北海道ニセコの自然に恋をした、わたしの目線から見える町の魅力

「人間って美しいもの見る時、ほんとに息を呑むんだなって、初めて体感したのがニセコでした」

目の前に広がる白銀の世界。自分たち以外には誰もいない大自然のなかで、雪が降る音が聞こえた気がした。

初めてニセコを訪れてから、ニセコの自然が頭から離れなくなった。当時は名古屋に住んでいたから、休みの日といえば買い物をしたり、レストランで食事したりと楽しんでいたのに。気づくと山に川、またあの自然のパワーの中に身を置きたくて、足がそちらに向かっていた。ニセコが私を変えてくれた。

それから、どんどん自然が好きになっていって。次第に、大好きな自然を守りたいと思うようになった。パタゴニアの取り組みを調べたり、映画を見たり。環境保護団体が開催しているオンラインイベントに参加したり。そしてもちろん、ニセコにも何度も通った。いつか、ニセコに住みたいなと思いながら、でも無理だろうなと、その時は思っていた。

そしてニセコと出会って10年が経った頃、ニセコ町で地域おこし協力隊を募集していていることを知った。ニセコ町に住んで、ニセコの自然を守る仕事ができるかもしれない!と、応募を決め、念願叶ってニセコに住むことになった。それが一年ほど前。

一年の年月が過ぎて、ニセコでの暮らしはどうですか?と聞くと、全身から幸せだというオーラを出しながら、満面の笑みで「最高ですよ〜!」と彼女は答えた。

北海道ニセコ町は、町の13.5%の面積が国立公園、国定公園に指定されるなど、自然景観に恵まれた観光リゾート地で、夏は登山やカヌー、ラフティングなどのアウトドアスポーツ、冬はスキーやスノーボードなどのウィンタースポーツを楽しむことができ、国内外問わず多くの人々をこれまでも魅了してきた人口約5,000人ほどの町。

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またニセコは日本のなかでも特に気候危機に課題意識を強く持ち、はやくから地球温暖化への対策を数々行ってきた町でもある。2014年には、低炭素社会の実現に向けて、高い目標を掲げて先駆的な取り組みを行う「環境モデル都市」に日本政府により選定された。

2020年には気候変動へのさらなる危機感から、「気候非常事態」を公式に宣言し、2050年には地球温暖化の原因となる温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする「ゼロカーボン」を目指すことを表明。(※1)2021年11月、気候変動問題を解決すべく、条約に締結した世界197の国と地域が行ったCOP26と呼ばれる会議にて採択された、観光における気候変動対策に関する「グラスゴー宣言」には、日本の自治体として唯一署名を行っている。

そんなニセコ町の取り組みや、大自然の美しさに魅せられ、2021年6月に北海道ニセコ町に地域おこし協力隊としてやってきたのが鈴木恵里さんだ。

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写真中央が鈴木さん

鈴木さんは、ニセコ町役場 商工観光課に配属され、地域おこし協力隊の業務と並行して、「サステナビリティ・コーディネーター」と呼ばれる役割も担っている。

今回は、ニセコに恋してしまった鈴木さんの目線から、ニセコ町の魅力に迫っていきたいと思う。

ニセコは本当に最高なんです

──四季を通して1年間、ニセコ町で過ごしてみて、どうですか?

「最高ですよ〜!前まで夏が大嫌いだったんですけど、ニセコに来てから大好きになりました。朝起きて、今日は暑いから湖や川までSUPをしに行こっか、今日はいい天気だから山登りに行こっかという感じで、気軽に大好きなフィールドに出ていけるのがすごくいいですね」

「人もすごくあたたかくて。人生の先輩じゃないけれど、人として魅力的な方々がたくさん居て、みなさんとただ話したり、過ごしているだけで刺激を受けるし。来てから学びっぱなしというか、感謝しかないです」

「あとは結構、動物を普通にその辺で見られて、そういうのも楽しいです。夕方にランニングにいくと、キツネとかがひょこっと出てきてこっちを見てたり」

──大自然や野生の動物が暮らしのすぐそばに居ると、なんだか感覚が変わりそうですね。

「ここに住んでいると、冬だったり自然の厳しさも感じるんですけど、『もともと人間が手を入れてしまう前の地球ってこんな感じだったのかな』という姿を垣間見たり。毎日見える景色が違って、はあ〜きれいだなあ〜…と、日々見惚れてしまう自然があります。ほんと最高なんですよ。ニセコ。ふふふ」

「ニセコの山も好きです。私が前に住んでいたところは、針葉樹林が多くて、山のなかに行くと怖い感じがしました。でもニセコの山は広葉樹林が多くて、かわいいんですよ。山がなんか。優しいっていうか」

──ふふ。山がかわいいって素敵な表現ですね。

「登山を始めてみたいんだけど、なんだか怖くて一歩踏み出せないなと思っているような人にニセコ連峰はとってもおすすめです!登山って、最初にすごい苦しいルートを体験しちゃうと、もういい…ってなる人もいると思うんですけど、ニセコ連峰のトレイルは30分くらい歩いたら景色の良いところに出られて、場所によっては、1時間程で登山して帰って来られるコースもあるので」

サステナビリティコーディネーターってどんなお仕事?

