手触り感のある仕事がしたい。東京から門司港へ、生産性と感性の間で揺れる暮らし

燦燦と降り注ぐ太陽に光り輝く水面。心地のいい海風が抜け、港に引き波を連れて船が入ってくる。

福岡県北九州市、瀬戸内海沿いに明治初期に開港し、日本の三大港の一つとされていた「門司港」。明治から昭和初期にかけて建築された建物が多く残り、門司港駅は重要文化財にも指定されている。年間200万人以上の観光客がそのレトロな町並みや心地よい港町の空気を求め訪れる。(※1)。

そんな町に2019年5月に移住してきたのが、岩本成矢(いわもとせいや)さんだ。成矢さんは横浜で生まれ育ち、東京の大学に行ったのち、2019年までは10年間インターネット専業の広告代理事業に携わっていた。その後、ひょんなきっかけから縁もゆかりもない町、門司港でカフェを開業することになり、現在は自身で立ち上げた会社の代表として、カフェ経営とマーケティング支援事業を行いながら、多拠点居住サービスADDressの門司港拠点にて、家の管理や暮らしのサポートをする「家守(やもり)」をしながら暮らしている。

今回はそんな成矢さんの移住やカフェ開業までのストーリー、ADDress家守を始めたきっかけや始めたことで起きた変化、移住後3年経って今感じていることなどについてお話を伺った。

見ず知らずの土地で広告屋さんがカフェをはじめるまで

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──門司港への移住前後で、住みやすさや生きやすさに変化はありましたか?

門司港に来てからのほうが「暮らしている感」はすごく強い気がします。東京にいた時は、一人暮らしでしたし、ご近所付き合いとかもなくて。でもここだとご近所さん同士の挨拶もあるし、「夜ご飯多めに作ったから食べに来たら?」と自宅に呼んでくれる方がいたりもします。

東京や都心部に住んでいる時は、自分の住む町をどうこうしたいとかって思うことも、誰かとそういった話をすることもなかったですが、この町だと「門司港」という共通のテーマで、「この町をこうしていきたい」といった話がよく出るんです。

会社や仕事関係のコミュニティだけではなくて、暮らしのコミュニティがあるというか。「仲間感」のようなものを、暮らしていて感じます。

──そもそも縁もゆかりもない土地へ移住したきっかけは何だったんでしょう?

とあるきっかけから自分のお店を持ちたいなと思っていた時に、門司港にドライフラワー屋さんを出したいから店舗経営を手伝ってほしいと友人に誘われて、この土地にやってきました。

結局その後、ドライフラワー屋さんは色々あって閉店したのですが、「お店をやりたい」という想いは引き続きあったので、カフェを開業することにしたんです。

ドライフラワー

写真提供:Seiya Iwamoto

──「自分のお店を持ちたい」と思ったのは何故ですか?インターネット広告代理事業からはまた違った道ですよね。

10年間ずっとパソコンと仕事してきて(笑)いや、本当にパソコンにじっと向き合って仕事している時間が長かったんです。クライアントから依頼を受けて、彼らの商品やサービスがインターネット上で、より費用対効果良く購入や申込みされるように、GoogleやYahoo!などのページに表示される広告の配信や運用を昼夜、土日平日問わずしていて。

一緒に誰かと何かを目指すという喜びはあったものの、どこか手触り感のなさを感じ始めたんです。情熱を持ってずっと頑張ってきて、楽しかったはずだったのに、自分の仕事が誰のための、何のための仕事だったのか分からなくなってしまったというか。

そんなこともあって、いつからか自分で事業を持って、もっと手触り感のある仕事がしたいなと思うようになりました。

そのタイミングで、ある日美容師の友人に髪を切ってもらったんです。その時に、ふと自分が元気になっていくのを感じたというか。刈り上げてもらっているうちに気合いが入っていく感じがして。ああ、自分もこんな仕事がしたい。自分がしたことを通じて、その場で目の前の人にパワーを与えられる仕事を手がけてみたいと思いました。

その出来事をきっかけに美容室をその友人と一緒に立ち上げたいと思い、開業資金をつくるためにとにかく日々働きました。結局、紆余曲折あってその話は白紙になってしまったんですが、その頃からですねお店を持ちたいと思うようになったのは。

──そのお店が「カフェ」だったのには何か理由があるのでしょうか?

