「地域の入り口」は人それぞれ。鹿嶋市コミュニティスペース「みちくさ」 松崎侑奈さんが地域のつくり手になるまで

地域に関わる入り口はその人によって違う。旅行、出張、ボランティア、副業、ワーケーション、移住・・・などたくさんの入り口があり、その地域の中での出来事、体験・体感、人との出会い、発見・学びは無限にある。一度、その地域に魅了されると、まるで沼にハマったかのように引き込まれていく。そこには、これまで経験したことがないこともあれば、これまで経験したことが活かされることもあり、その過程で地域との関係性は広く、深くなり、気がつくとそこが自分の居場所になっている。

今回、会社員から地域おこし協力隊へ領域を移し、約3年間に渡って地域の活性化に貢献。その後、新たに自身で起業をしてコワーキング・コミュニティスペースの運営などを行い、地域との関わりを広げている松崎侑奈さんに、地域との出会いや地域のつくり手としての思いなどについてお話を伺った。

話者プロフィール:松崎侑奈さん

1995年生まれ、福島県大玉村出身。前職は成田空港でグランドハンドリング(空港の駐機スポットでの支援業務)の仕事に携わりながら、各種ボランティアに参加。2018年8月より茨城県鹿嶋市の地域おこし協力隊として活動。現在は任期終了を機に個人事業主としてグラフィックデザインのお仕事をしながら、合同会社えにしかの代表として起業。市内にてコワーキング・コミュニティスペースみちくさを運営中。趣味は夫と一緒に行く海釣りと料理。

目次
松崎さんのこれまでのキャリア

──はじめに、松崎さんのこれまでのキャリアについて教えてください。

私は福島県大玉村という県の中央にある小さな村出身で、日本百名山の安達太良山というシンボルがある、豊かな田園風景が広がる地域です。のどかな地域で育った私は、福島県出身ということもあり、よく周りの人から3.11の話を聞かれることがあります。大玉村は幸い大きな被害はなかったのですが、福島県全体としては原発の影響や風評被害があり、一部地域では物資やエネルギーが不足して、避難所生活をする人がいる状況でした。

そんな状況を目の当たりにして、3.11は自分の意識や行動に大きな影響を与える出来事となりました。特にいろんな人から恩をもらって生きているという感覚を強く持つようになって、もらった恩は返していかなきゃいけないと思うようになりました。その頃から地方創生への興味も出てきました。その後は専門学校を経て成田空港で仕事することになります。実は小さい時から飛行機が大好きで、将来は空港で働くんだという夢があったんです。

─空港での勤務で印象に残っていることはありましたか。

勤務をしている中で、興味を持った地方創生にも関わってみたいと話していたら、会社がやっているプロジェクトにボランティアで参加することができました。2016年の熊本地震があった時は自ら手を挙げて、支援に携わる機会をいただきました。

それまで経験したボランティアはその地域に行ってとりあえず言われた作業だけをして終了だったのですが、熊本では地域の人たちと関わる時間がたくさんあって、大変な状況にも関わらず「わざわざ来てくれてありがとうね」という言葉を優しくかけてくれたんです。この経験は今の私を形成するきっかけになりました。

私が3.11を経験しているという部分も大きかったと思いますが、熊本での経験によって地域との距離感や地域に関わることの本質が見えてきたんです。どのボランティアもとても大事な活動ではあるのですが、これまでと違う経験をした私は、もっと地域の中に入って最前線で活動したいと思うようになりました。これまでたくさんの恩をもらってきたから、今度は私がやらなきゃって…。そこから私のキャリアは、空港から地域へシフトしていくことになりました。

南三陸の森復興プロジェクトに参加して、ボランティアをする松崎さん

ある言葉との出会いがきっかけで地域に関わることに

─どのように地域と関わることになったのですか。

まずは地域での活動について色々調べている中で、「地域おこし協力隊」という国の制度があることを知りました。それまで協力隊については知らなくて、実際に地域で活動する方の生の声を聞いてみたいと思い、「地域おこし協力隊全国サミット」というイベントに参加しました。そこで女性の協力隊の方からの「地域にあるのは課題じゃなく魅力なんです」という言葉を聞いて、腑に落ちすぎて涙したのを覚えています。その言葉に心を動かされて、自分も協力隊をやると決めました。

その時に見つけた茨城県鹿嶋市の応募が目に留まり、自治体に問い合わせをしてみたら、職員の方が「ぜひ一度現地を見に来てください」と丁寧に対応してくれて、まちを案内していただきました。とても住みやすそうだなという印象を持ったことと、あとパートナー(現在の夫)がたまたま鹿嶋で仕事をしていたこともあって、これはご縁だなと鹿嶋市に応募しました。

