熊野の山に木を植えて、地域との絆をつくる旅

Photo by Yuichi Yokota

耕作放棄地で自然を感じて眠る

午前0時。山岳用テントの極薄のナイロン生地の向こう側に、むき出しの自然を感じながら寝袋に包まれている。

「カサッ…」「チチチッ」「…..ザクッ」

いまのは何の音だろう?風の音?虫の鳴き声?自然の中では反射的に五感と想像力が働いてしまう。

たまに山から吹いてくる風が、周囲の枝や小さなテントを揺らす音。地面からダイレクトに伝わる冷気。都会の中での暮らしでは、感じることのない自然の気配。

人間も多様な種の中の一つの生物であり、こういった自然の環に繋がって生きている。そんな学校でも習うようなことを、日々の暮らしのなかですっかり忘れていた。

耕作放棄地の斜面に張ったテントの中でそんなことを考えながら、寝袋の中でゴソゴソと寝返りを打っているうちにいつの間にか眠りについていた。

そして次の日の朝5時半過ぎ。日の出が近くなり白み始めた空をテント越しに感じて否応なしに目が覚める。テントのファスナーを音がしないようにそっと開け、外へ出る。寒さで縮こまった体を元に戻す為に思いきり伸びをひとつ。テントを張った場所から少し山の上にある仮設トイレに歩いて向かう途中、ふと太陽の方向に目をやると、そこには凪いだ田辺湾が朝日を浴びて少しずつ白み始めていた。あれ、山と海ってこんなに近いのか、なんてことを思いながら坂道を急いだ。

山と海は繋がっていて、その中に人の営みがある。そんなことを自分の目と体を通して記憶の中に留めるところからこの旅はスタートした。

自分と地域のつながりから地域課題を考える

今回私がホテルやキャンプ場ではなく、耕作休耕地にテント泊することになったのは、株式会社ヤマップさんと和歌山県田辺市が主催する2泊3日の地域課題解決型ツアー「熊野リボーンプロジェクト」に参加したことがきっかけ。

その耕作休耕地は、普通車ではちょっと通行が難しいような狭い道の先にある山の上の斜面にある。そこは宿泊施設の敷地内でもなく、ましてや整備されたキャンプ場でもなく、元々畑だったにもかかわらず高齢化により放棄されてしまった土地。そういう場所で一夜を過ごすことは日常では普通はない。

ちなみに私がこの旅に参加した目的の一つは、生まれ育った田舎や住んでいる場所とはまた違う、地域とのつながりをつくりたかったからでもある。「環境や自然のためになにかしたい」と漠然と思いつつも、忙しい日々のなかでメディアを通した二次情報や知識ばかりが増えていく。環境や気候変動に関するグローバルな目標を画面越しで眺めていると「自分自身としていったい何ができるんだろう?」という疑問が頭の中をぐるぐると巡る。

そんなタイミングで、知人経由でこの和歌山県田辺市の地域課題と向き合うツアーに出会った。

和歌山県田辺市は世界遺産でもある「熊野古道」がある場所として知られている。そこには世界的にみても貴重な祈りの⽂化と豊かな⾃然がある。しかし現在は林業従事者の減少によって⼭が荒れ、耕作放棄地が増えると同時に獣害にも悩まされているのが現状。

それらの地域課題に対して、和歌山県田辺市と株式会社ヤマップが主催する「熊野リボーンプロジェクト」は、まず地域と個人が繋がることを考え、その地域を訪れてフィールドワークや梅の木の植林をしながら、参加者自身がその地域に対してできることを具体的に模索していく旅の企画だ。

そこから生まれるアイディアは、コンサルティング的な第三者的目線に構えた提案ではなく、その人らしい等身大のものでいい。このところの在宅勤務でPCに向かってばかりの毎日の中、頭でっかちになっていた自分にぴったりの旅に思え、その場ですぐに参加を決めた。

全国で増え続ける耕作放棄地

日本の国土の7割を占めるという「中山間地域」と呼ばれる地形。それは山と平野の間の斜面にある山や森のことを指す。

今回、私たちが一夜を過ごした耕作休耕地の斜面は、まさにその中山間地域の代表のような場所。普通車で入って行くのもなかなか大変な細い山道を登った先にあり、通常の田んぼや一般の畑としての効率的な活用はできない。ましてや農地から他の目的への転用も通常は難しいはず。

日本には、年々増えて行く後継者がいなくなった耕作放棄地や、耕作放棄地が更に荒れて田畑として再利用が難しくなった荒廃農地などを、今後どうしていくかという大きな課題に頭を悩ませてる自治体は多い。

引用元:農業ジョブ

今回参加した「第3期 熊野リボーンプロジェクト」では、まさにそういった耕作放棄地の可能性を探るために、参加者全員が狭い場所にも張ることのできる山岳用テントを持ち込み、試しにそこで一泊してみるというフィールドワークを実施した。

ただ仮に耕作放棄地を転用してキャンプ場にするにしても、平地が少ない山の斜面ではファミリー向けの大きいテントは張れないし、上下水道完備の便利な施設をつくるにはそれなりの予算が必要だ。こういったことは、現地に行かなくても下調べをすれば事前にわかる。

