Sponsored by 日本真珠輸出組合
「人は自然の一部」
この感覚を持ちながら日々を過ごしている人はどれくらいいるのだろうか。
都市部に住んでいると、自然は人工物や人間に追いやられていて、自然のなかに自分が生きているという感覚は持ちづらいように思う。
一方自然のなかに住む人からすれば、人は自然の一部という言葉は「なにを至極普通なことを?」というほど当たり前の言葉に思えるだろう。
image via unsplash
ハーチ株式会社が運営するIDEAS FOR GOOD、Circular Economy Hub、Livhubの3つの編集部は2023年10月、日本真珠輸出組合との共催、覚田真珠株式会社の後催のもと、三重県伊勢志摩・英虞湾(あごわん)の「里海」に建つ宿「COVA KAKUDA」を舞台に一泊二日のツアーを開催した。ツアーテーマは「人と自然の共生とよりよい巡りを考える」。
本記事では、ツアーでの2日間の様子を綴っていく。読み進めるなかで、読者の皆さんも「人と自然の共生とよりよい巡り」について、参加者や主催者と共に考える時間を過ごして頂ければ嬉しい。
英虞湾の里海の歴史と可能性
少しずつ人工物が減り、自然物が増えていく景色を新幹線の車窓から眺めながら現地を目指す。英虞湾は、真珠養殖の発祥地。今回のツアーの舞台となった英虞湾沿いにある宿「COVA KAKUDA」にはかつて、今回のツアーの後援者でもある覚田真珠株式会社の真珠養殖場があった。
過去:覚田真珠の養殖場だった頃/Image via 覚田真珠
現在:COVA KAKUDA客室/Image via COVA KAKUDA
覚田真珠の代表取締役であり、COVA KAKUDAの発案者でもある覚田譲治さんは、この場所が持つ豊かな歴史と魅力について話をしてくれた。
繰り返された真珠養殖の歴史
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「英虞湾は潮の変わりが激しくなく、2〜3メートルの波が入ってこない静かな海です。かつて人々はこの里海の沿岸に住み、山を手入れしつつ山中に畑や田んぼをつくり、海ではあおさ海苔をつくり、貝類の養殖などをしながら生活していました」
覚田さん/Photo by 山本和佳
「山に入って駄目になっている木があれば切って薪にして使う。すると山にスペースが生まれて新しい木が生え、森に活力がうまれる。畑には肥溜めから作った肥料をやり野菜を育て、その肥料は海に流れ、育てている海苔や貝に栄養を与える。そうしてできた海産物を収穫し、食べたり売ったりすることで、人は生計を立てその土地に住まえる。
山や畑を手入れすることが海、そして自分の生活を豊かにすることを知っているから人はまた田畑、山に手をかける。すると海が豊かになり恵をくれて、収入や食料を授けてくれるからまた人は山に手をかける。そうした豊かな循環がずっと続いているのが私の里海のイメージです」
このような里海の暮らしが息づいていた場所で戦後、外貨獲得の重要産業として真珠養殖産業が勃興。その後20年ほどにわたって、養殖真珠の生産量は増え続けた。
しかし真珠を育む貝は、水質を濾過する性質をもつ一方で、排泄も行う。レジリエンスを超えた大量生産により貝の排泄物が自然の分解速度を超えて大量に海底に堆積してしまい、1965年頃をピークに水質悪化、硫化水素の発生、溶存酸素の減少など海の環境の悪化が見られるようになった。海は回復力がなくなり、養殖真珠の質も低下し、養殖業者の数も減少。このタイミングで覚田真珠も英虞湾での真珠養殖からは撤退した。
Image via 覚田真珠
そこから5年後、また市場で真珠が売れるようになってきたことで多くの業者が戻り、真珠養殖を再開のうえ前回同様に大量生産を継続。しかし1998年、原因不明のウイルスにより貝が大量に斃死(へいし)し、海の環境も悪化、真珠の質も低下。再び養殖業者は離れていった。
売れる→生産しすぎる→環境が悪化する→質が低下する→生産量が減る→環境が良くなる→生産しすぎる→環境が悪化する→・・繰り返される歴史。
その後再び真珠の需要が高まった時には、過去の厳しさを知る人たちは産業に戻らず、新規の参入も起こらず、真珠養殖を愛し生活が苦しくとも養殖業を続けてきた限られた少数の人々の手で産業は継続された。近年は適正な数量をレジリエンスの内側で生産できるような状況に落ち着いている。そして現在、真珠を販売するうえで新たな変化が生じているという。
Image via 覚田真珠
「現在は、綺麗な真珠であれば販売できるということではなくなってきています。メッセージ性の高いものや、社会課題をちゃんと見ているのか、自然環境への負荷をちゃんとマネジメントできているのか、といったことが求められる時代にあるのを肌で感じています」
