近年、国内外で大きな注目を集め、すでに海外では観光業において一つの潮流となっている「サステナブルツーリズム」。サステナブルツーリズムは、日本語では「持続可能な観光」と訳されます。
気候変動や環境破壊、文化の喪失など、従来型の消費的観光やマスツーリズムがもたらす負の影響が顕在化する中、持続可能な形での観光の在り方が求められています。UN Tourism(前UNWTO:国連世界観光機関)では、持続可能な観光を「訪問客、業界、環境および訪問客を受け入れるコミュニティーのニーズに対応しつつ、現在および将来の経済、社会、環境への影響を十分に考慮する観光」と定義しています。
サステナブルツーリズムに関するさらに詳しい定義や背景、その他の詳細については、「サステナブルツーリズムとは?環境・経済・社会すべてを考慮した持続可能な観光を」にて解説していますので、この記事と合わせて参照ください。
ただ「サステナブルツーリズム」という言葉や概念に注目が集まる一方で、その定義に沿った観光が実際に実践されている地域が限られており、また一般旅行者の中で旅の目的地や宿泊先を選ぶ際にサステナビリティを重視する割合に関しても、特に日本国内においてはまだ少数という課題があります。
そこでこの記事では、サステナブルツーリズムの具体事例を知ってもらうため。主に海外、国内(東京以外)、そして東京において実際に実施されているサステナブルツーリズムの事例を紹介します。
目次
サステナブルツーリズムの海外事例
海外については、国としての観光政策から国際認証の取得までブータン・スペイン・パラオ・スイスの4地域の事例を紹介します。
ブータン:高付加価値・低影響の観光政策
ブータンでは、「高付加価値、低影響」の原則に基づいた観光政策を実施しています。厳格な入国要件と1日あたり200〜250ドルの高額な観光税を設定することで、2019年には観光客数を約30万人に制限し、環境への負荷を抑えつつ、観光収入を確保しています。この収入の大部分は国民の無料医療や教育に充てられています。
さらに、ブータンでは「国民総幸福量(GNH)」という独自の指標を用いて国の発展を測定しており、観光政策もこの理念に基づいています。観光客は滞在中、地元のガイドと共に行動することが義務付けられており、これにより文化的な相互理解を深めると同時に、観光による悪影響を最小限に抑えています。
また、環境保護のため、トレッキングルートの利用制限や、ゴミの持ち帰り義務化など、厳格なルールを設けています。これらの取り組みにより、ブータンは環境と文化を守りながら、持続可能な観光を実現しています。
ハワイ : 包括的なサステナブルツーリズムへの取り組み
ハワイでは、島々の自然環境と文化を守りながら観光産業を発展させるため、包括的なサステナブルツーリズムの取り組みを実施しています1。
ハワイ・サステナブルツーリズム協会(HSTA)は、持続可能なツアーオペレーターの認証制度を設け、環境への影響を最小限に抑えながら、本物のハワイ体験を提供する事業者を支援しています。それ以外の具体的な取り組みとしては、以下のようなものが挙げられます。
- 環境保護:サンゴ礁に有害な化学物質を含む日焼け止めの使用禁止
- 地域経済支援:地元企業の優先的な活用と支援
- プラスチック削減:使い捨てプラスチック製品の使用制限
- 文化保全:伝統文化の尊重と正しい理解の促進
スペイン・バルセロナ:サステナブルツーリズム国際認証の取得
バルセロナは、国連が定めるサステナブルツーリズム国際認証を取得した都市の一つです。持続可能な観光地としての基準を満たし、環境保護と観光振興の両立を図っています。
具体的な取り組みとしては、公共交通機関の整備と利用促進、自転車シェアリングシステムの導入、エネルギー効率の高い建築物の推進などがあります。また、観光客の分散化を図るため、有名観光地以外の地域の魅力を発信する「バルセロナ・オフ・ザ・ビーテン・パス(Barcerona off the beaten path)」プログラムを実施しています。
さらに、地元コミュニティとの共生を重視し、観光客と地元住民の交流を促進するイベントの開催や、観光収入の一部を地域の社会プロジェクトに還元する仕組みも構築しています。これらの総合的な取り組みにより、バルセロナは持続可能な観光都市のモデルケースとなっています。
パラオ:環境保護を誓約する入国制度
パラオでは、観光客が入国する際に環境保護を誓約する「パラオ誓約書」への署名を義務付けています。この取り組みにより、観光客の環境意識を高め、自然環境の保護と観光の両立を目指しています。