─ 鹿嶋市での協力隊ではどのような活動をしてきましたか。

鹿嶋市の協力隊1期生として2018年8月に着任し、商工観光課の仕事をすることになりました。1年目は、主に地元のお祭りやイベントに顔を出して、まちの人たちとの関係を深めながら、市の観光に関する情報発信の業務をしていました。その後、2年目の冬に新型コロナが拡大し始めたのですが、外出自粛期間もあって、まちの飲食店が大きな打撃を受けました。そこでテイクアウト&デリバリーで地元の飲食店を応援しようと「鹿嶋エール飯」というプロジェクトを立ち上げ、官民で協力をして危機を一緒に乗り越えてきました。

また、自身のスキルアップをしたいと思い、茨城県の制度を活用して「さとのば大学」の地域プログラムに参加して、現在の仕事の柱にもなっているデザインのスキルを磨きました。3年目は、学んだデザインのスキルを活かして、いろいろな制作物をつくる仕事が増えて、それがまちの人たちにも知ってもらって、今度はその人たちからデザインの仕事をいただけるみたいな感じになっていきました。「まちのためとか考えなくていいから、3年後に幸せに生活できるようになってほしい」という市の職員の方の理解とサポートもあって、2021年3月末の任期まで本当に良い環境で仕事をすることができました。

近隣の協力隊メンバーとの合同報告会の様子(冊子を制作)

地域のつくり手として地域に恩を返していく

─地域おこし協力隊としての活動を終えた後はどのようになったのですか。

協力隊を卒業した後も引き続き鹿嶋で活動することを決めて、「えにしか」という会社を立ち上げ、空き店舗を活用したコワーキング・コミュニティスペース「みちくさ」を2022年3月オープンしました。現在はみちくさの運営を中心に、グラフィックデザインや記事・動画の制作、観光サポート、移住コーディネーター、県の協力隊サポーターなどを行なっています。

みちくさは「やりたいができる場所」「仲間ができる場所」「想いを繋げ、実践する場所」として、いろんな人と人が行き来し、出会うことができる場所を目指しています。オープンしようと思ったきっかけは、気軽にまちの人たちが集まれる場所がカフェくらいしかないという気づきからでした。また、コロナ禍でリモートワークする人が増えて、東京からアクセスの良い鹿嶋に来ている方もちょくちょく見ていたので、そういった人たちが仕事できる場もあったらいいよねというところもありました。

─松崎さんはどのようなことを大事にして、地域と関わっているのですか。

現在、地域に少しでも貢献できればと色々と活動をしていますが、その行動原理として「やりたいことはやろう」「恩返しと恩送りを意識する」「周りの人がやりたいことに協力する」の3つがあると思っています。

1つ目の「やりたいことはやろう」は、これまでのお話してきたことがまさにそのような感じで、自分のやりたいに対して真っ直ぐにチャレンジしてきました。2つ目の「恩返しと恩送りを意識する」は、3.11の経験で感じたところではあるのですが、協力隊の活動を経てより見えてきたところがあり、本当にいろんな方々に支えられて今があるんだなと感じています。今運営しているみちくさでも、一人でも多くまちの人たちに恩返しができればと思いますし、これから新しく出会う方には自分から恩を送れる存在でありたいと思っています。

最近、「ワンコイン講座」という1回1時間500円でスキルを学べる講座を企画してはじめてみました。というのも、地方は都会と比べて人口が圧倒的に少ないので、幅広い業務を一人でやっていかなきゃいけないという事業者さんがたくさんいます。そんな時に、基礎だけでもやり方がわかれば自分で工夫できるところがあるし、基礎がわかっていれば逆に自分ができないところもわかるので、誰かに頼ることもしやすくなるんじゃないかなと。自分でできることとできないことの境界線が認識できるだけでもこの講座を通じて貢献できたらと思いました。今年4月から私のスキルの一つであるデザインの講座からまずスタートして、これまでに20名を超えるまちの人たちに受講していただきました。

落ち着いた雰囲気のあるコワーキング・コミュニティスペース「みちくさ」

やりたいことがあった時にいつでもチャレンジできること

─オープンしてから1年でまちの人たちを巻き込んだ活動になっているんですね。

おかげさまでみちくさは1周年を迎えることができました。想定以上に利用者が増えていて、気軽に入れる敷居の低い場所がつくれているんだなと感じています。いいペースで地域でのチャレンジができていることもあり、行動原理の3つ目の「周りの人がやりたいことに協力する」はここ最近意識していて、今やりたいことが特にないという人が何かやりたいことが出てきた時に、それを実践できる場所として最初の一歩を応援したいなと思っています。例えば、ワンコイン講座を私以外の人が自身の得意なスキルや経験をテーマにしてやってみたり、スペースの2階を改装中なのですが、そこをチャレンジショップとして活用したり、色々なやりたいができる場所にしていきたいと思っています。

また、私がさとのば大学での学びを通じて活動の幅が広がった経験から、みちくさの学校を来春くらいにつくりたいと考えていて、その学校は誰でも先生になれて、生徒になれて、という感じでお互いに学び合えるような場所にしたいと思っています。

