自分たちのいる場所をもっと心地良く。自給自足カフェ・農遊舎の「パラダイス」な生き方

農遊舎 斎藤さん

見渡す限り、あたり一面畑。

広々とした畑と畑の合間にある一本道を走り続けると、突き当りにピンク色の旗が見えた。旗にはマジックで「農遊舎」と書いてある。その三文字を目がけて、最後の急な上り坂を車のエンジン全開で駆け上がった。

その先に広がっていたのは、まるで公園のような空間。小高い丘の上に広がる敷地には、花や野菜が植えられた畑があり、果樹の木が立っている。犬や猫たちが気持ち良さげに歩き、鶏小屋の鶏たちが「カッカッ」と鳴いている。気づけば私の足元には、黒い柴犬がすり寄ってきていた。

そのなかにぽつんとある小屋。それが、カフェ「農遊舎」だ。

カフェ農遊舎

「こんにちは!」

挨拶をしながら扉を開けると、「どーも!」と明るい声が返ってきた。

ここを営む斎藤博さんと直子さん夫妻は、40年ほど前に大阪から千葉にやってきた。農大出身の博さんと大手旅行会社でバリバリ働いていた直子さん。二人は、農業をするために土地探しをするなかで千葉県いすみ市に辿り着き、この地で自給自足生活を始めた。

最初は、近くのハーブ園で働きながら養鶏からスタート。その場所を「農遊舎」と名付け、田んぼや畑など農業中心の生活を始めていった。移住して30年以上経った2015年、念願だったカフェをオープンした。地元のおじいちゃんやおばあちゃんはもちろん、旅人やスポーツ選手など、ここには色々な人がやってくるという。

カフェ農遊舎

「ちょっと時間があって、誰かと話したいなと思ったときに行ける場所」であり「困りごとが解決する場所」。常連さんがそのように話す農遊舎は、一体どのような場所なのだろうか。その魅力を探るべく、菜の花が咲き誇る3月のある日、博さんと直子さんに会いに来たのだ。

困りごとが解決するカフェ
カフェ農遊舎

店内に入り、太陽の光が差し込む窓側の席に腰を下ろす。テーブルには黄色い花。春の訪れを感じさせるその花のように、店内にもまた明るい空気が流れていた。色とりどりの壁やドアにテーブル。ここにあるものの多くが手作りだそう。

「あの黄色いドアは30年前くらいに作ったんですよ」「この壁は昔ここにあった建物の床板を使っています」と嬉しそうに教えてくれた博さん。カフェの建物から引っ越してきた当時住んでいた家まで、ものづくりが好きな博さんが全て一からつくったという。

カフェ農遊舎

それから店内を見渡していると、壁にたくさんの貼り紙があるのに気がついた。内容は、「草刈り人材募集!時給〇〇円」「この辺で養鶏できる場所を探しています」「犬を散歩させてくれる人募集」などさまざま。斎藤夫妻が貼ったものだけでなく、ここに良く来るお客さんが貼ったものも多く、この張り紙から働き口や探し物が見つかった人もいるそうだ。

「困りごとが解決する場所」の意味がすでに少しわかった気がした。

「パラダイスのような場所」をつくりたくて

窓越しには、圧巻の田園風景。遠くにはいすみ鉄道の黄色い列車が、畑と畑の間の一本道には車が、気持ちよさそうに走っているのが見える。

そんな絶景を望み、直子さんが淹れてくれたコーヒーをすすりながら、二人に農遊舎をつくったワケを尋ねてみた。

直子さん:「パラダイスのような場所をつくりたいと思ったんです。私たち、30年くらい前に『パラダイス計画』というのを打ち立てました。なにかというと、『自分たちのいる場所を心地良くしよう』という計画です」

博さん:「よそに行って楽しいことをする、というのではなく、今ある生活の場を気持ちのいい空間、素敵な場所にするのがいいと私たちは思っていて、そのために色々な計画を立てています。たとえば、その一つが『物々交換』です。自分の持っている素晴らしいものと他の人が持っている素晴らしいものと交換するって素敵だなと思って、ここに来たときからずっとやっています」

直子さん:「引っ越してきてしばらくの間、まだ自分たちで畑をやる余裕がなかったとき、近所で農業をやっている友人や近くの牧場と物々交換をしていました。私たちは養鶏をしていたので鶏肉や卵を持って行き、代わりに野菜や牛乳をもらうんです。牛乳と卵の交換は、40年近く前から今もずっと続けています」

農遊舎のメニューに並ぶ「農家のオムレツ」は、そんな近隣の牧場のチーズと大切に育てられた鶏の卵を使ってつくられている。農遊舎ができる前から、博さんが自宅でもつくっていた看板メニューだ。ほかにも、手作りのどぶろくの酵母を種にした自家製ピザや自家焙煎のコーヒーなど、手間暇かけてつくられた愛情たっぷりの食べ物や飲み物がある。

農遊舎のオムレツ

博さん:「自給自足って、100パーセント自分でやるんじゃなくて、できるものをつくってやっていけばいい。種を蒔いてできたものを食べたり、建物を自分たちでつくったり。衣食住の『食』と『住』に関してはできることをやっています。カフェで出している食べ物や飲み物も、自分たちが日常で食べたり飲んだりしているのと同じものなので特別仕入れていません。無理せずやっているという感じですね」

