友人の地元、台湾・潮州で過ごした初めての春節

年始から急遽、台湾を訪れることになった僕は現地で春節(旧正月)を過ごすこととなった。

台湾滞在時は通常、台北を拠点としているのだが、春節中はビジネスがほぼ機能していないので、台南に行くことにした。台南は台湾西南部の都市で、歴史情緒漂う「台湾の古都」。コロナ禍以前は足繁く通っていたこともあり、知り合いも多い。人生初の春節を迎えるには不足ない場所だ。

今年の大晦日(台湾では「除夕」)は1月21日(土)。9日には台南へ移動し、友人たちと食事したり、飲みに行ったりと、しばらくは平常運転だったのだが、大晦日になると状況が一変した。カフェで仕事をしようと思い、街へ繰り出したものの、営業中の店がなかなか見つからない。かろうじて見つけたカフェも、この日ばかりは閉店時間を早めており、1時間弱の滞在となってしまった。夕方になると、友人たちはそれぞれの家族の元へと向かい、早くも1人、部屋に閉じ籠る展開に。特に三が日(台湾では「初一」「初二」「初三」と表現)は、ほとんどの店舗やサービスが休業中のようで、このままでは数日、Netflixとコンビニ飯でやり過ごすことになるのではないかと落ち込んでしまった。

そんな矢先に、僕が台南にいることを知り、連絡をくれたのがジャナ(Janna)とジョッシュ(Josh)だ。2人とは、2020年2月頃、コロナ禍で海外渡航ができなくなる直前とも言えるタイミングで、台湾を訪れた時に知り合った。当時は台南で「青春交換所 Life Swap Shop」というサロンを運営しており、共通の友人を介して集まりに呼んでもらったのだ。

ジョッシュ(左)とジャナ(右)

ジョッシュ(左)とジャナ(右)

しかし、コロナ禍によって状況が大きく変わり、現在は台北とジャナの地元である屏東県潮州鎮(※1)を行き来する、2拠点生活を送っているのだという。そして、春節を潮州のジャナの実家で過ごしているので、遊びに来ないかと誘ってくれたのだ。これはなんたる幸運。かくして僕は、潮州とその周辺エリアを車で案内してもらえる運びとなったのだ。(※1)台湾の行政区分の1つ

1月23日、僕は潮州駅に降り立った。台湾鉄道は春節中も運行しており、台南駅からは乗り換えなしで1時間30分程度。台湾高速鉄道(日本の新幹線に相当)に比べて、速度がゆったりとしており、過ぎゆく景色が楽しめるのもいい。ジャナたちは車で迎えに来てくれたので、その足で中心街へと向かう。車内では、再会を喜びつつ、お互いの近況について話した。プロのギタリストとして活動しているジョッシュは、ジャナとユニットを組み、オリジナル楽曲を制作しているとのことで、その音源を早速聞かせてくれた。

ジャナたちが書いた曲のプレイリスト

クリスチャンである2人は、現在、キリスト教系のイベントで演奏することが多いようで、仕事の大半はツアーなのだと言う。2020年以降パンデミックが本格化し、サロン運営に限界を感じたジャナは、自分たちがさまざまな場所に出向き、音楽を通じてより多くの人々と交流する方向性に変えたのだ。ジャナによると台湾におけるキリスト教徒は全人口の7%程度。台湾の総人口が2,300万以上であることを踏まえると、決して少ない数ではない。僕はクリスチャンではないが、説教や勧誘をされたことは一切無く、「人は人」というさっぱりとしたスタンスで接してくれるのも心地いい。

まずは腹ごしらえということで、向かったのは「廟口自製旗魚黑輪」という人気のおでん屋。見た目も味も日本のおでんに近いのだが、ベビーコーンの昆布巻きが入っていたり、具によってはフライにするオプションもあるなど、台湾ならではの特徴もある。だが、これはこれで美味しい。

廟口自製旗魚黑輪のおでん

廟口自製旗魚黑輪のおでん

客は具材を自分で選んで皿に乗せる

客は具材を自分で選んで皿に乗せる

昼食を済ませ、今度はデザートを食べに、歩いてすぐの「阿倫氷店 潮州焼冷氷」へと移動。こちらも地元では誰もが知る人気店のようで、その看板には「創立於民國54年」(西暦で1965年に開業)とあり、老舗であることがうかがえる。一見かき氷のようだが、本来はトッピングとして上に乗っているはずの具材が氷に覆われており、暖かいことから「焼冷氷」と呼ばれている。具材と氷を同時に口に運ぶもよし、氷を少し溶かしておしるこのようにするもよしで、味わいにグラデーションがもたらされていい。

