まなび、あそび、しごとが交わる場「世田谷ものづくり学校」の魅力

雨が降り出し、庭の草木に雨露がたまっている。「むかしむかしあるところに…」傘をさし黄色い帽子をかぶった学校帰りのこどもが大きな声で昔話をはなしている。隣の保育園からは赤ちゃんの声が聞こえる。これはすべてIID世田谷ものづくり学校のそばにある景色や音だ。

IID世田谷ものづくり学校(以下、ものづくり学校)は、廃校となった旧池尻中学校舎を再生した複合施設。運営者である株式会社ものづくり学校が世田谷区と定期賃貸借契約を結び独立採算の形式で運用を行っている。各教室は、デザイン・開発・製造・販売・宣伝など、“ものづくり”に関わるあらゆるジャンルのクリエイター・デザイナーが集まるシェアオフィスやコワーキングスペースといった「働く」場として主に活用されている。一方で、施設内にはイベントスペースやショップ・カフェなども併設されており、誰もが訪れ「学び」「遊ぶ」ことのできる場所としても利用されている。

開かれたものづくりの場

レンタルスペースとして使われている2-A教室

建物のなかは、学校だったころの名残をできるだけ残すかたちでリノベーションがされており、建物内には黒板や、お昼の校内放送が流れてくる四角いスピーカー、手洗い場など、あのころの懐かしさが胸の奥底から蘇ってくる要素が点在している。ただ、「あのころのまま」ではなく、そこには新たに何かがそこから生まれているような雑多で多様でわくわくした感覚がある。子どものような気持ちのまま大人になった人びとが学びながら遊びながら働いているがゆえにうまれている空気なのだろうか。オフィスビルにはないその雰囲気がどのようにして生じているのか探るべく、ものづくり学校の企画ディレクションを担当している石塚和人さんにお話を伺った。

「もともとはジュエリーメーカーに長く勤めていたんです」

石塚和人さん

2015年。今から6年ほど前にものづくり学校の運営メンバーとなった石塚さんのものづくり学校との出合いが、この場所の魅力を物語る。

「一般的にまだ手作業でジュエリーをつくるのが主流だった2000年代の後半、僕らのチームはCAD(コンピュータによる設計支援ツール)と3Dプリンターでジュエリーを作っていました。その当時、メーカーにおいて、ものづくりは非常にクローズドに進められていました。競合とはコミュニケーションをとらず、新しく出てきたドイツ語か英語のマニュアルしかない3Dプリンターと、それぞれが閉じた環境で格闘するという。みんなで交流しながら知識をシェアしたほうが絶対効率いいのにと思っていました」

「そんなとき、ある本を読み「オープンデザイン」「シェア」という概念に出合いました。デザインも技術もオープンにみんなでシェアしながら創る。クローズドな場所にいたからこそ、その可能性の大きさ、面白さに気づいたんです。その数年後にコワーキングスペースのようなものが世の中に出てきはじめて「開かれた場づくり」みたいなものにも興味を持って。そんななかでものづくり学校でプランナーを募集していると聞いて、そのときの興味がすべて重なった場所を目の前に、これは今後の自分の方向性につながるかもしれないなと応募したのがきっかけです」

なぜ「ものづくり」なのか

石塚さんがものづくり学校に入り、始めに取り組んだのは、FabLab(ファブラボ)の立ち上げだった。ファブラボは3Dプリンター、レーザーカッター、CNC、3Dスキャナーなどのデジタルな製造機器を設置した、個人から企業まで誰でも使える地域に開かれたものづくりスペース。しかしなぜ「ものづくり」というテーマがこの学校にはあるのだろうか。

Notcho’s Workshop前に置かれた作品

産業振興・地域交流・観光拠点化この3つのテーマが設立当初から世田谷区との取り決めにありました。そして”ものづくり”という大テーマも。明確になぜものづくりかと明示されているわけではないのですが、ちょうど2004年ってバブルが崩壊して、日本の製造業が右肩下がりの時代で、製造業者数がどんどん減っていったタイミングでした。ものづくり事業者を増やさないと日本の景気はよくならないよ、みたいな雰囲気もあったと思うんですね。世田谷区も一部桜新町のほうに準工業地域があったり。このへんも実は町工場とかもいっぱいあったらしいんですよ。それがもうどんどん潰れていって。そこで世田谷区としてはもう一回、製造業に力いれたいよねみたいな思いもあって、ものづくりというコンセプトが入ってきたんだと思います」

実際にものづくり学校が設立された2004年と比べると、世田谷区内でものづくりを含む経済活動を行う人は増加し、この場所をきっかけに創業をする人も複数出てきているという。今では再生可能エネルギーの小売電気事業者の代表格となった「みんな電力」も、最初はここ、ものづくり学校で事業を始めた。規模拡大を経て、今は同じ世田谷区の三軒茶屋に本拠地をうつしている。それでもこの場所に残っていたいと、ものづくり学校のなかにオフィスを残したままにしている。

あそび、まなび、しごとが近いことで

ものづくり学校の入り口には大きな幕が貼られており、そこには「あそび、まなび、しごと」の3つの言葉が並ぶ。普通は「しごと」しかない働く場所に「あそび、まなび」があるとどんなことが起きるのだろうか。

ものづくり学校裏門前

「ものづくり学校は地域や外に開かれた場所です。コロナ前には年間600件以上のイベントを開催して、多くのひとが集まり、遊んで学べて楽しい場づくりをしていました。三宿四二〇商店会と一緒に始め2日間で5万人を集める世田谷の名物イベントに成長した世田谷パン祭りもその一環です」