「害を出さない生き方がいいと思って」

できるものを作り、足りないものは補い合う──自分たちにとって理想の生活を続けてきた博さんと直子さん。そもそも自給自足生活を始めようと思ったきっかけはなんだったのだろうか。

直子さん:「近くに公害問題があったのも大きいよね」

博さん:「そういうのもあったね。私は栃木県足利市の出身。昔、足尾銅山鉱毒事件があった場所の近くです。その被害にあった人を救済するために、身を粉にして活躍していた田中正造という人がいるのですが、その人の劇をたまたま見たんですよ」

足尾銅山鉱毒事件は、明治11年に起きた日本で初めての公害事件。銅の精錬時に発生する排煙や鉱毒ガスが付近の森林を枯らし、鉱毒が川や用水路を通じて周辺の水田に流れ込み、作物や地下水、井戸水などを汚染。それらを摂取した住民に健康被害が生じた。

直子さん:「工業優先の生き方が当たり前で、『被害が出るのはしゃあない』というような雰囲気があった時代。水俣病とか他の公害問題もそうですけど、工業を優先して川や海などをそのまま放置したら犠牲者が出る。そういうのって、どうなのかなって感じたんですよね。それで、私たちは害を出さない生き方がいいと思って。誰も傷つけない自然農や有機農業をしながら、自給自足生活するのが一番じゃないかと思うようになりましたね」

直子さん:「でも、ここに引っ越して来たときは、まさにバブルの頃。農業をするために来たと言うと、『ばっかやなあ~』と言われましたよ(笑)今でこそ、環境汚染の深刻さが言われるようになりましたが、当時は役場や農協に努めるのが当たり前、子どもたちは都会に出て働くのが当たり前、という考えのおじいちゃんばあちゃんがたくさんいた頃やから。私たちは『あんたら何してんの』みたいな目線で見られていましたね」

みんなが居心地の良い「パラダイス」な満月の夜

今でこそ、地球規模の社会課題として環境汚染の深刻さが知られるようになったが、少し前までは自給自足的な生き方は、“アウェイ”だったのかもしれない。だが、そうした「逆境」ともいえる状況のなかで、博さんと尚子さんは、自分たちにとって心地の良い生活を追及してきた。

そんな二人が、パラダイス計画をもっと広めていこうと始めたのが、「満月の日の集い」。普段は日中のみ営業している農遊舎に、満月の日は夜まであかりが灯る。

カフェ農遊舎

博さん:「カフェをオープンする前から、満月の日に集まるイベントをやっていました。満月の日って、暦がなくても月を見ていればわかるじゃないですか。『満月の日に〇〇に集まろう』と言えば、集まれるわけですよ。だから、遊牧民の人たちは、満月の日に集まって結婚式をやることもあるんですって。それを知って、満月の日は夜もお店を開けることにしました。みんなのパラダイス計画の情報交換の場にしようと思ったんです」

カフェ農遊舎

満月の夜のメニューには、博さんが捌いた鶏入りのカレーが仲間入り。集まった人たちが外で焚火を囲んで楽器を奏でたり踊ったり、お店の薪ストーブで温まりながら談笑したり。電気がなくても明るい月光の下で、思い思いの時間を過ごしていた。

気負わずに、ゆっくりでいい。自分の周りから少しずつ

そんな自由な雰囲気が広がる農遊舎では、お茶を飲んだりお喋りしたりするのはもちろん、伐採した木でものづくりをしたり、斎藤さんたちが飼っている猫とたわむれたり、犬を散歩に連れて行ったりと、訪れる人たちは皆、ありたい姿でそこにいた。

カフェ農遊舎

自分たちの居心地の良さを追求しながら、猫も犬も、来る人みんながそれぞれに心地いい空間をつくっている博さんと直子さん。二人は、顔を合わせながら「常にパラダイスへの途中やね」と楽しそうに言った。そんな二人の目に、今の世の中はどのように映っているのだろう。

博さん:「今の世界は、パラダイスにほど遠いなと感じますね。人間は、普段生活している場所をもっと幸せな空間にしていかないといけないと思うんです。楽しむために時々よそに出かけるよりもね。どこの国の人もどこの地域の人も、それぞれの人がそれぞれの場所で幸せになっていけばいいんじゃないかなと思います」

直子さん:「まず、爆弾なんか降らしたらダメですよね。そういうものをつくること自体、おかしいのに。爆弾じゃなくて野菜つくりましょうよ。それで、自分の周りを少しずつパラダイスにしていこうよって。気負うわけじゃなく、ゆっくり。それだけでいいと思うんですよね」

農遊舎 斎藤さん

鳥のさえずり、猫の鳴き声、犬の吠える声、木を切る音。色々な音が鳴り響く農遊舎のなかで、ひときわ目立っていたのは笑い声だった。一緒にいる人がつられて笑ってしまうような幸せな笑い声。

「日々楽しいですよね。ときどき腹立ったりけんかもしたりしますけど」そう言って、直子さんはまた笑う。

毎日を心から楽しんでいる二人を見ていると、この場所に人が集まってくる理由がわかった気がした。

【参照サイト】Cafe 農遊舎
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伊藤智子

大阪の真ん中で育ったのち、地に足をつけて生きていくため、千葉・外房の山の中で古民家共同生活を始める。いろいろな人の人生に触れること、誰かの想いをじっくりと噛みしめて丁寧に言葉で綴ることが好き。LivhubやIDEAS FOR GOODで記事執筆を行う傍ら、「食」を通した居場所づくりに挑戦中。趣味は、料理と人と話すこと。