パラオ誓約書には、サンゴ礁を踏まないこと、野生動物に餌を与えないこと、環境に有害な日焼け止めを使用しないことなど、具体的な行動指針が記されています。また、この誓約書に署名することで、観光客は自身の行動が環境に与える影響を意識するようになります。
さらに、パラオでは環境教育を重視しており、観光ガイドに対する環境保護トレーニングの実施や、エコツーリズムの推進など、総合的な取り組みを行っています。これらの施策により、パラオは美しい自然環境を保護しながら、持続可能な観光を実現しています。
スイス:持続可能な観光を支援する財団の設立
スイスでは、「Swiss Foundation for Solidarity in Tourism (SST)」という非営利財団が設立されています。この財団は、持続可能な観光開発に貢献するプロジェクトや組織を支援し、観光地の生活向上や文化理解の促進を目指しています。
SSTは、環境保護、文化保全、地域経済の活性化など、幅広い分野でプロジェクトを支援しています。例えば、山岳地域での持続可能な観光インフラの整備や、伝統的な農業と観光を結びつけるアグリツーリズムの推進、地域の文化遺産を活用した観光プログラムの開発などがあります。
また、観光業界の従業員に対する持続可能性に関する教育プログラムの提供や、環境に配慮した宿泊施設の認証制度の運営なども行っています。これらの活動を通じて、SSTはスイス全体の観光産業の持続可能性向上に大きく貢献しています。
サステナブルツーリズムの日本国内事例(東京都以外)
群馬県みなかみ町:ラフティングを活用した地域活性化
みなかみ町では、豊かな自然環境を活かしたラフティングツアーを観光資源として活用しています。地元のラフティング事業者と連携し、若者を中心とした観光客の誘致に成功しました。この取り組みにより、観光客数の減少に歯止めをかけ、地域経済の活性化にも貢献しています。
さらにラフティングだけでなく、カヌーやキャニオニングなどの水上アクティビティも充実させ、四季を通じて楽しめる観光地づくりを進めています。また、地元の農家と連携し、ラフティング後に地元の食材を使った料理を提供するなど、地域全体で観光客をもてなす体制を構築しています。こういった農泊などの取り組みにより観光客の滞在時間が延び、地域への経済効果も高まっています。
埼玉県飯能市:行政主導のエコツアー推進
飯能市では、市役所に観光・エコツーリズム推進課を設置し、行政主導でエコツアーの普及に取り組んでいます。四季折々のアクティビティを提供し、地域の自然や文化を体験できるツアーを実施しています。また、エコツアーガイド養成講座を開催し、ツアーの質の向上にも努めています。
特筆すべきは、地元の里山を活用した「里山体験プログラム」です。このプログラムでは、地元の農家や職人と協力し、農業体験や伝統工芸の体験を提供しています。さらに、地域の生物多様性を保護するため、外来種の駆除活動を観光プログラムに組み込むなど、環境保全と観光を両立させる取り組みも行っています。これらの活動を通じて、観光客の環境意識向上と地域の自然保護を同時に実現しています。
徳島県:伝統文化を活用した観光事業
徳島県では、伝統文化である阿波踊りを中心とした観光事業を展開しています。地域の伝統文化を守りつつ、観光客に体験の機会を提供することで、文化の継承と観光振興の両立を図っています。
具体的には、阿波踊り体験教室の開催や、地元の踊り手との交流イベントの実施など、観光客が単に見学するだけでなく、積極的に参加できるプログラムを充実させています。また、阿波踊りの衣装や楽器の製作体験など、伝統工芸との連携も図っています。さらに、阿波踊りの歴史や文化的背景を学べる博物館の整備や、地元の学校での阿波踊り教育の推進など、文化の継承と観光を結びつける取り組みも行っています。これにより、観光客の満足度向上と地域文化の保護・継承を同時に実現しています。
沖縄県やんばる地域:保全と利用の両立を目指すエコツーリズム
やんばる地域では、「保全と利用」をテーマに体験型コンテンツの開発に取り組んでいます。地域の自然環境を保護しながら、観光客に貴重な体験を提供することで、持続可能な観光の実現を目指しています。
特に注目されているのが、世界自然遺産に登録されたやんばるの森を活用したエコツアーです。専門ガイドの案内のもと、希少な動植物の観察や、マングローブ林でのカヤック体験など、自然を直接体感できるプログラムを提供しています。
