等身大で地域企業と向き合う、それが一歩踏み出すきっかけに。「ピカピカの地域複業1年生」田村和久さんインタビュー

 江戸時代からすでに「副業」という働き方が存在していたことをご存知だろうか。ここ数年、政府主導で取り組む「働き方改革」によって副業は一気に加速した。2017年頃には「副業解禁」という言葉が流行し、多くの企業が人事制度を見直し、社員に対して副業を推奨し始めた。

その流れの中で、本業とは別にサブとして収入を稼ぐことが主な目的の「副業」ではなく、複数の仕事をメインとサブという区分けをせずにすべて本業と捉える「複業」という言葉も出てきた。さらに、現在は副業(複業)=都市部の企業の案件だけでなく、リモートワークの普及によって都市部に住みながら、地方企業の案件に関わる「地域複業」を実践する人が増えている。その1人が航空会社に勤務する田村和久さんだ。

今回、田村さんに複業を始めたきっかけや地域の企業との出会い、地域複業をしてみての発見や心境の変化についてお話を伺った。

話者プロフィール: 田村和久さん

1982年徳島県鳴門市生まれ。幼少より父の転勤で富山、高松、松山、滋賀と地方に愛着を持つ。2007年九州大学大学院修士課程修了後、全日本空輸株式会社に勤務。横浜に住みながら2021年より本格的に地域複業に挑戦中。3児の子育てをしながら妻と仲良く保育士資格を取得。日々、理論と実践の往復運動中。趣味は公園探しで、最近見つけたお気に入りは複業先の一つである静岡の駅前の森下公園。

田村さんのこれまでのキャリア

──田村さんのこれまでのキャリアを教えてください。
2007年に全日本空輸株式会社に総合職技術職として入社して15年目を迎えます。入社後は、エンジンの整備部門で検査スキルの経験を活かして海外メーカーや修理委託先での廃棄品レビューに携わり、エンジニアの基礎を培いました。2010年からは本社の経営企画やホールディングス化の体制構築、新事業会社の立ち上げにも参画。その後、部品企画機能として各種戦略の立案、コーポレートジョイントベンチャーの立ち上げ・運営等を経験し、現在は、エンジンの部品計画部門のマネジャーとしてチーム運営を行っています。複業を本格的に始めたのは2021年に入ってからです。

──これまでのキャリアを通して、田村さんが大事にしてきたことを教えてください。
整備という職種でキャリアをスタートしたので、ずっとそのキャリアを歩むのかなと漠然と思っていたのですが、ビジネスサイドの様々な仕事の経験をさせていただきました。それまでに出会った人とのご縁が大きいと思うのですが、私がキャリアの中で大事にしてきたことは、ルールやマニュアルに沿って正確に仕事をする一方で、常に物事を斜めに見るようにしています。日々の状況は変わっていく中ではルールやマニュアルも変えていかなければいけないし、そこに絶対的な正解があるわけではないと思っているので、ルールに縛られない方法を考えてみたり、より客観的なデータから新たな示唆を見出してみることを意識してこれまで仕事をしてきました。

3児の父で奥さんと一緒に保育士の資格を取得

転職をするか、それとも違うキャリアを歩むか

──15年間、同じ会社で勤めてきた田村さんがなぜ複業をしようと思ったのでしょうか。
コロナ禍で会社の業績が悪化して、大きな逆風が吹き荒れる中で、「自分は何ができるのか」とキャリアを見つめ直す時期がありました。周りの多くは転職を考え始めていましたが、私が考えた末に出した結論は今の会社で仕事を続けながら、違う環境で何かできないかという考えでした。元々、石橋を叩いて叩きまくって結果渡らない人間という特性もあり、「自分のストロングポイントを活かす」という論理的な動機だけでは動かない。「なんか面白そう!楽しそう!」といったシンプルで感覚的な動機でないと結局は動かないだろうと思いました。また、自分の強みだけに集中すると、なんだか自分のできる範囲を狭めてしまう感覚も正直あって、どちらかというとこれまで経験したことがないことにもっと出会えたらと思っていました。その一つの手段が「複業」でした。

──そこから複業先となる地域の企業とどのように出会ったのですか。
自身のキャリアについて考えた後、会社の副業制度の見直しがあったのと、省庁や地方自治体の複業に関するオンラインイベントがいくつかあって、まずは話だけでも聞いてみようと参加しました。今思えばですが、このイベントが現地開催だったら抵抗感があって参加していなかったかもなので、オンライン開催だったことは参加ハードルを下げてくれて、最初の一歩が踏み出しやすかったのを覚えています。

イベントに参加してみると、いろんな地域の中小企業の経営者さんの熱い思いや困っている課題に触れました。これがとても刺激的で、実は10年ほど前に経営者の視点を学ぶために中小企業診断士の勉強をしていた時期があって、その時に感じた「中小企業のために何かお手伝いしたい!」という気持ちが10年ぶりに蘇ってきたんです。その勢いのまま、実際に複業プログラムに参加して、経営者さんとオンラインと現地でお話を重ねて、提案書を提出し面談をした上でマッチングに至りました。