大賑わいで、店先には行列ができていた。

大賑わいで、店先には行列ができていた。

「焼冷氷」の各種具材。甘い香りとともに、湯気が立ち上る。

「焼冷氷」の各種具材。甘い香りとともに、湯気が立ち上る。

氷の下には具材がたっぷり。

氷の下には具材がたっぷり。

食後は少し街中を歩き回ることにした。その雰囲気を一言で表現するならまさに「チル」(chill=落ち着いた、のんびりした)が適切だろう。まず高層ビルがほとんど見当たらず、圧迫感がない。色褪せた漢字看板が目に付き、いい意味でのいなたさが漂う。道路は広々としているが、歩道があまり整備されておらず、信号も少ない。道路を渡る際、ジャナたちは車の少ないタイミングを見計らって、平気で突っ切っていく。まさに地元民ならではの大胆なアクションだ。だが、台湾では車の交通マナーがお世辞にもいいとは言えないので、観光客は十分な注意が必要だ。

いつの時代か分からなくなるほど、ノスタルジックな服屋。マネキンがいい味を出している。

いつの時代か分からなくなるほど、ノスタルジックな服屋。マネキンがいい味を出している。

ひとしきり散歩を終え、お腹も休まってきたところで、ジョッシュが「東港漁港に行こう」という。台湾有数の規模を誇る漁港で、新鮮な海産物を求めて連日多くの客で賑わう場所だ。潮州からは車で30分程度。観光客にはアクセス面でハードルが高い場所なので、とてもありがたい提案だった。しかし、いざ東港に着いてみると予想を超える賑わいぶりで、まず車が停められない。三が日の東港を完全に舐めていた。

市場にはありとあらゆる魚介類が陳列され、押し合いへし合いしつつ、見て回る。女性の販売員が多く、少し立ち止まると威勢のいいセールストークが始まる。根負けして、という訳ではないのだが、確かに美味しそうな貝とエビがあったので、購入。新鮮なうちに食べるのが一番、ということで、市場内にある調理代行レストラン「啊進師代煮」へ向かう。

市場の女性販売員

市場の女性販売員

購入した貝

購入した貝

客が材料を持ち込むレストランというのが面白く、日本ではあまり見かけない気がする。エビは茹で、貝は炒め、とシンプルな調理法でオーダーする。まず、エビは柔らかくジューシーで、臭みもない。にんにくの効いた、醤油ベースの甘辛いタレにつけて食べる。貝は九層塔(台湾バジル)と一緒に炒められており、こちらもプリッと濃厚な味わいだ。

茹でエビ

茹でエビ

貝と九層塔の炒め物

貝と九層塔の炒め物

調理代行レストラン「啊進師代煮」。海に面したテラス席がいい。

調理代行レストラン「啊進師代煮」。海に面したテラス席がいい。

だいぶお腹が膨れたが、潮州ドライブの旅はまだまだ続く。次に向かったのは「大鵬湾跨海大橋」。ジョッシュがジャナとの初デート場所として選んだ、思い出深い橋だそうだ。全長579メートルの可動橋となっており、毎週末開橋することでも知られている。橋が真っ二つに分かれるのだとしたら、恋愛関係としては縁起が悪いのではないか、と尋ねたら2人はなぜか大爆笑していた。僕は日台で笑いのツボにズレがある気がしてならない。渾身のギャグがスベって、真面目な発言が大ウケすることはザラにある。

大鵬湾跨海大橋の中心から見える景色。

大鵬湾跨海大橋の中心から見える景色。

続いて向かったのは、屏東を拠点とするチョコレートブランド「福湾巧克力(フーワンチョコレート​​)」の店舗。カカオの生産から製品化に至るまで、全てのプロセスをメーカーが管理しているのが特徴だ。仕入れ先農家の利益保証制度や、殺虫剤や化学農薬を使わないエコフレンドリーな農法など、サステナビリティへの意識も高い。その敷地は広く、宿泊施設「フーワンカフェヴィラ(福灣莊園)」も併設されている。至る所にカカオの木が生え、その実を間近で見ることができる。台湾でカカオがなるとは思ってもみなかったので、新鮮な発見だった。