また、地域の環境保全活動に観光客も参加できるボランティアツアーも実施し、観光を通じた環境意識の啓発にも力を入れています。さらに、地元の伝統文化や生活様式を学ぶ文化体験プログラムも充実させ、自然と文化の両面から地域の魅力を伝える取り組みを行っています。
長野県松本市:アルプス山岳郷を活用したサステナブルツーリズム
松本市アルプス山岳郷では、地域の景観保全活動を観光商品化する取り組みを行っています。観光客の参加自体が地域の持続・発展に寄与する共創観光を目指し、地域資源への再投資を含む循環型の観光モデルを構築しています。
具体的には、地元の農家と協力して行う棚田の保全活動や、高山植物の保護活動などを観光プログラムとして提供しています。これらの活動に参加することで、観光客は地域の自然環境保護に直接貢献できます。また、地域の伝統的な山岳信仰や山村文化を学ぶツアーも実施し、文化的側面からも地域の持続可能性を支援しています。
さらに、地元の食材を使用したエコレストランの運営や、環境に配慮した宿泊施設の整備など、観光インフラ全体でサステナビリティを追求しています。これらの取り組みにより、観光による経済効果と環境保全の両立を実現しています。
サステナブルツーリズムの日本国内事例(東京都内)
東京都内で実施されているサステナブルツーリズムの事例には、以下のようなツアーがあります。
谷根千エリアの「下町エコツアー」
谷中・根津・千駄木エリア(通称:谷根千)では、地域の歴史的な街並みや文化を保全しながら、持続可能な観光を推進しています。「下町エコツアー」は、この取り組みの一環として実施されているツアーです。
このツアーの特徴は、地元ガイドによる案内で、昔ながらの商店街や寺社を巡り、地元の老舗店舗での買い物体験を通じて、地域経済の活性化に貢献することが挙げられます。また、寺院での座禅体験や地元の職人による伝統工芸のワークショップなどの文化体験なども含みます。
このツアーは、地域文化の保全、そして地元経済への貢献を同時に実現する好例です。
多摩川リバーラフティングツアー
「日本の名水百選」の清流を持つ東京都青梅市・御岳渓谷を舞台に、川下りをしながら楽しく地域課題である川のごみ問題について考え、解決しようとする東京マウンテンツアーズが主催するリバーラフティング体験です。
アムステルダムで行われていた筏での川ゴミ拾いにヒントを得て、「ごみ拾いをアクティビティに」という思いからコロナ禍中にスタートしたこのツアーには、主に23区内から参加者が多く参加しています。
このツアーの特徴としては、以下が挙げられます。
- 爽快感とスリル満点のラフティング
- 楽しみながら川ゴミ問題の実態を考え、体験を通して問題に触れる
- アクティビティを通して得られるチームワークと達成感
ラフティングというダイレクトに自然に触れるアクティビティを楽しみながら、ごみ拾いという小さな一歩から環境問題に触れられる貴重なツアーが、このリバーラフティングツアーです。
サステナブルな旅の選択肢を増やすために
今回紹介した事例は、現在行われているサステナブルツーリズムの中のほんの一部です。より良い未来に向けて、この社会にサステナブルな旅の選択肢を増やしていくためには、観光事業者、地方自治体、地域住民、旅行者それぞれの意識と行動の変化が不可欠です。以下に、それぞれができる取り組みを挙げます。
観光事業者ができること
- 持続可能な観光商品の開発と提供
- 環境負荷を最小限に抑えた交通手段や宿泊施設の選定
- 地域の伝統文化や生活様式を尊重したコンテンツ作り
- 地域社会との協働
- 地元の生産者や職人との連携による体験プログラムの開発
- 地域資源の価値を最大限に活かしたツアープログラムの企画
- 地域住民の雇用創出と適切な労働環境の整備
- 観光収益の一部を地域の環境保全や文化継承に還元する仕組みづくり
- 環境負荷低減の取り組み
- プラスチック使用削減や廃棄物の適切な管理
- 再生可能エネルギーの積極的な導入
- 水資源の効率的な利用と保全
地方自治体ができること
- サステナブルツーリズムに関連する政策立案と実行
- 持続可能な観光開発に関する明確なビジョンと戦略の策定
- 環境保護と観光振興のバランスを考慮した条例や規制の整備
- 観光税などの導入による環境保全財源の確保
- インフラ整備
- 環境に配慮した公共交通システムの整備
- バリアフリー設備の充実
- 再生可能エネルギー設備の導入支援
