世界の観光産業は急速に持続可能性への転換を進めています。UN Tourism(前UNWTO:国連世界観光機関)の2019年の調査によると、UN Tourismの101カ国の加盟国全ての目標の中に、持続可能性についての言及がされています。また近年では旅行者の多くに、持続可能性についての意識向上がみられます。
さらに、パンデミック後の観光回復において、サステナブルツーリズムやエコツーリズムの需要は従来型の観光を上回るペースで成長し、また将来的な予測としても今後の伸びが見込まれています。
この記事では、サステナブルツーリズムとエコツーリズムの違いについて紹介しながら、それぞれの定義や背景、特徴、課題についても比較をします。
目次
- サステナブルツーリズムとエコツーリズムの定義
- サステナブルツーリズムとエコツーリズムの歴史的背景
- サステナブルツーリズムとエコツーリズムの代表的な実践事例
- サステナブルツーリズムとエコツーリズムの課題
- 一人ひとりが責任ある旅行者としての選択を
サステナブルツーリズムとエコツーリズムの定義
この章ではサステナブルツーリズムとエコツーリズムの基本的な定義や概念を紹介します。
サステナブルツーリズムとは?
サステナブルツーリズムとは、「持続可能な観光」のことを指します。UN Tourismによる定義では、「現在および将来の経済、社会、環境への影響を十分に考慮し、観光客、観光産業、環境、受入れ地域のニーズに対応する観光」とされています。つまり「環境」「文化」「経済」の3つの観点から、その国や地域にとって持続可能で発展性のある観光を目指す取り組みです。
エコツーリズムとは?
国際エコツーリズム協会(TIES)による定義では、「自然地域への責任ある旅行で、環境の保全と地域住民の福利の維持に貢献し、解説や教育を含むもの」とされています。
また平成15年〜平成16年にかけて行われた環境大臣を議長とした「エコツーリズム推進会議」においては、エコツーリズムの概念を「自然環境や歴史文化を対象とし、それらを体験し、学ぶとともに、対象となる地域の自然環境や歴史文化の保全に責任を持つ観光のありかた」としています。
サステナブルツーリズムとエコツーリズムの歴史的背景
次にそれぞれのツーリズムが成立した歴史的背景や、概念として発展した経緯について解説します。
サステナブルツーリズムの背景
1980年代後半から、マスツーリズムによる環境破壊や文化の商業化への懸念が高まり、持続可能な観光の概念が生まれました。1992年のリオ地球サミットを機に、観光産業における持続可能性の重要性が国際的に認識されるようになりました。
エコツーリズムの背景
1983年にメキシコの建築家・自然保護活動家であるヘクター・セバロス・ラスクライン(Hector Ceballos Lascurain)氏が提唱した概念で、1990年代に入り、生物多様性の保全と地域社会の発展を両立させる観光形態として世界的に注目されるようになりました。
サステナブルツーリズムとエコツーリズムの特徴
次に2つのツーリズムの特徴や柱となる重要な要素について解説し、その違いを概観します。
サステナブルツーリズムの3つの要素
1、環境との調和
環境資源の最適な活用を重視し、生物多様性の保全と自然遺産の保護を実現します。具体的には、再生可能エネルギーの導入や廃棄物の削減などを通じて、観光活動による環境負荷を最小限に抑えます。
2、社会・文化の尊重
地域社会の社会文化的真正性を守り、伝統的な価値観や文化遺産を保護します。観光開発において地域住民の意思決定への参加を保証し、文化の商品化を防ぎます。
3、経済的持続性
長期的な経済的実行可能性を確保し、すべてのステークホルダーに公平な利益をもたらします。地域雇用の創出や伝統産業の活性化を通じて、持続可能な経済発展を支援します。
エコツーリズムの核となる2つの要素
1、自然保護の実践
環境への影響を最小限に抑えながら、自然地域での体験を提供します。観光収入の一部を保全活動に還元し、生態系の保護に貢献します。
2、教育的価値の重視
環境教育と文化理解を重視し、訪問者と地域住民の双方に学びの機会を提供します。専門ガイドによる解説や体験プログラムを通じて、環境意識の向上を図ります。