そうした時代の潮流や「もう一度ここで真珠養殖をはじめてみたい」という覚田さん自身の思いなども相まって、1965年に覚田真珠が真珠養殖業から撤退して以後使われていなかった養殖場の跡地を、体験型のラグジュアリーなヴィラ「COVA KAKUDA」として再生し、2023年6月に開業するに至った。
この場所にかつてあった里海の営みを復活させ、人が住み関わることで自然環境がより豊かになる状況を取り戻しつつ、ただ真珠を売るだけでなく観光・体験という枠組みを用いて、真珠の裏側にあるストーリーまで伝えることのできる場所をつくろうと彼らは活動を行っている。
「Pearl・People・Planet」3つのPから考えるこの場所の魅力
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過去の数度にわたる失敗の成果もあり、現在は英虞湾ではレジリエンスのなかでの真珠養殖ができるようになった。一方、地域には人口減少や高齢化、気候変動の影響を受けての海洋酸性化、森林生態系の悪化など様々な課題が新たに発生してきている。
なかでも特徴的なのが、真珠養殖に利用する漁業用具の廃棄物の環境流出だ。昭和の時代に、真珠の質が下がり、利益も出ず赤字続きのなかで苦しみながら廃業していった真珠養殖業者が、致し方なく放置ないし投棄した養殖ごみである。
ハーチ株式会社の代表取締役であり、IDEAS FOR GOOD創刊者の加藤佑はツアー中、次のような話をした。
「左の黒いのがこの地域で過去に真珠養殖で用いられ廃棄された養殖ごみで、右側が真珠です。白い美しい球をつくるために、黒い球が地球に溜まっていく……。人間が綺麗な宝石やジュエリーといった美しさを身につけるほど、地球の美しさが奪われるのではなく、むしろ身につけることで地球に美しさを育む発想にいくことはできないかなと思いました」
そして、「Pearl(真珠)・People(人)・Planet(地球)」の3つの視点から地域のよりよい未来を考えていくための一つの方向性を共有した。
真珠養殖が行われていた場所で、新たにCOVA KAKUDAによって始まった観光・体験提供の取り組みや里海里山循環再生活動、そして記事後半で詳しくお伝えしていく廃棄物回収と養殖ごみのアップサイクルの取り組み。その全てを「新しいラグジュアリー」としてデザインしていくことで、この地域のほしい未来を連れてくることができるのではないか。
養殖現場で一部の作業を実際に体験して、裏側の苦労や課題まで含めて知ったうえで真珠を身につけること。贅沢な宿泊施設に逃避旅行をするだけでなく、地域の課題や魅力を深く知ったうえで一部循環再生活動に関わるような旅。この場所が産みだそうとしているのは、これからの時代の新しいラグジュアリーであり、新しい価値なのだ。
里山里海が注目される理由
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様々な可能性を秘めたCOVA KAKUDAの特徴のうちのひとつが、宿を「里海」の営みのなかに存在させようとしていること。
覚田さんの発言を前述した通り、里海には人間が関わることで巡る、豊かな循環がある。山や田畑を手入れすることで土や森が豊かになり良い栄養が海に流れ、栄養が海の恵を育みつつ豊かさを保ち、その恵を人間が頂きまた山に手をかけることで海が豊かになる。
こうした人間と自然の間に古くからある日本の里海や里山の暮らしは、昨今世界でサステナビリティに代わり注目され始めた「リジェネーション(再生)」という概念の実践例として注目を集めている。
リジェネレーションとは、人間を自然の一部と捉え、人間と自然との相互の介入を通じて自然やコミュニティがより再生されていくという概念だ。サステナビリティがマイナスをゼロに近づける「Less Bad」の考え方なのに対し、リジェネレーションはゼロをプラスにしていくという「More Good」を目指す。
サステナビリティの概念を突き詰めると究極人間はいないほうがいいという結論にいたってしまうが、リジェネレーションではむしろ、人間も自然の一部であり、否定される対象ではない。自然と関わり自然が再生されていくということは、自分自身という自然の再生にもつながっていくといった考え方をする。
「通常、里海里山というのは広く視野に全体像を入れることは難しいことが多いのですが、この場所は、里海里山の循環が半径100メートルくらいで体感できるスケールなのが素晴らしいなと思っています」
加藤のそんな言葉に導かれ参加者は目を里海の方に向け、それぞれ思いを巡らせた。