美容室の開業準備やドライフラワー屋さんの経験を経て、改めて「自分のお店を持ちたい」と思ったときに、自分に出来ることが、友人と店舗をしていた時に身についたドライフラワーづくりだったんです。その自分にできることを活かしながら収益を上げていくことを考えた時に、ドライフラワーを眺めながら珈琲が飲めるカフェならいいのではないかと思ってカフェがいいなと思いました。

あとは店をやると考えた時に、戦況分析をしたんですけど。急にマーケティング用語がでてきましたね。(笑) その調査から、門司港に観光で来る人はカフェ巡りをしに来る人も多く、一回の滞在で複数のカフェにいく人が多いということに気づきました。門司港を訪れる人の動きを見て回っている中で、この場所にカフェを作るのがいいかもと決めました。ただ、正直、戦況分析というのは後付けで、お店をやりたかったというのが一番だったのだとは思います。(笑)

そんな変遷を経て出来たのが、門司港カフェ「四稀(しき)」です。築100年の古民家をリノベーションして2020年6月にオープンしました。

四稀

四稀 / 写真提供:Seiya Iwamoto

すこしずつ地域に馴染んでいく

──見知らぬ場所から来た人が、ADDressの家守を頼まれるほどにローカルに溶け込んでいく。何をきっかけにその混じり合いは起こってきたと思いますか?

門司港は港町だからかオープンマインドな人が多くて、比較的最初から受け入れられていたように思います。けれど、振り返ると今のような関係性を築けるようになるまでには二段階くらいあったような気もします。

カフェを作る前、門司港のいろんな店に顔を出すようにしていたんです。そこから顔馴染みになって、知り合った人のバーに一人で飲みに行って。そこで紹介してもらった人と繋がって…。そんな風にちょっとずつ輪が広がっていった第一段階。

第二段階は、もともとフリーランスとして移住してきたんですが、門司港で会社を登記して、一人社員を雇い始めたというのがあって。そのタイミングで地域の人たちの見る目が変わった感覚はありました。「本当にこっちでやっていくんだ」というか。そんな姿勢が伝わったのかなと思います。

ご近所さんに声をかけられ、ADDressの家守に

──どういったきっかけでADDressの家守をすることになったんですか?

四稀のもう一坂上に、現・門司港ADDress物件のオーナーさんが住んでいて、僕が四稀を作っていた2020年前半頃から「何やってんの、どうするのこれから」といった風に声をかけてくれていたんです。

四稀-外観(看板)

四稀 / 写真提供:Seiya Iwamoto

そんな交流を経て少しずつ仲良くなっていた時に、たまたまオーナーさんがADDressのことをTVで見て、持っていた物件を活用して始めることになり家守が必要となったので、声かけてもらったという感じでした。今は前住んでいた賃貸マンションを出て、ADDress門司港拠点の家守用の部屋に住んでいます。

ADDressの家守には、移住先のちょっとお節介なお隣さん、シェアハウスの面倒見のいい先輩住人、親戚の兄ちゃん姉ちゃん、といったようなコンセプトがあって。家の管理などに加えて、ADDress会員さんと町をつなげる役割があります。なのでその土地に元々住んでいて、地域との関わりを持ちながら何かしている人が採用されやすいそうです。

──家守をはじめて、成矢さんに起こった変化はありますか?

緩む感覚の得やすさというのはすごくあるかなと思います。ADDress家守をするまえは、一人暮らしだったのもあって家に帰っても緊張を緩ませるのは結構難しくて。暮らしを感じにバーやイベントに寄っていたけど、家守を始めたことで、緩みが暮らしの中に自然にあるような感じはしますね。

──家守をはじめて、何か印象的だった出来事はありますか?