サステナブルツーリズムとエコツーリズムの違い
サステナブルツーリズムは、環境、社会文化、経済などの広範囲の要素を包括的に網羅しながら、自然環境だけではなく都市環境なども含めて持続可能な観光を目指す概念です。一方でエコツーリズムは主に自然環境を対象として、自然の中での体験などを主としたツーリズムを活用しながら、生態系保全や自然資源の保護、現地コミュニティへの還元などの実現に重点を置いていると言えます。
その他類似するツーリズム用語についての紹介
サステナブルツーリズムやエコツーリズムには、以下のような類似するツーリズムの概念が複数存在します。それらのツーリズムについても特徴を箇条書きで紹介していきます。
1、グリーンツーリズム
- 農山漁村地域において自然、文化、人々との交流を楽しむ滞在型の余暇活動
- 農家民宿での宿泊や農業体験など、都市と農村の交流を目的とした観光
- 地域活性化や農村振興を主な目的とする
2、アグリツーリズム
- 都市居住者が農場や農村で休暇・余暇を過ごす観光形態
- 農業という産業を体験・観察する機会を提供
- 農業を通じた農村部の活性化と農業体験機会の提供が目的
2、ネイチャーツーリズム
- 自然のあるエリアやデスティネーションに関するあらゆる旅行
- 熱帯雨林、河川、砂漠、ビーチなどの自然観光地を訪れる旅
- 必ずしも環境保護や負の影響の最小化を考慮しない
これらの観光形態は、以下のように整理できます。
サステナブルツーリズムは最も包括的な概念で、あらゆる観光形態に持続可能性の考え方を適用します。グリーンツーリズムは農山漁村での体験と交流に焦点を当て、アグリツーリズムはより具体的に農業体験と農村での滞在に特化しています。一方、ネイチャーツーリズムは純粋に自然地域への旅行を指し、必ずしも持続可能性や地域振興に関する言及や考慮を含むとは限りません。
これらの観光形態は互いに重なり合う部分もありますが、それぞれが異なる目的と特徴を持っています。サステナブルツーリズムの理念を基礎としながら、各地域の特性や目的に応じて適切な観光形態を選択することが重要です。
サステナブルツーリズムとエコツーリズムの代表的な実践事例
ここからは実際に世界で実践されている、2つのツーリズムに関する具体的な事例の一部を紹介します。
サステナブルツーリズムの実践事例
サステナブルツーリズムの代表的な成功例として、フィジーのシックスセンシズリゾートが挙げられます。
南半球最大規模のオフグリッド型太陽光発電システムを導入し、リゾート全体の電力を再生可能エネルギーで賄っています。2023年には太陽光パネルによって202,264kWhの電力を生成し、88,081本のプラスチックボトルの使用を削減しました。
さらに、このリゾートは生物多様性の保全にも積極的に取り組んでいます。2018年から始まったフィジークレステッドイグアナの保護活動では、当初17匹だった個体数が2023年末には40匹まで増加。世界に5,000匹未満しか生存していない絶滅危惧種の保護に貢献しています。
ヨルダンのフェイナンエコロッジも、サステナブルツーリズムの優れた実践例です。ダナ生物圏保護区内に位置し、王立自然保護協会(RSCN)と連携しながら運営されています。太陽光発電による完全なエネルギー自給を実現し、地域コミュニティの経済的自立支援にも成功しています。80以上の家族(約400人)が観光収入の恩恵を受け、宿泊者が支払う料金の50%以上が地域社会に還元される仕組みを確立しています。
エコツーリズムの実践事例
コスタリカのモンテベルデ雲霧林は、エコツーリズムの模範的な事例として世界的に知られています。熱帯雨林の保護と観光の両立を実現し、2050年までのカーボンニュートラル達成を目指す野心的な取り組みを進めています。
ケニアの国立公園群も、アフリカを代表するエコツーリズムの成功例です。60以上の国立公園と自然保護区を有し、野生動物の保護と観光の調和を図っています。特にナイロビ国立公園では、首都から10分という近距離でありながら、ヌー、シマウマ、サイ、チーター、ハイエナ、ヒョウ、ライオンなど多様な野生動物の観察が可能です。