里海の循環を再び回していくために
山仕事
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英虞湾やCOVA KAKUDAという場所の全体像を頭に入れた一同は山に向かった。人が住まず、長年放置されていた山にCOVA KAKUDAの開業に合わせて手を入れ始め、森に光を入れるための間伐や降った雨水や土がいっきに海に流れないようにするしがらみ作りなどが山仕事として行われている。
間伐した木は薪割りをして乾燥させ、施設内の暖房などに活用。山にはかつてのように畑もつくられ、山に落ちている枝葉はコンポストに活用し肥料となり、畑の栄養分となっている。
当日は普段山や庭の手入れを行っている山の守り人竹内弘法さんと井土光央さんの案内のもと山のなかに入り、チェーンソーで木を切るところを見せてもらったり、参加者全員で薪割りを体験したりした。初めて薪割りを体験する人も多かったが、スパンと割れた時の心地よさはひとしおで、一同笑顔で和気藹々とした雰囲気のなか里海の循環活動の一部を体験することができた。
左:竹内さん 右:井土さん
そんな参加者の様子を見ながら「木はエネルギーになり、枝葉は畑の栄養分になるなど、森には放置されている資源が沢山あるんですよね。みんながその資源に気づけば、変わってくることもあるんじゃないかな」と、覚田さんは話していた。
海仕事-真珠養殖編-
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山仕事の体験後は、海仕事。ボートに乗り風を切りながら移動する。船がついたのは真珠養殖業者が作業を行ういかだ。その場所でCOVA KAKUDAのスタッフの一人岡部航大さんが、少しずつではあるが周辺の養殖業者に手ほどきを受けながら真珠養殖を始めている。
岡部さん
「海が好きで真珠養殖をやっています」そう話す岡部さんは、元々は自動車関係の仕事をしていたが、釣り好きが高じて日本の海をまわるうちに伊勢志摩の海に出会い一目惚れして移住してきたのだという。
当日は真珠養殖の仕事の8割を占めるという貝掃除を体験した。近年、気候変動の影響で海水温が上昇しており、その影響から海藻やフジツボといった残さ物が貝に付着しやすくなっていると岡部さんは言う。そうした残さ物をそのままにしておくと、本来真珠養殖に用いる貝にいくはずの海の栄養が、貝に付着したフジツボなどに取られてしまい、良質な真珠が育ちづらくなってしまう。
貝から残さ物を取り除く作業は想像以上に難しくまた力や集中力を要した。これを何万個という単位で毎週のように掃除しているのだと思うと、気が遠くなると同時に、一粒の美しく輝く真珠に対するありがたさが倍増した。参加者のなかには普段真珠のバイヤーとして働いている方もいたが、美しい真珠の裏側に生産者による大変な作業があることを初めて知り、こうした背景も伝えていかなくてはと感じたと話していた。
過去人々が周辺の山に畑をつくり暮らしていた時には、貝から取り除いた残さ物は畑の肥料になっていた。しかし里海の営みが途切れ、産業だけが継続してきた昨今は、残さ物の使い道もなく、海に捨てられることも多かったという。現在COVA KAKUDAが岡部さんを中心に新たに挑戦する真珠養殖においては、残さ物をコンポストとして活用し、ごみにせず循環していけるように試行錯誤しているが、海底にはこの数十年の間に多くの残さ物が溜まってしまっている。
海仕事-ケアシェル編-
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英虞湾はそうした残さ物の蓄積のほかにも、多分に漏れず気候変動による海洋酸性化の影響も受けている。この問題に向き合おうと活動されているのが、三重県鳥羽市で年間1万5,000トン程出る牡蠣殻を活用して天然の栄養剤「ケアシェル」の製造販売を行うケアシェル株式会社の山口慶子さんだ。
山口さん
海洋酸性化が起こると、海が元来持つCO2を吸収する能力が低下し、地球温暖化を加速させる可能性があるだけでなく、海洋生物の成長や繁殖にも悪影響が及ぶと言われている(※1)。
ケアシェルは牡蠣殻と海洋性水酸化マグネシムからできていてミネラルを豊富に含む。牡蠣殻はアルカリ性のため酸性に傾いている海や土壌を中和させることができるのだ。さらにケアシェルは、適切な方法で海に設置することで酸性化の改善や水質改善のみならず、ネットのなかで現在では日本での天然蓄養が難しくなったアサリの養殖を促すことができる。
ケアシェル/Image via ケアシェル株式会社