- 人材育成と支援
- 地域ガイドやインタープリターの育成
- 観光事業者向けの環境認証取得支援
- 地域住民向けの観光教育プログラムの提供
地域住民ができること
- 観光客との交流促進
- 地域の歴史や文化を伝える語り部としての活動
- 観光客を温かく迎え入れるマインドの醸成
- 地域の伝統行事や祭りへの観光客の参加促進
- 地域資源の保全
- 自然環境や歴史的建造物の保護活動への参加
- 伝統文化や技術の継承活動
- 地域の清掃活動やごみ削減の取り組み
- 地域づくり・まちづくりへの参画
- 観光計画策定への積極的な参加
- 地域の課題やニーズの発信
- 観光による経済効果を地域全体で享受できる仕組みづくり
旅行者ができること
- 環境への配慮
- 公共交通機関や自転車の積極的な利用
- ごみの削減とリサイクルの実践
- 環境に配慮した宿泊施設や観光プログラムの選択
- 地域経済への貢献
- 地元産品や伝統工芸品の購入
- 地域の飲食店の利用
- 適切な対価の支払いと寄付活動への参加
- 文化理解と尊重
- 訪問先の文化や習慣の事前学習
- 地域のルールやマナーの遵守
- 地域住民との積極的な交流
上記4つの各ステークホルダー共通の取り組み
- デジタル技術の活用
- 観光客の分散化促進
- 環境負荷のモニタリングとデータの活用
- オンラインでの情報発信と教育
- 気候変動への対応
- カーボンオフセットの実施
- 気候変動に適応した観光施設の整備
- 環境教育の強化
- 多様性の尊重
- ユニバーサルツーリズムの推進
- 多言語対応の充実
- 文化的多様性の保護と促進
これらの取り組みを総合的に推進することで、現在そして未来の環境、経済、社会、文化の持続可能性を高めることができます。特に重要なのは、各ステークホルダーが個別に行動するのではなく、相互に連携し、共通の目標に向かって協力することです。
サステナブルツーリズムは、観光産業の未来を左右する重要な課題です。一人ひとりが自分の立場でできることを実践し、持続可能な観光の実現に向けて歩みを進めていくことが求められています。
私たちメディアも本質的な旅の選択肢や関連する取り組みと、消費者の心ある行動とを継続的に取り上げることが大事だと認識しています。上記のようなそれぞれの取り組みと、そこにメディアの発信とが全体性を持って結びついてこそ、観光から生じる環境、社会、経済、文化に対する影響を最小限にすることを実現できるはずです。
サステナブルツーリズムに関するおすすめ記事一覧
サステナブルツーリズムとは
サステナブルな旅をしたい個人向け
- サステナブルな旅の魅力(英国サステナブルトラベル専門家取材記事)
- サステナブルな宿・ホテル(日本全国、都道府県別)
- できるだけサステナブルに飛行機に乗る方法
- オーバーツーリズムを考える(竹富島の夜と朝に見えた景色「わたしたちは、ここで暮らしている)
- 生物多様性と旅を考える(そこにしかない一生ものの体験をしに、日本の南の島まで。WWFに聞いた生物多様性を体感する旅)
【参照サイト】UN Tourism | Sustainable development
【参照サイト】Bhutan: Gross National Happiness
【参照サイト】Sustainable Tourism Association of Hawaiʻi
【参照サイト】Barcelona Sustainable Tourism
【参照サイト】palaupledge
【参照サイト】Palau Becomes First Country to Require ‘Eco-Pledge’ Upon Arrival
【参照サイト】SST, Swiss Foundation for Solidarity in Tourism
【参照サイト】みなかみラフティングツアー
【参照サイト】飯能市エコツーリズム
【参照サイト】Discover Japan 徳島県《阿波おどり》400年の歴史を持つ世界屈指の盆踊り大会
【参照サイト】やんばるエコツーリズム研究所
【参照サイト】アルプス山岳郷
【参照サイト】谷根千ねっと
【参照サイト】東京マウンテンツアーズ
【関連記事】Livhubのサステナビリティに関する記事一覧
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いしづか かずと
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