現地で地域の経営者さんと意見交換を行う様子(写真右は愛媛県松山市の「まどんなクリエイト」代表武市さん)

人思いな地域の企業と伴走しながら課題解決に挑戦

──複業で具体的に関わっている地域や企業について教えてください。
いくつかの複業プログラムを通して4社とのご縁をいただきました。4社とも基本リモートでの関わり方で、オンライン定例ミーティングをしたり、数ヶ月に1回現地訪問するペースで関わっています。それぞれ簡単にお話します。

1社目は、名古屋の印刷会社「太美工芸株式会社」で、中部経済産業局の人材確保支援等事業でマッチングしました。これまでBtoBが主な会社の事業だったのですが、BtoCにもチャレンジをし始めた企業で、他の複業人材の方とチームを組んで、新商品開発や広報の支援を行なっています。実は私自身、広報の経験はなかったのですが、社長さんが「勉強しながらでも大丈夫だから一緒にやっていこう」と背中を押してくれたんです。その後押しと勉強も重ねたことで、今年5月には新商品「きせかえスイングポップ」のリリースを配信しました。

2社目は静岡の肥料・飼料会社「伊豆川飼料株式会社」で、関東経済産業局の人材確保支援等事業でマッチングしました。70年以上に渡って、地元静岡のマグロ・カツオの食品加工残渣を原料とした飼料・肥料の製造をしている企業で、「おいしい循環を守り続けたい」という社長の想いに強く共感をしたんです。まずは経営課題のヒアリングをしながら、一緒に事業計画を策定したり、新商品開発や広報の業務を伴走させていただきました。

3社目は愛媛県松山市の個人事業主の「まどんなクリエイト」で、愛媛県松山市の都市部人材デュアルワーク支援事業でマッチングしました。事業主の女性は県内の中小企業向けにITやマーケティング関連の支援を行う、地元の経営者に寄添う姿勢を持った方。サードプレイスづくりをしたいという彼女の将来の夢に触れて、その夢の実現への伴走ができればと定期的に情報交換を行っています。複業で関わっているのですが、彼女と話をしていると毎回学びと刺激があるんです。

4社目は、特定非営利活動法人「北海道エコビレッジ推進プロジェクト」で、Yogibo社会課題解決プログラムでマッチングしました。先ほどの静岡での複業を通じて、SDGsや社会課題解決にも関わりを持ちたいと思っていた時に出会ったプロジェクトでした。現在は学生向けのSDGs研修のパッケージ化作成・支援を開始したフェーズです。これからさらに発展的に関わりが増えていければ嬉しいです。

きせかえスイングポップの新商品開発と広報を行うチーム(写真右から4人)と太美工芸株式会社代表の野田さん(写真左)

表面的ではなく一人の人間として向き合う

──地域の企業と関わる上で大事にしていることはありますか。
どの企業もプロジェクトもそうですが、大企業と違って多くの地方の中小企業は人手が不足していて、社長一人で事業運営を行なっているケースもあります。そんな中で貴重な時間を面談や打ち合わせに割いてくださっています。そう思うと、より相手にとってプラスになるアクションをしなければと思うようになりました。相手の意図や考えていることを引き出し、自分の考えやアイデアを惜しみなく伝えることを意識しています。その時に、本業で培ったことだけでなく、本でインプットしたことや日々の生活の中で気づいたこと、子供と触れ合っている中で思ったことなど、自分の経験全てをアイデアにして伝えています。ただし、一緒に伴走するとなった場合は、経営者や社員の方の思いに寄添うことが大事で、独りよがりなアイデアや現実性に乏しい提案はしないように心がけています。

──そうは思っていても自分を認めてほしいと我が出てしまうこともあるのではないでしょうか。
人間なので誰もが承認欲求を持っていると思います。そこはある上で、私は「等身大の自分」で経営者や社員の方と向き合うようにしています。複業プログラムのマッチングに至る過程で、本業ではなかなか出会えない様々な業界で活躍する、高い専門スキルを持った人たちがたくさんいるんですが、そこで背伸びして自分をよく見せようと思わない。あくまで自然体な自分を相手に見てもらおうと意識しています。そうすると、自然と純粋な気持ちで経営者の思いや企業課題を知ろうとするんです。さらにそのような向き合い方をしていると、自然と温かく受け入れてもらえるし、そこから思っていることをカタチにしたい!一緒に伴走して支援がしたい!もっともっとその企業と地域に関わりたい!と、素直な等身大の自分になれるんです。この好循環ができてくると、その地域が「自分のサードプレイス」になっていきます。

等身大の自分で地域と関わるとそこは自分のサードプレイスになるという(写真は北海道エコビレッジ推進プロジェクトの様子)