今回のツアーでは、前回2023年3月に行われたモニターツアーで参加者が設置したネットを一度浜から上げて、あさりがどれだけ育っているか確認をする作業を行った。
砂利のなかから小さなあさりの子を探す作業は、宝探しのようだった。「あった!これそうですか?やったー!」楽しげな声が参加者からもあがっていた。
「これだけ子がいるということは、まだ周囲の海に親がいるということなので、これからまだまだ増えてくる可能性がありますね。貝が採れるようになればCOVAのレストランで出したり、販売したり、新たな産業にもなりますよね」
ごみになるはずだった牡蠣殻を人の手でアップサイクルし、海洋酸性化の中和、水質改善、海辺の教育機会の創出、新たな産業の創出など多くのいい影響を及ぼしていく。
今価値がないとされているもののなかにも、牡蠣殻のように新たな価値を複数生んでいく可能性を秘めたものがまだまだあるのではないかという希望を感じる体験であった。
人間が自然に関わることで自然がより良くなっていく未来の可能性
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ここまでがツアー初日の出来事。真珠養殖、里海、新しいラグジュアリー、リジェネレーション、海洋酸性化など様々なキーワードがでてきたが、全体を通して伊勢志摩・英虞湾の「里海」そして「COVA KAKUDA」というリゾートを起点に起こっている様々な取り組みを通じて、人間が自然に積極的に関わることで自然がより良くなっていく未来の可能性を感じられたのではないかと思う。
ここから最後にかけては、英虞湾を取り巻く特徴的な問題である養殖プラスチックごみの環境流出について見ていくなかで、人と自然の共生とよりよい巡りについて更に思考を深めていく。
養殖ごみの循環を観光の力で回す
レジリエンスを超えた生産の影響から真珠の質が下がり、利益も出ず赤字続きのなかで苦しみながら廃業していった過去の真珠養殖業者が致し方なく放置、投棄した養殖ごみ。
ツアー滞在中も、潮の流れに乗って運ばれてきた発泡スチロールのバールが浜辺に浮かんでいるのを目にした。毎日のように流れ着いたり放置された養殖ごみを、COVA KAKUDAでは随時回収し、施設内の敷地に種類別に分けて保管している。
山積みになった養殖ごみ
発泡スチロールのバールは大きすぎてそのままではごみとして回収すらしてもらえず、廃棄する場合適切なサイズまで破砕する必要がある。漁網に関しては複数の素材が入り混じっているため、素材別に分解・分別しなくては回収してもらえない。さらにもちろん回収してもらうにはそれ相応の費用がかかる。
現世代が出したわけではない、非常に捨てづらい養殖ごみが大量にある。それが英虞湾周辺の志摩地域の現状なのだ。COVA KAKUDAの本多俊輔さんがこの地域の真珠養殖に用いる漁具や、その捨て方、養殖ごみの現状などを話した後にこう語った。
「あまりの捨てづらさに使用済みの漁網を各個人でちぎってそのまま燃やしていたこともあったようです。このCOVAの場所を始めようとした時も、過去に覚田真珠が使用していた養殖ごみや流れ着いたものなどが大量にありました。まずごみを掃除しないと何もできない。このごみ処理がなければ次世代の人たちも、もう少しスムーズにこの土地で新しいことが始めやすくなるだろうにとその時感じました」
「こんな場所ではもう何もできない」そう次の世代に思われないように、この場所で生活を営むことに魅力を感じられるように、率先して状況を好転させようと取り組みを進めているのが覚田さん率いるCOVA KAKUDAなのだ。
彼らは養殖ごみを回収した場所でリゾートホテルという新たな産業を始めることにとどまらず、回収したごみをアップサイクル、循環する道を探りはじめている。
ごみの回収や分別は、地域・環境再生活動のひとつとして、観光という枠組みのなかで訪れた人に体験してもらうべく体験設計を進め、回収したごみは日本の大手化学メーカーである帝人株式会社や、漁網をはじめとした水産養殖資材メーカーである佐々木商工株式会社などと連携しながら、漁網の水平アップサイクルの計画が進行中だ。
今回はその漁網のアップサイクルを進めるうえで必要になる、分解・分別作業を参加者総勢10名で体験した。漁網に有機物が付着していると回収してもらえないため、ハンマーで叩いて有機物を取り除いたり、素材別に分別をするためにペンチを使って複雑に入り組んだ漁網を分解したり。作業は案外に難解で骨が折れる。
分解の仕方を教えてくれたCOVA KAKUDAの総支配人である天羽さんはこのように言っていた。
COVA KAKUDA天羽さん