ただ実際に泊まってみることで、思わぬメリットも発見できる。それは山の斜面なだけに、あらゆるところに絶景ポイントがあり、周囲の自然や街並みを一望しながらキャンプができること。もちろん大きなテントを張ってファミリーでキャンプをしたいという要望は多いだろう。ただあえて家族がばらばらに小さなテントに分散して泊まり、子供たち自身に新たな挑戦をさせるキャンプというのも考え方次第では面白い。

そしてきれいなトイレや上下水道、宿泊施設が整ったキャンプ場が全国に増えているなか、最低限の装備で自然の中に身を置くという体験は、有事に向けた防災訓練にもなるし、人間的な力を養う経験にもなる。いずれにしろこういった場所を活用するには、そうした「不便の中のメリットを楽しむ」というような発想の転換が必要になってきそうだ。

山に木を植える理由

最近、日本全国で豪雨による土砂災害のニュースを耳にすることはないだろうか。地球の温暖化が進んで気温や海面水温が上昇し、空気中の水蒸気の量が増加して積乱雲ができやすくなっていると言われる。特に7月上旬は梅雨前線が日本の上空に停滞していることが多く、湿った空気が流れ込んで、積乱雲が連続的に形成され、狭い範囲で大雨が降る。

加えて地域の過疎化、林業従事者や農業従事者の高齢化の影響で手入れの行き届かない森林が増えると、木が密集しすぎた森が増えたり、伐採後に植林されないままの山が増える。そうなると山の保水力は失われ、河川に流出する水の量が増える。こうして土砂災害が起こる可能性は高まっていくのだ。こうした事実をあわせて考えていくと、少しでも自分の身の回りで何らかの行動を起こすことが大事な気がしてこないだろうか。

梅の木とミツバチの関係

山や森に木を植えなければならない理由はわかった。でも林業に関わる人でもない、都会に住んでいる普通の人が、山や森の木を増やすことに関わるにはどうしたらいいのだろうか。

耕作放棄地に泊まった次の日、田辺市で耕作放棄地と獣害などの地域課題解決に取り組む地元企業「株式会社日向屋(ひなたや)」さんの協力により、耕作放棄地の斜面に南高梅を植えるという体験をさせてもらった。

Photo by Yuichi Yokota

最初に斜面に5メートルの間隔を開けて印をつけながら、地面を覆っている枯れ草を手や鍬で払っていく。次はむき出しになった地面を少し掘り返しながら、南高梅の苗を丁寧に埋めていく作業。表面に土を被せるだけではなく、根と根の間に隙間ができないように、しっかりと根の間にも土を詰め込んでいく。そして面白いのは、南高梅と南高梅の間には、違う種の梅をあえて植えること。田辺地域で栽培されている梅の多くの品種は、自家受粉できないため、他種の梅を近くに植え、その花粉で受粉する。ただし沢山の木の受粉を手作業で行うのは非常に困難なので、その受粉はニホンミツバチが担う。ニホンミツバチにとっても、花の少ない早春に満開となる梅は貴重な蜜の供給源になる。

これらのことは梅の木の生育ひとつをとっても植物や生物同士の共生、つまり生物多様性が欠かせないということを気づかせてくれる。この梅とミツバチとの共生を活かした仕組みである「梅システム」は、世界農業遺産にも指定されている。

とはいえ「山や森の保全に興味があるけど、実際に現地にいって木を植える時間がない…….」という人もいるだろう。実は田辺市には、そんな方でも自宅に居ながら熊野の山に関わることができる「MODRINAE」という仕組みが用意されている。興味があればぜひこちらの記事も読んでみて欲しい。

旅先や自宅にいながら植林活動。未来の山づくりに参加できる「MODRINAE」と「三度(たびたび)」

地域の日常にふれ、繋がりをつくる旅を

グルメ旅や名所巡りは言うまでもなく楽しい。ただその合間に、少しだけ地域の日常にふれる旅をしてみるのはどうだろう。例えば訪れた土地の人が暮らしの中でどこに行って、何を食べ、何を話しているのかを観察してみる。ひょっとしたらそこから自分とその土地との思わぬつながりが見えてくるかもしれない。

そこからさらにもう一歩踏み込んだ、地域課題解決や環境再生に関わるような旅。これまでは私もそういった行動は「ちょっと敷居が高いかも」と思い込んでいた。ただ今回のように既存の企画やツアーに参加してみたり、ちょっとしたプラットフォームを利用することで一気に行動しやすくなる。

ここまでいろいろと書いてきたが、自然の中に身を置いて地域の風土と自分の関わりを体で感じることも理屈抜きに楽しい。そしてもう一つ、旅をした地域に自分の体を通して関わる事の良さは、その地域と自分との間に身体的な繋がりができるところ。

今回の旅で山に植えた木は、まるで成長するタイムカプセルのように、その場所と自分との繋がりを今後も思い出させてくれるだろう。そんなふうに、ちょっとした繋がりがある地域がいろんな地域に増えていくことで、どこかの誰かの課題が、他人事から自分事へと変わっていく。

さて、次の旅ではいったいどんな地域との絆ができるのか。今からそれを楽しみにしている。

【参照サイト】熊野リボーンプロジェクト
【参照サイト】和歌山県田辺市公式サイト
【参照サイト】株式会社日向屋

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