ここ数年、拠点を探す旅をしている。
いつかまた海辺の町で暮らしたくて、自然に沿った暮らしがもっとしたくて…。
大阪という大都市で長く育った私は、どうしても利便性に慣れ過ぎて、ものすごく田舎とか離島、という選択肢は思いつかない。憧れはするけれど。
そこでまず訪れたのが鎌倉だった。都市部へのアクセスもよく、洗練された海辺の町。素敵なカフェも多い。鎌倉には何度か通い、声をかけてお茶をする、また一杯飲めるような友人と呼べる人ができた。
富士山と江ノ島と海。ここでしか楽しめない独特の景観と、開けた場所特有の心地よさ、そしてそこに住まう温かい人たち。
なるほど、ここなら暮らしたいな。そう思った途端、私には次の関心が生まれてしまう。
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もっとこう「うっそうとした自然」のある場所へ…。
実は去年も行こうとしていたのに、叶わなかった場所がある。それは、奄美大島。同じく奄美に惹かれた友人と一緒の2人旅。宿もフライトも抑えていたにもかかわらず、直前でフライト自体がキャンセルになったのだ。
一年が経ち、そのチャンスはやって来た。
去年も気になっていたけれど、満室のため予約できなかった宿を早々に抑えていた。今思えばここに滞在することに意味があったとさえ思える。
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奄美空港よりバスで15分ほどのところにあるその宿は、一歩足を踏み込んだときからどこか懐かしい安宿特有の空気が漂っていた。
安宿、つまり海外のバックパッカーやホステルといった、旅人がひとときを憩うように過ごす場所のこと。もちろん観光の予定を詰め込んで数泊で移動してしまう人たちもいるけれど、気づけば長く過ごしてしまっていたという人の方が多数派のそういう宿では、時間そのものの流れが独特なのだ。
計4年かけて世界を放浪した私にとって、奄美大島のこの宿はその旅の時間を思い出させてくれるようだった。
ドレッドヘアのオーナーは最初、リビングスペースで誰かと話していて、私は彼がオーナーだとは気づかなかった。それくらい彼はこの宿の雰囲気に馴染んでいた。そりゃオーナーだから、当然か。なによりこのゲストハウスにはレセプション(受付)がない。そのリビングにオーナーが、よいしょと手書きの予約表を手にやってきて、雑談をしながらチェックインをした。特筆すべき注意事項は「ハブは踏まないように」。
看板猫のかぶちゃん。人懐っこく癒しの存在
さて、宿と部屋のシステムの説明を一通り受けて、自転車があるかと尋ねてみた。車をレンタルしていなかったので、移動は歩くつもりだったけれど、もしあるならあるに越したことはない。「あるよ」と言う彼の指さす方に、確かに2台の自転車が。「こっちの方が使える」と勧めてくれた一台を借りることにする。
自転車のロックについて聞く私に「そんなんいいよー」とあっけらかんと答えるオーナー。「もし取られたら?」と聞くと「そしたら探しにいくよー」とどこまでも軽い。去年訪れた石垣島ではロックした記憶があったのに、奄美はさらにその上をいくゆるさなのだろうか。それともこのオーナーならではなのか。いずれにせよ、この段階くらいで「まーなんとかなるかー」とこっちも思えるから不思議。肩の力がスッとほどけていく…。
結局この自転車は滞在中、私以外に使う人もいなかったのか、毎回使いたいときに使えるありがたい相棒となった。
宿を出て、まず数分もたたないうちに目に飛び込んでくるもの、ビーチだ。改めて、私がいる場所や位置関係を確認する。そっか、このビーチなら徒歩でも5分あれば来られる。そう気づいたときの高揚感…!
最寄りビーチがここだという贅沢
私たちの多くが南国、と聞いて思い浮かべるまさにその青いビーチが目の前に広がっていた。ただしリゾート感はゼロ。パラソルやカクテルなんかはない。ただ、海岸線が広がっている。その青いゼリーのような海の奥には、サンゴがあるのが確認できる。つまり魚がいるな、とワクワクする。実はスノーケル用のゴーグルを持参していた。
何を隠そう、この海は魚どころかウミガメが頻出するエリアだったのだ。
とはいえツアーでもなく個人で泳いで出会う確率はどれくらいか…。オーナーにその位置を確認し、何度もひとりで海へ出向いた。そして最後の最後、フィンを借りて挑んだ最終スノーケルで、岩の合間からぬっと登場する大きなウミガメと遭遇!水中にて、一対一でウミガメと鉢合わせる機会はそうない。ドクンと胸が高鳴った。目標達成!と心のなかでガッツポーズをした。
ウミガメと遭遇したのはサンゴの奥にあるポイント
このビーチへは毎朝訪れ、朝日を浴びながらの呼吸法や、足を水に浸けてのグラウンディングを行ったりもした。たった数日で、こんな風に私を野生に戻してくれた場所。そう、もっと感覚を研ぎ澄ませて世界を渡り歩いていたあの時代に…。
ひんやりした水が心地いい
宿、そして小さなリゾートやショップがあるエリア。この2つを結ぶ海岸線の道もまた、私のお気に入りになった。ヤシの木が点在する道を、15分ほど進むだけだったけれど、ところどころ、手すりが途切れていて、階段から砂浜へ降りることもできる。夕日を眺めたり、階段に座っておにぎりを食べたりして過ごすことも多かった。
何度も往復した海辺の道
階段全体がベンチ!ゆったりと過ごせる
こんな風に過ごすうち、私はひとつの答えにたどり着いた。
同じように拠点を探して訪れた鎌倉ではできるけど、奄美ではできないこと。それはリモートワーク…だった、少なくともこの町では。論理的には説明できないけれど、なんというかもう「ときの流れ」が圧倒的に違う、この場のときの流れに抗いたくない、浸りたい。そんな気持ちになる。
海だけでなくジャングルのような自然もそこかしこに
昔に南米のアンデス山脈に沿って旅をした際、高所が続き高山病を発症する人もいると聞き、私は2,400mほどのある地で高所順応を行った。これから富士山と同じほどの高所を目指す、その中間ほどで空気の薄さや気圧に体を慣らすことで、高所に行ってからも苦しくならずに済むためだ。
この町ではまるで、高度順応を忘れて高所に来てしまったかのような感覚になる。前にいた場所とのギャップが大きいほど、それは顕著に出る気がする。もちろんこれは一時的なもので、一週間もすれば慣れるだろう。その人の順応性次第、ではあるけれど。
ポツンとある無人の野菜販売所
でも許されるなら、この土地が持つ独特のゆったりとした流れに飽きるまで身を任せたい。
旅、とは本来そういうものだから。
ただ私にとっては拠点を探している意味もあり、リモートワークができるかどうかも気になっていたけれど。3泊ほどではムリだった。
この後訪れる、奄美随一の町、名瀬ではまた違う体験をすることになる。でも奄美大島に足を踏み入れて、最初に出会ったのがこの町、自然、宿、オーナーだったことはとてもツイていたと思う。久し振りになにもしない日々を、深く濃く体験できたのだから。
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記事後編は「旅先のカフェに通う。奄美大島で一杯のコーヒーがつないでくれた出会い」から。
mia
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