「我々COVAのスタッフが空いている時間にこの分解・分別作業を行なっているのですが、一人でやるとその途方もなさに気が滅入ってしまうこともあるので、複数人で行うようにしています。この作業の大変さもそうですし、各養殖事業者が何度も修理しながら大切に繰り返し使ってきた痕跡をぜひ感じ取ってもらえたらなと思います」
分別・分解作業は1時間30分の時間をとっていた。最初は無音で。途中からは音楽をかけながら、リズムに乗ってハンマーを叩いたり、ペンチで漁網を切ったり、参加者と話をしつつ作業を進めた。
途中からQueenのWe will rock youなどロックミュージックに合わせて、ハンマーを振り下ろし有機物を落としていった。「ストレス解消にもなるね」という話も参加者のなかででていた。
できるだけ貢献できるようにとしっかり手を動かしたつもりだったが、分解できたのは全体のうちのほんの一部。振り返るとそこには何日かかるんだろう、と気が遠くなるような量の漁網が積まれていた。
その途方もなさとともに、多くの参加者がアップサイクルのみならず、製造段階から分解しやすく、第二の人生、第三の人生へと循環しやすい設計が、今後はどんな物の製造においても必要だということを体感として感じるきっかけになったのではないかと思う。
照りつける太陽の元での作業を終えたあと、振り返りの時間において参加者の一人がこのような話をしてくれた。
「私はいつも海でごみ拾いをしているんですが、あの海にぷかぷか浮かんでいる発泡スチロールがすごく憎い。拾おうとおもったらぼろぼろこぼれてしまうし、とにかく憎かった。ただ今見たら、彼は彼なりにとても一生懸命働いている。体を張って頑張って働き続け、そろそろ寿命かなという時に海岸にたどりついたと思ったら、憎しみをもって迎え入れられる。『それってちょっとひどくないか?』と思ったんですよね。
今日解体した漁網も、すごく頑張ってぼろぼろになりながら海のなかでずっと働いて、最終的に『これなんか切りにくくない?』と言われて終わってしまうのって、なんだかひどい。ものに罪は全くないのに、やっかいものにしてしまう。人がもう少し、ましなことができないかなと思いました。試されてるなと思いました」
編集後記
一年365日あるなかのたった2日間のツアーを思い返すとき、今筆者の頭や体に浮かぶのは、COVA KAKUDAのスタッフ・ツアー参加者の笑顔や悩み顔、美味しいご飯、薪がスパンと真っ二つに割れたときとQueenのWe will rock youに合わせてハンマーで漁網を叩き続けたときに感じた痛快さ、砂利の中からあさりを見つけたときの嬉しさや英虞湾の風の心地よさ。そして、すっきりとしない「人と自然の共生を進めていくには?」「よりよい巡りを起こしていくには?」というこれといった答えのない大きな問いへのもやもや感である。
「楽しい」という感覚は重要だ。プラスの感覚が体に残ることは、対象である自然や地域や人に好意を抱き続けることにつながる。楽しさが薄く、課題や問題だけが残ると、その対象との再接続は難しくなるのではないかと思う。
ツアーの参加者の一人が「サステナビリティは癒しだ」と言っていた。貝のごみ取りも、薪割りも、肉体作業であり、自分の生命力の強さを確認できる機会になる。薪割りも最初は上手くできなかったけれど20分もやれば割れて、達成感という単純な喜びを感じることができた。その喜びは自分のなかのクリエイティビティを回復させることにもつながる。
一人一人にとって楽しさや癒しを与える存在としてのサステナビリティやサーキュラリティがもっと語られ、体験・体感する人が増えるといい。
ただ一方で、楽しさや自己利益だけを求めた結果、社会問題や環境問題を起こしてきたのが人間という事実もある。だからこそこれからは、楽しさともやもやが両方沸き起こるような旅や体験が必要なのかもしれない。
覚田真珠が運営する伊勢志摩・英虞湾のCOVA KAKUDAでも、旅を滞在期間だけで終わらせない新たな観光が、今まさにつくられようとしている。
「いってらっしゃい!」
別れ際、さようならの代わりに総支配人がかけてくれた言葉が、全てを物語っている気がした。
※1 Climate Gov “Ocean acidity dissolving tiny snails’ protective shell”
※本記事は、ハーチ株式会社が運営する「IDEASFORGOOD」からの転載記事となります。
【参照サイト】COVA KAKUDA
【参照サイト】覚田真珠
【参照サイト】日本真珠輸出組合
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飯塚彩子
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