旅をする時、どのような楽しみ方をしているか。ボランティアや地域プログラムなどに参加する時、どのような関わり方をしているか。自分の住む地域でどのような暮らし方をしているか。日常の中でそこまで深く考えることのないこの問いに、今回迫ってみた。
静岡、東京、島根と異なる地域に暮らし、現在、家業を継ぐために戻った静岡県裾野市で、「人」を起点に地域で活動する大庭周さんに、自身の経験とそこで暮らした感覚から地域での楽しみ方、関わり方、暮らし方についてお話を伺った。
1996年生まれの27歳。鹿児島生まれ静岡育ち。建築材料・住宅設備機器業界最大手の会社で法人営業を2年したのち、島根県益田市の(一社)豊かな暮らしラボラトリーへ転職。2022年春に静岡へUターン。 現在は、家業である製造・建設業の会社で営業・広報として働きながら、これからの生き方について考えるトークイベント「生き博」を2019年に静岡でスタート。2022年12月からは、Podcast「人生百貨店」を配信中。
目次
- 大庭さんのこれまでの歩み
- 自分が主体的な暮らしをすることからはじめてみる
- 自分の感性を磨きながら地域の魅力を見つけていく
- 自分にしかない感覚を大事にして日常と向き合ってみる
- 日常を豊かにするアクションをしていく
- 「人」を起点に地域を捉える思考術。静岡県裾野市にUターンした大庭周さんの楽しみ方、関わり方、暮らし方 - 2023年7月20日
- 「地域の入り口」は人それぞれ。鹿嶋市コミュニティスペース「みちくさ」 松崎侑奈さんが地域のつくり手になるまで - 2023年6月29日
- 働く一人ひとりの行動に変化を。ワーケーションプランナー山口春菜さんに企画と実践の両面から「ワーケーションの現在地」を聞く - 2022年11月16日
- 地域複業を通じて「縁がなかった地域でも、深く関わることで愛着が生まれた」 松浦和美さんインタビュー - 2022年10月28日
- 自分の「当たり前」が誰かの為に。地域複業実践者、柳井隆宏さんインタビュー - 2022年10月24日
大庭さんのこれまでの歩み
──はじめに、大庭さんのこれまでのキャリアについて教えてください。
母の出身地である鹿児島に生まれ、高校までは父の地元の静岡県裾野市で育ちました。その後、大学進学を機に上京して、2018年に新卒で入社した住宅設備建材メーカーで約2年間、営業の仕事をしました。社会人として働き始めてから少しずつ自分の働き方について考えることが増えてきて、その中で、目標の数字を達成する営業が自分のやりたいことだったのかと、疑問を持つようになりました。その当時、教育や生き方など人に関わる分野に関心があったのですが、たまたま大学時代に出会った方から「法人を立ち上げるんだけど一緒に働かないか」と声をかけていただきました。
その時の心境としては、実家の家業と当時勤めていた会社の業界が重なっていたこともあり、将来的にその領域は関わるかもしれない。それなら20代で今しかできないことをやろうと思って、声をかけてくれた先輩と働く選択をし、法人の活動拠点である島根県益田市に移住しました。
そして、「一般社団法人豊かな暮らしラボラトリー」(ユタラボ)に転職をして、地域に住む人たちや働く人たちに取材をし、地域の魅力について発信する仕事や高校生向けに将来のキャリアを考える仕事などに携わらせていただきました。その後、2年間の島根での生活に区切りをつけ、昨年、裾野に戻って家業の仕事をスタートしました。
──なぜ、地元・裾野に戻る決断をしたのですか。
漠然といずれ家業に入るのかもしれない、というのは小さい時から感じていました。ただ、それがいつになるかはわからない中、昨年決断をしたのですが、一番の理由は「地元はこのままで大丈夫なのか?」という問いでした。というのも、裾野と聞くと、最近は大手自動車メーカーが行なっている「ウーブンシティ」のイメージがあるかと思います。未来都市的な発想でまちづくりが展開されているのですが、そのような状況に対して私は「一企業にまちの未来を託していていいのか」「もっと地域にいる人たちが主体的にまちづくりに参加するべきではないか」と思ったんです。