一歩踏み出すことが難しいことをわかっているから自分と向き合う

──石橋を叩いた結果渡らないことが何度もあった田村さんが、なぜ地域で複業にチャレンジすることができたと思いますか。
私は本業を辞めずに複業を選んだこともあり、「複業がうまくいかなくても本業1本に戻ればいい」という心の余裕があったと思います。その余裕があったから結果的に等身大の自分にもつながったような気がします。今だから言えることでですが、一歩踏み出したら劇的に何かが変わるっていうことはほとんどなくて、小さな変化の積み重ねなんです。私が関わっている地域の経営者さんも同じで、人手が足りない中でも日々少しでも変化しようと努力を重ねているんです。だからお互いに無理しないところからスタートしてみることが大事だと思います。

あとは、何か考えた末に何も行動しない時は一方通行でしか物事を見ていないなと思うんです。その一方通行が背伸びしちゃう感じだと、現実とのギャップが大きくて挫折してしまう。私だったら本業1本に戻るになるのですが、もう一つの道を用意して自分の心に余裕ができれば、きっと一歩踏み出すハードルは下がるのかなと。そこに「ロジック」は必要なくて、自分の「感情」と向き合うことが大事です。

──地域で複業をし始めて、自身に何か変化はありましたか?
10年越しの一歩だったと思いますが、一歩踏み出してみると毎日刺激が多く、学びがあることを実感しています。「自分イノベーション」とも言えるのですが、本業はどちらかというと同質の組織で同一の業務を行なっている一方、複業はより多様な人たちや価値観と接する機会が多く、仕事内容も多種多様です。その為、いろんな視点や見方で物事を考えるようになりました。人によって接し方もコミュニケーションの取り方も違ったり、自分より年下の経営者の考えにも触れてみたり、本業だけでは経験できないようなことが日々起こっています。

普段の自分だと頭で考えて理論を展開しがちなのですが、地域の経営者さんから「とりあえずやってみようか」と言ってもらえると、得意不得意に関係なく、まずは一歩踏み出してみようと思えるんです。そうすると初めてやることやわからないことがあった時でも素直に教えてくださいと言える。そういった環境に踏み込んでみると、必ず人との出会いがあって、接する中で学びや発見があって、感謝する気持ちが自然と出てくるんです。普段とは違う環境に身を置いて多様な価値観に触れることで、自分の固定化されたバイアスみたいなものを取り払って、アクションすることができるんだと思います。

得意不得意で仕事をするのではなく、まずは地域企業の方と同じ目線で一緒にやってみることが大事

何ができるかは分からないけど、何か起こすことはできる

──田村さんの今後のチャレンジについて教えてください。
1年前の自分が今の自分を想像できなかったと思うので、何が起こるかわからない前提で人とのご縁を大事に、気持ちがワクワクする方向でチャレンジをし続けたいと思っています。それが実現できるできないというのは二の次で、私の心に芽生えてくる楽しそう、面白そうという純粋な気持ちと、経営者の純粋な思いやビジョンに共感する気持ちを大切にしたいと思います。

その上で、今思っていることは、「自分の新しい掛け算」を増やしていきたいんです。自身のこれまでのキャリアを掛け算してみても、航空機エンジニア × 経営企画 × 事業計画策定 × 事業立ち上げ × 広報 × SNSマーケティング × SDGs・・など、いろんな経験をさせていただきました。何ができるかよくわからないんですが、自分が持っているものを掛け算してトライアンドエラーを繰り返してみて、自分イノベーションを起こし続けることができれば、同じように関わる企業のイノベーションも起こすことはできるんじゃないか。そう思いながら、等身大の自分で一歩踏み出してチャレンジしていきたいです。

編集後記
私が田村さんと出会ったのは1年弱前。オンラインにて1対1で話す機会があり、その時から田村さんはいろんな軸で、俯瞰的に物事を見る人なんだなと印象に残っている。記事の中でも「仕事に絶対的な正解はない」とあった通り、彼は決めつけるような伝え方をしない。余談だが、インタビューの中で彼はこんなことを言った。「会社の部下から『田村さん、そこありがとうって言うところじゃないですよ』って言われたんです」と。おそらく地域複業を始めて、人思いな経営者さんと出会う中で、自然と感謝するとか思いやるみたいなことが彼にも伝染していたのではないだろうか。

きっと、これからの田村さんは自身がチャレンジし続けながらも、自身の周りも巻き込んでいく。「等身大の自分」「自分のサードプレイス」「自分イノベーション」「自分の新しい掛け算」どれも自分にベクトルがあるように思えるが、その姿勢と行動が結果的に周りに良い影響を与える。「何ができるかは分からないけど、何か起こすことはできる人」とはそういう人なんだろうなと思った。

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Tadaaki Madenokoji

物事の背景・構造と人の思考・行動を探究することが好き。神奈川県藤沢市と茨城県大洗町の海街で二拠点生活とまちづくりを実践中。「見えないものを見えるようにする」をコンセプトに、地域で活動する人たちや多様な生き方や働き方をする人たちの思いや考えをお伝えしていきます。