──鈴木さんは、サステナビリティコーディネーターというお仕事をされているとか。どういった仕事内容なんですか?

「去年までは、ニセコ町が今までに取り組んできたことを世界の人に発信する仕事がメインでした。Green Destinations(グリーンディステネーションズ、以下GD)という持続可能な観光地を認証する国際的な認証団体があって、彼らが毎年サステナブルツーリズムに関する良い取り組みを行なっている地域事例を『トップ100選』として選出するんですが、ニセコ町は2020年と2021年、2年連続で選定されています。そのGDが主催する、国際的なイベントでホストを担当し、また事例の発表なども行いました」

「あとは、国連機関であるUNWTO(世界観光機関)が実施しているBest Tourism Villages(ベスト・ツーリズム・ビレッジ)という、観光を通じて文化遺産の促進と保全、持続可能な開発に取り組んでいる地域を表彰するプロジェクトがあって、2021年12月に受賞したのですが、そちらに応募するために動いたり」

「GSTC(グローバル・サステナブル・ツーリズム協議会)という、持続可能な旅行と観光のための国際的な基準を設定し管理している団体があって、世界中の多くの観光地や宿泊施設などがこの認証を基準に自らの取り組みをサステナブルなものにするために取り組みを進めています。そのGSTCの定めた基準などを、ニセコ町内の事業者さん向けに伝えるトレーニングなどの運営も行っていました」

──観光をサステナブルなものにするために動いている団体が、色々とありますね。今年はどういった活動をしているんですか?

「今年からは方向性を変えて、ニセコ町に訪れる人が接点を持つ個々の取り組みをサステナブルなものにする活動が始まっています。ニセコ町って『まちづくり』の観点から、サステナビリティの取り組みがこれまでされてきたんですよね。20年ほど前に『ニセコ町まちづくり基本条例』という、住民が主体となるまちづくりを大切にする町のミニ憲法ができて、その時に町のみんなが集まって決めた方針が、”環境を大切にする”ことだったそうです。それ以来、町でグリーンな政策が進み、例えば町の施設に地中熱や温泉熱など熱分野での再生可能エネルギーの積極的導入を行うことで、化石燃料の使用量を減らすなどの取り組みをしたり」

「でも、実際に旅行者の方がニセコ町に来て訪れる、レストラン、ホテル、カフェなどの個別の場所では、事業者のみなさん変わりたいという思いは切にありつつも、さまざまな障害からサステナブルな取り組みに踏み出しきれずにいらっしゃるのも確かです。ですがその障害を、協働することで一緒に乗り越えられないかと、新しい動きも出てきていて、北海道庁に元々勤めていた、青木さんというサステナビリティコーディネーターの方や、地元事業者のミルク工房さん、林業、観光協会、役場が一体となっていまNIS-ECOプロジェクト(ニセコ×エコ)が始動しています。その中の一つが、使い捨てのプラスチックを無くす取り組みです。『ニセコ町にある宿泊施設では使い捨てのプラスチック製アメニティは全部廃止します』というような町全体での取り組みになるといいなと思いながら、みんなで一緒に活動しているところです」

「特に小さい宿泊施設だと、アメニティを置かないことでお客さんを逃してしまわないか不安もあると思うので、町全体で取り組みを進める意味はこういうところにもあるなと思っています」

町のことは、自分のこと

──世界に向けてニセコ町の取り組みを発信するなかで、どんな部分が評価されているなと感じましたか?