スキル的なことだけでなく、例えば鹿嶋の歴史やアントラーズのサポーターについて語ります!とか、コーヒーの淹れ方教えます!とか、幅広いテーマであればそこからまたコミュニティができますし、誰かに話して共感してもらえれば、自己肯定感や幸福感が上がったり、自信もついたりもするのかなと思っています。そういう人たちが増えていけば、鹿嶋全体の温度も上がって地域がさらに盛り上がっていくんじゃないかなと思っています。

ボランティアからはじまり、協力隊を経て、地域のつくり手としてどのような心境ですか。

地域って実際にそこに入って、関わってみないとわからないことがたくさんあります。私が鹿嶋に関わる前までは、漠然と「地域ってこういうもんだよね」って地域ではない視点から見ていた感じがあって、「これやったらいいのに」とか、そんなに単純ではないことも口にしてしまっていたと思います。「地域にあるのは課題じゃなくて魅力」という言葉に出会って、自分も地域に入ってみて、地域というのものがより当事者として捉えられるようになりました。

また、鹿嶋で活動しながらも福島のことも常に思うことがあって、鹿嶋の魅力を知れば知るほど、福島ならではの魅力にも気づけたんです。そう思うと、いつかはふるさと福島のためにも…なんて思うこともあって、自分の視野が広がっていく感覚があります。今は鹿嶋が生活拠点ですが、福島出身である私が頑張っている姿を見せるだけでも、私が大事にしている恩返しと恩送りになっているのではと思っています。一方で、鹿嶋に対しては、私が存在することで面白いまちであってほしいと思うし、私がいなくても面白いことが生まれるまちであってほしいと思っています。

「鹿嶋を盛り上げたい!」同じ思いを持ったメンバーで共創していく

活性化しているまちにいるとパワーをもらえる

– 最後に松崎さんから見た鹿嶋の魅力をぜひ教えてください。

シンプルですが、とにかく住みやすいです。気候は温暖で雪はほぼ降らないです。海も近いから風が気持ちよくて、いるだけで自然と幸福感が高まる感じがするんです。山の麓の内陸出身なので海のある生活は憧れもあって、今では夫の趣味である「釣り」をよく一緒にしています。当初、釣りって男性の趣味というイメージがあったのですが、実際やってみると初めての私でも全然楽しめるんです。釣れた時は嬉しいし、釣った魚で自分の好きな料理ができて、自分の趣味にもつながるんだという発見がありました。

あと、鹿嶋に来ていいなと思ったのは、毎週のように祭りやイベントがやっているんです。鹿島神宮というシンボルもあって、海に関するイベントもあって、鹿島アントラーズの試合があって、賑やかな空気感がなんとも言えない感じなんです。まちが盛り上がっていると自然とパワーをもらえるし、私も色々やりたくなってくるみたいな。そんな好循環をつくってくれるまちなのかなと思います。

これまでもらったたくさん恩を今度は自分が返していく

編集後記

地域が勝手に活性化することはない。そこには必ず人の存在があって、その人の発想と行動から地域は動き始める。さらに、賛同する人や共感する人が集まると地域はさらに熱を帯びてくる。松崎さんは鹿嶋という地域でそれを体感・体現した一人だと思う。

松崎さんは地域の人たちに対して、自分が何者で、何が好きで、何ができて、何がしたいのかなど、能動的に自分の思いや考えを伝えながら、地域との接点をつくって一つずつアイデアをカタチにしていった。その接点は、年々増えていて、活動の領域も広がって、これまでできなかったことができるようになっている。地域との関わり方のヒントみたいなものが今回のお話にはたくさん詰まっている。

冒頭に「地域に関わる入り口はその人によって違う」と言ったが、一方で、どのような入り口だったとしても、お互いの顔が見えて、人柄が見えて、思いが見えてくると、そこには一体感が生まれるのではないかと思う。松崎さんが立ち上げたコワーキング・コミュニティスペース「みちくさ」はその一体感が生まれる場になっている。

地域を盛り上げたい、新しいことをやってみたい、新しいスキルを学びたい、同じ趣味を持った人とつながりたい…。みちくさに行くと新しい出会いや発見がたくさん生まれる。そしてぜひ合わせて鹿嶋という地域の魅力も感じてみてほしい。そこには自然からのパワーを、行事からのパワーを、そして地域の人たちからのパワーを感じられるはずだ。

コワーキング・コミュニティスペース みちくさ
公式サイト:https://kashima-michikusa.jp/
住所:茨城県鹿嶋市宮中1丁目11-5
Mail: info@kashima-michikusa.jp

【関連記事】地域複業を通じて「縁がなかった地域でも、深く関わることで愛着が生まれた」 松浦和美さんインタビュー
【関連記事】暮らすように旅をする。「TENJIKU(テンジク)富士吉田」で地域課題に挑む新しい旅のカタチ

The following two tabs change content below.

Tadaaki Madenokoji

物事の背景・構造と人の思考・行動を探究することが好き。神奈川県藤沢市と茨城県大洗町の海街で二拠点生活とまちづくりを実践中。「見えないものを見えるようにする」をコンセプトに、地域で活動する人たちや多様な生き方や働き方をする人たちの思いや考えをお伝えしていきます。