パッケージデザインも洗練されている。

パッケージデザインも洗練されている。

実のなったカカオの木

実のなったカカオの木

フーワンカフェヴィラ(福湾荘園​​)

フーワンカフェヴィラ(福湾荘園​​)

最後に向かったのはジャナの父親が大好きで、必ず立ち寄るという昔ながらのアイスクリーム屋「永和商號 阿嬤ㄟ冰​​」。フレーバーは2つ選ぶことができ、パイナップルやドラゴンフルーツ、タロイモなど、台湾らしいラインナップだ。カップにこれでもかとぎっしりと詰めてくれるので、ボリューム満点。素材を生かした、さっぱりとした味わいで、ミルクベースのアイスというよりは、シャーベットに近い気もする。最初はその量に圧倒されたが、意外と食べ切れる。

客足の途絶えない人気店であることがうかがえた。

客足の途絶えない人気店であることがうかがえた。

オーナーの似顔絵が可愛らしい、店のオリジナルカップ

オーナーの似顔絵が可愛らしい、店のオリジナルカップ

潮州に戻り、これでお開きかと思いきや、今度はジャナのご家族と夕飯を食べることになった。毎年、家族のみならず、親戚や友人も招く恒例イベントだそう。僕のような正体不明の外国人まで招いてくれる懐の深さに感銘を受けたが、台湾の家族がみんなここまでオープンかというとそうではなく、その方針によるのだろう。十数名の大所帯位で熱炒(※2)を楽しんだあと、ジャナの実家へと向かう。なんでも特別なショーが披露されるので、是非見にきて欲しいと言うのだ。(※2)揚げ物や炒め物、スープなど、さまざまな料理を、ビールなどのアルコール類とともに楽しめる、台湾式の居酒屋のような場所

ジャナの実家に到着し、一行はリビングルームでくつろぐ。ジャナの兄弟やその恋人、友人たちは皆、スマホゲームに没頭している。ジョッシュもゲームにのめり込んでいるようで、「最近は皆こればかり」とジャナは不満気な様子だった。ショーはいつ始まるのか、と尋ねると「もうすぐ彼が来るから待っていて」という。

ほどなくして、その「彼」がようやくリビングに現れた。一見するところ、物腰の柔らかそうなメガネ男子で、一体何をするのか想像がつかなかった。マジシャンか何かだろうか。そんな当惑気味の僕に「彼は実はボディービルダーで、今日は筋肉ショーを披露してくれるんだよ」とジャナは興奮気味に話した。ジョン・ジュンウェイ(鍾君濰)と名乗るこの青年、実はジャナの弟の同級生で、全国区レベルのフィジーク大会で優勝経験を持つ猛者のようだ。ゆったり目のランニングウェアに身を包んでいたので気づかなかった。

ジャナの母親は興奮を隠せない様子で、準備を終えた彼がボクサーパンツ一枚で現れるなり、飛び跳ねて喜んでいた。BGMまで自前という周到ぶりで、一昔前の刑事ドラマのような、ホーンセクションが効いたリズミカルな音楽と共に、ショーが始まる。スマホゲームに没頭していた面々もこの時ばかりは大盛り上がりで、おひねりの紅包(台湾のご祝儀袋)が飛び交う。潮州まできて筋肉ショーを見るとは予想外だったが、そんなセレンディピティも地元民と過ごす醍醐味の1つだろう。

ジョン・ジュンウェイさんによる筋肉ショーの様子

ジョン・ジュンウェイさんによる筋肉ショーの様子

大盛り上がりのジャナ家

大盛り上がりのジャナ家

ジャナ家の春節パーティーも大団円を迎え、みんなで夜市へと向かう。コロナ禍以降、夜市に来たのは今回がはじめてだったのだが、本格復活と言ってもいいほどの混雑ぶりで、むしろ嬉しい気持ちになった。今回このような貴重な機会を提供してくれたジャナたちに対して、改めて感謝の気持ちが沸き起こるとともに、彼らが日本に来た時は同様のホスピタリティーでもてなしたいと思った。筋肉ショーまで仕込めるかは分からないが。

夜市

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関俊行

編集や執筆、音楽制作など幅広く活動中。タワレコ運営メディアMikikiで『台湾洋行』を連載。近年はwebや雑誌、ラジオなどさまざまなメディアで、台湾を中心にアジアの音楽・カルチャーを発信している。