「『雪氷倉庫』の取り組みを発表した時は、お〜面白いねというような反応がありました。ニセコは雪深いところで、冬にものすごい量の雪が降ります。その雪を3月頃になると倉庫に運んで、そこでお米を貯蔵しているんです。化石燃料による電力使用量をかなり抑えることができるので、環境負荷を減らすことができます」

「あとは『住民自治』がすごく進んでいるねとよく言っていただきます。この間もPOW(Protect Our Winters)ミーティングという雪を守るために活動している団体が行っている会がニセコで開催されたんですが、そこにすごいたくさんのニセコ町の地域の方々が参加されていて。やっぱりなんだろう。この地域の環境を守りたいという想い、この場所への想いが強い人がニセコにはすごく多いと肌で感じました。町のことは、自分のこと。というか、POWに限らず何かしらミーティングがあると、結構みんな参加して、しっかり聞いて、意見を言ったり議論をしたりしているなと思います。いいことばかりお話ししているようですが、町にはもちろんどこの街にもあるように課題もたくさんあります。でもこうしてみんなで助け合って、意見を出し合って、揉み合って、まちづくりができることはこの町の本当に大きな財産だと思います」

引用元:POW ミーティング in Niseko | POW JAPAN

「POWミーティングには、地域外からは長野県白馬村の方々なども来てくださったんですが、ニセコ町の地域の人々のそうした姿を見て、『ニセコのこういうところ、すごくいいな〜と思う』と言っていました」

ここで少し、ニセコ町の住民自治の基盤にある『ニセコ町まちづくり基本条例』について紹介したい。この条約は、ニセコのまちづくりを進める上での町民共通ル-ルで、町民がまちづくりの主役として行動するために作られ2001年に施行された。条例の前文から一部、抜粋する。

“ニセコ町は、先人の労苦の中で歴史を刻み、町を愛する多くの人々の英知に支えられて今日を迎えています。わたしたち町民は、この美しく厳しい自然と相互扶助の中で培われた風土や人の心を守り、育て、「住むことが誇りに思えるまち」をめざします。

まちづくりは、町民一人ひとりが自ら考え、行動することによる「自治」が基本です。わたしたち町民は「情報共有」の実践により、この自治が実現できることを学びました。(後略)” 
引用元:北海道ニセコ町 / ニセコ町まちづくり基本条例

こうした考えが町民の間で共有され続けてきているからこそ、「町のことは自分のこと」と考え行動する町民性が育まれているのだろう。

どこからでも、どうぞ

──ニセコを訪れる人にやってみてほしいことはありますか?

「もう、全部なんですけど(笑)」

──ふはは!いいですね!

「いや、本当にそうなんですよね…!どこからでもどうぞというか。でも、なんだろうな。自然ももちろんなんですけど、人も本当に魅力的なので、農業体験や酪農体験などに行って、町民の人たちと関わってみてほしいです」

「あとは、ぜひ、やっぱりアウトドアを楽しんでいただきたいですね。最初にお伝えしたトレッキングもそうですが、カナディアンカヌーもおすすめです。川って普段、上からしか見ないと思うんですけど、カヌーをすると目線が変わって、鳥や木々だったり、ニセコの植生を見ることができて、よりニセコの自然を堪能することができます」

カヌー、ニセコ

「電動自転車での散策もおすすめです。もう、どこでも走ってほしいって気持ちです。車に比べてCO2も削減できるし、自転車に乗ることで見える景色がたくさんあります。ぜひ、ニセコに遊びに来てください!」

niseko-Ebike

鈴木さんの一言一言から、ああこの人は本当にニセコ町が好きなんだなという溢れ出る想いを感じた。その想いが、筆者の心をもニセコへと飛ばした。

休みの日にはレストランに行ってご飯を食べて、町をぶらぶらお買い物。そんな過ごし方も悪くはないけど、なんだかどこか飽きてきた。キャンプが流行ってるとか、山登りが気持ちいいとか言うけれど、やったことないしなあ…

そう思っているのなら、思い切ってニセコまで行ってみるのもいいのかもしれない。息を呑むような自然に、心を奪われに。いざ。

(※1)ニセコ町気候非常事態宣言

【参照サイト】北海道ニセコ町 公式ページ
【参照サイト】北海道ニセコ町 / ニセコ町まちづくり基本条例
【参照サイト】北海道ニセコ町 / 国際環境リゾート都市・ニセコ スマートチャレンジ86
【参照サイト】Sustainable Destinations Japan
【参照サイト】UNWTO / Best Tourism Villages
【参照サイト】GSTC / GSTCについて
【参照サイト】Green Destinations
【参照サイト】ニセコ高橋牧場 ミルク工房
【関連ページ】サステナビリティに関するLivhub記事一覧
【関連ページ】最適解はそれぞれに。長野県 小布施町で出会った、地域の“中”から気候変動に向き合う生き方

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飯塚彩子

“いつも”の場所にずっといると“いつも”の大切さを時に忘れてしまう。25年間住み慣れた東京を離れ、シンガポール、インドネシア、中国に住み訪れたことで、住・旅・働・学・遊などで自分の居場所をずらすことの力を知ったLivhub編集部メンバー。企画・編集・執筆などを担当。