なぜそのように思ったかは、益田市での活動が大きく影響しています。というのも、益田市は「過疎発祥の地」と言われていて、全国でもいち早く人口減少を迎えたまちなんです。実際に私が益田に行った時の最初の印象は「ないものが多い」でした。ただ、ないから諦めるという雰囲気は私が関わった人たちには一切なく、むしろ「ないなら自分たちでつくる」という自治の精神があったんです。自分たちでオフィスをリノベーションしたり、空き倉庫の利活用をみんなで考えて、木材を切ったり、壁を塗ったり……。そのような人たちと一緒にいたので、暮らしや仕事、娯楽をつくっている感覚とシンプルに生きているという実感があったんです。その状態から改めて裾野を見た時に、地域づくりに対して主体的な行動が足りないと感じ、家業で仕事をしながら地域に何か貢献できないかと、地元に戻る決断をしました。
自分が主体的な暮らしをすることからはじめてみる
──地元に戻ってきての心境やいま意識していることはありますか。
自分ってどれだけ受動的に生きてきたんだろうと思いました。裾野は人口約5万人の地方都市で、普通に生活している分にはほとんど困ることはなく、車があれば大体の用事は済ませられるし、日用品のほとんどが買えるお店や施設があって、趣味を楽しめる場所もあってと、お金があれば満足できます。これが地方都市では当たり前なのかもしれないですが、それに慣れてしまうとそれだけになってしまい、益田で経験したような自分たちでつくる感覚はどこかにいってしまうんです。それが良いか悪いかということではないですが、自分が感じた問いからするとその感覚は決して良いとは言えないと思っていました。
ただ、益田でやってきたことをそのまま裾野でやろうとする必要はないと感じています。そもそも益田と裾野の2地域は、一方は過疎発祥の地、もう一方は未来都市の地で、全く環境も状況も異なります。そのため、私が裾野に戻ってきて意識していることは、自分がまず「主体的な暮らし」をしようということで、日常にある選択一つひとつを大事にすることだと思っています。この考え方がすべて正しいわけではないけど、裾野で育った背景と益田で得た経験から、自分だからできることは「主体的に暮らす」ということ。裾野でどういうことができるかを日々模索しながら暮らしています。
──「日常にある選択」とは具体的にどのようなイメージでしょうか。
都市部を中心とした資本主義は基本、お金が最もわかりやすい価値交換の手段であると思うのですが、私は人との関係性を中心とした「社会関係資本」みたいなことを日常において選択する際に大事にしています。例えば、ご飯を食べる時は全国各地に展開しているチェーン店より、個人で営んでいるお店に行くようにしています。それは単に、そのお店にお金を落とすという経済的な部分でなく、その人の人柄や思い、お店を営んでいる背景を知ることができたり、顔見知りになると「最近、調子はどう?」って声をかけてもらったり、そこから始まる何気ない会話の中に新しい発見や学びがあったり、他のお客さんとの新たな出会いも生まれたりします。
その行動は、「店」軸でご飯を食べに行っているのではなく、人に会いたいから、人と話したいからという「人」軸でお店に行くという選択になっています。そして、その人との距離感が縮まっていくと、そこが居心地の良い場所になって、ゆっくりとした時間が過ごせる場所になっていきます。その連続によって日常がいつもより豊かに感じられて、より主体的な暮らしを体感できるようになっていきます。その地域に暮らすことや関わることを自分の意思で選択する時に、私の場合は選択の理由に「人とのつながり」や「距離感」があるんだと思います。この感覚はちょっとした発想の転換や見方を変えるだけで、誰にでも感じることのできるものだと思います。
自分の感性を磨きながら地域の魅力を見つけていく
──続いて、大庭さんの日常から地域で関わっている活動について教えてください。
一つは、静岡で様々なライフスタイルや経験をしている方をゲストにこれからの生き方について考えるトークライブ&交流イベント「生き博」を自身で立ち上げて、運営をしています。益田に移住する前の会社員時代に、生き博の前身である「生き方見本市」というイベントに参加したことが立ち上げのきっかけになるのですが、そこで自分の価値観を大事にしながら生きていくことや生き方の選択肢を持つことの大切さを知りました。そのような考え方を漠然と人生に悩んでいる当時の自分のような人たちに伝えていきたいと、広く静岡という範囲で活動をしています。
