリアでは何かとよく注文される。今回特に驚いたのはマンボウの炒め物だ。水族館で見かける一風変わった魚という印象しかなかったので驚いた。その身はとても柔らかく、淡白な味わいで食べやすかった。

花蓮2日目の夕飯

花蓮2日目の夕飯

台湾のローストチキン。手で崩すように切り分けていく。

台湾のローストチキン。手で崩すように切り分けていく。

食後は夜中まで他愛もない身の上話で盛り上がった。ワンさんに今後のキャリアやライフプランについて尋ねると「新たな知識やスキルを得るのは好きだし、時代と歩調を合わせることも大切。だけど、予測不能な時代に生きているからこそ、自分の気持ちや直感を大切にしたい」と話していた。また、坂本龍一のアルバム『Beauty』(1989年)の収録曲『安里屋ユンタ』をきっかけに沖縄音楽を知り、感銘を受けたことから、恋人と沖縄旅行を計画しているのだそうだ。音楽が国や時代を超え、今こうして20代前半の若者を旅へと駆り立てる。とても素敵なことだし、音楽に力があるのはもちろん、ワンさんの「感性の力」もあってこそだと感じた。

花蓮最終日、空は晴れ渡り、昨日までの曇り空が嘘のようだった。七星潭の向こうには、稜線がくっきりと見え、雲さえほとんど見当たらない。これこそ花蓮の真骨頂ともいえる景色で、滞在中に拝めたのはラッキーだった。しばらくの間、ビーチを散歩し、近所の定食屋「安口食堂」へと向かう。「安口」は中国語で「アンコウ」と読み、店主がおじさんであることから、英語のuncleとかけているようだ。時刻は午後1時をまわっているにも関わらず、ほぼ満席という盛況ぶりだった。僕が今回オーダーしたのは焼き魚定食。和物や冷奴など、一見和食のようで、味付けが台湾風の「和台折衷」ともいえる料理で、とても美味しかった。

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花蓮最終日の七星潭。文句なしの快晴だった。

近所の「安口食堂」で食べた焼き魚定食

近所の「安口食堂」で食べた焼き魚定食

ホステルに戻り、荷造りをする。3日目にしてようやく晴れたので、もう何日か滞在したいところだが、台北での予定もあるのでそうもいかない。きっとまた来られるだろう。ミアオコのような作家性の高い宿泊施設に泊まると、不思議とその周辺環境の見え方や感じ方も変わる気がする。大仰な言い方に聞こえるかもしれないが、ビーチで海を眺めている時でさえ、ミアオコのムードがついて回っているような感覚がある。そしてそれが花蓮での滞在に不思議と一貫性をもたらす。この言いようのない感覚に魅了されているのかもしれない。

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ミアオコ・ホステル(Miaoko Hostel)
・住所 No.3,Lane79,Qixing Street,971 Dahan,Taiwan
・Instagram miaokohostel
・予約 Booking.com

ミアオコホステル

image via Miaoko Hostel

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関俊行

編集や執筆、音楽制作など幅広く活動中。タワレコ運営メディアMikikiで『台湾洋行』を連載。近年はwebや雑誌、ラジオなどさまざまなメディアで、台湾を中心にアジアの音楽・カルチャーを発信している。