1人、ADDressで訪れたことをきっかけに東京から門司港に移住した人がいます。僕が物件の持ち主を紹介してその家に住むことになって、リモートワークで会社員をしながら、副業で門司港にコワーキングスペースを開業しました。

生産性と感性のあいだで

門司港

写真提供:Seiya Iwamoto

──東京にいた時に願った「手触り感のある仕事」を今できていると感じますか?

出来ているかいないかと聞かれたら、うん、出来ていると思います。そうありたいと願ってます。

自分のなかで東京暮らしの生産性とかから、あえて離れてここにきて。自分がいいと信じたものをつくると思ってやってきて、それは四稀などを通じて実現できている。

自分で作ったランチを食べてもらって目の前でお客様の笑顔が見られたり、自分自身の暮らしを満喫できている感覚もあるし、生産性から少し離れられた感覚もある。

だけど、結局自分で事業をやっていると、生産性をベースに置いておかないと立ち行かなくなっていくんですよね。結局直感だけでこんな空間が作りたい、こんなことがやりたいだけだったら、採算が合わないので生きていけない。だからやっぱり売上は必要で、何をやるにしても結局数字はついてくるもんだと思うから、そのためには論理の力だったり、実行するための力が必要だと思う。

でも、生産性を追求したり、店頭に立たず経営に専念するなど、手触り感のある仕事から少し離れるということは、移住してきた時の自分の気持ちに対する自己否定につながる部分もあって。生産性を重視した働き方に戻すことに、ここ最近悩んでいました。

それで色々とじっくり考えた結果、今は生産性を重視して動いて、しっかりとベースをつくったうえで、直感とか感性とかを積み上げていくべきなんじゃないかなと思っています。生きていくうえでも。

これはもしかすると田舎暮らしの美談的な感じとは違うかもしれないけれど、今はそういう感覚ですね。

移住して海のそばに住み、パソコン仕事からカフェ運営に。それだけ聞くとその暮らしは夢のように素晴らしいもののように思える。しかし、生活はつづく、のだ。どんな働き方を選択しようが、住む環境を変えようが、生活は日々自分の横にぴたりとついて歩いている。楽しいことや嬉しいこともあれば、苦しいことや悩むこともある。でもその全てをひっくるめて生活を愛せるかどうかは、それぞれ次第。山も谷も平面も全部をどちらかというと愛しながら歩める道に、少しずつこっちかな?いやあっちかな?と迷いながらも選択して進んでいくのがリアルな人生なのだろう。

さて、どちらに進もうか。

・・・

取材から執筆まで間が空き、取材日から2ヶ月ほどたって記事を送ると成矢さんからこんなコメントが届いた。

「あの後色々またあって今はこんな感じの気持ちなのですが、どうでしょうか?」

“「人は心と頭だったら、心のほうが強いんだよ」という言葉をかけてもらって、ハッとしたんです。「心のままにいっていいんだ」と。だから今は、心や、直観、感性を一番にして、後から、論理とか生産性を、辻褄を合わせるために考える。というのがしっくりきてます。”

なんだか素敵だなと思った。結末を書き換えようかとも思い一度文章を書き直したのだが、やめた。そう。人は揺らぐもの。今日話したことが、明日も同じとは限らない。それでいい。それがいい。生産性と感性、いろんな両面、側面を持って人は道を歩んでいく。その変化を受け入れ、自分の道を進む成矢さんの人生は素敵だ。

さて、今日も1日を始めよう。

四稀-Seiya Iwamoto

写真提供:Seiya Iwamoto

【参照ページ】岩本成矢さんTwitter
【参照ページ】門司港カフェ 四稀
【参照ページ】ADDress
【関連ページ】定額住み放題サービス「ADDress(アドレス)」の口コミ・評判・料金

(※1)北九州市 門司港レトロ観光まちづくりプラン

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飯塚彩子

“いつも”の場所にずっといると“いつも”の大切さを時に忘れてしまう。25年間住み慣れた東京を離れ、シンガポール、インドネシア、中国に住み訪れたことで、住・旅・働・学・遊などで自分の居場所をずらすことの力を知ったLivhub編集部メンバー。企画・編集・執筆などを担当。