「また毎年夏休みには、近所のこどもたち向けに夏休みイベントも10年近くやっていて。ある年、そのイベントに向けて運営スタッフの一人が、ものづくり学校に入居されている世田谷ハツメイカー研究所(現名称:DOH SCHOOL)というWEBデザインを主事業とする会社の代表の方に『子ども向けのプログラミングのワークショップとかできないですかね』と雑談で話したんです。そこから単にコーディングだけだと面白くないけど、そのときにこの方が興味をもっていた組み立て式のロボットを動かすことができるようなイベントであれば面白いかもしれないと考えてくださって、まだ当時日本に入ってきていなかったロボットを中国の深圳まで仕入れに行き、イベントを実施してくださいました」

世田谷ハツメイカー研究所のワークショップ風景 / Image via 世田谷ものづくり学校note

「そのイベントをきっかけにその会社さんはものづくり学校内に、地域の小学生にものづくりとプログラミングを教えるスクールを作ったんです。最初は需要もなくて4、5人くらい来ただけだったんですけど、定期開催しているうちに、地域の子どもが70人くらい毎月通ってくれるような場所になったんです。今はもともとのデザイン業務は半分くらいになり、プログラミング教室がメインの事業になって、駒沢の3倍くらいのスペースに移動されました」

夏休みの地域のこども向けのあそび・まなびのイベントをきっかけとして、新しいしごとが生まれる。あそび、まなび、しごとが近くにあるからこそ。場がオープンで、知識や技術をまわりとシェアする気持ちがあるからこそ生まれた、最高に素敵な偶発的創造だ。

ものづくり学校に入居する際の規約には「事業のなかの一部を地域やものづくり学校の事業に関連することをする」というゆるやかな約束があるのだという。こういった厳しすぎないルールがあることも、ものづくり学校のオープンな場の空気に影響を与えているのかもしれない。

手洗い場と階段

オンラインだからこそできることがあるはず

しかし、ものづくり学校ならではの偶発的な出会いや創造も、コロナ禍に入り対面でのコミュニケーションが制限されたことで、なかなか起こりにくくなってしまった。

「いままでは施設内にあるカフェなどで偶然出会った人たちがつながって、そこから協同事業がうまれやすかったんですけど、これからはリモートワークも増えるし、対面での異業種交流がなかなかできないので、交流がうまれる仕掛けづくりをオンラインも使いながらしていきたいなと思っています。」

「2021年の始めに、世田谷区はSETAGAYA PORTという世田谷発の持続的なビジネス・カルチャーを生み出していくためのプラットフォームを、ものづくり学校入居者でもあるdot button companyと共同で作りました。ものづくり学校も協力施設として運営に参加しています。この取組みを通して、世田谷の人たち一人一人のスキルや属性をしっかり見える化して、オンラインでも対面でもつながりやすい仕組みを作っていきたいと思っています。7月1日には、ものづくり学校内にコミュニティスペースが設けられました。コミュニティマネージャーが常駐していて、メンバー同士が交流できる場、SETAGAYA PORTに興味のある方が実際に話を聞けてコミュニティに参加できる場として使ってもらえたらと思っています」

「SETAGAYA PORT」のコミュニティスペース / Image via setagaya port

地域のエントランスに

2004年から運営を開始し、今年で17年目となるものづくり学校。これからどんな未来を画策しているのだろうか。

「あそこにいくと、地域と関わりたいひとが、何か地域と関わるきっかけをつかめるとか。ものづくり学校が地域のエントランス、窓口になってアナログでもオンラインでも人々がつながれる場所になったらいいなと思っています。SETAGATA PORTしかり、その仕組みを今みんなで話し合っているところです」

ものづくり学校は世田谷区にある一つの場所だ。場所のはずなのだけれど、ただの場所以上の役割を担っている。この場所があることで、世田谷中の人だけでなく情報もひとところに集まり、混ざり、何か新しく面白いものがぐらぐらと発生するような、わくわくとした空気を街につくる。

さらに、まなび・あそび・しごとの境界線のない場所が街にあることが、その場所にいる人の感覚をもゆるやかにしているような気がした。根を詰めて働かなくていい。遊ぶように学びながら自由に働けばいい。生きればいい。オフィスビルでしか働いたことのなかった筆者にはその空気が少し羨ましく、そして心地よく感じられた。

どこで働くか。どこに住むか。より自由に選ぶことができるようになった今。自分の心地よさに正直に、いる場所を選んでいけたらと思った。

帰り道、ものづくり学校を出てすぐの道で、近所のおばあちゃんたちが「いつも綺麗にしてるわねえ、素敵よ」「あら、ありがとう」と立ち話をしていた。キーンコーンカーンコーンと鳴るチャイムとともに後ろ髪が引かれる思いでその場を後にした。

IID世田谷ものづくり学校
住所 東京都世田谷区池尻 2-4-5
電話番号 03-5481-9011

【参照サイト】みんな電力
【参照サイト】世田谷ハツメイカー研究所
【参照サイト】SETAGAYA PORT
【参照サイト】dot button company

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飯塚彩子

“いつも”の場所にずっといると“いつも”の大切さを時に忘れてしまう。25年間住み慣れた東京を離れ、シンガポール、インドネシア、中国に住み訪れたことで、住・旅・働・学・遊などで自分の居場所をずらすことの力を知ったLivhub編集部メンバー。企画・編集・執筆などを担当。