これらの事例に共通するのは、環境保護、地域社会への貢献、そして観光体験の質の高さを同時に実現している点です。特に注目すべきは、具体的な数値目標を設定し、その達成度を継続的にモニタリングしている点です。このような科学的なアプローチが、持続可能な観光の成功には不可欠といえます。
サステナブルツーリズムとエコツーリズムの課題
次に、この二つのツーリズムを実際に実践するにあたっての課題について解説します。
サステナブルツーリズムの課題
サステナブルツーリズムの実現には、複数の重要な課題が存在します。最も深刻な問題の一つは、経済的利益と環境保護のバランスを取ることです。例えば、モルディブでは高級リゾートの開発により観光収入は増加していますが、同時に海洋生態系への影響や廃棄物処理の問題が深刻化しています。
また、地域社会との持続的な関係構築も重要な課題となっています。バリ島では、急速な観光開発により水資源の枯渇や地価の高騰が起き、地域住民の生活に大きな影響を与えています。このような事例は、観光開発において地域社会との慎重な合意形成と長期的な計画の必要性を示しています。
さらに、観光産業全体のサステナビリティへの転換には、多額の初期投資が必要です。特に、既存の施設の環境配慮型へのアップグレードや、従業員の教育・訓練には相当なコストがかかります。これらの投資を回収するまでの期間が長期にわたることも、多くの事業者にとって大きな課題となっています。
エコツーリズムの課題
エコツーリズムは、より限定的な地域での実施という特性から、独自の課題に直面しています。その一つが、観光客数の適切な管理です。ガラパゴス諸島では、増加する観光客による生態系への負荷が深刻な問題となり、入島者数の制限を導入せざるを得ない状況に至りました。
自然環境の保護と観光活動の両立も重要な課題です。タイのピピ島では、エコツーリズムの人気上昇により、皮肉にも環境破壊が進んでしまった事例があります。観光客の増加に伴うインフラ整備や施設建設が、本来保護すべき自然環境に悪影響を及ぼしているのです。
また、地域コミュニティの経済的自立も課題となっています。多くのエコツーリズム事業は小規模であり、季節変動の影響を受けやすく、安定した収入の確保が困難です。コスタリカのいくつかの地域では、エコロッジの運営だけでは十分な収益を上げられず、追加的な収入源の確保に苦心している事例が報告されています。
さらに、質の高いガイドの育成と確保も重要な課題です。エコツーリズムでは、自然や文化に関する深い知識と、それを効果的に伝える能力を持つガイドが不可欠ですが、そのような人材の育成には時間とコストがかかります。また、地域の若者の流出により、地域の自然や文化に精通した次世代のガイドの確保が困難になっている地域も少なくありません。
これらの課題に対しては、政府、民間企業、地域社会、NGOなど、多様なステークホルダーの協力と、長期的な視点に立った解決策の検討が必要とされています。
一人ひとりが責任ある旅行者としての選択を
エコツーリズムとサステナブルツーリズムは、いずれも観光産業の未来を形作る重要な概念です。両者は異なるアプローチを持ちながらも、自然環境保護と地域社会の発展という共通の目標を持っています。私たち一人ひとりが責任ある旅行者として、これらの観光形態を選択することで、美しい地球の未来を守ることができるのです。次の旅行では、ぜひこれらの持続可能な旅の選択肢を検討してみてはいかがでしょうか。
【参照サイト】UN Tourism
【参照サイト】The International Ecotourism Society
【参照サイト】環境省|エコツーリズムのススメ
【参照サイト】Six Senses
【参照サイト】Jordan Torism Borad
【参照サイト】Monteverde Cloud Forest
【参照サイト】Asilia Africa
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いしづか かずと
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