あと、裾野の隣市の三島の飲食店で場を持たせてもらってコミュニティ活動に関わっていたり、畑を借りて地域に住んでいる方や東京にいる友人たちと一緒に農業をやっています。自分たちで野菜を育て、収穫したものを食べるという行為も、主体的に暮らすことにつながっています。自分個人でスタートした主体的な暮らしを少しずつですが、周りの人たちにもシェアしていくようにしています。
──静岡でのいろんな楽しみ方や関わり方を伝えていくんですね。
「旅」っていろんなプランがあると思うのですが、それと同じで地域での楽しみ方も、関わり方も、暮らし方もいろんな方法があって良いと思っています。年代や性別、好み、趣味などによって楽しみ方は違いますし、静岡に移住を考えている人だったら旅ではない視点や見方を求めています。なので、いろんな人の楽しみ方や関わり方、暮らし方がガイドブックみたいな感じで見ることできたら、なんてことを想像していて、「こんな楽しみ方ができるんだ」「こんな面白そうな人が地域にいるんだ」って気づきがあったり、実際にそこに行ってみたら普段は気にならないところが気になって、調べていくうちに知識が増えたり、まち歩きをしながらふと目に入ったお店で、新たな人との出会いがあるかもしれないです。
先ほどの飲食店の話と同じで、「人」軸で一人ひとりの地域での楽しみ方、関わり方、暮らし方を見つけて発信することによって、それは地域の魅力として伝えられます。それはそんなに大きなことではなくて、日常の何気ないシーンでいいんです。精肉店で牛肉を買ったら、紙の包みで丁寧に巻いてくれて、その間に肉のこだわりを話してくれて、そんな会話を思い出しながら料理をするみたいな。「そんなの当たり前だよね」と思うことも実は、その地域、そのお店、その人にしかない魅力だったりします。自分がまず主体的な暮らしをする中で、そういったことに気づける感性を磨きながら視点や見方を増やして、いろんな人たちの楽しみ方、関わり方、暮らし方を発信していけたらと思っています。
自分にしかない感覚を大事にして日常と向き合ってみる
──日常の当たり前を、違う見方にしていくヒントやコツみたいなものはありますか。
自分が普段暮らす地域以外の場所に行くことがヒントになるのかもしれないです。私の場合だと裾野で育って、東京に出て、益田に移ってという感じで、異なる環境で暮らす経験をしました。益田に行った時に、地域の方が「ここには海しかない」と言ったのですが、いざ見てみるとそこにはエメラルドブルーの海が広がっているんです。その海を眺めながら朝に散歩をしたり、コーヒーを飲んだりと贅沢な時間を味わうことができるんです。そんな最高な楽しみ方を知った上で、オーシャンビューのもと、コーヒーを飲みながら地域の人たちとゆるく語り合う「ビュー会」を開催したんです。その経験から、違う地域に行くことプラス、自分なりに楽しいと感じたことを実際に自分でやってみることも違う見方をするコツなのかもしれません。
ただ、「違う見方をするぞ!」と強く意識をしているわけではないんです。むしろ無意識で、自分の素直な感覚や感情と向き合う感じなんだと思います。その時はもう一人の自分がいる感覚で、客観的に上から物事を捉えている自分がいるんです。「ここで過ごしている時間って楽しいな」「この場所はなんか居心地がいいな」と感じつつ、「あそこでこんな展開ができないかな」「今度自分でこれやってみよう」とか、一歩引いた自分はまさに明確に思考をしています。なぜ、そういう自分がいるかを説明するのは難しいのですが、昔から周りの人はどう思っているんだろうと気にする性格だったので、その影響かもしれません。一見すると、周りを気にするって少しネガティブに感じる部分があると思うのですが、今の私にとっては主観的な自分と客観的な自分のチャンネルを切り替える感覚で、むしろポジティブに働いていると思っています。
── そんな裾野や静岡での今後について、いま考えていることは何ですか。
