タイの伝統カキ養殖をデザインとエコツーリズムで蘇らせるAngsila Oyster Scaffolding Pavilion

Angsila Oyster Scaffolding Pavilion_photo by W Workspace

タイ・バンコクから60kmほど離れたチョンブリー市の沿岸地域に位置する、歴史的な漁村アンシラ。約1世紀前の街並みが残るこの小さな町の沖合に浮かぶ、あるものが今世界から注目を集めている。

赤い屋根と巨大で繊細な竹の足場が特徴の、Angsila Oyster Scaffolding Pavilion(アンシラ・オイスター・スカフォールディング・パビリオン)だ。

タイ・バンコクの建築事務所「CHAT Architects」と、チュラロンコーン大学の国際デザイン・建築プログラム(INDA)の「アンシラ・オイスター・スカフォールディング・スタジオ」が手がけたこのオイスター・パビリオンは、伝統的なカキやムール貝の養殖場と、新しい海上エコツーリズムのプラットフォームが一体となった設計だ。

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その美しいデザインと斬新なアイデア、持続可能なコンセプトが評価され、2023年に数々の賞を受賞した。

・ 2023年 INDE.Awards(インド太平洋地域のデザイン賞)インフルエンサー部門
・ オーストラリアン・グッドデザイン・アワードの建築場所デザイン部門
・ International Building Beauty Prize(国際建築美賞) など

かつて小規模漁業が盛んだったアンシラは過去数十年間、周辺の海洋汚染の影響に悩まされてきた。

近くの町や工場からの排水が原因で水質が低下し、水生生物が減少してしまったことなどにより、水産業の収益が低下。若い世代はより収入の高い仕事を求めて故郷を離れ、担い手が少なくなったアンシラの伝統的な水産養殖はさらに低迷してしまったという。

そこでカキの養殖場を利用した新たなエコツーリズム・プロジェクトを通して、アンシラの伝統漁業や地域経済を活性化することを目指して設計されたのが、このオイスター・パビリオンだ。

パビリオンは二層構造で、海中部分はカキやムール貝の養殖場、水上の足場は観光客が下の海で採れた新鮮なカキをその場で味わうことができる空間となっている。

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電動工具を必要としない地元の伝統的な建築技術によって漁師たちが自らの手で建てた竹の足場は、地元から調達した持続可能で安価な材料を使い建築されている。

頑丈さとしなやかさを兼ね備えた竹の足場を結束するのは、地元の自動車工場から割引価格で譲り受けた、変色などで使用できない車のシートベルトだ。

また、エメラルドグリーンの海に映える赤い屋根カバーは農業用の防水シートが使用されており、仕切りの役割も果たしながら観光客を海上の強い日差しから守る日除けとなり、心地よい海風が通り抜け、パビリオンを適度に冷やしてくれる仕組みとなっている。

地元の漁師は少人数の観光グループをパビリオンに連れて行き、海の上で自ら育てたカキやムール貝を海から直接引き上げて振る舞う。

観光客は海上の風景を楽しみながら、カキを「そこで育て、そこで食す」、海からテーブルへ(Sea To Table)の食事体験を通じて、新鮮な魚介類を味わい、伝統的なカキ養殖やアンシラの地元漁業の歴史について学ぶことができる。

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また、地元漁師とともに海に出て、アンシラ湾の緻密な沿岸生態学について知り、生きた情報に触れ海を守る大切さを肌で感じる。

この伝統漁業を用いた斬新なエコツーリズム体験により、アンシラの漁師たちに新しい収入源が生み出されるだけでなく、仲介業者を通さずに漁師が育てたカキを直接、観光客に提供するため水産業の利益が100%地元漁師にもたらされる。

そしてこのオイスター・パビリオンは観光客用の水上レストランとして使われない間も、地元の人々にとっての憩いの場になっている。

週末には、地元漁師とその家族たちが釣竿を持って集まり、下で育てるカキによって自然にろ過された清潔な水に引き寄せられてくる様々な魚を釣り、他愛もない時間を過ごす。

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オイスター・パビリオンによって地元住民さえ遠ざかりつつあった海の上に、新たな活気と暖かな空気、ポジティブな循環がもたらされようとしている。

地域の特性と伝統漁業の良さ、持続可能性を上手く活かしながら、アイデアとデザインの力で地域の可能性を広げ、地元コミュニティを再び繋ぎ、生まれ変わらせる。

そこに見えるエコツーリズムとデザインの未来に、人々は魅了されるのだろう。

【参照サイト】Angsila Oyster Scaffolding Pavilion / CHAT Architects
【参照サイト】This bamboo-built ‘sea-to-table’ pavilion cultivates and serves its own oysters
【参照サイト】Angsila Oyster Scaffolding Pavilion|INDE.Awards
【参照サイト】International Program in Design and Architecture (INDA) at Chulalongkorn University
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Arisa Kawano

旅は国内も海外も街歩き派。レトロモダンな雰囲気の場所・モノコトに心惹かれがちです。フランスとカナダ滞在を経て、多様なライフスタイルに触れライターに。つい足が向くのは海沿い、テラスのある店、昔ながらの路地、蚤の市など。"バル飯"や"アペロ"が口福ワードです。