先ほど、地域での楽しみ方、関わり方、暮らし方について発信をしていきたいと言いましたが、その発信を通じていろんな人に大きな影響を与えたいという思いではなくて、何かを感じ取ってくれたらいいなと思って発信をしています。私自身もですが、人によって何が良いと感じるかは異なるのに、「これが正解です!」みたいな伝え方は窮屈に感じてしまうと思っています。それよりは感じ取ってもらうくらいで、そこには好きな感じ方もあれば、嫌いな感じ方もあって、その両方を感じれるのが良いのかもしれません。自分にとって居心地が良い、好きと感じれるものが日常の中に増えていく、普段とは違う地域に訪れてみて増やしていく。まるで宝探しをしているような感覚で、少しずつ自分なりの楽しみ方、関わり方、暮らし方が見えてくるんだと思います。
ただ、地域に行くことを決して目的にはしてほしくないです。地域に行くことはあくまで人生における一つの手段でしかなく、それより大切なことは「自分がどのように暮らしていきたいか」「どのように人や社会と関わっていきたいのか」「どのように人生を楽しみたいのか」だと思っています。そのヒントを探すきっかけや実際に体験・体感する場所として地域を訪れてみたり、旅をしてみることがいいのかなと思っています。そんな意識で地域に入ってみると、見えてくる景色が新鮮に感じたり、ドラマにもできない筋書きのような出来事やハプニングがあったりするかもしれません。その道中を思い切り楽しんでみると、新しくチャレンジしたいことが生まれたり、今度は自分がアクションしてみようといった主体的な暮らし方になっていくんだと思います。
日常を豊かにするアクションをしていく
── さいごに、静岡や裾野の魅力、そこでの楽しみ方や関わり方について教えてください。
静岡は富士山が四季折々の変化も見ることができて、一面緑に囲まれた茶畑があって、南には綺麗な海もあって、自然を感じながらも都心へのアクセスも良いというのは静岡の魅力であることは間違いないのですが、その地域にいる人がなによりの魅力だと思っています。どんな楽しみ方でも、関わり方でも、暮らし方でも、そこに「人」は存在していてほしい。私が今暮らしている裾野も、関わりがある周辺地域も、活動範囲である静岡も、まだまだ私が知らない人の魅力がたくさんあります。その魅力を見つけて発信したり、そこで何ができるかを一緒に考えたり、実際にそれをつくってみたりと、人とのつながりや距離感を共有し合うことが裾野で暮らしながらできたらいいなと思っています。
静岡や裾野に訪れた際は、いろんな手段で巡ってみてください。特に、歩いての町巡りがおすすめで、いろんなお店や通りがあったり、その土地ならでは歴史を感じるスポットがあったりします。そこでなんとなくでも、ときめいたものやビビッとくるものがあれば、その感覚を自分の日常の暮らしに取り入れてみたり、その感覚のまま自分が暮らしている地域をもう一度捉えてみてほしいと思います。きっと地域での楽しみ方、関わり方、暮らし方がアップデートされるはずで、その連続が日常を豊かに、周りを豊かに、地域を豊かにするアクションにつながっていくと思っています。
編集後記
大庭さんのお話を聞いていて、「問いを立てること」の重要性を強く感じた。それはポジティブな問いも、ネガティブな問いも両方あって、自分の感覚や感情に素直になることが地域での楽しみ方、関わり方、暮らし方を捉えるためには大事な姿勢なのかもしれない。
今回の取材は言葉にはしづらい感覚的な部分がたくさんあったと思う。そんな中で常に軸にあるキーワードは「人」だった。大庭さんが行動する原理には「人」が必ず存在していて、その出会いやコミュニケーションから新たな行動や発見が生まれている。その幅の広さと奥行きの深さが、これまで出会った地域の人たちとの中で広がり、深くなっているような印象だった。
また、地域が持続的に成長することや地域の魅力を発掘・発信するためには、人との関係性を基本とする 「社会関係資本」という考え方をインストールする機会になった。お金ではない、人とのつながりや信頼関係といった価値を軸に地域をよりよくする思考術が大庭さんの行動からヒントを得たような気がする。
世の中のイメージや憧れを持って地域に入るのも一つだが、大庭さんのように等身大の自分で地域に入ってみてほしい。そうすると「宝探し」をしているかのような楽しさがあって、自分の生き方や働き方をアップデートする発見があって、自分から行動する主体的な暮らしがそこにはあるんではないかと思う。
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